未知の肉を求めて(中)
ドラゴンが出た国の南まで、馬型の魔物が引く馬車に乗っても丸三日はかかる。レオはセシルと道中の名所を見て絵を描くという旅をしたがったが、さすがに城を一週間もあけることはできず、行き帰りは転移の魔法陣を使うことになった。
出発までの一週間でセシルは城の料理人や出入りしている猟師に、ドラゴンの肉について聞きまわり、おいしく食べるための努力を怠らなかった。絞めかたを教えてもらい、仕留めたらすぐにドラゴンごと城の中庭に転移することにしている。料理人たちは珍しいドラゴンの肉と聞いて、喜んで協力をしてくれた。
そして転移の魔法陣を使って、ドラゴンがねぐらにしている草原の近くまで来た五人は、丘を登っていく。この先にドラゴンがいると報告があったのだ。セシルは足を動かしながら真剣な顔でレオに戦い方を確認する。
「レオ様、いいですか? 火魔法で丸焼きはだめですからね。爆発とかで肉がひき肉になるのもだめです。首を飛ばして逆さづりにして、血抜きをしてください」
「分かっているから、そう何度も言うな」
「だってレオ様、最初高火力で消し炭にしようとしたじゃないですか」
「鮮度がいるかと思ってだな」
一発でしとめることを第一とすれば、威力の高い魔法を放てばいいだろうとレオが使おうとした技は、確かにドラゴンの頭を消し飛ばせるが体の半分以上も黒ずみになるものだった。そのため、この日のために各自の役割分担と使用する技、流れが細かく決められたのである。
そんな周りからすれば微笑ましい言い合いをしていた二人だが、丘を登り切りきったところで足を止めた。
「わぁ、ドラゴンだ!」
「ほうこれは……なかなか大きいな」
広い草原の真ん中で、天敵がいないことを幸いに眠っているようだった。洞穴を好むドラゴンの種類もいるが、今回出たのは草原で暮らす種類だったようだ。遠目で見ても大きく、普通の家ぐらいの大きさはありそうだ。
「あれ一匹で、何か月分の肉になるかしら」
セシルは分厚いステーキを想像して、目を輝かせている。
「量だけならニ三か月はもちそうですね……」
セシルは楽しみとニコニコしながら、ドラゴンがよく見える丘の上に座りスケッチブックを開く。まずは全体のスケッチからだ。今回のドラゴン討伐はセシルが絵を描くという重要な任務でもあるので、ユリアは一休みとシートを広げてお茶の準備をする。ドラゴンは夜行性で昼は眠って過ごすので、急ぐ必要もないからだ。
セシルはユリアからクッキーをもらって齧りながら、ドラゴンの質感を精密にスケッチしていく。レオに飛行魔法で移動させてもらい、ドラゴンの色々な角度を描き留めた。鱗や牙など至近距離で描くものは、後に回しだ。
そして攻撃が届かない安全な場所にセシルを下ろしたレオは、少し面倒くさそうな顔でドラゴンへと向かっていく。その背中にセシルは威勢のいい声を飛ばした。
「レオ様! じっくりドラゴンの動きを引き出してくださいね!」
セシルの周りではユリアとジルバが結界を張っており、ガランは何かあった時のための攻撃要員として側についている。ドラゴンを描くというそう何度もない機会を最大限に活用するため、セシルはレオにすぐに倒すのではなく、なるべくドラゴンの動きをスケッチする時間を稼いでほしいと頼んだのだ。
つまり、レオは攻撃を当てることができず、ただドラゴンの攻撃を避け続けなければならない。最初に聞いた時は「面倒だ」と嫌そうな顔をしていたが、最終的には折れたのでなんだかんだとセシルには甘いレオだ。
「レオ様とドラゴンとの闘い、目に焼き付けないと!」
セシルは目を開いてじっとドラゴンへと近づくレオを見ていた。その気配に気づいたドラゴンがゆっくりと首をもたげる。威嚇する顔つきになり、体を起こす。低い声がかすかに聞こえたと思ったら、顎を開き、咆哮が轟いた。
セシルはドラゴンの動き一つ一つを脳裏に焼き付け、スケッチしていく。レオはドラゴンを引きつけ、攻撃を華麗に避けていた。もちろんセシルはそんなレオの動きも描き、隣でそれを見ていたガランが「いい絵本になりそう」と声を弾ませるのだった。
火を噴き、爪で地面をえぐり、鋭い牙で食らいつこうとする。白い紙の上にいるドラゴンも臨場感あふれ、セシルは黙々と手を動かした。そしてドラゴンの尻尾の動き、おなかの質感まで描ききったセシルは、赤い旗を振ってレオにOKと合図を送る。
するとレオは右手に空気を圧縮させ、するどい刃のようにすると火を吐き、レオを追いかけて疲労が滲み始めたドラゴンの背後に回ってその首に空気の刃を投げつけた。目に留まらぬ速さで飛ぶ刃はドラゴンの首を跳ね飛ばし、一瞬遅れて血しぶきが上がる。
「血抜き……」
レオはぽつりと呟くと、うんざりした顔でドラゴンの巨体を浮かし逆さにした。斬った首から血が流れ落ち、すぐに池ができる。その様子もセシルは肉を思い浮かべながらしっかりスケッチしていた。
