未知の肉を求めて(後)
三話連続投稿です(∩´∀`)∩
恋人になってからは食事を一緒に取るようになったレオとセシルだが、今日はそこにジルバ、ガラン、ララもいた。長い机の主賓席にレオが、レオから見て右側にセシルとジルバ、左側にガランとララが座っている。ユリアは給仕が終わってから食べるそうで、皆のグラスに飲み物を注いでいる。今日のレオの戦いや日々のことを話しながら、食べ進めていった。
前菜から始まり、スープと続いていよいよメインディッシュ。熟成ドラゴン肉のステーキだ。鉄板が運ばれ、料理長が切り分けられて肉を焼いてくれる。それぞれの好みの固さに合わせて、秒単位で焼き時間を変えていた。
じゅーっと溶けた脂が弾く音に、ただよってくる肉の香り。
「今日は脂がよく乗っている部位でございます」
セシルは目の前に置かれたドラゴン肉のステーキに、思わず舌なめずりをした。想像がつかない未知の肉に、わくわくが止まらない。薄桃色の肉にナイフを入れると、ほどよい弾力が返るがすんなり切り分けられた。
(まずはそのままで)
料理長特製のソースも数種類卓上には用意されているが、セシルは常に肉の一口目はそのままで食べると決めている。そしてぱくりと肉を口の中に入れ一噛みすれば、プリっとした鶏肉のような食感の後に肉汁が溢れてきた。牛に比べれば肉々しさはなく、さっぱりしている。
「おいし~!」
熟成が上手くいったのだろう。肉は固くなく、ほどよい噛み応えがあった。熟成肉特有の香りも加わり、味もおいしさと深みが倍増している。満面の笑みで足をばたつかえるセシルを見て、レオは微笑む。頑張った甲斐があったというものだ。そして自分も肉を口に運び、「ほう」と目を見開いた。
「これは悪くないな」
「白ワインとも合いますね」
ジルバはグラスを揺らし、ドラゴンの肉に舌鼓を打っている。
「これは上手く下処理をすれば、市場に流入させられるかもしれませんわ」
「なら、増えすぎた年は討伐対象に入れてもいいかもしれないね」
ララとガランにも好評のようで、アルシエルでドラゴンの肉が一般的になる日も近いかもしれない。
セシルは皆にも受けいれられていることが嬉しくてにこにこしながら、最後の一切れを口の中に入れるとよく噛んで味わって飲み込む。柑橘系の果実が入ったソースも、スパイシーなソースも、塩も、何をつけてもおいしかった。
ステーキをもう一枚お代わりし、蒸したドラゴンの肉もお腹に収めたセシルは、食後の紅茶を飲みながらレオへと顔を向ける。レオはララが手土産に持ってきたチーズで赤ワインを飲んでいた。
「レオ様」
恋人の声に、セシルへと顔を向けたレオの表情は柔らかい。
「戦っている姿、かっこよかったです。それに、おいしいお肉もありがとうございました」
ストレートなセシルのお礼を受けて、レオは極上の甘い微笑を浮かべた。いつもなら照れ隠しにそっぽを向いて「当然だ」とぶっきらぼうに返すのにと、大人たち三人は楽しそうに口元を緩めた。そんなことも知らず、ドラゴン討伐の疲労感とお酒を飲んだ心地よさからか、気を緩めていたレオは艶のある美声でセシルに言葉を届ける。
「愛しいお前の願いだ。何としてでも、叶える」
「れ、レオ様……」
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、セシルは真っ赤な顔になって俯いた。ララなら軽く微笑んで流せても、セシルは気恥ずかしさでいっぱいだ。二人っきりの時に言われても照れて頭がパンクしそうになるのに、今はジルバたちもいるので耳まで真っ赤だった。
「若いっていいわね~」
と、ララが赤ワインを飲みながら茶化せば、「今はダメだよ」とガランが慌ててララの袖を引っ張る。セシルは固まり、レオは楽しんでいる大人たちへゆっくり怒りのこもった視線を向けた。
「無粋な真似を」
切れ味のいい舌打ちと共に立ち上がったレオは、セシルの腕を掴む。
「あとは勝手に飲んでいろ」
そして、そう言い捨てると指を鳴らし、どこかへと転移していった。おおかた、自室にセシルを連れ込んだのだろう。ユリアはセシルが助けを求めた時のためにと、叫び声を拾えるぎりぎりの場所へ待機しに行った。よくある日常なので、三人は気にすることなく先ほどのレオの表情を肴にお酒を飲む。
そのころ腕を掴まれレオとともに転移したセシルは、後ろから抱きしめられていた。少し恥ずかしいけれど、レオの腕の中は安心する。時々こうして抱きしめられるので、セシルも慣れてきた。ユリアには何かあれば叫ぶようにと言われているが、今のところユリアが乗り込んできたことはない。
(あれ、ここ私の部屋だ)
少し落ち着けば、セシルはここが自分の部屋であることに気づいた。たいてい転移先はレオの部屋なので珍しいなと思いながら、顔に銀の髪がかかるのを感じながら顔を上げる。
「せっかくドラゴンの肉の余韻に浸ってたんですけど……」
「ドラゴンの肉くらい、お前が望めばいくらでも狩ってくる。可愛いことを言うお前が悪い。……それに、絵を描いたんだろう? そのうちララあたりが絵を見たいと騒ぐだろうから、俺が先に見る」
「なんですかそれ」
そうは言いつつ、レオに絵が見たいと言われれば嬉しいセシルである。そして描けた三つの絵を見せれば「悪くない」と賞賛の言葉が返って来て、しばらくすればレオが言った通りララたちも押しかけてきたのだった。
なんということのない平和な日々が流れていく。そして数年後にはドラゴンの肉は高級品ながらも市場に出回るようになっており、肉乙女の伝説に新たな逸話が加わったのである。




