猫を愛でる魔女
「……それで、ララは何をしにきたの?」
そうガランが尋ねると、アーモンドクッキーを齧ったララは事も無げに返す。
「何って、遊びに来たのよ。それに、最近仕事が忙しいみたいでこっちに来てくれない誰かさんの顔を踏んづけようかと思って」
ガランに顔を向け、ニンマリと口角を上げるララ。その圧力に、ガランの表情は強張りしっぽがピンっと立った。
「ご、ごめん……春に長い休みが欲しかったから、最近忙しくて……。明日行くつもりだったんだ」
「あらそう? でも、セシルちゃんにも会いたかったから、別にいいわ。ねぇ、セシルちゃん。ガランから話は聞いてたわよ。本当に可愛いお嬢さんね。今度、私とガランの絵を描いてくれる?」
「はい、もちろんです。あの、私もガランさんからお話を伺ってました。すごく、素敵な関係だと思います」
ガランはララに一目ぼれをし、ララの気を惹くために猫の姿をし続けた。今二人が恋人なのは、ガランが一途に想い続けた結果だ。セシルが笑顔でその話をすると、ララは面白そうに眼力を強めてガランを見る。
「あらぁ。お酒に酔って話したんでしょう? もう、飲み過ぎるとおしゃべりになるんだから。今度、飲みすぎ防止の効果を付けた首輪を作ろうかしら」
「……飲みすぎ防止はありがたいけど、首輪はちょっと」
「そう? 魔力探知のできる魔法石を付ければ、居場所も分かるから楽なのに」
「いや、そんなの無くても僕の居場所くらいわかるよね」
いつの間にか二人の空気になっていて、セシルはニマニマして温かい視線を二人に送っていた。レオは関心が無いようで、チョコチップクッキーを無言で食べている。
「お二人は、本当に愛し合ってるんですね。何年経ってもお熱いなんて」
「ちょっと、セシル。何言って」
「まぁ、レオ様。ひねくれ者のレオ様にはもったいないくらいの純粋な子ですね。気に入りましたわ!」
ララはパッと笑顔になり、立ち上がるとセシルの側に寄ってその手を握った。ララは体を前のめりにしており、圧倒的な質量と美貌が迫っている。
「セシルちゃん。ガランやレオ様のことで困ったら、私に言ってね! 魔法でちゃちゃっと懲らしめてあげるから!」
「え……あ、はい……?」
セシルは勢いに押され、頷くことしかできなかった。
(そういえば、魔法が強いって言ってたけど、魔王様を懲らしめるって……)
セシルはレオが本気で戦っているところを見たことがないが、話を聞けばそこそこ強いらしい。半信半疑で、目を白黒させているセシルに、ガランはため息交じりに説明をする。
「ララ……すっごく魔力が高くて、そう見えて高等魔法も余裕で使えるし、新しい魔法も生み出しちゃう天才だから……魔王候補に選ばれるくらい」
「え、魔王候補!?」
思わぬ単語が飛び出して、セシルは目を丸くする。つい現魔王のレオに視線を向けてしまった。
「……俺と同じ時の候補だ」
「あ……顔」
現魔王の選考基準は顔。ララはレオとはまた一味違う美しさを持っており、納得するセシルだ。しかも体つきも魅惑的なため、外交にはさらに有利な気がする。
(しかもレオ様より強いなら、ララさんが魔王になってもおかしくなかったんじゃ?)
そう思いながらセシルがララに視線を戻すと、ララはうふふと小さく笑って自分の席へと戻っていった。紅茶で喉を潤してから、足を組んで悠然と口を開く。
「私が魔王になったら、私を巡って争いが起こるもの」
圧倒的な自信。だがセシルもそうかもしれないと思えるだけの、説得力が全身から溢れている。そして冗談めかした軽い口調で続けた。
「それに、魔王になったら自由に研究できないし、ガランで遊ぶこともできないもの」
ガランで遊ぶ。そう言って意味ありげに笑うララと、諦めた顔ながらも嬉しそうなガラン。互いのことを何もかも分かり切っているような雰囲気で、それが長い年月をかけて気づいた二人の関係なのだろう。
(私も、二人のようになれるかな)
セシルは少しいいなぁと思いつつ、レオに視線を向けた。先ほどから静かな魔王は、優雅にお茶を飲むと視線に気づいたのか横目でセシルを見る。その顔は少し呆れている気がした。そしてカップをテーブルに戻すと、アーモンドが入ったクッキーを取る。
「お前はお前だ、ばか」
そのクッキーを口に押し込まれ、セシルは目を丸くしながらも反射的に口を動かした。クッキーの甘さとアーモンドの香りが広がっていく。
「まあまあ、レオ様。さすが愛しい人ができると変わりますわね。ささやかな気づかい……私、涙が出そうですわ!」
カラッとした瞳で言い放つララに、ガランは苦笑いを浮かべレオは口を引き結んで嫌そうな顔をする。
「これはぜひ、二人の馴れ初めをじっくり聞かなければ帰れませんね」
二マリと唇がゆるやかに弧を描き、セシルは逃れられない運命を悟った。だがレオは顔を引きつらせ、
「この性悪魔女が」と吐き捨てると、指を鳴らしてどこかへ消える。
「え、レオ様ひどい」
一人生贄にされたセシルは、空になったソファーを唖然として見つめた。確かジルバたちに訊かれた時も、こうしてレオは逃げていた……。
(こうなったら、仕方がないわ!)
セシルは腹を括り、全て話して満足してもらおうとララに向き直る。しかしそのララは立ち上がって、勝気な笑みを浮かべていた。
「あらぁ、私に転移魔法で勝てると思ってるのかしら……。セシルちゃん、ちょっとレオ様と鬼ごっこしてくるから、いい子で待っててね」
ララはお茶目に片目を閉じると、指を鳴らして消えた。唐突に始まった高等な鬼ごっこに、セシルは力が抜けてソファーに体を沈める。そして、「完全にへそを曲げられたわ」とララが諦めて帰って来て、セシルが質問攻めにされるまで、そう時間は経たなかったのである。