「レオ様~! ドラゴンの肉ありがとうございます!」
スケッチより肉の礼が先に来る辺りが実にセシルらしかった。護衛に専念していた三人も微笑ましく見ており、その生温かい視線に気づいたセシルは急に恥ずかしくなって顔を赤らめる。それを隠すようにレオへと駆け寄っていった。
「おいセシル、余り寄るな。血なまぐさくなる」
そう苛立った声を出すレオには一切返り血がない。
「近くでスケッチするだけだから大丈夫です~」
最近あれこれうるさい時があるレオの言葉を聞き流し、セシルは目や牙、鱗など細かなところを観察して描いた。お茶のセットを片付けたユリアとガラン、ジルバも近づいてきてドラゴンを鑑賞する。
「けっこう大きいですね」
「これは丸焼きは無理だね」
「料理長の方は準備が出来ているとのことなので、ある程度血抜きが出来たら運びましょう」
無事ドラゴンを倒し肉も手に入れられた。後はどう調理しておいしく頂くかである。血が落ちて来なくなるまで待ち、転移の魔法陣を使って城まで戻る。中庭に着けばすでに料理人たちが待ってくれており、迅速に解体が進められていった。その中に商人の姿もあり、余った骨や皮を買い取ってくれるようだ。
レオは水を浴びてくると城の中に入り、ジルバとガランも仕事があるからと中庭を後にした。セシルは解体が見たいとスケッチブックを開いて作業を見るために残り、ユリアもそれに付き添う。プロたちの手によって肉は部位ごとに切り分けられ、脂の乗り具合を見て仕分けされていく。大部分は熟成のため、処理をしてから低温の倉庫で寝かせるのだ。
ドラゴンの肉は臭みが少ないが固く、熟成させるのが一番おいしいというのが料理人たちの意見だった。そのため少なくとも一か月はお預けとなる。当然それを聞いたセシルは落胆を隠せなかったため、レオが「あまり呼びたくないが」と、ある人物を呼んでくれたのである。
「セシルちゃん、いい肉になりそうじゃない」
「あ、ララさん。わざわざ来てくださりありがとうございます!」
セシルが振り返ると、妖艶な体をワインレッドのワンピースに包んだララが立っていた。この国一の魔女と名高いララには、肉の熟成を頼んでいるのだ。ジルバがその話を聞いた時、「なんという才能の無駄遣い」と呆れていたが、本人は楽しそうに受けてくれた。
「おいしいチーズを作るために開発した魔法が、こんなところで役に立つなんてね」
魔法の中には腐食魔法という部類があり、その名の通り物を腐らせる魔法だが、うまく加減すればいい発酵食品を手早く作れるのだ。厳格な温度管理の中で進める熟成に比べれば味は落ちるが、今回は早さが必要だった。
「ララさん、おいしいお肉のためお願いします!」
場所を厨房へと移し、ララの前には夕食で使われる肉の塊が置かれた。牛というより鶏肉に色身は近く、桃色でプリっとしている。それに手をかざすと、肉が淡く白いもやで包まれた。白いもやの中は低温に保たれ、風が循環している。
「一か月くらいでよかったのよね」
「はい!」
ララが左手を肉にかざしたまま、右手で指を鳴らすと少しずつ肉の表面が変化してきた。乾燥が進み、赤みが濃くなり徐々に黒へと。水分が抜けて少しずつ収縮していった。表面が白くなり、黒いカビのようなものも付き始める。
「わぁ、ナッツみたいな香り」
肉が腐った時の酸っぱい臭いではなく、熟成した肉特有の香ばしさが漂ってきた。それだけでセシルはよだれが出てくる。
「うん、こんなものね。これで今日の夜、おいしいお肉が食べられるわ」
「ララさん、ありがとうございます!」
「うふふ。レオ様が珍しくお願いしてきたのだもの、貸しを作っておかなくちゃね。それに、ガランの寝顔を描いた絵をもらえるのでしょ?」
「あ、はい。前にお昼寝されたのを勝手に描いたものですが……」
盗み描きだったので、部屋の隅に置いたままだったのだが、レオは目ざとく見つけていたらしい。しっかり交渉材料に使われていた。
「十分よ。さ、私はガランとレオ様で遊んでくるわね~」
仕事が終われば颯爽と去っていく。自由なララを半笑いで見送り、犠牲になるガランとレオを心の中で「頑張ってください」と応援しておいた。
そしてセシルは忘れないうちにと、スケッチをもとにキャンバスに絵を描いていく。ドラゴンと闘うレオ。剣を持って闘うレオの流れる髪に、鋭い目つき。対するドラゴンは大口を開け、今にもその牙で襲いかかろうとしていた。
(あ~、レオ様かっこいい。いつものすまし顔とは違って、戦士って顔もいいわ。魔王だけど、騎士って感じがする)
セシルはにまにましながら、上機嫌で描き進める。そして三枚の絵が完成したところで、ユリアに夕食が出来たと呼ばれた。待ちに待ったドラゴンの肉である。




