13 眠れる麗しの魔王様
セシルが描いた原画は複製され、クレア王国の雑貨屋や美術商に求めやすい価格で売るように格安で卸した。また語り部が街々を渡り、魔王レオの美しさと優しさを伝え歩く。またクレア王国との国境にある街では、訪れた観光客や商人のためにお土産として魔王の絵ハガキを売っていた。
そしてそうすぐ効果が分かるものでもないため、セシルは引き続き城にて自由に絵を描くことになった。衣食住を提供されて、絵を描きたい放題。さながら宮廷画家のような扱いだ。
セシルは幸せだと、魔王だけでなく前から機会をうかがっていたガランを描き、その毛並みのもふもふ感を出すためと称して、思う存分に触らせてもらった。おかげでその質感を再現できたはずだ。年を考えろと抗議されたが、セシルは華麗に流した。実年齢はおじいさん、人間換算すればおじさんであることは頭にあるが、猫の姿をしていれば関係ない。
仲良くなった侍女や文官、衛兵も描き、城勤めの人たちの中でセシルに絵を描いてもらうのがちょっとしたブームになり始めた頃。描くものを探して城をうろうろしていたところに、仲良しの侍女に手招きされた。
彼女はセシルの耳元に顔を近づけ、小声で話す。
「今、レオ様はお昼寝中なんです。そこで、是非あの素晴らしい寝顔を描いてほしいんです」
彼女の声は弾んでおり、レオを敬愛してやまないのだろう。セシルは苦手意識が芽生えつつある魔王の寝姿と聞いて、腰が引けるが期待のこもった目で頼み込まれれば断れない。要望に応えてこその雇われ画家だ。
「わかりました……その代わり、バレそうになったら即刻逃げますからね」
身軽さが重要なので、イーゼルは持っていない。スケッチブックに下書だけし、後で色を塗るつもりだ。さすがに二週間も毎日レオを顔を見ていれば、色彩は頭に入っているし、参考にする絵も豊富だ。
セシルは侍女の後に続いてそろっとレオの自室に入る。ここに入るのは初めてであり、興味深げにキョロキョロと部屋を見回した。魔王の自室のわりには質素で、必要最低限のものしか置かれていない。その中で壁にかけられた布に目が引かれた。おそらく布の奥に何かがあるのだろう。
(あの高さと大きさなら、絵かな)
日の光で色あせるのを防ぐために、絵に布をかぶせること多い。セシルは機会があれば見せてもらおうと今は意識から遠ざけ、そっと長椅子で眠るレオが見えるところまで近づいた。たっぷり三メートルは距離を取る。
(うっわ~。腹立つぐらいきれい。まつげ長いし、周りが光り輝いて見える)
思わず感嘆の息が漏れるほどの美だ。胸には開かれた本が置かれており、読書中にそのまま寝入ってしまたのだろう。なんとも可愛らしい。
部屋には侍女が二人待機しており、風を送る魔道具や湿度を保つ魔道具を使って主の快適さを守っていた。
セシルは物音を立てずにスケッチブックを広げ、かりかりと描いていく。眠っているレオは眉間の皺もなく、穏やかな表情をしていた。
(いつもこの顔ならいいのに)
セシルはレオの不機嫌な顔とあざ笑う顔以外を見たことがない。セシルが描く絵の中のレオは笑っていても、それはセシルの想像の顔だ。
(一度くらい、笑顔が見たいな……)
高速でスケッチをし、紙を一枚めくって違う角度からもう一枚書く。まつげの一本一本、前髪の流れる向きまで描き込みたくなり、無意識のうちにじりじりと距離を詰めていた。レオのスケッチは二枚、三枚と増えていく。距離はいつの間にか一メートルほどになり、寝息が聞こえてるくらいに迫っていた。ここまで近づいたのは初めてだ。
(はぁぁぁ……なんて、表現したらいいの? きれいなんかじゃ足りないわ。生きた芸術、私の画力じゃ全然この美しさを表しきれてない。もっと、もっと技術を磨かないと!)
近づけば近づくほど、非の打ちどころのない美貌に惚れ惚れする。ガランはレオの美を前に、自分の力不足を悟って絵が描けなかった画家もいたと言っていた。その気持ちが少しわかる。セシルは自分の力不足より、描ける喜びのほうが大きいのだが……。
(さぁ、もう一枚! 最高の寝顔を収め……あ)
意気込んでじっと構図を決めようとレオの寝顔を見つめた瞬間、パチリと目が合った。最初は焦点が合わなかったが、視界に映るものが誰か理解するやいなや眉間に皺が寄り、がばりと身を起こした。カッと目を見開き、怒気を発する。
「誰が描いていいと言った! 出ていけ!」
そう怒声を飛ばすと同時に、右手で指をならす。
「きゃぁぁ!」
次の瞬間にはセシルの体は乱暴に宙に浮き、自動で開いたドアから放り出された。
「痛い!」
目の前でドアが音を立てて閉まる。おしりが痛いがそれどころではない。
(ま、まずい! 命が危ないわ。が、ガランさんとジルバさんに助けてもらわないと!)
これは寝込みを襲ったようなものだ。あの場で抹殺されなかったのが不思議なくらいであり、セシルはわき目も振らずに走る。そして二人に事情を話し、成果として絵を見せれば呆れ顔を向けられた。
「なんとも勇気があると言いますか……レオ様の機嫌は直しておきますから、一枚いただきますね」
と、ジルバは色のついていない絵をひょいっと一枚取った。
「僕もこの絵の有用性について説いてくるから、一枚もらうね」
ガランもほくほく顔で一枚抜き取る。
「あ、はい。お願いします……」
色が付いていないがいいのだろうかと思いつつも、身の安全のため二人に頭を下げるセシルである。




