26 小姓は至上最大のピンチに立たされるのです
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僕がグレン様に指示されて、ピギーに乗ってたどり着いたのは、王都の端、王城からは少しだけ離れた場所にある白い建物の近くの森だった。
白い建物とは言ったが、正確には元・白い建物。
数百年の歴史により外壁が黄ばみ、三方を森の木々に囲まれているにもかかわらず、蔦などは一切絡んでいない。
一見趣深く、一方で自然を寄せ付けない不自然極まりない不気味さも兼ね持つこの建物は、王城とは違い、角や屋根の目立たない、円柱型をしている。屋根のところが丸く覆いのような形状になっているのが特徴的だ。
外部からの魔力の一切を跳ねのける強い結界の張られたこの建物こそ、わが国の歴史と切っても切れない関係のある国教会の本部にあたる大聖堂だ。
「ここが、教会の本部かぁ」
信心深い国民はもちろん、一定のお布施を納めることで治療を施してくれることから、病にかかった者や怪我を負った国民もここには来ているので、人の出入りはそれなりに多い。あ、ちなみに、信心深さの欠片もない僕は、王都に出入りするようになってからもこの教会に礼拝に行ったことは一度もなかった。
まぁ自分で大抵の治療はできる上、いざとなれば王城の医者に診てもらえる立場にある僕にとって、治療の必要な者が集まるこの場所に来る実益はあまりないから、それも当然のことってわけ。
教会は、一般人が立ち入れる場所と、そうでない場所が明確に分けられている。
体の大きく目立ちやすい認可外魔獣に乗ってきた僕が降り立ったのは、教会の人間にも一般の人にも気付かれにくいだろうと思われる教会から少し離れた森の中だった。
「ピギー、お疲れ様」
「ぴぃ!」
草生い茂る地面に降りたち、鱗っぽい鼻づらをなでてやると、ピギーは翼竜らしくないまん丸の黒目を閉じて、気持ちよさそうにくるくると喉の奥を鳴らしながら僕に顔をこすりつけて来る。
ピギーの鼻先を存分に撫でてやり、イアン様に労いのお菓子をもらうように伝えた後、ピギーは王城に返すことにした。いくら森の中とはいえ、体が大きいので目立ってしまうからね。
王城に飛び去って行くピギーの後ろ姿を見送ったちょうどその頃、てしてしてし、と周囲の草を踏みしめて軽い物体が駆け抜ける音と、聞き慣れた、きゅっという高めの声が聞こえたので、振り返ると、小さな白い毛玉が僕に飛びついてきた。
「チコ!」
チコはどこから走ってきたのか、その特徴的な嗅覚を活かして僕を見つけてくれたらしい。
僕の肩に飛び乗って、久しぶりの白いもふもふの尻尾を堪能させてくれる。
「もう体は大丈夫?」
「きゅっ!」
ざっと見た限り、以前動物さんたちに操られたときに出来た噛み傷や切り傷、毒はすっかりよくなり、ふさふさの体毛は美しい毛づやを保っていて、真っ黒の鼻も健康的にうるうると湿っている。絶好調のようだ。安心した。
「グレン様に預けてた間に虐待されなかった?」
「きゅ……」
チコは、久しぶりに会った僕の首回りを、まるでスカーフのようになりながら動き回り、すりすりと体をこすりつけていたが、グレン様の名前を出した途端、肩の上で体を凍り付かせた。尻尾の毛が大きく膨らんでいて、こころなし、身体がぶるぶると震えている。
そうか……やはり相当怖い目に遭ったか……。
これだけ毛がつやつやってことは何か美味しいものは食べられたんだろうけど、常に自分が食べられる側にされる恐怖に晒されていたんじゃないだろうか……。
チコにごめんよ、と謝りながら、僕はグレン様の言いつけが記載されている手紙をポケットから取り出し、もう一度目を通す。
グレン様からの指令は、教会への潜入。
小姓らしいといえば小姓らしい仕事だ。初めてのまともな、外聞どおりの小姓の仕事と言っても差し支えない。
グレン様のお手紙によれば、夜九刻に、とある一般人立ち入り禁止の裏口が開かれるらしい。開かれると言っても、誰でも歓迎されているわけではなく、一定の合言葉が必要なんだそうだ。
不定期に開かれるというその扉が開かれるのは今日だという。
その扉から教会内部に入り、教会に隠された秘密の概要を突き止めろ、というのが、今回僕に下された使命だった。
教会は、どんなに小さな規模のところでも、魔力を持ったものを跳ねのける特別な結界があるものだが、大聖堂ならなおさら厳しいはずだ。
しかし、今回狙っているその出入口なら、微弱な魔力の持ち主程度であれば入れる、ということがグレン様からの手紙には書いてある。
