23 おしゃれを満喫するお姉さん
大仕事を終えた翌日は休みで、朝食を食べたセシルが部屋でぼんやりしていると、ドアがノックされた。誰だろうと思いながらドアを開けた次の瞬間、顔に確かな質量が迫って来たのである。
「セシルちゃーん! 買い物に行くわよ!」
そこに拒否権などない。ユリアの来襲に、セシルは温かな柔らかみを頰に感じつつ、「わかりました」と返したのだった。
ユリアは侍女の服ではなく、品の良いワンピースを着ていた。黄緑のワンピースには花が刺繍されており、下ろされた水色の髪とよく似合っている。
「さ、セシルちゃんも着替えて」
「え、私、これ以外の服を持ってません」
着替えろと言われても、服がない。それは枚数がないわけではなく、同じ服を三枚持っているという意味だ。ユリアは目を見開き、セシルを上から下までじっくり見てから、何かを探すように部屋中に視線を飛ばした。
「ちょっと、失礼」
部屋の奥に置いてあるクローゼットに近づき、そう断りを入れてから開けた途端、絶句した。貴族に会うための洒落た白シャツが1枚、灰色のシャツが2枚。同じ茶色のズボンが二枚吊られている。そして、絵を描く時に着るシミだらけのスモックだ。
「あんた、男の子だってもっと持ってるわよ!」
「だって、毎日組み合わせを選ぶのが面倒じゃないですか」
加えて旅をしていたので、服は必要最低限しか持っていなかった。そんなおしゃれに無関心なセシルを、ギロリと睨みじりじりと近づいて行くユリア。
「こんな、こんな可愛い顔をしてるのに、生かさないなんて許せない。決めたわ、今日はセシルちゃんの服を買うわよ!」
「えっ、いらないですよ」
「いるわよ! 女の子はね、着飾ってなんぼよ!」
くわっと目を見開いたユリアに、手首を掴まれた。そのまま引っ張られて部屋を出る。
ユリアの剣幕に負け、セシルはただついて行くことしかできなかったのである。
王都には何度か遊びに行っている。だが、常に食べ物の店が集まるところしか行っておらず、ユリアが案内した区画とは別だ。
「この通りは服飾関係が集まってるの。ここで全部揃うわ」
カジュアルな服からドレス、靴屋に帽子屋、アクセサリーに鞄まで右を見ても左を見ても肉屋はない。
(うわぁぁ。きらきらしてる)
そしてユリアが足を止めた店はこの区画でも一番大きな店で、下着から服、靴まで取り扱っている店だった。セシルでは入ることすら躊躇われる高級店である。
「え、ここに入るんですか?」
出入りする人たちはおしゃれな服に身を包み、高級感のあるアクセサリーを身につけていた。
「そうよ。ここからは戦場よ。気を抜かずについておいで!」
そう威勢良く言い放ったユリアに引っ張られ、連れていかれた先は下着売り場だ。おしゃれで可愛い下着の数々に気恥ずかしくなって、目のやり場に困る。
「なんで照れてるのよ。マダム、この子をお願い。三つ、可愛いの二つとセクシーなの一つね」
「あらユリアちゃん、いらっしゃい。へぇ、めずらしい。人間のお客さんかね」
マダムと呼ばれた女性はふくよかで、にこにこと笑いながらセシルの顔と胸に視線を行き来させた。
「よーし、若いの! この子のサイズを測って、用意しな!」
と、店の奥に声をかければ、「はーい!」と数人の声がして、きゃっきゃっと女の子たちが出てきた。セシルは三人の店員に囲まれ、あっという間にカーテンで区切られた部屋へと連れ込まれる。そして。
「きゃああああ!」
服をひん剥かれ、測られ、試着させられ。三人一押しの下着が決まった時には、セシルは力尽きて真っ白になっていたのだった。
「こ、これは戦争です……」
「よし、次は服よ!」
さっさと会計を済ませたユリアは、品物を受け取って次の店へと向かう。
「あ、私、払います!」
「何言ってるのよ。これくらい経費で落とすわ。魔王専属画家がまともな服を持っていないなんて、国家の恥よ!」
「えええ」
戸惑うセシルなどお構いなしに、ユリアはその後ワンピースを二着、靴を一足、アクセサリーを一つ買った。最後には今度の式典で必要になるからと、ドレスを一着オーダーメイドをすることになったのだ。
「え、私、式典にでるんですか?」
式典はレオの在位六周年を祝うものだ。セシルはそのための絵を描き上げて仕事は終わりと思っていたのだが。
「当然よ。魔王専属画家として紹介するわ」
そして細かく体の寸法を測られ、ユリアとマダムがセシルに似合うドレスの型を見繕っていく。それをセシルは顔を引きつらせて、聞き流すことしかできなかった。
「も、もう無理です」
店に入ってから二時間後。血の気が引くようなお金が飛んで行った買い物が終わり、セシルはぐったりベンチで休んでいた。両手で持ちきれない戦利品は、ユリアが空間収納している。
「はーい、お疲れ様〜。冷たいジュースをどうぞ」
「ありがとうございます」
ありがたくいただくと、オレンジの爽やかな酸味と甘みが疲れた体に染み込んできた。
「あの、今日は色々してくれてありがとうございました」
「いいのいいの。こうやって、人を着飾らせるのが好きだから。城の男たちに見せてやるといいわ。度肝を抜いてやりましょ」
そう言ってニンマリ笑うユリアたが、セシルは彼らの反応を思い浮かべて曖昧な笑みを浮かべる。ジルバとガランは褒めてくれるだろうが、レオには鼻で笑われそうだ。そもそも見せる以前に、ワンピースなんて恥ずかしくて着られない。スカートが苦手であり、支給された侍女の制服すら着ていないのだ。
乾いた笑みこぼしたセシルは、ユリアがじっと見つめていることに気づいた。セシルが見つめ返すと、ユリアはふわりと微笑み、セシルの頭を撫でた。
「それにね、セシルちゃんを見ているとなんだか懐かしい気持ちになれるから、可愛がりたくなるのよ」
「そ、そうなんですか」
「うん、だから、また買い物に行こうね」
満面の笑みを浮かべるユリアに対して、セシルは顔を引きつらせた後、小声で「次は肉屋と画材屋巡りがいいです」と訴えるのだった。




