24 幼馴染のお姉さんと魔王様
城へと戻り、セシルの部屋に戦利品を運んだユリアは、その足で幼馴染の部屋へと向かった。この城内で、その部屋を気軽に訪れるのはユリアくらいであり、ノックをして返事も待たずにドアを開けた。
「レオ様、ご報告に上がりました」
中に侍女がいることを配慮して、畏まった口調を使う。レオはソファーに座って本を読んでおり、めんどくさそうに視線だけを上げてユリアを見た。入って来たのがユリアだとわかると、壁際に控えていた侍女たちが出て行く。
「レオくん、セシルちゃんの服ひどいものだっわよ。式典用のドレスも合わせて経費で落としといてね」
「俺の管轄ではない。ガランに言え」
レオは視線を本に戻し、ページをめくる。
「あら、そんな素っ気ない風を装って、見たくないの? セシルちゃんの可愛いワンピース姿」
「どうせ式典でドレスを着るだろう」
「もー、ほんと素直じゃないわね。気に入っているくせに」
ズケズケと言いたいことを言うユリアに、レオのページをめくる手が止まった。沈黙がおり、本を閉じる音が響く。
「その口、縫い付けるぞ」
怒りのこもった赤目。皆が怯える眼光も、ユリアは涼しい顔でうけている。
「憎まれ口叩いて……あの子を選んだの、昔村に来た画家に似てるからでしょ? なんていうか、雰囲気? まぁ、あの子は人間だから関係はないけど。絵の描き方もどこか似てるじゃない?」
「だまれ」
ドスの効いた低い声。ここで大抵の人は震え上がるが、ユリアは鋼心の持ち主と周りから呼ばれる女だ。うふふと意味ありげな笑みを浮かべて、つつつとレオに近づいた。
「それに、この間脚立から落ちたセシルちゃんを助けたじゃない。感動したわよ」
「ちっ、覗き魔が」
「あのねぇ、隠密が私の仕事でしょうが」
呆れてユリアが言い返せば、鼻で笑ってそっぽをむくレオ。ユリアはレオ付きの侍女兼護衛である。それも特殊な訓練を受けており、常は姿を消してレオを守っている。そのため、しっかりその現場を目撃していたのだ。もちろんレオが動かなければ、ユリアが姿を見せて受け止めるつもりだった。
ユリアは内面の成長が著しく遅い幼馴染に、これみよがしに溜息をつく。
「素直にならないと後悔するわよ~。ああいう可愛い子は狙われやすいんだから」
「馬鹿らしい」
そう茶化すユリアに対し、鼻で笑って相手にもしないレオ。だが、ユリアは顔を引き締め、真面目な声音を作って音量を落とす。
「各地で姿絵が公開されたこともあって、セシルちゃんの名前はそこそこ認知されるようになったわ。その分、面白くないと思う輩も出てきたの。知っているでしょう? 今日なんて、外に出てきたのをいいことに3組の馬鹿を返り討ちにしたのよ」
セシルが凄腕の店員とともにお着替えをしている間に、ユリアはサクッと殺気を出している人たちを始末してきたのだ。
「まぁ、まだ小手調べみたいだけど、式典が終わったら本格的になるかもね」
今度開かれるレオの在位六周年記念式典では、専属画家になったセシルを正式に紹介するつもりだ。それについて反感を持つだろう勢力も把握済みである。
「反平和協定を掲げる奴らか……無駄なことを」
「セシルちゃんに何かあったら、最悪戦争に逆戻りするものね」
「わかりきったことだ。全力で守れ」
端的だが力強い言葉を受け、ユリアは頭を下げる。
「御意」
そしてすっと姿を消して、城の見回りを始める。ユリアが使う魔法は自らの気配を断ち、風景と同化するものだ。レオやジルバ、ガランなど魔力感知の能力が高い人には気づかれるが、並大抵の人では見破れない。
(レオ君、昔よりは丸くなったけど、それでも満たされてはないわよね~)
魔王候補として城へ来た時は、それはひどかった。魔王候補は一度城に集められ、重役たちと歓談する場が設けられる。今回の魔王選出の基準は顔だったが、もちろんそれだけではない。顔を第一に、魔力、能力、声など複合的に選ばれたのだ。
そして魔王に選ばれた当時のレオは周囲への不信感が激しく、心を開かせるのにジルバもガランも難儀したものだった。
(でもセシルちゃんの絵には感じるものがあるみたいだし、少しずつ変わってくれるといいわね)
ユリアは開いているバルコニーから外に出て、壁伝いにセシルの部屋へと向かう。窓から覗けば、何か独り言を言いながら絵を描いていた。色使いからレオを描いているようであり、ユリアの頬が緩む。
(絶対守るからね)
魔人だって一枚岩ではない。セシルの存在は平和を望まないものにとっては、この上なく邪魔なものになる。ユリアは辺りの気配を探り、怪しいものがいないことを確認してから自室へと戻った。ユリアの部屋はもともとレオの隣にあったが、今はセシルの隣を使っている。もちろん何かあった時に、すぐに駆け付けられるためにだ。
暗い室内。窓の向こうに目をやれば、隣の部屋から明かりが漏れている。ユリアは非常時に備えて辺りを警戒しながら、椅子に座って体を休めるのだった。




