38 想いがこもった手作りの品
翌日。レオに誤解されたセシルはふて寝したが、一晩寝ればすっきり。嫌なこともすぐに忘れられる得な性格をしていた。最近はレオだけでなく、城に関わる絵も描き始めている。まず依頼があったのは食堂のメニューに絵を添えて欲しいというもので、セシルは張り切って肉を描いた。
料理長は「実においしそうです」と褒めてから、「サラダや果物も描いてくださいね」と肉の欄だけが埋まったメニュー表を見て苦笑いを浮かべたのだった。そうして今日の仕事が終わり、コルと約束をした時間になったのである。
「セシル、早かったな」
待ち合わせ場所である城の東ホールに着くと、コルが先にいて軽く手を振った。
「コルもね。仕事は終わったの?」
「あぁ、ばっちりな」
コルは気恥ずかしそうに歯を見せて笑うと、あっちと顎をしゃくって階段を差す。ホールからはらせん状の階段が伸びており、見上げたセシルはその高さに首が痛くなりそうだ。
「すごい……こんなところがあったんだ」
「城の東は塔になっててさ。良い眺めなんだぜ」
コルは階段の方へと進んでいき、セシルは上まで続く階段に目をやりながら後を追う。
「もしかして、これを上るの?」
「まさか」
軽く笑ったコルは、螺旋階段の中央を指さした。そこには魔法陣が描かれている。
「これで上まで行けるんだよ。階段は非常用と飾り」
「へぇ、さすが魔法」
便利だなと思いつつ、セシルはコルに続いて魔法陣の上に立つ。そしてコルが魔法陣に魔力を流せば、一瞬で景色が変わり風を感じた。
「わぁ、塔の上に着いてる」
最上階のようで、窓枠にガラスはなく風が入り込んでいる。円形の塔であり、ぐるっと壁に囲まれていた。そういえば、城の東の方に尖塔があったなとセシルは思い出す。さらに外に出られるらしく、ドアが一つあった。そのドアをコルが開けて手招きをする。
「ここ、穴場なんだぜ」
いたずらを考えている子どものような顔で笑い、コルは外に出る。そしてセシルも外に出た瞬間、心地よい風を感じ目の前に広がる光景に声が漏れた。
「……すごい。きれいすぎる」
外は鉄の柵が巡らされ、その向こうには城下町が広がっていた。夜の街を照らす明かりが星のように輝いている。色合いも少しずつ違い、人の姿も見える。街の賑わいと温かさを感じる美しさだった。
「絶景だろ。夜景もいいけど、昼間もすごいぜ。王都を守る壁の向こうまで見えて、地平線が広がってるんだ。朝日とか夕日も最高でさ、セシルに見せたかったんだ」
コルは柵に腕を置いて、その景色を眺める。セシルもコルの隣に立ち、言葉もなく景色に見とれていた。感動に目を輝かせているセシルの横顔をコルは見つめ、静かに深呼吸をする。そして緊張した面持ちで、口を開いた。
「あの、さ……セシルは肉が好きなんだよな」
そう話しかけられ、セシルは顔をコルに向けて答える。外は月明かりしかないが、今日は満月ということもあって顔ははっきり見えた。
「そうよ。今日の肉もおいしかった」
表情を硬くしているコルに、どうしたんだろうと思いつつもセシルはお礼を口にする。今日の夕食も、肉を多めによそってもらった。おいしかったと言われたコルは嬉しそうに頬を緩まし、手を無意識に遊ばせる。
「うん、それでさ。おいしい肉を、毎日食べられたら、幸せだろ?」
「もちろん。天国ね」
「俺も、料理をおいしいって食べてくれるやつがいたら、最高だ」
セシルはコルが何を言いたいのか今一つ掴めず、軽く首を傾げて次の言葉を待った。コルは一瞬言葉につまると、上着のポケットから何かを取り出してセシルに突きつける。
「セシル。俺はお前が好きだ。だから、付き合ってほしい」
コルは顔を赤くして、真剣な目をセシルに向けている。セシルはポカンと口を開け、反射的に出されたものを受け取った。それは木を削って作られたペンダントで、粗削りだがきれいな模様が入っている。だがそれ以上に言われた言葉が衝撃過ぎて、ペンダントの形など頭に入ってこなかった。
「……好き?」
「あぁ、セシルと話してると楽しいし、おいしそうに食べているのを見ると嬉しくなる」
セシルは驚き、目を瞬かせる。今までコルに恋愛対象として見られているなど、思ったことがなかった。告白されたと理解した瞬間、頬が熱くなり鼓動が早くなる。
