(第2話)私の大切なお嬢様~使用人マリー~
私は、メイドという自分の仕事に信念を持っております。
そして素晴らしいお嬢様達に仕えることの出来た自分は、とても恵まれていると思っているのです。
「どうして私は家族と会えないの?」
まだ五歳のソフィラお嬢様が、宝石のように美しい赤い瞳を向けて聞いてきた時には胸が潰れそうでした。
ただ瞳が赤かっただけ。
たったそれだけの理由で、実の母親から疎まれているだなんて、私にはどうしても伝えることが出来ませんでした。
私がスタンリー伯爵家で働き始めた時、伯爵夫人である奥様は第一子を妊娠しておられました。 姑である大奥様との仲は決して良いとは言えないようでしたが、それでも日々膨らんでいくお腹を撫でてとても幸せそうに微笑んでおられました。
そしてローズお嬢様がお産まれになりました。
しかし誕生の喜びは束の間で、大奥様はすぐに跡取りについて心配されるようになりました。
「ローズは女の子だから、自分ではスタンリー伯爵家を継げないわ。どうするの? スタンリー伯爵家の血を守ることが、伯爵夫人である貴女の最大の仕事なのよ」
大奥様に詰められるたびに、奥様はただただ涙を流しておられました。奥様は『男の子を産まなければ』と必死でしたが、なかなか第二子を授かることは出来ませんでした。
そしてローズお嬢様が三歳になった頃、大奥様が病でお倒れになりました。
奥様は、今までの仕返しとでもいうように大奥様を使用人部屋に追いやって、メイドも必要最低限しかつけませんでした。
環境が悪いせいも多分にあったと思います。病になられてしばらくすると大奥様は儚くなりました。
その知らせを聞いた奥様の歪んだ笑顔。あの笑顔を見た時には、震えが止まりませんでした。
そして大奥様が亡くなってすぐに奥様は妊娠しました。妊娠中の奥様は、以前のような幸せそうな笑顔を浮かべて、前回よりも大きなお腹をさすっておられました。
そうして産まれてきたのは、双子の男女でした。ついに男の子が産まれたと聞いた時の奥様は、涙を流して喜びました。
しかしその喜びも一瞬で、ソフィラお嬢様の赤い瞳を見た瞬間、奥様は悲鳴をあげて気絶しました。
この国では赤い瞳はとても珍しく、私の知る限りでは亡くなった大奥様しかおられませんでした。
「どうして? 嫌だわ。信じられない。あんな赤い瞳。愛せるはずがないじゃない」
奥様が真っ青な顔をして、ぶつぶつ呟いていたと使用人仲間から聞かされた時には、正気を疑いました。今でも私には奥様が正気なのか分かりません。
姑と同じ瞳の色をしているという、たったそれだけの理由で自分の産んだ子どもを虐待するだなんて、そんなのはとても正気の沙汰とは思えません。
奥様はソフィラお嬢様を無き者として扱いましたので、ソフィラお嬢様のための予算などは一切ございませんでした。
そのためソフィラお嬢様は、使用人達がかき集めた平民同然の服を着て、食事も私達と同じ質素なものを召し上がっておられました。それでもいつも笑顔ですくすくと成長してくださいました。
あの運命のスキル判定の日も、初めてお屋敷の外に出られると無邪気に喜んでおられました。王宮に向かう辻馬車の中でさえ、ソフィラお嬢様はとても楽しそうにニコニコと座っておられました。
王宮の門から会場となる離宮までの間には、自由に休憩が出来るような場所もいくつかございました。
「マリー。外の世界はこんなに広くて明るいんだね。 ちょっとだけこの緑の中をお散歩しても良い?」
ソフィラお嬢様には、ずっと自由がありませんでした。奥様の目に触れないように、お屋敷の中を歩きまわることさえ許されていなかったのです。
双子の兄であるジャレット様を乗せたスタンリー伯爵家の馬車はまだ到着していなかったので、ソフィラお嬢様が寄り道をしていたと奥様に告げ口をされることもないでしょう。
私とソフィラお嬢様は、ほんの一時の自由を楽しみました。
「とっても楽しい!」
太陽の光を浴びて外を自由に歩けるだけでこの上なく幸せそうに笑うソフィラお嬢様が、私は不憫でなりませんでした。
ジャレット様の到着確認のために門の様子を窺って戻ってくると、ソフィラお嬢様はご兄妹だと思われる二人組と楽しそうにお話をされていました。
ずっとお屋敷に閉じ込められていたソフィラお嬢様にとって初めてのご友人です。私は優しい気持ちで楽しそうなソフィラお嬢様達を眺めておりました。
★☆★
「私のせいでごめんなさい。マリーもジョンもトムも私のせいで辞めさせられちゃう。私に優しくしたせいで。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
スキル判定の結果を知った奥様は、それまで放置していたソフィラお嬢様を虐げるようになりました。
冷遇していたソフィラお嬢様が、世界で唯一のスキルを授かったことが許せなかったのだと思います。
跡取りのジャレット様は凡庸な『経営』のスキル。ローズお嬢様は珍しい『癒し』のスキルですが、世界で唯一のものではありませんでしたから。
『ソフィラと親しくする使用人は解雇する』と奥様が宣言した日、ソフィラお嬢様はそれはそれは嘆き悲しみ、私達を辞めさせないように奥様に直訴までしてくださいました。そのせいでソフィラお嬢様の頬には、見るも痛ましい赤い腫れが残っておりました。
「ソフィラお嬢様。私達は大丈夫です。必ずいつかまたソフィラお嬢様にお仕えできる日がきます。だからどうかその日まで、どうかお元気で」
私はお屋敷を去る前の日に、奥様の目を盗んでソフィラお嬢様に挨拶をしました。
私のその言葉に嘘はありません。私達はいつかまた必ずソフィラお嬢様にお仕えします。
それでもソフィラお嬢様はこれから結婚までの数年間を、私達のいなくなったこのスタンリー伯爵家で過ごさなくてはいけません。
今の私にはソフィラお嬢様のために出来ることは何もありません。ですからせめて私は、これから毎日ソフィラお嬢様の幸せをお祈りします。
神様。どうか心優しきソフィラお嬢様が、私達のことでこれ以上悲しむことがありませんように。
どうかソフィラお嬢様が、婚約者であるビリー子爵令息に愛されて、幸せになれますように。




