◇二度と来ないでください
「こんにちは。コトナミ、セイヤさんですか?」
「…………こんにちは」
「わたし、留石結衣佳といいます。あの、ここに、お兄ちゃんいますか?」
「お兄ちゃんて?」
「留石蛍です。今は入院してて、それで、ずっと起きないんです。ここにいますか?」
「誰に聞いて来たの?」
「えっと、うんと、夢で会いました。教えてくれました」
「……………………」
「あの、お兄ちゃん、いませんか? もう、その、もしかして、起きないんですか?」
「お兄ちゃんは自分のことを死んだと思ってるからきっと無理に起こすと大変なことになりますよ。それでもいいですか?」
「……ええと、それは困る、ですので、お兄ちゃんが、起きる? あっと、無事に、起こすのって出来ますか?」
「死んだ方の奴は名前知ってる?」
「…………呉宮湊斗です」
「ご家族のみなさんは、蛍くんがそいつに死ぬほどいじめられてたことは知ってるんですか?」
「……………………」
「知らないんですか?」
「…………お兄ちゃんは、家だといつも、……いつも明るかったです」
「なるほど」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「すごく簡単に説明しますね」
「お、おねがいします」
「人様んちで肝試しを開催したゴミ野郎の呉宮湊斗くんは、お亡くなりあそばされたあと、蛍くんの生霊を道連れにボクの部屋までやってきました。
今のお兄ちゃんは、千切れ掛けの生き霊と完璧で究極に死んでるクソ野郎の呉宮湊斗くんとがぐちゃぐちゃに混ざってる訳です。
無理に剥がすと人格が壊れます」
「ジンカクがこわれる……」
「戻ったとしても、お兄ちゃんではない状態になるということです。大抵の場合は記憶に障害が残ったという形で片付いて、そのままお兄ちゃんではない状態で退院して、お兄ちゃんではない生き物がお兄ちゃんとして生きていくことでしょう」
「それは、いやです」
「でしょうね」
「………………………」
「………………………」
「………………あの、」
「はい」
「……腕、痒いんですか」
「ちょっとね」
「血が」
「ちょっとね」
「ばんそうこう、あります」
「ああ、要らないです」
「……………………」
「優しいんですね」
「あの、お兄ちゃんは、」
「大丈夫です、戻りますよ」
「本当ですか!?」
「呉宮湊斗の家を教えてください」
「……えっと」
「知らない?」
「…………いえ。知ってます」
「良かった。教えてください」
「……住所、かきます」
「ありがとうございます。
偉いですね。字も綺麗で、住所も調べてあって、ちゃんと書けて、一人で電車にも乗れて、お兄ちゃんのためにこんなところまで来て」
「………………あの、それはノゾムくんが、」
「黙ってください」
「…………でも」
「お願いします、黙ってください」
「……………………」
「お兄ちゃんは、ちょっと、時間がかかるけど、ちゃんと帰れるようにするから、心配しないでね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、二度と来ないでくださいね」
「…………はい」
「二度と。本当に。来ないでくださいね。お兄ちゃんが戻ったら、戻るから、病院で待ってて、なんか、あれか? 入院とか、ほら、期限までには戻すから。戻すよ。だから大丈夫、二度と来ないでください」
「……その、ごめんなさい」
「お構いなく」
「あの、あの、お、お兄さんは、悪くないんだと思います」
扉は無言で閉まりました。
きっと、コトナミさんがわたしのために扉を開けてくれることは二度とないと思います。




