46 興味津々の三人
そして夕方ガランも目覚め、夕食を取ったセシルはサロンにユリアによって連行されたのだった。そこには期待したような顔をしているジルバと、猫の姿のガランが丸テーブルを囲んで待っていた。ユリアはささっとお茶を淹れ、お菓子を用意すると自分も席に座る。
「さぁ、夜は長いわよ~」
大人たちにはワインとおつまみも用意されており、セシルの話を楽しむ気満々である。
(恥ずかしい! それに、ガランさんが何で猫になってるのか、ますます気になる~!)
セシルは興味津々の三対の視線にさらされ気恥ずかしくなりながらも、人間姿のガランが頭をよぎってしかたがない。さらになぜ猫になっているのか気になってしまう。
だがそのガランによって、助けに行った時のレオの様子が暴露され、さらにユリアによって「レオのどこがいいの?」「デートはどこに行きたい?」と、追い打ちをかけられたことで、セシルは照れと恥ずかしさで死にかけるのであった。
「もう、もう勘弁してください~。まだそんなお互いをよく知りませんし、これからどうなるのかもわからないんですよ?」
「まぁそうねぇ。じゃぁ、これからは週に一回くらい報告会を開かないと」
「多すぎます!」
ユリアはうふふと微笑みながら、赤ワインを呷る。ジルバもガランもペースが早いなと思いつつも、祝いと慰労を兼ねているので口には出さない。そしてようやく話題が逸れ、今回の事件の起こりと結末についてジルバが話し始めた。
「今回の事件ですが、まずはセシルさんを巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。我が国は人間との平和を望み、和平を結んだとはいっても快く思わない勢力もあったのです。それが反平和協定派として、今回蜂起したのです……私たちは情報をもとに対策を打っていたのですが、隙をつかれてセシルさんを攫われてしまいました」
申し訳なさそうに話して頭を下げるジルバに対し、セシルはかじりついていた肉から口を離し、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことありませんよ! 無事助けていただきましたし、ジルバ様が謝る必要ありません」
「いえ、こちらの責任です……。セシルさんを連れ去った女性は、反平和協定派の首謀者の娘だったんです。昔からレオ様に執着されていて、迷惑しておりました……。この一件で、反平和協定派は壊滅。首謀者たちは死罪を免れることはできないでしょう。あの女性に関しては、牢獄行きが決まっています」
淡々とその後の処理を述べるジルバに対し、セシルは顔を曇らせた。セシルは政治も知らなければ、戦いなどもってのほかだ。罪が法で裁かれることは知っていても、それを実行されるところを目の当たりしたことはない。
「分かり合うことが、できたらよかったのに……」
セシルはレティシアが叫んでいたことを思い出す。彼女は人間が悪だと信じていた。そう信じ込まされ、その価値観で生きていた。あの時は頭に血が上って言い返していたが、今思い返すと彼女も被害者のように感じる。
ぽつりと呟いたセシルに対し、三人は押し黙ってセシルに視線を注いでいた。三人はレオに近い、政治に近い人たちだ。ゆえに、反平和協定派はレオが目指す世界のための障害と捉え、排除に努めてきた。理解ができるなど思ったことはない。
「……セシルちゃんは、本当に優しい子ね」
そうどこか悲し気にユリアは笑い、セシルの頭に手を伸ばそうとして止めた。隠密として陰で生きてきたユリアからすれば、セシルは眩しいほど純粋だ。今この手で触れることすら、憚れるほどの。
「いえ……みなさんのおかげです。みんなが私に優しくしてくれたから、私も優しくできるんです」
セシルはユリアの手に自分の手を重ね、歯を見せて笑った。そしてジルバ、ガランへと視線を向けて照れ臭そうにはにかむ。
「だから、これからもお願いします。私は絵を描く事しかできませんが、レオ様のために頑張りたいんです」
式典で平和を願う姿や、助けに来てくれた姿を見てさらに力になりたいと思った。レオが目指す世界を近くで見届けたいと思ったのだ。
「もうセシルちゃんいい子~! レオ様にはもったいないわ! 大好き! 私、セシルちゃんのために色々と頑張るわよ!」
酔いが回り始め、感動したユリアがセシルに抱き着いた。セシルは左腕に温かな柔らかさを感じつつ、こそばゆそうに笑う。だが、「ドレスアップに、マナーのレッスンを頑張るわよ」と続いた言葉に、「しまった」と青ざめる。レオの隣に立つとなれば、その地位にふさわしい教養とマナーを身に着けなくてはならない。
「そうですね。歴史や知識面は私に任せてください」
ジルバが赤ワインを片手に優雅に微笑みかければ、セシルは許してくださいと顔を引きつらせた。
「宰相様が家庭教師だなんて贅沢すぎます! それに私は勉強が嫌いです!」
「おや、すでに手のかかる生徒のようですね」
「じゃ、僕は芸術分野の知識を担当するよ」
「勉強は嫌です~!」
ガランも先生として入ってくれば、セシルは聞き分けのない子どものように首を横にふる。その反応に三人は声を上げて笑い、セシルはむくれたのだった。その後完全に出来上がったユリアが「どうしてあんなに面倒くさいレオに恋人ができて、私にはできないのよ」と管を巻き始めた。三人は宥めつつ、よさそうな男の名前を挙げるがどれもユリアの琴線には引っかからないのだった。




