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桜下奇譚  作者: 森 彩子
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二十五話


 屋敷に戻ってきた二人を迎えたのは芙蓉だった。いてもたってもいられなかった様子の芙蓉は、屋敷の外にずっと立っていたらしい。そして戻ってきた二人をみてその場に崩れたのだ。慌てて近寄ろうとした桜花を、きつく抱き上げたまま雄飛は崩れたままの芙蓉の脇を通って行く。非難じみた瞳で見つめると雄火は「芙蓉なら大丈夫だ」とあっさり言ってそのまま屋敷に入ってしまう。

桜花が何を言っても雄飛は下ろしてくれないので諦めて身を委ねていると、雄飛は突然立ち止まった。このまま行くと雄飛の私室のはずなのに、私室につくにはまだ早い場所で立ち止まってしまったので、桜花は雄飛の視線を辿って前に視線を向ける。そこには橘の姿があった。橘は桜花と目が合うと、こちらに手をヒラヒラと返してくる。桜花はそれに返していいものかどうかわからななくて、ぎゅっと雄飛の肩をにぎりしめる。しっかりと身を寄せ合った二人をみて、橘は声を出しながら深く息をついた。

「あーあー、おあついね」

「桜花に教えたのはお前だな」

雄飛のその言葉に橘は軽く首をかしげながら微笑んだ。無言の肯定に雄飛は笑うと、そのまま横をすり抜けていこうとする。すれ違う中で雄飛は再び口を開いた。

「お前が何をしたいか、俺にはさっぱりわからない」

「僕は楽しめればそれでいいんだよ」

そういってにんまりとほほ笑んだ橘に、芙蓉と雄飛は嫌な顔をしたらしく、橘はそれに喜んでしっぽを出した。

「思ってた結末とちょっと違うけど、これはこれで楽しいよね。これからも雄飛の苦悩を重視して楽しませていただきますよ」

ごゆっくり~そう言うと、橘は風を巻き起こして姿を消してしまった。雄飛は憎憎しげに舌打ちをした。

「雄飛。雄飛の部屋に行くの?」

「……少し飲みたい気分なんだ」

「……もう、雄飛ったら。本当に仕方ないわね」

桜花がそう言って静かにほほ笑みかけると、雄飛は奇妙に一度固まったが少しして再び歩きはじめた。

桜花は雄飛の少し赤くなっていた額を濡れた手拭いで冷やした後で、急かす雄飛に促されて彼の持つ杯に酒を注いだ。

ちょっと前に死ぬほど心配したというのに、ずいぶんと落ちついた姿で酒を煽り続ける雄飛を本当によかったと見つめながら桜花は静かに微笑む。

もう一度ちゃんと雄飛がここにいることを確かめたくなって、雄飛が酒がなみなみと盛られた杯を持っていることも気にせずに抱きつくと、案の定、その衝撃で雄飛が持っていた酒がこぼれ落ちた。桜花はそれを見て慌てると「なにか拭く物とってくる!」と言って駆けだして行ってしまった。

雄飛は忙しないそれを見送りながら深いため息をついた。


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