二十話
逃げ出してしまった桜花を追おうとした公竹を倫道は止める。
「今ここに引きとめておいても仕方がない。どうやら彼女を育てているという鬼はよっぽど彼女を手放したくないらしい、彼女の周りに守るようにして結界がはられていたよ。あれが解かれぬうちは無理だ」
公竹は倫道のその言葉に顔を歪める。
「俺は彼女のためを思ってここに連れてきました。人間である彼女がこちらで暮らす方がいいのは当たり前のことでしょう。それに倫道さんなら、きっと桜花の気持ちを解ってくれることができると、そう思って連れてきたんですが……」
公竹の言葉に倫道は頷きながら自分の顎を抑えて思案する。
「うん。今回は私の言い方もよくなかったな。
どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。悪口を言ったつもりはない、一般論を言ったつもりなのだがな………。それにしてもよっぽどあの子は鬼に懐いているようだな。………引き離すのは難しいかもなぁ」
少し間延びしたもの言いをした倫道に、公竹が視線を向けてくる。倫道はその視線から目をそろそろとそらすと頭をかく。
「公竹の話を聞く限り、彼女の養育者である鬼はそこまで悪いものではなかったのだろう?」
「確かに、悪い妖怪だとは思えませんでした。しかし、それでもやはり彼らは人間ではありません。桜花のことを思うとあそこに置いておくことがよいとは思えない。それにあそこには鬼の他に狐がいます」
「……狐?」
鬼の次に狐とは、こんな山奥にどうしてそういった妖怪たちがいるのだろうか。人の形をとれる上級の妖怪なのだから、こんな山奥にこもっていても興味をひくものなどないだろうに。いぶかしげな倫道の声に、公竹は顔をこわばらせながら頷く。
「いきなり目の前に現れて、そして僕が怒りを買ってしまい……危ない所を桜花に助けてもらいました」
君、いつも助けてもらってばっかりだね。倫道はその言葉を胸の奥にしまっておきながら、公竹の言葉に頭を傾ける。
鬼は話が通じそうな様子だったが、狐はそううまくいくか。
公竹は自分が襲われた時のことを思い出してしまったのか、すっかり青ざめた顔をして額に手を当てている。
妖怪に怯えている人間がいて、人間に危害を与えるかもしれないものが山の奥にいて、その上その近くに人間の娘が存在しているということが事実なら、倫道も覚悟を決めなくてはならない。妖怪の魔の手から人を守るのが祓い屋である自分の役目なのだから。