僕の魔力はさすがに男爵家の最低値くらいはあるし、微弱とは言えないんじゃないかと思っていたら、そこで登場するのがこの、改良版グレン様お手製首輪、らしい。
なんでも魔力を一定程度隠すことのできる機能がついているんだそうだ。
魔力の隠ぺいが不可能に近いと言われるこの世界で、これは結構国家的な発明な気がするんだけども、そこはそれ。非常識なご主人様に一般人の言う「不可能」を突きつけても無意味というやつだ。
「そのときに着ていけっていうのが、これ、ねぇ……」
キール様から渡された荷物の中に入っていたのは、少し汚れた灰色の地味な貫頭衣とベールだった。疑ってくださいと言わんばかりの怪しさ満点の格好だ。こんな格好したら逆に目立つんじゃないか?それに、動きにくそうなんだけど。
あ、ちなみにズボンは履いたままでいいって。ズボンについては僕の自前のでいいっていうのは何かな、この貫頭衣並みに汚れているとでも言いたいんだろうか。
ひとまず貫頭衣だけ着て、グレン様の指示と合言葉を忘れないように頭に刻み付け、手紙を燃やす。手紙を燃やせというのもグレン様からのお達しだ。
「それにしても、今日はお祭りだったのになぁ」
近くの茂みに虫よけの魔法をかけて、ごろんと横になると、夕暮れにはまだ少し早いものの大分西側に傾いたお日様の光が木漏れ日となって降り注いでいた。
いろんなことがあり過ぎて、1日も経っていないのだとはまるで信じられない。
お祭りでリッツとヨシュアと楽しんでたかと思ったら、黒づくめに襲われるわ、ヨシュアを人質にとられるわ、家を一つ爆発させるわ、リッツに怪我まで負わせるわ。
おまけにグレン様にはじめて小姓「らしい」仕事を申しつけられて、僕の天敵ともいえる大聖堂に忍び込むことになるなんて。
今日は厄日なんだろうか……まぁ、僕がグレン様の小姓になった日から厄日でなかった日なんてないとも言えるけども。
それにしてもあの黒づくめたち、どうして僕が僕だって分かったんだろう?
鬘も被っていて、服装もスカートで、王城から出たとはいえ、正門なんて当然使うわけもなく、王城の使用人や士官(それも主に身分の高くない人)たちが出入りする出入口から出たのだから、王城の使用人だと思われていてもおかしくないのに。
それに、あのカマイタチくん、どうして呪術が解けていなかったんだろう?
色々なことが頭の片隅に浮かんでは消え、浮かんでは消え、なんとなく形の様なものが浮かび上がったものの、形にならずに終わり、心のどこかに何かが引っかかるような違和感だけが残った。
僕はなにか大事なことに気づいていないんじゃないか?
僕が難しい顔をしていたからなのか、寄り添ってくれていたチコが僕のほっぺたをぺろりとなめた。
僕が、寝転びながら、思いやり溢れるチコのこれまでの苦労を、被虐待者の先輩として労っていると、段々森のどこかからか集まってきたみみずくさんやらうさぎさんやらが近寄ってきた。あれよと言う間にぬくい即席もふもふクッションの出来上がりだ。
幸いにしてお祭りでたくさんご飯やお菓子を食べたので、お腹も満たされている。段々眠くなってきちゃった。
ま、いっか。考えるのは苦手だし。また後で時間があるときにゆっくり考えよう。
まだ約束の刻限までは時間もあることだし、ちょっとお昼寝でもするかー。
「日が落ちるころには……大聖堂に行かないと……でもちょっとだけ……」
幾ばくも経たないうちに僕は、意識を夢の世界に飛ばした。
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「ちょいとあんた。だいじょーぶ?」
「死んでるんじゃないでしょうね」
「息はしてるわよ」
「わぁ!」
ゆさゆさと揺り動かされる感覚に唐突に目が覚めた。
飛び上がると、心配そうにのぞき込んでいた若い女性たちが、のけぞるように僕から離れて「あぶないわねー」などと言ってくる。
「ごめんなさい……あれ?ここは?」
「やだ、あんた、分からずに来たわけじゃないでしょ。きょーかいよ、教会!」
「あ、そ、うだった」
お姉さんの言葉に、ぼんやりとした頭をぶんぶんと左右に振り、見上げると、大聖堂の建物――それも、ちょうど侵入予定の扉を照らす灯りが目に入った。
「え、もう夜!?」
すっかり日の落ちた辺りの景色に一瞬冷や汗が流れる。
「僕、寝過ごしちゃった?」
「あんたここでずっとねていたの?」
「勇気あるわねー。でもだいじょーぶよ。まだ時間じゃないから」
お姉さんたちの言葉とウインクに幾分ほうっと息をつく。
どうやらこのタイミングで教会に入るのは僕だけではないみたいだ。
それにしても、当初寝ていたのは森の奥だったはずなのに、どうしてここに?
