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桜下奇譚  作者: 森 彩子
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十六話


桜花を送りだした芙蓉が雄飛の元へとやってくる。雄飛は縁側で酒を煽っていた。

「桜花様は行かれましたわ」

まるで娘を嫁に出した母のように、落ち込んでいる芙蓉に雄飛は苦笑いする。まだ、誰も出て行けとは行ってないのに。

「そうか、我儘は言ってなかったか?」

「何も。落ち込んだ様子の桜花様を公竹殿が慰めておられましたわ」

芙蓉は寂しそうに、だが微笑ましいものを見るように思い出してほほ笑む。

「そうか……」

雄飛が手酌で再び酒を煽ろうとすると、脇から芙蓉が調子に手を伸ばしてくる。雄飛は芙蓉に注がれた酒を煽りながら思い出す。小さくなった桜花の背と、かなり落ち込んだ様子の彼女を気遣うように見つめていた公竹。

表情を変化させずに酒を飲み続ける雄飛とは逆に、芙蓉は不安げに顔を歪める。

「そういう子には見えませんでしたが、それでも桜花様を公竹殿と一緒にやってしまって本当によかったのでしょうか…?」

まるで自分がとんでもない間違いを犯したとでも言うように顔色を失った芙蓉に、雄飛は鷹揚に笑いながら口を開いた。

「恐ろしいならわざわざここにこないさ。……いい度胸だ。嫌いじゃない」

公竹はこの屋敷に来た時雄飛に面と向かって言ったのだ。

「あなたは人間ではないのですか」

雄飛はその言葉を無言で肯定するに留めた。

雄飛のその姿に公竹は緊張に唾を嚥下させながら口を再び開いた。桜花を人里に招待したいと。公竹の瞳は真剣だった。雄飛はその若さゆえの真っ直ぐさが好ましいと思った。あんなことがあった後でも、この屋敷に戻ってきたのだからその勇気は称賛されるべきだろう。雄飛は勇気をもった人間の行動を肴に杯を傾け続ける。芙蓉と雄飛が黙ったままで座っていると、そこに邪魔ものが割り込んできた。

「行かせても良かったの?」

常に顔に笑みを浮かべている橘が縁側の下の石に座りこんでいた。いつからそこに座りこんでいたのだろう、雄飛はわずかに首をかしげながら縁側から顔を覗かせて下にいる橘に目を向ける。

「お前だってけしかけていたじゃないか、それを今さら何だ」

鼻で笑いながらいうと、見上げながら橘が楽しそうに口を開く。

「けしかけたんじゃなくて、おちょくっていただけだよ」

満面の笑みを浮かべる橘に、雄飛は鼻筋をしかめると橘は更に嫌な笑みを浮かべる。こいつは笑みだけで全ての感情を表現できるらしい。

「……お前はそういう奴だったよな」

疲れたようにいう雄飛に橘はかわいらしく首を傾げながら、人差し指を口元にあてた。

「そうだよ。やっと思い出してくれたね」

……これ以上こいつを喜ばせてやる義理はない。雄飛は持っていた酒の入った杯を橘の上に逆さまにして落とした。そして騒ぐ橘とめんどくさいことをしでかしてくれたと顔面蒼白になった芙蓉を置いてフラフラとその場を後にするのだった。




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