魔王様と絵描きの少女
それは二人が恋人になって半年が過ぎた頃、レオが珍しく酔った夜のことだった。セシルとテラスでワインを飲みながら話すうちに、いつもより飲んでしまっていた。セシルも少しワインをベースにしたカクテルを飲んでおり、ケラケラと上機嫌に笑っている。少し前からジルバやガランとともに、少しずつお酒を飲む練習をしており、こうやってお酒を飲むようになったのだ。お酒にはあまり強くはないが、楽しく酔えるタイプのようだ。
二人は木のベンチに隣り合って座っており、心地よい風を感じていた。チーズにナッツ、干し肉をつまみながら、セシルは子どものころの話や、今まで出会った思い出深い肉について話す。レオは「そうか」と相槌を打ちながら、干し肉を齧っていた。それを見たセシルが、ぽつりと零す。
「レオ様、肉でも干し肉は普通に食べるんですね。硬いのに」
「……ん? まぁ、干し肉は硬いものだからな」
そう答えセシルをじっと見つめる紅い目は潤み、ぼうっとしている。それはセシルも同じで、ふわふわした頭で思ったことをそのまま口に出した。
「えー。でも、ステーキは硬かったら嫌なんでしょう? 柔らかすぎても嫌みたいですけど」
恋人になってから夕食を一緒にする機会が増え、レオの偏食具合をよく目の当たりにするようになった。嫌いなものは極力出されていないが、肉に関しては気に入らない時があるようで作り直しを命じている。セシルも同じ焼き加減の肉を食べているのだが、いまだにレオが好む焼き加減を把握できていなかった。その時は決まってセシルが下げられようとする肉を食べるのだが……。
(あ、でも、最近はわがまま言うの、少なくなったかな)
出会った当初、セシルが絵を描いていた頃に比べれば大人しく食べるようになったが、レオの肉の焼き方へのこだわりは謎のままだ。ユリアやジルバは「甘えているんですよ」と言っていて、料理人や侍女たちも嫌な顔をすることはない。それがまた不思議でならないセシルだ。
「違う、気がするからな……」
「何がですか?」
「俺が食べたいと思った肉と、違う気がするからだ」
ぽつぽつと、レオはワイングラスを軽く回しながら答えた。セシルは的を射ない回答に小首を傾げ、さらに質問する。
「何が違うんですか?」
「……わからない。ただ、これじゃないと」
「それ、何の肉なんですか」
よほど極上の肉でも食べたことがあるんだろうかとセシルが訊けば、レオは口を閉ざした。「どうしました?」とセシルがじっと見つめて尋ねれば、少なくなったワインから目を離さずに口を開く。
「……昔、見たんだ。ジルバに魔王候補として王都に連れてこられた時、夕食を食べに入った店だった。隣のテーブルに家族連れがいて、うるさかったんだが……」
レオが昔のことを話すのは珍しい。セシルは表情を引き締めて、続きを静かに待つ。レオはワイングラスの向こうを見つめているようで、伏せられた瞳にまつげの影が落ちていた。
「全員同じステーキを頼んでいて、子どもはずっとはしゃいでいた……。ステーキがくるともっとうるさくなって、うまいと叫んでいた。全員笑顔で、嬉しそうで。俺も、そのステーキが食べたいと思ったんだ……その時、自分が何を食べていたかは忘れたがな」
淡々と話すレオの声には寂しさが潜んでおり、セシルは普段レオが隠している孤独感や悲しみにふれて、表情を影らせた。レオの育った環境が恵まれたものではないことは、ユリアから聞いていた。
「レオ様……」
かける言葉が思いつかなくて、セシルはレオの左腕を掴む。レオは気にするなと微笑み、グラスを置くとセシルの頭を撫でた。
「だが、不思議とお前と食べると、おいしい気がしてな。あの家族のように、楽しい気がする」
セシルがおいしそうに食べるからか、おしゃべりをして楽しい雰囲気をだしてくれるからか。レオは和やかな気持ちで食事を楽しむことができるようになっていた。
セシルはレオの言葉が胸に迫り、掴む手に力を込める。想いが胸に込み上げ、鼻の奥がつんっとなった。
「レオ様! これから、ずっと一緒に食べますからね。おいしくて、楽しいって、たくさん思えるように!」
「……なぜ泣く」
セシルは感極まって泣いていて、困惑したレオは頭に置いていた手を目元に滑らせて指で涙を拭う。そんなレオに、セシルは真剣な目を向けて言い切った。
「私が、レオ様の家族になります。絶対に、幸せな家族を作ります」
幼いレオの心の傷が癒えるように、セシルは支えてあげたいと思う。
「そして、幸せそうなレオ様をたくさん書きます」
レオは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、やがておかしそうにくつくつと喉の奥で笑った。眉を少し下げ、泣きそうで、それでいて嬉しそうな複雑な顔をしている。
「……あぁ、楽しみにしている」
そして泣き止んでくれと、レオは顔を寄せて頬に口づけた。セシルは涙を拭うと、レオの肩に頭を乗せる。二人だけの時間。こうやって少しずつ互いの事を知って、仲を深めてきた。
(これからも、こうやって過ごしていくんだろうな……)
嬉しいことも、辛いことも一緒に乗り越えていく。セシルは、レオとならやっていけそうだと思いつつ、レオに顔を向けてふと気になったことを訊いた。
「じゃぁ、エビとかカニが嫌いなのも、理由があるんですか?」
もしかして過去に辛いことがあったのかと、心配になったのだ。トラウマがあるのなら、今後不用意に憂さ晴らしとしてエビ、カニのスケッチをするのは止めようと思う。
「……いや。あれは見た目が受け付けないだけだ」
「え……なら食べましょうよ」
心配して損したと、セシルは体をレオから離して干し肉をつまんだ。知れば知るほど、分からないことも増えていく。だが、それも含めて愛しいとセシルは思う。
「無理だ……だが、肉に関しては極力食べるようにはする」
「当然ですよ。肉に対して失礼ですからね!」
酔ったセシルはワイングラスを持ち上げ、肉にカンパーイとワインに口をつけた。
「いや、下げる肉をお前が食べるから、太りかねん」
「私に失礼!」
「若さを過信していると太るぞ」
「ひどい!」
頬を膨らませて抗議するセシルに対し、レオは愉快そうにその頬をつつく。しだいに他愛のない話題に移っていき、二人はちびちびとお酒を飲んで楽しんだ。月は徐々に中天へと向かっていく。
しばらくするとお酒に強くないセシルはレオによりかかって眠ってしまい、レオは顔にかかっている髪を指ですくった。その寝顔を見て相好を崩し、愛おしそうに見つめる。
「セシル……お前のおかげで、たくさん救われた。感謝している」
そして宝物に触れるように頬に指を添え、唇を重ねた。その甘く優しい微笑は誰の目にも映ることはなく、ただ月の光だけが照らしている。淡い光を受けて輝く銀糸のような髪に、熱を帯びた瞳は紅。その瞳にはわがままで孤独な魔王の心をとらえた、ただ一人の少女が映っていたのだった。
これで魔王と絵描きの少女の話は終わりです。ここまでお読みくださりありがとうございました。
作者の好みを詰め込んだ作品になりましたね。
次は中華風恋愛を書いてみようと思いますので、よろしければまたお願いします。
しばらく、勉強と書き溜めに移ります(*´ω`*)
ではまた、機会があればお会いしましょう!




