十二話
雄飛に別室に寝かされると、雄飛はこちらに何も尋ねる間を与えずにあっと言う間に去っていく。桜花は雄飛の怖い顔を思い出して、ぐるぐるしているとそこに芙蓉がやってくる。そして少し疲れた様子の芙蓉が桜花に耳打ちしてくる。
「桜花様。公竹様が目覚めたんですが……すっかり怯えておられるようで――」
芙蓉のその言葉に桜花は飛び起きると、自分で呼んで置きながら少し戸惑っている芙蓉に早く連れて行ってと口を開いたのだった。
桜花が公竹の寝かせられている部屋に入っていくと、公竹の肩がびくりと揺れる。桜花はそれを悲しげに見つめながら、公竹から少し距離をとって腰を下ろした。
「ごめんなさい……」
なんと言ったらいいかわからなくて、とりあえず謝ると公竹は震える唇を開いた。
「あれは――?」
桜花も橘と呼ばれた男の正体がわからないので、なんとも言えないでただ黙って首を横に振る。
「君は――何者なの?」
公竹のその問いに桜花は少し考える。
確かに普通の人間ではありえない能力はあるが、自分は確かに人間であるはずだ。しかし桜花と一緒に生活を共にする雄飛や芙蓉は―――。桜花は乾いた喉を唾で湿らせながら、やっと口を開いた。
「私は、人間」
そうとしか言えなかった。
それ以降口をひらこうとしない桜花に、公竹もそれ以上何も聞いてこようとしなかった。少ししてから顔を見せた芙蓉に、桜花は言う。
「……この子を返してあげて」
人間たちのもとへ、と。
「なんか怒っているね」
「ふざけ過ぎだ」
雄飛は目の前で横になる橘を睨みつけると、わざとらしいそぶりで橘は肩を震わす。
「わー怖いな。ぞくぞくしちゃう」
「……変態め」
雄飛が苦々しい口調で吐き捨てると、橘はにんまりとほほ笑むと手酌で酒を舐めはじめる。
「何をしにきた」
「遊びに来たの」
「……なんかやらかしたのか?」
雄飛の問い詰めるような言葉に、橘は肩をすくめて口を閉じる。雄飛は橘のそんな態度に肩をすくめた。雄飛のそんな態度に橘は口をすぼめる。
「そんな悪いことはしてないよ」
「でも何かはやったんだな」
「……うーん。ちょっとねー。めんどくさい子に手を出しちゃったら、怒られちゃった。暫く姿消せって言われてさー。おじゃましました」
少し長い舌をぺろっとだした橘に、雄飛は眉間を皺を寄せる。
こいつは昔からそうだった。人間を嫌いだと言うくせに、綺麗なのがいたら人も妖怪も関係なしで手を出して、すぐに飽きてしまう。
百年ほど昔にも帝の嫁になるはずの女性に手を出して痛い目にあったというのに―学習能力がないらしい。いや、楽しければいいのか―。
雄飛が深いため息をつくのを、楽しそうに見る橘に雄飛は口を開いた。
「お前、よくもやってくれたな」
場をめちゃくちゃにして、それを高みの見物をして楽しむのが好きな食えない奴を雄飛は低い声で責める。
「だってアレがあんまりにも君が好きだっていうからさ。……本当に、身の程知らずだよね」
橘の言い分に雄飛はため息をつく。嫌いなら、そのまま割り込まないで二人が仲良くなるのを見てればよかっただろうと。そしたら、自然とここを離れていく。
「アレじゃない。桜花だ」
「ふ~ん。雄飛がつけたんだってね。やっぱり山の中は暇だった?」
雄飛が酒を全て煽ると、前に寝ころぶ橘が上体を起こして酒を注いでくる。
黙り込んだまま質問に答えようとしない雄飛に橘はクスクスと笑いはじめる。
「君はそんなのだから駄目なんだよ。人間と生きるのは無理だね。僕みたいにちょっと薄情じゃないと難しいよ。ここにいるのは人でない、ひとでなしな僕と君。暇だったから拾った。飽きたから捨てる。理由はそれでいいじゃないか」
薄情じゃなくて、鬼畜だろう。
雄飛が胸の内でそう吐き捨てると、橘は敏感にも気がついたらしく面白くなさそうな顔をした。
「僕は親友の為を思って言っているんだよ。あいつら老いるの早いよー。まさに花みたいだ。まー、君は昔からすぐ散る花がお好きみたいだけどね」
軽口を叩く橘を雄飛は無視して手酌で酒を煽る。寝そべったままの橘は杯の酒の中に月がうつり込んでいるのを揺らしながら歌うように口を開く。
「桜花……か皮肉なものだね。桜のように咲いて儚く散れとでも?」
にんまりと笑いながら下から顔を覗きんで来る橘に、雄飛は額に血管を浮かび上がらせる。
「…あいつは桜の下に捨てられていた」
「だから桜花、ね。安直だねー捨てられたあの子が可哀そうだったかい?」
クスクスと面白そうにほほ笑む橘の頭を雄飛は一回大きく打つと。橘が騒ぐ前に立ちあがった。
「もう寝る」
「えー久しぶりなのにー」
「うるさい」
橘をそこに置いて立ち去ろうとすると、橘の白い手が伸びてきて雄飛の足を掴む。雄飛がイライラしながら見下ろすと、そこには掴んでない方の手を顎元に置いて上目遣いの橘がいた。
「僕、どこで寝ればいいの……?」
「………」
雄飛は橘の手を蹴飛ばすと、その言葉を無視して歩き出した。背後で何かを叫んでいる橘を二度と振りかえらずに。




