(第6話)もう一度、輝く赤い瞳に会いたくて~義妹レイン~
私はいつだって、誰からも侮られるような存在だった。
両親を亡くしてまだ十代だったお兄様が当主になったから? 顔に出来た傷跡のせいで自分に自信が持てないから? 言い返すことすら出来ない性格のせい?
原因はいくらだって思い浮かべることが出来たけれど、だからといって私にはどうすることも出来なかった。
将来義姉となるソフィラ様と初めて出会ったのは、スキル判定の日だった。
いつも嫌みを言ってくる令嬢達に会いたくなくて、会場までの道のりを休憩しながら少しづつしか進まない私にお兄様は辛抱強く付き合ってくれていた。
そんな時に現れたのが、ソフィラ様だった。初めて見る赤い瞳のその少女は、私達兄妹の顔を見ても少しも動じなかった。
……両親を失った事故の日から初めて、私は初対面の人と会っても自分の顔に傷があることを思い出さずにいられた。いつもだったら相手のその視線で、私は嫌でも自分の顔に傷痕があることを痛感せざるをえなかったから。
「顔に傷があるのは変なことなの? 私の世界はとっても狭いから、何が変とかはよくわからないの。でも二人の瞳はキラキラしていてとっても綺麗だよ。だから私は顔の傷よりもそっちが気になったよ 」
まともな教育を受けていなかった当時のソフィラ様の言葉は、私と同じ十歳とは思えないほどにぎこちなかった。それでもそのまっすぐな言葉は、今でも私の宝物なの。
その時過ごした時間はとても短かったけれど、私は強くソフィラ様に惹かれた。口には出さなかったけれどお兄様もきっと同じ気持ちなのだと、私には分かったの。
だからどうしてももう一度ソフィラ様に会いたかった。あの輝く赤い瞳に会いたかった。
だから私は、こんな私に与えられた世界で唯一のスキルである『夢』を必死で鍛錬した。
そしてついに、私は夢の中でソフィラ様と再会した。
「……ここは? 夢?」
「ソフィラ様!」
「……レイン? それにレオも! なんで……」
「私のスキルです。対象の人間が寝ている時であれば私の夢の中に呼ぶことが出来るんです。もう一度ソフィラ様とお兄様と三人でお話ししたくて……。二人を呼びました」
今まで誰にも話していなかった私のスキルの詳細を知った二人は、とても驚いていた。
「ソフィラ様のスキル『ミラー』は、一体どんなスキルなんですか?」
久しぶりに会えたことが嬉しくて、興奮したまま考えなしで発した私の言葉に、ソフィラ様は悲しく俯いた。
「私のスキルは……どんななのか分からない……。お屋敷でスキルを使うことは禁止されてるから……」
この時になって初めて私達兄妹は、ソフィラ様の境遇を知った。
初めて会った日にも、ソフィラ様が普通の貴族のように育てられていないであろうことは感じていた。
それでもソフィラ様は決して不幸そうには見えなかった。マリーというメイドを心から信頼していることが分かったし、その赤い瞳に暗い影はなかったから。
だけどその後で、スキル判定のその後で、彼女の環境は一変していた。
あんなに輝いていた赤い瞳さえも酷く沈んでしまっていた。
ソフィラ様の瞳は、いつだってあの日のように輝いていてほしい。
それは私達兄妹の願いになった。
だからソフィラ様のために私達に出来ることは、何だってしようと決めたの。
それから長い時間がかかったけれど、ついにお兄様と結婚したソフィラ様のその赤い瞳がキラキラと輝いているのを見た時には、本当に嬉しかった。
★☆★
ソフィラ様は今までも公爵夫人として、お茶会等には参加していたけれど、パーティーに参加するのは今日が初めてだった。
いつもは他の令嬢達から顔の傷を嘲笑されるのが怖くて俯いている私だけど、せめて今日だけはソフィラ様の隣で凛としていよう。
そう決めていたのに。私はやっぱりとても弱くて。
「あらっ? レイン様。 今日はいつもよりお化粧が濃いのではなくて?」
「ふふっ。だけど特徴的なお肌の模様は、隠しきれずにくっきり見えているわ」
「まぁ。隠そうとする必要なんてございませんのに。レイン様の傷痕はとても特徴的な模様ですから、一度見たら忘れられないでしょう?」
「「「私達は特徴のない肌ですから、羨ましいくらいですわ」」」
クスクスと嘲笑われただけで、いつものように俯いてしまった。
ミラベル侯爵令嬢とそのご友人達は、今日も思った通りの反応をする私を見て楽しそうに笑っていた。
「お隣にいらっしゃるソフィラ様のことは、噂で存じておりますわ。『スキル判定に平民同然の身なりで現れて以降一度も社交界に姿を現さないスタンリー伯爵家の隠し子』ですわよね?」
ミラベル様達が私を好きにいたぶるのは、私が公爵の妹に過ぎないからだと思っていた。
それなのに彼女達より格上となる公爵夫人のソフィラ様のことまで馬鹿にしたことに驚いた。
もしかしたらスタンリー伯爵家で冷遇されていたと話題のソフィラ様になら、何を言っても許されると思ったのかもしれない。
あるいは、侮っている私の隣にいるソフィラ様を見て、私と同格のように侮っただけなのかもしれない。
「たしかソフィラ様は、世界で唯一のスキルを持っているのでしょう?」
