10 肉と白猫
「すごーい! いろいろな店がいっぱい!」
セシルはガランと共に馬車に乗り、王都の繁華街にやってきた。馬車と言ってもその馬は魔獣であり、普通の馬の1.5倍の大きさで角が生えている。
「離れないでよ」
「はーい」
ガランの案内で屋台が立ち並ぶ広場へ入れば、あちらこちらから食欲をそそる香りが漂ってくる。広場を行きかう人たちは皆魔人で、物珍しそうに二人に視線を飛ばしていた。中にはガランを知っている者がいるようで、会釈をして通り過ぎていく。
「うわ~。串肉に焼き鳥、あっちの店は豚を丸ごと焼いてる!」
「おい、見事に肉だな」
セシルは目を輝かせて、あちらこちらと顔を忙しなく動かしていた。肉へと吸い寄せられるセシルにガランは呆れ顔でついて行く。
「おじさーん。串肉一本ください!」
そしてさっそく、ガランから支給された硬貨を握りしめておじさんに声をかけるのだった。日焼けしたおじさんはめずらしい人間の子どもを見て驚いていたが、満面の笑みでできたての串焼きを渡してくれた。
網から外したばかりで、まだパチパチと小さく脂が跳ねている。たれのおいしそうな香りがたまらず、セシルは豪快にかぶり付いた。
「ん~!」
噛んだ瞬間肉汁が迸り、うま味が押し寄せる。肉の主張を炭火焼きの香ばしさが引き立てて、最高だった。またたれがいい味を出している。
「おいしい! この肉なんですか!?」
牛肉に近いが、それよりも柔らかく少しくせがある。おいしいの声とセシルの笑顔に気をよくしたのか、おじさんは白い歯を見せて笑った。
「モダバの肉だよ」
「もだば?」
聞きなれない名前に首を傾げたセシルに、ガランが説明を入れる。
「クレアでいう、牛に似た奴だ。牛の二倍は大きくて、肉食だけど」
「……強そうですね」
「深緑の牛だから、どっかで会ったらすぐに逃げて。あいつら何でも食うから」
なんともたくましい牛もどきだ。セシルは無言でおいしい肉に視線を落とした。そんな魔物を捕まえた人たちがすごい。セシルは残りの肉もかぶり付き、瞬く間に食べきった。
「今日は肉をはしごするんですー!」
そしてセシルは屋台の焼き鳥と豚も食べ、ガランについて街を見て回る。肉はクレアと同じものもあれば、魔物の肉もあって飽きない。街は活気があり、笑顔が絶えなかった。クレア王国の王都に匹敵する賑やかさと繁栄ぶりだ。
「しかし、肉が好きなんだなー。女の子は甘いものが好きなのかと思ってた」
もぐもぐと焼き豚を味わってから飲み込む。この豚はクレアと同じ豚だった。
「甘いものも好きだけど、父親から食べられる時に肉を食べておけって言われて育ったんです」
父親が屋台で買ってくれるのは決まって串肉だった。父は宮廷画家だったが、仕事はあまりせず弟子も取らなかったので暮らしぶりはつつましかった。肉は小さいころのセシルにとってごちそうだったのだ。
ガランが焼き魚をほおばりながら、顔をセシルに向ける。
「そういや、ご家族にここで働いていることを伝えなくていいのか? 手紙ならすぐ出せる」
出会った時のセシルが旅をしていたため、家族のことは頭に入れていなかった。しまったと顔に書いてあるガランを見て、セシルは小さく笑って首を横に振る。
「大丈夫です。父は美しいものを求めて旅に出ましたし、母は5年前に病で亡くなっていますから」
父親は半年前に宮廷画家を辞めて、究極の美を求める旅に出た。それと同時にセシルも画家として旅をすることに決めたのだ。家は売り払っており、帰る場所は無いし、父親の居場所もわからない。
そう簡単に身の上を話せば、ガランは口をぽかんと開けて、セシルの細い腕を掴んだ。肉球がざらっと柔らかく、毛並みが心地よい。
「まだこんな子どもなのに……何かあったらすぐ言って。いつでも助けになるから」
「でも、もう18ですよ。人間はとっくに成人です。それに、父とは半年後にクレアの王都で落ち合う約束をしているので大丈夫です」
真剣な顔でそう言われ、セシルは照れ臭くなって焼き豚を全部口に入れた。人間は16にもなれば大人として扱われるのだ。
「いや、魔人族にしてみれば18なんてまだ子供だよ。ほら、あそこで遊んでる子たちがいるだろ。あれくらいだ」
とガランがもふっとした手で示した先には、8、9才くらいの子どもたちが追いかけっこをして遊んでいた。セシルの胸ぐらいの身長で、可愛らしい。が。
「え、子どもですよ?」
「えっ。まさか、魔人族の年齢を知らないのか? 魔人族は人間のざっと二倍生きるんだよ。成長も遅い」
「え~! 嘘! じゃあ、魔王様やジルバ様も?」
大通りで素っ頓狂な声を出してしまい、通行人の目がちらほら向けられる。セシルは恥ずかしくなって俯きながら、信じられないとガランの顔を凝視する。つまり、ガランも相当年上ということだ。
「レオ様は今年で45歳だったな。ジルバ様は……何歳か分からない。古くから城勤めされているとも聞くな。あ、ちなみに僕は68歳だからね。気軽に撫でるんじゃないよ」
呆れ顔で皆の年を教えてくれたガランであり、セシルは呆然と口を開けて固まっていた。
「そんな、みんなおじさんじゃないですか」
「いや、それが魔人族の普通だから」
「そして、なんで私がガランさんのことを撫でまわしてすりすりしたいってバレてるんですか」
「……あんなギラギラした目で見られたら、誰だって分かるわ」
セシルは犬派か猫派かと言われれば断然猫派だ。初めて会った時から虎視眈々と触る機会をうかがっていたのだ。企みを見抜かれてしょんぼりするセシルの隣で、ガランはさらに大きなため息をつくのだった。
そして、屋台の肉を堪能した後は、ガランがおすすめするステーキ店で分厚いステーキを平らげ、ガランが頼んだ野菜もしっかり食べて城へと帰ったのである。これを機に、人間は肉好きという誤解が生まれることとなる。




