18 気にかけてくれる料理人
城で暮らしているセシルの楽しみは、毎日の食事だ。毎日画材代を気にせず絵を描けるのも嬉しいが、肉を存分に食べられることには及ばない。絵描きとして旅をしていた間は、肉代は画材代へと消えていったからだ。
セシルの肉好きは早々に知られ、侍女や使用人が使う食堂の料理人はいつもセシルに肉を多めによそってくれるのだった。
「遅かったな。今日は串肉だぜ。特別にいいとこの部位を焼いてやったから、ありがたく食えよ」
そう言って焼き立ての串肉を皿においてくれたのは、肉担当の料理人コルだ。見た目はセシルより少し上の青年に見えるが、見た目の倍は生きているので30歳は超えているだろう。灰色の柔らかそうな髪に、青色の目。どこかあどけなさが残る顔立ちで、いつも気さくに話しかけてくれていた。
「ありがと、コル」
セシルが炭火の香ばしさを胸いっぱいに吸い込んでから、目を輝かせてお礼を言うと、コルは照れ臭そうに歯を見せて笑った。
「セシルはいい顔で肉を食うからな。こっちも焼き甲斐があるってもんよ」
「じゃあ、冷めないうちに食べるね」
コルとは休憩時間に何度か話したこともあり、見た目の年齢が近いことと気安さもあって、セシルは砕けた口調で話している。最初に城へ来た夜、「絵描きの人間は女って聞いたけど、男じゃん」というのが、開口一番の言葉だった。それから、何だかんだ話すことになったのだ。
「おう。俺もこれで上がるから。そっちにまかない持って行くわ」
セシルは食堂の休憩間際に訪れていた。レオの絵の仕上げをしていたら、集中し過ぎて時間を忘れたのだ。主張した腹の虫に我に返り、急いで食堂に向かったのである。
(肉肉~。あやうく食べ損ねるところだった~)
今日の昼食は串肉にやわらかいロールパンとコーンスープ。付け合わせに焼き野菜が乗っていた。それぞれのおいしそうな匂いによだれが止まらない。遅い時間のためほとんど人はおらず、セシルは速足で近くの席に座るなりさっそく串肉に手を伸ばした。
炭火焼きの香りに、表面にかかった香辛料の香りが食欲をそそる。もう我慢できないと大きな口を開けて肉にかぶりつけば、じゅわっと肉汁が溢れて頭からつま先まで肉で満たされた気持ちになる。噛めばほどよい弾力が返り、肉のうまみと脂の甘みが押し寄せてくる。独特な香りの香辛料が味にアクセントをつけていた。
「おいしい!」
無意識のうちに笑顔になり、飲み込んだ後は、は~と肉の余韻を感じつつ息を吐く。
「嬉しい表情してくれてるな。どうだ。完璧の焼き加減だろ」
賄いが乗ったトレーを持って近づいて来たコルが、嬉しそうにニカッと笑う。そしてセシルの向かいに座って、自分も食べ始めた。コルの昼食もセシルのものとだいたい同じだが、串肉が肉団子の串になっていた。
(肉団子もおいしそう)
料理人たちの賄いは余った食材で作られるので、日によって異なるのだ。セシルの視線に気づいたコルは、苦笑を浮かべて肉団子を一つフォークでセシルの皿に置く。
「え、いいの?」
「そんな目で見られたらな」
「ありがと。ごめんね、私の肉はあげられないけど……野菜いる?」
「大丈夫だから、気にすんな」
コルは肉団子にかじりつき、「うん、うまい」と頷いてからパンにかぶりついた。さっそくセシルも肉団子にフォークをさして、口に入れ込む。少し大きめの肉団子だったので、口いっぱいに肉が広がった。やわらかく、じゅわっと肉汁と玉ねぎの甘みを感じる。肉はあらびきで、しっかり弾力も味わえた。
「肉団子もおいしい~。幸せ」
片手で頬を押さえ、足をばたつかせるセシル。その喜びようを見て、コルは頬を緩ませていた。
「セシルは午後からも絵描きか?」
「うん。今日はジルバ様とガランさんを描くの」
「へぇ」
セシルはスープを飲み、ロールパンを縦に裂くと間に付け合わせの野菜と肉を挟んだ。ぱくりと一口食べれば、ガツンとした肉の味を包み込むパンの甘さにさっぱりと後味をよくする野菜の全てを感じる。塩気は香辛料が補ってくれていた。
コルも同じようにパンに肉団子と野菜をはさんでから、伺うような視線をセシルに向け、少し硬い声を出す。
「次の休みは? 何か予定ある?」
セシルは「んー」と視線を上に飛ばして予定を思い出してから、コルに視線を戻した。
「何もないよ。どうかしたの?」
「次の休みに、王都で肉祭りがあんだよ。各地の肉料理の出店がでる祭り。だから」
「行く!」
肉の出店と聞いたとたん、セシルは身を乗り出してコルの話を遮った。目はランランと輝いている。その食いつきように、コルは噴き出して声を上げて笑う。
「そう言うと思った。じゃ、たっぷり肉を楽しもうぜ」
こうして次の休みの予定が決まったのである。