「ミラーでしたっけ? きっとレイン様のスキルと同じくらい使えないスキルなんでしょうね?」
「レイン様のスキルは、楽しい夢を見ることが出来るだけのスキルでしたっけ?」
私のせいでソフィラ様まで馬鹿にされているのに、それなのに、弱い私はどうしても口を開くことが出来ないでいた。
「そうだわ! 余興代わりにソフィラ様のスキルを今ここで披露してくださらない?」
楽しそうに笑うミラベル様に、初めてソフィラ様が口を開いた。
「ここで披露するようなスキルではありませんから」
その凛とした透き通るような声に、ミラベル様でさえ一瞬気圧されていた。
だけどそのことがミラベル様のプライドを刺激したようで、しつこくソフィラ様に絡みだした。
「少しくらいいいでしょう? どんなにくだらないスキルでも私は笑ったりしませんわよ? それともスキルの使い方が分からないのかしら?」
「可能なら使いたくはないのですが……」
「今夜のパーティーの主催は、我が侯爵家ですわ。主催者からのお願いが聞けないのですか?」
ミラベル様の甲高い声に、もはや会場中がミラベル様とソフィラ様に注目していた。
「……分かりました。ミラベル侯爵令嬢からの命令で、スキルを使用いたします」
私は顔を上げてお兄様を探した。お兄様は、遠くで辺境伯達と会談していたようで、やっと騒ぎに気付いてこちらに顔を向けたところだった。
「ミラー」
ソフィラ様の透き通るような声が響き渡った後で、ミラベル様達が光に包まれた。
そしてその光が消えた後、悲鳴があがった。
「「「きゃー」」」
それは、ミラベル様達の悲鳴だった。
「ミッ、ミラベル様!! おっ、お顔に傷痕が!!」
「何を言っているの? 突然醜い傷跡が出来たのは貴女達でしょう!」
「まっ、まさか私達全員の顔にレイン様のような傷が……」
「鏡! 誰か鏡を持ってきてちょうだい!」
鏡を見たミラベル様達は、自分の顔に私と同じ傷痕があることに驚愕して、顔色を真っ青にしていた。
「ソフィラ様! これは一体どういうことですの!? 私達の肌に一体何を!?」
「ミラーは鏡。皆様がレインの傷痕を『羨ましい』とおっしゃっていたので、鏡のように映してさしあげたのです」
「な、なんてことを……。こんなことをして許されると思っているの!?」
「私は、ミラベル侯爵令嬢にスキルを披露しろと命じられたので、仕方なくスキルを使っただけです。そのことは、ここにいる皆様がご存じのはずです」
ソフィラ様の言葉に、周りで様子を見ていた貴族達が頷いた。
「でっ、では! もっ、もう結構ですからスキルを解除してください」
「出来ません」
「……はっ……?」
「『ミラー』は解除できません」
「……嘘よ! そんな……そんなことあるはず……」
「このスキルは私にしか使えません。どんなスキルかも私にしか分かりません。どんなものか確認もせずに使わせたのは、ミラベル様ご自身ですよね?」
堂々と言い切るソフィラ様に、ミラベル様は愕然としていた。
……ちなみに私は、『ミラー』は解除出来ることを知っている……。
「嫌……。嫌よ! こんなに醜い傷が顔にあるだなんて耐えられない……。お願い! 消してよ! 消して……。消してくれるなら何でもあげるわ! そうだわ! 家族の愛に飢えているんでしょう? だったら私が、お友達になってあげるわ! だから、だからお願い……」
今まで私をいたぶって嘲笑っていた人間と同じとは思えないほど、ミラベル様は狼狽して震えながら懇願していた。
そんなミラベル様を見て、今まで感じていた彼女への恐怖心が減っていった。
「いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません」
ソフィラ様は、相変わらず透き通る声で凛と告げた。
ミラベル様とご友人達は絶望したように肩を落とした。
だけどそんな彼女達に、今度はソフィラ様が話しかけた。
「スキルを解除することは出来ませんが、お顔の傷を見えなくする方法ならございますよ」
「ほっ、本当に? お願いします。どうすれば良いか教えてください」
「皆様のお顔には、レインの傷痕を鏡のように映しているだけです。ですからレインの傷痕を消すことが出来れば、映し鏡の皆様のお顔の傷も見えなくなりますよ」
その言葉でミラベル様達は、一斉に私を見た。
「レイン様。お顔の傷はどのようなケアをしていますの? 試してほしいクリームがありますわ」
「我が家の専属医には、肌の専門家もおりますので相談致しましょう」
「隣国では、お肌の移植手術をすることがあると聞いたことがありますわ」
「魔法は試されました? 癒しのスキルならもしかしたら治るのではなくて?」
……今まで嫌味ばかりであんなに怖かった人達なのに、味方(?)になった途端にこんなに心強いだなんて……。
人間味のある彼女達の狼狽ぶりを見て、彼女達に対する私の恐怖心はすっかり消えていた。
代わりに残ったのは、もう諦めていたこの顔の傷が治るかもしれないという希望だった。
信じられない気持ちでソフィラ様を見ると、その赤い瞳をきらめかせて優しく笑っていた。




