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いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。  作者: 桜井ゆきな


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(最終話)私の十六年間~ソフィラ~

「その赤い瞳を私に向けないで!」


 その言葉は、私がスタンリー伯爵家で過ごした十六年間で最も多く投げつけられた言葉だった。


 私の過ごした十六年間を、事実だけ抜粋して語ったのなら、それはもしかしたら誰かからは『可哀想に』と言われるようなものなのかもしれない。



 だけど、私は決して『可哀想』なんかじゃなかった。

 だって、いつだって私には家族がいたから。



 私は、産まれてからずっと両親や双子の兄の顔を見たことさえなかった。

 だけど、トムの育てたお花の飾られた部屋で、ジョンが作ってくれた美味しいご飯を、マリーと一緒に毎日笑って食べていた。


 十歳になる年に、スキル判定を受けた。

 その日、私は初めて外の世界を知った。

 マリーがくれたボロボロの絵本でしか見たことのなかった緑を、初めて見た。

 太陽の光を全身で、初めて浴びた。

 それだけでたまらなく楽しかった。


 そして、そこでレオとレインに出会った。

 二人と話しているととっても楽しかった。だからマリーに『ジャレット様が到着したので……』と言われて、お別れしなきゃいけなくなって、とっても悲しかった。

 いつかまた二人と会えたらいいなと思った。


 

「だから! その憎らしい赤い瞳を私に向けないでよ!」


 初めて会ったスタンリー伯爵夫人は、憎しみなのか、あるいは恐怖を隠す為とも思えるような必死の形相で、私を睨みつけて激高していた。


 私は、夫人を見ても、親だと思えなかった。

 そもそも普通の親子の関係がどういうものなのか、知らなかった。

 血の繋がった子どもだったら、どんな親でも無条件で愛せるものなのかな? そんなこと私には無理だった。

 夫人を理解したいと思えなかった。

 結局、私が夫人を『家族』だと思えたことは、一度だってなかった。

 

 私にとっての家族だったマリーとジョンとトムが辞めさせられた時には、絶望した。

 必死でお願いしても、夫人は歪んだ顔で笑うだけだった。

 『味方だよ』と言ってくれた双子の兄に助けを求めたけれど、突き放された。

 この時から、血の繋がりに期待をするのは止めた。

 心を凍らせないと、敵しかいなくなったこんな屋敷では生きていけないと思った。



「もう一度ソフィラ様とお兄様と三人でお話ししたくて……。二人を呼びました」


 『夢』の中で、レオとレインに再会出来た時には本当に驚いたし、すごく嬉しかった。

 この時にはもう、私には、生きる意味が何なのか分からなくなっていたから。

 だから、二人に会えて、二人と話をして、また笑うことが出来て。だから、まだ生きていたいと思えた。

 この『夢』さえあれば、現実がどんなに辛くても、きっと耐えられると思った。

 二人に会えることだけが、私に残された唯一の希望になった。


 二人は私に色々なことを教えてくれた。

 二人といると世界はキラキラ輝いた。

 だから、現実ではすべてが灰色に見えても、耐えられた。

 


 母親は、私を虐げた。

 だけど。何をされても、私は夫人に対して何の感情も持てなかった。


 父親は、私の存在を無視した。

 だけど。私にとっても父親は、いないのと同じだった。


 姉は、誰かがいる前でいつも私を罵った。

 だけど。灰色の世界で、姉の瞳だけはちゃんと茶色に色づいて見えた。


 双子の兄は、こっそりと私に『僕だけはソフィラの味方だよ』と言った。

 だけど。私が上辺だけのその言葉に期待することは、二度となかった。


  

 十七歳になる年に、私の結婚が決まった。

 相手はあのレオだった。

 幸せすぎて、涙が出そうだった。


「ブラウン兄弟には事故で負った醜い傷跡が顔にあるんだって! 根暗なソフィラにはぴったりな相手よね。あはは」


 私にいつも嫌がらせをするメイドのミラが、いつものように厭らしい顔で笑っていたけれど、どうだって良かった。

 私はこの喜びが夫人にバレないように、溢れる笑顔を抑えることで必死だった。



「その赤い瞳をもう二度と見なくて済むだなんて。今日は最高の日だわ」


 スタンリー伯爵家を出る日に、夫人はあの歪んだ顔で笑っていた。

 私はやっぱり夫人に何の感情も持てなかったけれど、初めて夫人と同じ意見を持った。


 今日は最高の日だわ。


 一目で分かる質の悪い服を着て、何一つ持参することなく公爵家へ向かうことは、少しも怖くなかった。

 私のことを愛してくれる本当の家族が待っていると、分かっていたから。

 何一つ持たない私のために全力で尽くしてくれた大切な家族のところへ行けると、知っていたから。

 私は、きっと幸せになれる。そう思った。


 だけど、たった一人で私を守ってくれたローズお姉様を、この屋敷に残して行かなければいけない。

 だから、私は願いを込めてスキルを使った。


「ミラー」


 この屋敷では、一度も使うことを許されなかったそのスキルを。


 ミラーは鏡。今まで自分がしたことが自分に返ってくるの。

 だから、お願い。私を守ってくれたローズお姉様をどうか守って。

 

最終話までお読みくださいまして、ありがとうございます。

皆様の心に少しでも届きましたら、とても幸せです。


感想・評価・いいね・誤字報告、皆様からいただけるすべてに感謝しております。

本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ファンタジーではありますが、SF感もありますね。練り込まれて短くとも胸に迫るお話で、読み込ませて頂きました。年末に美しいお話しに出会えて良かったです。
最後のどんでん返しでザマァの物語ではなかったことがわかるところ、家族に対する思いの真の意味がわかるところ、あまりに鮮やか過ぎて公爵家の二人の兄妹の話があっさりしすぎていることがまったく気にならなくなっ…
姉と妹の愛が美しかったです。どうしようもない中で一生、憎まれる覚悟で妹を守り続けた姉が美しかったです
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