手土産
全くもって欠片も行きたくなかったが、ハゲ上司の家にお邪魔してきた。
上司の家はボロい一軒家で、あちこちに手すりやらなんやらが後付けされていた。
数年前は母親と同居していたらしい。
今ではお嫁ちゃんと上司とかわいい天使ちゃんの三人で暮らしているんだそうだ。
そういや、なんか忌引きとか言って休んでた時期あったな。
三週間くらい。
なんだ? 母親三人死んだのか?
当時は先輩が元気に壁際指示待ち人間していたから、業務量としてはかなり怠かった。
上司がいなくとも全く問題はない、と判明したことしか良かった点は無かった。
思い出していたら最悪の気分になってきた。
なんでこんなとこ来るために菓子買ってんだろうな。
一人で貪り食って帰ったら駄目か?
駄目か。
麗しのお嫁ちゃんは極めて当たり障りのない対応で、俺と上司を褒め続けていた。
部下である俺を褒めておくと、結果としては上司を褒めることになる訳だ。
ハゲは終始上機嫌だった。
途中で天使ちゃんが泣いてしまって、お嫁ちゃんは席を外した。
覗いたりするなよ〜などと茶化されたので残った髪を毟ってやろうかと思った。
まあ、俺としては上司がデリカシーの欠片も持ち合わせていないからこそ訪問できて助かっている訳だけども。
赤子の泣き声は何重にもなって響いている。
互いに磨り潰すように、あるいは研ぎ合うように。
俺はプレゼントと称して持ってきたガラガラを、上司に見せる名目で鳴らした。
うちにもあるよお、と要らなそうにしている上司の前で、とにかく鳴らし続けた。
でもここが最新式で〜〜! より赤ちゃんの耳にいい波長らしくって〜〜! 難関校に通うような子はみんな幼少期にこの音を聞いてたらしくってえ〜〜!
などと、猿でも騙せないような薄っぺらな文言を並べて鳴らし続けること五分。
寝室のお嫁ちゃんから悲鳴が上がった。
ぎゃあ、と踏み潰された猫のような声が響いて、反対に赤子の泣き声はぴたりと止む。
愛するお嫁ちゃん、というのは本当だったのか、上司は寝室へとすっ飛んでいった。
ので、俺も心配するフリをして後を追――おうとしてやめた。
どのパターンだとしても俺が覗いていい気はしなかったからである。
なのでただ静かに待っていたら、十分後に鼻血(多分)が止まらないお嫁ちゃんが部屋から出てきた。
顔が見えないので鼻から出てるのか口から出てるのか定かではなかった。
上司はずっと「救急車呼ぼう」と繰り返していた。
こんなんで救急車なんか呼ぶな。どうしても呼びたいならまず救急安心センターにかけろ。
タオルで顔を押さえるお嫁ちゃんを目いっぱい心配するふりをして、最後にもう一度ガラガラを鳴らしてからお暇した。
お嫁ちゃんは壁際に逃げていったから、きっと、きちんと理解したことだろう。
「こちら、社長からのお祝いです」
「……………」
「娘さんの健やかな成長をお祈りしています、とのことです」
「…………ありがとうございます」
「ねえ〜! やっぱり救急車呼ぼうよお〜可愛いみーたんに何かあったら心配だよお〜!」
「では。うるせえので帰ります」
帰ったら生肉が居なかった。




