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幼き日の魔王様

 魔人国アルシエルでも辺境の地に、その村はあった。森に囲まれていて、人々は農作物を育てたり森の恵みをいただいたりして生活をしている。麦畑が広がっていて、その中を水色の髪をした少女が、銀髪の少年の手を引いて歩いていた。人間で言えば5歳くらいの見た目だ。


「ねぇ、レオ。あっちにおいしそうな木の実があったの」


 少女は黄緑色のワンピースにリュックを背負っていて、ポニーテールが揺れている。明るい緑色の瞳が輝いており、夏の陽気ということもあってか肌はうっすら小麦色だ。それに対して手を引かれている少年は着ている服はくたびれていて、不健康そうだ。くすんだ銀髪は肩より少し長いぐらいで前髪はうっとうしそうに目にかかっている。腕は細く、雪のような白い肌だ。時折前髪の隙間から見える瞳は真紅で、引き込まれる儚い美しさがある。


「ユリア……もう少し、ゆっくり」


 普段運動をしないレオは体力がなく、速足のユリアに合わせるだけで息があがった。少し上気した頬は誰もが釘付けになるほどだが、幼い頃から見慣れているユリアは微動だにしない。幼馴染のユリアはレオより少し年上で、お姉さんのようにレオのことを気に欠けていた。


「ご飯食べたの?」


「……ううん、まだ」


 そのまだが、いつからまだなのかは分からない。ユリアは折れそうなレオを気遣い、少し速度を落とす。そしてついた場所は、森に少し入ったところだった。食べられる木の実や果実がたくさんあり、ユリアは木のうろの中から集めて置いた木の実を取り出す。


「木の実パーティーをしましょ! おうちから、お茶とサンドイッチも持ってきたのよ!」


 レオがろくにご飯を食べさせてもらえていないことは、ユリアも知っている。だから、こうやってごっこ遊びと称して、毎日何かを食べさせていた。本当は家に招いてご飯を食べたいのだが、それをすると母親がさらに不安定になることを、ユリアだけでなく村中の人が知っていたのだ。


「レオは魔王ね。私はお手伝いさんしてあげる~」


 ごっこ遊びはどこにでもある。人間のクレア王国なら勇者ごっこが、対するアルシエルでは魔王や魔女ごっこが人気だ。


「う、うん」


 ユリアはお皿も持ってきていて、木の実とサンドイッチを丁寧に盛り付けていった。ティーポットに茶葉を入れ、魔法で出した水を沸騰させ慎重に注ぐ。ユリアは器用に魔法を使うことができ、レオは羨ましそうにそれを見ていた。レオも十分魔力はあるが、魔法を練習できるほどの体力がない。

 お茶の準備ができたら、ユリアは茶器に注ぐ。


「さぁ、レオ様。めしあがってくださいな」


「……うん」


 レオは細い指でカップを持ち上げ、小さく息を吹きかけて冷ますとゆっくり飲む。無表情のまま木の実やサンドイッチを少しずつ食べて行った。それをユリアはじっと見つめる。レオはいつも無口で、感情を表に出すことはほとんどない。その顔も性格も、他の村の子からは浮いていて幼いユリアも心配になる。

 それでもこの時のユリアは、こうして遊びにかこつけてレオにご飯を食べさせることしかできず、他にどうすればいいのかもわからなかったのだった……。




 そして、転機となったのが村にある画家がやって来た時だった。この頃、レオは人間で言う10歳ぐらいになっており、母親はレオを使って商売をしていた。人形のように愛でられ、薄気味悪い視線に晒されたレオはますます心を閉ざしていった。だが、皮肉にも客が愛玩のためにレオに食事をさせることが多くなり、肉や魚など栄養のあるものを食べる機会が増えたことで健康状態は良くなっている。

 肌は変わらず白磁器のように白いが、背中につくほどに伸びた銀髪は艶が出て、肉付きもよくなる。その上、質の良い服を贈られるため、こぎれいな格好をしていた。そんな時、レオはトラストという画家に会った。ユリアと二人丘で遊んでいると、そこでトラストは絵を描いていたのだ。


