25 肉を焼く料理人
ユリアにつきあって慣れない買い物をした翌日。セシルは朝から上機嫌で、鼻歌を歌いながら日課の魔王を描きをしていた。今日は光の状態をうまく捉えられるように、じっくり陰影をつけていく。自分の部屋なので気にせず独り言をもらしている。
「魔王様の髪を、もっと艶やかに表現したいのよね」
線を一つ入れたり、反対に色を抜くことで立体的に表現ができるのだが、セシルは少し苦手にしていた。もともとの線が荒っぽいところがあるため、そこだけ繊細な表現をしようとすると絵全体から浮くような感じになるのだ。
「うーん。難しいなぁ。ここじゃ、アドバイスももらえないし」
今、セシルが魔王城で唯一困っていることがそれだった。ここにはセシルの他に絵描きがいない。つまり、教えてくれる人がいないのだ。
「城に飾ってある絵を見て勉強するしかないか……宝物庫にある絵も見せてもらお」
教えてくれる人がいないなら、真似するしかない。セシルは次の目標を決め、今日はここまでと道具を片付けた。
そして軽めの朝食をとり、セシルは中庭へと向かう。中庭にはすでにたくさんの石が積まれた竈が作られ、網が乗せられている。大きな食卓と、作業用の机があり、数人の料理人が下ごしらえをしていた。
「コル~。応援しにきたよ」
「セシル。ほんと、肉のことになると早いな」
コルは肉を捌いていた手を止め、セシルに笑いかけた。今回のバーベキューは衛兵たちが発案したのだが、衛兵だけでは肉が焼けないため暇な料理人たちが手伝っているのだ。もちろん自分たちもおいしくいただくつもりである。
「すごい量の肉ね。ほんとにここで下ごしらえするんだ」
机の上には肉が固まりで置いてある。牛に、羊、うさぎ、分からない魔物など、いろいろだ。海鮮もある。
「仕事じゃないし、厨房は昼食のしこみもあるからさ」
みるみるうちに牛が部位ごとにばらされていくのを、セシルは「おー」と歓声をあげながら小脇に抱えていたスケッチブックを開く。セシルは料理がまったくできない。そのため声をかけるという応援と、肉のスケッチをするつもりだった。
「お前、肉なんか書いてどうすんだよ」
「いつか肉屋のポスターを描くかもしれないでしょ」
セシルは近くにあった椅子に座って、肉を写し取っていく。
「肉だって簡単じゃないのよ。さしの入り具合、熟成によって色合いは変わるし、どれだけおいしそうに見せるかに腕がかかってるんだから」
「ほー。絵にかいた肉が食べられるわけでもないのに」
「何言ってるのよ。ステーキの絵を見ながらパンを齧れるわよ」
そう言い返したセシルに、串に肉をさしていたコルの手が止まり、憐れみの視線を向けた。
「お前……そんなに生活きりつめてたのか。よかったな、魔王様に拾ってもらえて」
「いや、ほんとにお金が無かった時だけよ? 筆が折れたり新しい絵具を買ったりで」
なんだかコルの中の想像が大変なことになっていそうだったので、セシルは慌てて否定する。
「ふ~ん。ま、今日はたらふく肉を食えよ」
「もちろん!」
コルはおしゃべりをしながらも、手際よく肉を切り串にさしていく。今日は50名ほどの参加者がいるそうで、準備も相当大変らしい。セシルはせっせと手を動かすコルをスケッチし、おいしそうな食材も全てスケッチブックの中に閉じ込めた。
ある程度絵が描けたらセシルも串に肉と野菜をさす手伝いをし、昼になれば続々と訓練終わりの衛兵たちが集まり、バーベキューが始まったのだった。コルは焼く直前に塩を振りかけ、火加減を調整しながら焼いていく。ジュッと脂が落ちればいい音と、おいしそうな匂いがする。
セシルは我慢できずに目を輝かせて、焼ける串肉をスケッチした。そして描けた絵を下に向けて肉の上空にかざす。
「……何やってんの?」
熱で燃えないようにつま先立ちになってスケッチブックをかざしているセシルに、意味が分からんとコルが訊く。周りの衛兵も珍獣を見るかのような目をしていた。
「見て分からないの? 絵の肉に匂いをつけてるのよ。このスケッチブックは肉ばかり描いてるから、匂いまであれば完璧じゃない」
それは、金が無くて肉が食えないときのためかと喉元まで出かけたが、コルは苦笑いを返した。その肉にかける情熱は嫌いじゃない。
「魔王様みたいなことしてんのな」
「どういうこと?」
「ん? セシルが描いたでっかい絵、あるだろ? あれを見た人が魔王様を感じられるように、今魔力を込めていらっしゃるって聞いたけど」
セシルが描き上げた巨大な絵は今、レオの自室にある。それにレオは日夜魔力を注いでいるのだ。
「あぁ、なんか絵の強度も増すらしいね」
セシルは魔法のことは全くわからないので、半分聞き流していた。
「らしいな。ほら、お待ちかねの肉だ」
いい感じで焼きあがったところで、コルはセシルに肉を渡した。
「やった~!」
スケッチブックを閉じ、離れた机に置くと串を受け取った。セシル用に肉だけが刺さった串だ。
「まずはラビヌス。でっかいうさぎの肉だ」
初めて聞く魔物の名前で、セシルはわくわくしながらかぶりついた。噛みつくと炭火の香りが鼻に抜け、ぷるんとした弾力を歯で味わう。筋肉質であり、あっさりした味だった。
「おいしい!」
「まだまだ肉はあるから、全種類食べようぜ」
コルは網を囲む衛兵たちにも串を渡し、自分もかぶり付きながら追加を焼いていく。あちらこちらで乾杯の声があがり、衛兵たちは酒と肉を楽しんでいた。
セシルは肉をほおばり、衛兵たちとおしゃべりをする。衛兵たちとはあまり話す機会はなく、訓練の様子などを興味深く聞いていた。すると衛兵の一人が思い出したように、会話に入って来る。
「そうそう、今日レオ様が訓練所に来て、剣を振るわれてたぜ」
「抜き打ちの鍛錬かと思ってびびったけど、将軍と手合わせされただけだったな」
その話を聞いて、セシルはレオが剣を振るう姿を思い浮かべる。帯剣している姿の絵は描いたが、実際戦っている姿は見たことがない。
「描いてみたいですね」
セシルは機会があれば訓練所を覗かせてもらおうと思いつつ、肉汁あふれる最高の肉に舌鼓を打つのだった。




