19 お茶をする宰相と猫
コルと遅めの昼食を食べた後、セシルはジルバとガランがお茶をしているというサロンへ向かった。ここ数週間は忙しそうにしていたが、仕事の目途が立ったようで絵を描かせてもらうことになったのだ。
ジルバはこの国の宰相で顔も知られているし、特にガランはその猫の姿から癒しの需要が高い。この2人の絵が見たいと、絵ハガキを売っている店に要求が上がったらしい。
「今日はよろしくお願いします」
セシルはお茶を飲みながら談笑している二人の向かいにイーゼルを置いて、構図を決めた。二人はセシルが描きやすいように一人がけ用のソファーを内向けにして座っている。
「こちらこそよろしくお願いします」
「かっこよく描いてね」
と二人は爽やかな笑顔を向けたのだった。
(魔王様と大違いね)
二人は自然と笑顔が出ており、絵にも楽しそうな雰囲気が表れてくる。だが魔王は、セシルが意識して笑顔を作らないと、不愛想な魔王ができあがるのだ。
セシルはいつものように炭で線を描いていく。この下絵用の炭も、ガランが使いやすいものを用意してくれた。魔法を使ってなめらかに、さらに色移りをよくしているそうだ。おかげでスルスルと筆が進み、あっという間に線を入れ終えた。
絵具を混ぜ合わせて塗っていこうとしたところに、ガランが話しかける。
「セシルさん。次の休みは予定がある?」
急に話を振られて、セシルは持ち上げていた筆をパレットに置いて顔を上げた。
「えっと。街へ行くつもりです」
もしかして何か仕事があるのだろうかと、セシルは具合の悪さに顔色を曇らせる。その日は肉祭りだ。
「あ、街に行くの? もしかして、肉祭りのことを聞いた?」
だがその心配は杞憂だったようで、ガランは目をキラッとさせて祭りのことを口にした。
「あ、はい。食堂の人が教えてくれて、その人と一緒に行くんです」
「え、友達ができたの? よかったね。各地の肉料理が集まるから、ぜひ楽しんできてよ」
友達という言葉にガランはパッと表情を明るくした。セシルは魔人たちからすれば幼い子供である18歳であり、親しい人ができるだろうかと心配していたのだ。ガランやジルバはこまめに気にかけ、ユリアもいるが気軽な友人ではない。
ジルバも「よかったですね」とにこやかに微笑んでいた。二人とも子どもに初めて友達が出来た時の親の顔だ。
「はい。コルっていう、いつもおいしいお肉をくれる人なんです」
「……え?」
「ん?」
嬉しそうに話すセシルに対して、ガランとジルバは一瞬固まってそろっと顔を見合わせる。二人の視線が意味ありげに交わった。セシルはそれに気づかず、筆を持って色をぬっていく。
「見た目は私より少し上ぐらいで、気さくで話しやすいんですよ」
「へぇ……えっと、そのコル君? とはよく話すの?」
「そうですね。お昼が一緒になることがあるので、たまに話しますね」
ひげを正確に描こうと、ひょいっと視線をガランに視線を向けたセシルの目に、微妙そうな顔になっているガランが映る。気づけばジルバも微かに戸惑いを浮かべていた。
「それでは、コル君のことを誰かに話したことはありますか? ユリアさんとか」
ジルバの声は少し硬く、何か問題でもあるのだろうかとセシルは不思議に思いながら答える。
「いえ、特に話していませんけど」
「それなら、いいんです。すみません、ちょっと気になっただけで忘れてください」
ジルバはそう言ってきれいな微笑を浮かべるが、セシルの頭にはハテナが残る。だが気にしても仕方が無いと、この世界の肉事情を聞きながら描きこんでいくのだった。
時計の針が進み、だいたい色が塗れたところで後は自室で仕上げるとセシルは部屋を後にした。資料となるデッサンはたくさんあり、多忙な二人の時間をこれ以上もらうわけにはいかなかったからだ。
そして残された二人は無言のまま顔を見合わせる。困ったような顔をしており、ガランがおそるおそる口を開いた。
「レオ様、まだ話してなかったんだ」
「みたいですね……まぁ、ご自身がお誘いになる気はなさそうですし。荒れないことを祈ります」
二人の主である魔王レオが「肉祭りをする」と言い出したのが一か月前だった。王都では毎年何かの祭りをしており、重役会議で議題に上っていたのだ。今までは祭りに欠片の興味も持たなかったレオが案を出したので、すんなり通過し、二人はその準備で奔走したのだった。二人は肉祭りにしたのは、セシルへの労いの意味があると考えていたのだが。
「なんで素直になれないんでしょうね」
「ほんと。あんなに嬉しそうにしてるのに……」
眉間に皺が寄るのは、嬉しさに顔が綻びそうになるのを我慢するレオの癖なのだ。だが、不機嫌な時もその顔なので、その判別は容易ではない。
「ひとまず、レオ様には行く相手は伏せて、セシルさんは肉祭りに行くとだけ伝えておきますね」
「頼んだ」
レオと付き合いの深い二人はどちらからともなくため息をつき、不器用な主人に頭を悩ませるのだった。




