39 憂い顔の魔王様
セシルが物悲しさと胸の痛さを覚えながら眠りについたころ、レオの自室にはジルバの姿があった。侍女としてユリアが給仕をしており、二人は赤ワインを飲みながら話している。
「最近、反平和協定の動きが目立ち始めているようです」
話題は先日終わった式典のことや、政治についてだ。生ハムやチーズなどをつまみながら、熟成されたワインを堪能する。レオは面白くなさそうに鼻をならし、グラスを軽く回してワインを喉に流し込んだ。
「式典でも不愉快な視線を送っていたな……まぁ、動くなら動けばいい。この機会に一掃してやる」
強気なレオは、そう言えるほどの準備をジルバとともにしていた。だがジルバは不安が残るのか、小難しい表情でユリアに顔を向ける。
「ユリアさん、あれからセシルさんに接触した馬鹿はいませんか」
セシルに反感を持った令嬢がちょっかいを出したことは、ユリアがすぐに報告していた。ユリアはすぐにでも悪意を持つ令嬢を締め上げたかったのだが、レオから泳がせろとの指示があったのだ。あの令嬢は反平和協定派の旗頭の娘であり、必ず次も動くからと。
ユリアはレオのグラスにワインを注ぎ、ボトルを置いてから答える。
「はい、今のところは大丈夫です。大事をとって、一週間は王都に出ないように予定を組んでおります」
次の休みは、舞踏会ごっこという名のダンスのレッスンをする予定にしている。食堂やレオの食事メニューを試食してもらうという餌で見事に釣り上げた。
「それなら、大丈夫ですかね……王都に集まった反平和協定派が騒ぎを起こすとすれば、ここ数日だと思いますので」
反平和協定派は、実際にクレア王国との戦場となった地域に多い。アルシエル王国とクレア王国の間には山脈があり、その間には二つの道がある。戦場となったのは北側であり、そこはいまだに人間を快く思わない者たちが多くいるのだ。レオが直々に視察へ行こうにも、役人が拒否をするという状態だ。強行してもよかったが、相手の気持ちを逆なでしかねないため、様子見をしている。
「北の街々の密偵には十分注意をさせろ。何かあれば俺も行く」
レオ一人ならば、この城から転移魔法で行くことができる。だが転移魔法は楽なものでなく、距離に応じて魔力を消費する。レオが魔力量が多い方で、転移魔法が得意とは言っても半分は消費してしまう。そのため、大抵の人は無理のない距離だけ転移し、あとは陸路か空路を選ぶ。
「他に、何か新しい情報があるか?」
レオが視線をユリアに向ければ、ユリアは「そうですね」と情報を精査していく。
(さっき、セシルちゃんが料理人の子と塔に上ってたけど、これは伝えないほうがいいわね)
ユリアはちらりと見ただけだ。セシルの護衛もしているが、四六時中側にいるわけではない。それに、あまり私生活に入り込むのもよくないからだ。
「最近は、城の仕事が増えたようで、食堂のメニューに絵を入れたり、城の案内図に絵を入れたりされています」
「あぁ、それはおいしい食事がますますおいしくなりますね」
「……そのうち、城中であいつの絵を目にすることになりそうだ」
ぼそりと呟いたレオに、ジルバは顔を向けて優しい笑みを浮かべた。
「いいじゃないですか。好きな絵に囲まれるんですから」
「誰が好きだと言った。誰が」
眉間に眉が寄り、舌打ちが出る。照れ隠しか、嫌がっているのか。ジルバとユリアは視線をかわし、難しいですねと苦笑を浮かべる。それから、「あぁ」と思い出したようにジルバは声を上げ、探るような視線をレオに向けた。
「でも、レオ様が絵をお描きになるとは思いませんでしたよ。ガランも舌を巻く腕前だそうで」
「だから、あれは俺ではないと言っている」
セシルが朝起きたら絵が完成していたと、城中に見せて回った時から何度も探りを入れているのだが、一度も認められたことはない。他の人たちは不思議なこともあるものだと、首を捻っただけだったが、レオに近い三人はレオが描いたのではと踏んでいるのだ。
興味もなさそうなレオは、表情も変えずにワイングラスに口をつけた。そこに、真相を知りたいユリアも加わる。
「だったら、なおさらまずいですよ。何者かの侵入を許したことになります。あの時、襲撃がありましたし、そのうちの一人が何か絵に仕込んだのかもしれません」
固い声音で考えられる可能性を話すユリアは、真面目な顔をしているが、その目には好奇心を抑えきれていなかった。レオはますます苛立たし気に舌打ちをし、テーブルに肘を置いて行儀悪くワインを飲む。
「だがそれなら、セシルを害さなかったのもおかしいだろう。ここはアルシエルだ。何が起こってもおかしくない」
そう言って取り合いもしないレオに、二人は手ごわいと顔を見合わせ、内心溜息をつくのである。だが、幼馴染であるユリアもレオが絵を描くなど聞いたことはなく、またそんな技術を得る時間もあったように思えない。謎は深まるばかりであり、ユリアは絶対に真相を暴いてやるわと密偵の名にかけて誓うのだった。




