春を感じるお姉さん
ユリアが浮かれている。人の色恋に鈍いセシルが気づくほど、最近ユリアは緩んでいた。セシルが魔王の恋人になって半年が経ち、ある程度気安さが生まれてきた頃である。それもあってか、夕食の席で難しい顔をしたレオが、セシルにこんな頼みごとをしたのだった。
「セシル……ユリアからそれとなく、新しい男について聞きだしてほしい」
「え、なんで私なんですか?」
セシルも最近ユリアが恋をしたことに気づいており、そのことでレオ、ジルバ、ガランが何か話しているようなことも分かっていた。だが、自分で聞けばいいのにとセシルは慣れた手つきで肉を食べながら思う。それが顔に出ていたようで、レオは苦々しい顔をしてワインを一口飲んだ。
「俺が気にしていると相手に伝わると、高確率で相手が逃げるからほっとけと釘をさされている……それに、今まで色々聞きすぎて、もう口を出せない」
「え、どういうことですか」
「勝手に俺の隣に立つユリアを見て、敵わないと去っていくらしい……これまで何度なじられたことか。それに、あいつは男運が無くて、これまでも色々問題があったんだ。それを俺のせいにして、疫病神扱いされている」
かいつまんで話を聞けば、村にいた頃から犯罪がらみの男や、浮気性の男、性格に難がある男など恋愛においては色々苦労があったらしい。魔王付きの侍女として、隠密の任についてからは、それもあって敬遠されるようになった。
「俺について城に来たせいで、婚期が遅れたところもあるから……少し気がかりでな。勘違いはしてほしくないが、少し様子を見てきてほしい」
「いいですけど……役に立てるかはわかりませんよ? 恋バナなんてあまりしませんし」
「だが、ユリアは話すだろ?」
「……えぇ、まぁ」
ただ、過去の失敗談より未来の理想を話すことが多く、最近ときめいた話などをよくしていた。今までの話を聞けば、その前向きさに拍手を送りたくなるセシルだ。
「というわけで、肉を少しやるから頼んだ」
「かしこまりました!」
レオにステーキを半分もらい、ほくほく顔で返事をする。そしてさっそく、翌日の昼にユリアとお茶をすることになったのだった。
今日は温室でお茶をしましょと、ユリアに連れられて、セシルは初めて温室に入った。中は温かく、花と土の匂いがする。きれいに手入れがされていて、大輪の花を咲かせていた。中央に丸テーブルと椅子があり、ユリアは手早くお茶の準備をする。
セシルは居心地のいい温室を見回しながら、ユリアの用意を待った。
「はいどうぞ。今日はね、お土産があるの。昨日王都に行って、帰りにケーキを買ったのよ」
そう言って出されたのはチョコレートケーキで、ユリアはお皿にケーキを切り分けていく。機嫌がよく、鼻歌が漏れていた。昨日ユリアは非番で、朝から王都に出かけていたのだ。レオはデートだろうと言っていたので、それとなく切り込んでみる。
「そうなんですね。王都で何をしたんですか?」
そうセシルが訊くと、ケーキを乗せた皿をセシルの前に置き、お茶を注いだユリアはうふふと思わせぶりな笑みを見せて椅子に座った。そしてテーブルに肘を付き、紅茶のカップを両手で持ち上げてから嬉しそうに話し出す。
「実はね、デートをしたのよ」
「デ、デートですか」
演技が下手なセシルは、不自然にならないように注意しながら言葉を選ぶ。
「そう。最近知り合った人でね、向こうから誘ってくれたのよ」
上手く話題にすることに成功したセシルは、情報収集に乗り出した。気分は隠密だ。
「えっと……どんな人なんですか?」
話を向けるとユリアは嬉しそうにパッと笑顔になり、色々話しだした。聞いて欲しくて仕方がなかったのだろう。勢いよく話された内容をセシルは頭の中で整理する。
(年はユリアさんと同じくらい。背はユリアさんより高くて細身、服のセンスがよくてかっこいい。話をよく聞いてくれて、とても気が利くし、甘えさせてくれる。騎士の家系で、王都には修行に来た……話を聞く限りは悪い人ではなさそうだけど)
ユリアは久しぶりの恋に浸っているようで、うっとりと幸せそうな顔をしていた。まさに恋する乙女だ。
「常は凛々しくて頼りになるんだけど、笑顔が可愛くてドキドキしちゃう。しぐさが優雅でね、私の手に口づけしてくれて……女心が分かってるって感じ」
「……そうなんですね。会ってみたいです」
セシルの中のイメージが美化され過ぎて、そんな人が本当にいるのか疑わしくなる。
「あら、会えると思うわよ。明日、城の訓練に参加するって言ってたから」
「え、そうなんですか!?」
思わずセシルは腰を浮かしてしまい、ユリアはどうしたのと目を丸くする。
「セシルちゃんが興味を持つなんて珍しいわね」
「あ、いえ……闘ってる様子を絵にしてみたいなって、思ったり」
「ふ~ん。あ、そうね。それがいいわ」
ユリアはカップを置くと二マリと口角を上げて、セシルに体を寄せた。顔が近づき、まつげに縁取られた目力のある瞳を向けられ、セシルは背筋を伸ばす。
「明日、訓練を見学すればいいわ。そうすれば、潜まなくても私は護衛ってことで一緒に見られるし」
協力してねとユリアに手を握られ、セシルはコクコクと頷くしかできないのである。
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