「わぁ……これはまた……」


 レオを初めて見たトラストは驚きつつも、すぐに穏やかな笑みを作った。そして膝をついて立っているレオと視線を合わせると、挨拶をする。


「初めまして、レオ君。僕はトラスト、画家だよ」


 レオは無感動な瞳を向け、返答はない。代わりに興味津々のユリアが答える。


「がか? 何それ」


「あー、画家はね、絵を描く人だよ」


「え?」


 絵を知らないのかとトラストは頭を掻いてから、指を鳴らすと一枚の絵を出した。


「わぁ、きれい!」


「これはね、この村から少し行ったところにある泉なんだよ。今はピンクの花がたくさん咲いてて、きれいだったよ」


 小さなピンクの花に囲まれた泉。水は透き通っていて、水面にはピンクの花が映りこんでいる。


「……風」


 ぽつりと、小さな声が漏れた。思わず出た言葉に、トラストは目を丸くしてレオに顔を向ける。


「そう! すごいね! この花の動きと水面で風の通り道を表現したんだ。もっとあるよ」


 嬉しそうに早口で説明すると、トラストはどんどん絵を出していく。


「これは海だ。海の水はしょっぱくて、こっちに来たり向こうへ行ったりするんだ」


「……海。土が、いい」


「これは砂浜って言ってね。小さな砂の粒が集まっているから、木の枝を細く削ってブラシにして表現したんだ。レオ君は僕が表現したいことをすぐに分かってくれるね」


「ふ~ん、私は全く分からないわ!」


 それからトラストは、王都、花畑、山、火山、洞窟。様々絵をレオに見せた。レオの境遇については村の人から聞いており、何か力になれないかと考えたのだ。


 その日からレオとユリアは村の中で絵を描いているトラストを見つけては、側で眺めるようになった。ユリアは飽きてどこかへ行くことも多かったが、レオは不思議といつまでも見ていられたのだ。

 最初トラストは、レオの興味を惹ければと思って絵を出したのだが、思わぬレオの才能に画家魂がくすぐられていく。絵を描きながら、熱く語るトラスト。いつしかレオは絵の世界に魅せられ、トラストの側に寄って絵を手に取って見るようになっていた。


 そして互いに信頼関係が築けてきた頃、トラストは母親からレオの絵を描く依頼を受けたのだった。レオの仕事部屋は豪華で、部屋には贈り物が積まれ家具の一つ一つが一級品。品の良い椅子に座る着飾られたレオはまさしく人形で、トラストは奥歯を噛みしめ胸が苦しくなった。その空間が異様で、薄気味悪さすら感じる。レオは外で見るよりも瞳に感情はなく、心はここにない。


「ごめんね、レオ君……すぐに終わらせるから」


 トラストは少しでもレオの気が紛れるよう、今まで描いてきた絵をたくさん宙に浮かべた。レオの周りを絵が囲んでいて、展覧会のようだ。心なしかレオの表情が和らいだ気がして、トラストは輪郭を取ると目印となる色だけ乗せていく。この数週間で何度もレオの顔を目に焼き付けた。借りた空き家にはデッサンがたくさんある。今はとにかく少しでも早くレオをこの苦痛から解放させてあげたくて、トラストは必死に筆を動かした。


 そして30分ほどで作業を終え、トラストは書き終えたキャンバスを魔法で空間に収納すると、新たに一組のイーゼルとキャンバスを出した。そして小声で手招きをする。


「レオ君。僕は君ほど絵を理解できる人に会ったことがない……。色を見る才能があるんだ。だから、少し絵を描いてみない?」


「……え?」


「大丈夫。お母さんには一か月くらいかかるって言っておくし、その間は入ってこないようにしてもらうから」


 トラストはこの才能を伸ばさないのはもったいないと直感で理解した。画家にとって技術はもちろん大事だが、色彩感覚や感性は得難いものだ。約束とトラストが微笑みかけると、レオは眉間に皺を寄せて頷いた。


 その日からレオはトラストから絵の描き方を学び、乾いた土のようにどんどん吸収していった。初めてレオが描いた絵を見たトラストは息を飲み、感動して涙を浮かべた。


「天才だ……」


 色の捉え方に表現。まだ粗削りながらも光をうまく絵に入れ込もうとしていて、嫉妬すら覚える才能だった。それなのに、その絵はどこか悲しそうで、虚しい。トラストはそれから一か月、自分が持てる全てをレオに伝えた。何か一つでもレオの中に残ってもらえたらと、かすかな願いを託して。



 そしてトラストが去った後、レオは絵を描くことはなく誰もレオが絵を描けることを知らないまま月日は流れた。病気でレオの母親が亡くなると、ユリアの両親がレオを引き取り育てることになった。ユリアたちの懸命な働きかけで、遠慮はあるもののレオは少しずつ自分の気持ちを表せるようになっていく。自然な笑みが出ることはほとんどないが、レオは心穏やかに青年へと成長していった。


 その後、ジルバが村を訪れたことにより、魔王レオ・アルシエルが誕生することになるのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] レオ様がちゃんと成長出来たのは、ユリアとトラストのおかげですね。 レオ様、もうちょっとぐらいはユリアに感謝しても……と思うのですが、照れくさいのかな?
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