14 報告を聞く魔王様
セシルが魔王の専属画家になってから一か月が過ぎた。その間、様々な魔王の姿、城や町の風景を描いたのだ。王都に遊びに行く回数も増え、少しずつ城仕えの画家として認知され始めている。魔王は相変わらずセシルに声をかけることはほとんどなく、代わりにジルバやガランが色々と世話を焼いてくれた。
絵を描き、気分転換に雑用を手伝い、おいしいご飯を食べて眠る。こんがり焼けた肉をほおばりながら贅沢な毎日だと侍女仲間に話していたら、憐れみの目を向けられて、それぞれ一切れずつセシルの皿に肉を乗せていった。
いい肉が出た日はセシルにお腹いっぱい食べさせるというのが、城勤めの人たちに共有され始めた頃、セシルはガランとともに執務室を訪れていた。絵を描くためではなく、魔王の絵を用いた政策の報告が上がってきたのでそれを聞くらしい。つまり、セシル絵の真価が下るのだ。
(き、緊張する~)
セシルはバクバクする心臓を感じながら、ガランの隣で片膝をついた。昼に食べた肉が飛び出しそうだ。重厚な机の向こうに無表情なレオがおり、隣ににこやかなジルバが立っていた。畏まっているガランが口上を述べる。
「ガランとセシル、御前に参りました」
「顔を上げて立て」
レオの声を聞き、立ち上がった二人は黙って続きの言葉を待つ。そこからはレオに代わってジルバが話を始めた。
「ではまず、語り部部隊からですが、最初は忌避的な目で見られたものの、何度も村や町に通いレオ様の絵をもとに語り聞かせを続けているとのことです。徐々に足を止める人が増え、語り部たちとの交流も生まれつつあるそうです」
その知らせを聞いて、セシルは頬を緩ませる。ガランも満足そうに頷きながら聞いていた。
「そして、富裕層向けの絵に関しては少しずつ売れてはいますが、複製品より本物を求める人が多いとのことです」
「確かに、それはあるかもね。値は上がっても、一点ものがいい人たちがいるから、そっちの路線に変えてもいいかも」
絵画の情報に詳しいガランがそう提案すれば、ジルバはなるほどと頷いた。また会議を重ねて、今後の方針を決めるつもりだ。
「あと、最後に……」
と、ジルバは言葉を切り、セシルに視線を注いだ。セシルは何か良くないことだろうかと、息を飲んで身構える。
「クレアと接している町の土産屋ですが、人間よりも魔人に絵が飛ぶように売れているそうです。魔王様のお姿をいつでも見られて素晴らしいと……。ただ、語り部のおかげか、訪れる人間の数は増えてきているそうなので、今後も経過を見ます」
微妙そうなジルバの顔に、首を捻るセシル。ガランは「あぁ」と額に手を当てていた。レオも心なしか遠い目をしている。
「あの町は遠くて、あまりいけないからな……次の視察に組み込んでくれ」
脱力した声でレオが指示し、ジルバは「かしこまりました」と頭を下げる。
「魔王様って、慕われているんですね。町に大きな姿絵を飾りましょうよ。クレアでは王族の絵姿が街の中心にいけば飾られているんです」
セシルは王族の姿を見たことはないが、何度も絵姿で見ていた。それに父が描いた絵でも見た記憶がある。セシルの言葉に、ガランが目を見開いて髭を伸ばす。
「それはいいな。さっそく画材の手配をしよう。次のセシルの仕事は決まりだ。まずは各町に一つとして、三十五の街があるから、等身大のレオ様を三十五枚頼んだ」
と、いい笑顔で言い放つガラン。等身大ということは、高身長であるレオを描くには高さ二メートルほどのキャンバスが必要になる。一枚を描くのにも、日数がかかるだろう。セシルは自分で口走ったことながら、大変なことになったと口を閉ざした。
「それはいいですね。各地異なる絵姿にして、観光名所にしましょう。各地を巡って違いを鑑賞するのもいいでしょうし」
とんとん拍子に話が進み、二人は「いかがですか」と最終決定権を持つレオへと顔を向けた。さくさくと話を進めた宰相と絵画の最高責任者に、レオは苦々しい顔で言葉を返す。
「好きにしろ」
こうしてセシルの次の仕事が決まり、話が終わりかけたところで、魔王が扉の方へ視線を飛ばして指を鳴らした。
「お前に侍女をつける」