「え、でも、私は人間だよ?」
それに、魔人族と人間の恋人は見たことがない。それこそ、始まりの絵に描かれている二人くらいだ。戸惑った表情を浮かべるセシルに対し、コルはぶっきらぼうに言葉を返す。
「だからなんだよ。戦争は終わったんだ。関係あるか」
「でも……」
正直、突然想いを伝えられても困惑するだけだった。セシルは今まで恋愛をしたことがなく、どう返せばいいのかもわからない。コルの顔を見ることもできず、逃げるようにペンダントへ視線を落とした。
「……魔人族には、交際や結婚を申し込む時に、手作りのものを贈る風習があるんだ。だから、もし、俺の話を受けてくれるなら、受け取ってほしい」
緊張感に満ちた声で、コルの真剣さが伝わってくる。だから、セシルも真面目に考えた。心臓の音はうるさく、思考は空回り気味だが、真剣に考える。
(コルと恋人になる? 確かに話はおもしろいし、一緒にいたら楽しい。それに、毎日おいしい肉料理が食べられる)
セシルにとってはこの上ない条件だ。何より、好意を抱いてもらえたことが嬉しい。ペンダントには何度も削り間違えた後があり、不慣れな作業だったことがうかがえる。その分コルの想いが伝わってきて、セシルは胸が熱くなった。だがそれと同時に、後ろめたさも感じる。
(でも、私はコルが向けてくれているような好意を持ってない……好きかって聞かれたら、そりゃ好きだけど、恋愛とは、違う気がする……)
セシルは今まで人を好きになったことはない。だが、なんとなく違うということだけは分かる。ペンダントは重い。その重さに応えられる思いがセシルにあるのか。
(コル……)
セシルは静かに息を吐いて、顔を上げた。そこには不安そうなコルがいて、セシルは言葉を出すのをためらう。答えを保留にすることもできるが、それでは先に進めない。セシルはそっと、ペンダントをコルに差し出した。それだけで、コルの眉がピクリと動き、悲しそうな表情になる。
「コル……私も、コルのこと、好きだよ。……でも、このペンダントを受け取るには、足りないと思うの。私はまだ、だれかを好きって気持ちはわからない。……今は、絵と肉があるだけで幸せなの」
それが、今のセシルの正直な気持ちだった。コルの悲し気な顔を見ると、断ったセシルの胸が痛む。
(……断ることも、辛いんだ。でも、コルの方が辛いよね)
沈黙が痛い。コルとの楽しかった思い出が次々浮かんできて、前のような関係には戻れないのかなと不安にもなる。
(友達でいたいなんてわがまま、言えない)
馬鹿話をして、肉の良し悪しを語って、一緒に王都の肉屋めぐりをしたい。でもそれは、逆にコルを傷つけることになるかもしれない。セシルまで泣きそうな顔になっているのを見て、コルは諦めたような笑みを零した。
「しかたないなぁ。まだセシルは子どもで、絵と肉が大好きだからな」
そう言って、コルはペンダントを受け取る。名残惜しそうに親指の腹で模様を撫でると、次の瞬間には火に包まれていた。
「ちょっと、コル!?」
火傷をするんじゃないかと、セシルは慌てたがコルは涼しい顔で炎を見つめていた。すぐにペンダントは燃え尽き、火が治まると黒い炭が残る。
「大丈夫。受け取られなかったものは、燃やすのが決まりだから」
そして手を顔の前まで上げて、ふっと息を吹きかけて散らした。夜風に乗って散りゆく光景はセシルの目に焼き付き、胸が締め付けられる。申し訳なくて、悲しくなってきた。
「セシル、そんな顔すんなよ。気にしなくていいって」
コルは目を潤ませているセシルの頭を撫でる。その手は温かく、優しくて、セシルの頬を涙が伝った。
「コル、ごめんね……」
「いいって。これからも、友達として話して、肉を食おうぜ。な?」
その一言で、関係が変わるんじゃないかと恐れていたセシルの不安も消える。
「ありがと、コル……」
セシルは指で涙を拭い、笑顔を見せた。もしかしたら、いつかコルのことを好きになるかもしれない。それぐらい、コルはいい人で、親しみを感じていた。
(でも今は、今はこのままがいい)
恋の一片を知ったセシルを、夜風が優しく撫でる。セシルの心臓は、恋の鼓動を鳴らす日を待っていた。
コルと付き合うの、大いにありだと思うんだけどな……肉。