目を白黒させていると、上半身を起き上がらせた僕のちょうどお腹のあたりがもごもごと動く感覚があった。ちらりと(ボリュームのない)胸元から貫頭衣を覗くと、チコが、僕の貫頭衣とシャツの間に潜り込んでいて、僕と目が合った途端、まん丸黒目をきらきらと光らせ、得意げにぴくぴくとひげを揺らす。
「もしかして……」
僕の言葉に、貫頭衣の中でもぞもぞしていたチコは、えっへんとばかりに爪を引っ込めた肉球でてしてしと僕のお腹を叩いた。
なるほど、僕は動物さんたちにここに運ばれたらしい。あの時に見たのはうさぎさんやらみみずくさんやらだけだったけど、大型の子も来た、ということか。そしてそれのリーダーシップを取ったのがチコだったと。
鹿さんあたりに運ばれ、周囲を動物たちに囲まれながら大聖堂の裏口の前で爆睡するじょせ……いや、見栄は張るまい、少年の姿を思い浮かべ、軽く眩暈がした。
ありがたいことだが、目立たなかっただろうか……。
それに、僕、このあたりの動物さんたちと交流した覚えはないんだけども、どうしてこんなに好意的にしてくれたんだろ。
「ねぇあんた、ぼーっとして、どうしたの?ほんとにだいじょうぶ?」
心配気に声をかけてくれたのは、僕の一番近くにいたお姉さんだった。
よくよく見ると、僕に声をかけてくれたお姉さんの他にも、10人くらいの人影が見える。
そのほとんどが若いお姉さんで、背丈から見て10歳前後の子供たちが男女ともに数人混ざっていた。
僕に声をかけてくれたお姉さんに限らず、ここにいるお姉さん方は皆さんどの方も、目元から頬紅から口紅まで、ばっちりお化粧を施していて、頭からベールをかぶっている。
耳元にはイヤリング、手首にはしゃらりと音のなるブレスレット。
僕はリッツのような鑑定眼は持っていないので、さらりと見ただけだと間違えているかもしれないのだけど(リッツは一目で看破する)、それほどお高い装飾具は着けていない、と思う。
どれが一番近いかな……あれだ。鉱山で取れる安い透明なくず石を着色した、庶民のアクセサリーに似ているような感じがする。姉様が最近恭しく持っていらっしゃる本物の宝石のついたネックレス(これは殿下が無理を言って渡したものだ)とは輝きが違っているのは間違いない。
お姉さんたちの服装は、暑い気候の土地柄でよく見かける服装のように胸元のきわどい部分は布地で覆われているものの、全体的にはちょっと透け感のあるレース生地の服だった。
下はふんわりゆったりとした長いスカート、だろうか。
町中ではあんまり見かけない服装だ。
そして、これが気になってしまうのは僕のどうしようもない劣等感のせいかもしれないが、どの人もこの人もなんでこんなにその……胸が大きいんだろう!
ばん、と張りのある二つの膨らみに、きゅっと締まったウエスト、お尻はゆったりとしたスカートに隠されているものの、ぷりんとしているんだろうことを窺わせるスタイルの良さだ。どの方も青少年には目の毒。学園の女性に飢えている某同級生たちから見れば、垂涎モノの肉感的な美人さんたちだ。
「あ、大丈夫です。ご心配おかけしまして申し訳ございません」
「あら、あなた、行き倒れみたいに地面に寝ていたにしては、きれいな言葉を話すのね」
「きっとどこかいいところの専属契約でも持っていたんじゃない?」
「あー顔、かわいいもんねぇ」
「女の子みたいな顔してるもんね」
「あれ?女の子?男の子でいいのよね?」
「僕っていってるし、いいんじゃない?」
「め、滅相もないです~。お姉さん方には全然敵わないですよ」
「あらーかわいいこと言っちゃって!」
僕を心配してくれたお姉さんが僕をぎゅうっと抱きしめてくれる。
遠くからでも香っていた甘い匂いがぐんと濃くなって、吐息まで甘く香るもんだから、頭がくらくらして同性なはずなのにどきどきしちゃう。正面から抱きしめられたせいで感じる弾力感のある膨らみや柔らかい体の感触は、僕が本当に男性なら悶絶モノなんだろう。この人たち、本当に僕と同じ性別なんだろうか。
僕は、急激に空しい気持ちになったのと、お腹の上あたりにいるはずのチコの体が挟まれていないか心配になってしまったので、慌ててそっと体を離した。
「あ、あのっ、すみません、ちょっと僕、その、恥ずかしいんで……」
「あーかわいい~てれちゃって~」
「時間があれば安く相手してあげたのにー」
「あ、あたしも」
「でもここからは商売敵なのよねぇ」
「でもお相手する人数が多いから、これくらいいた方が楽じゃない?」
「それもそーかも」
「あの、質問なんですが、いいでしょうか?」
若いお姉さんたちが口々に高い声で話しているのを遮って、僕は勇気をもって手を挙げた。
「お姉さんたちは、一体どういう方々なんですか?そのー僕、見たことないんですけど、踊り子さんっぽく見えるんですが」
僕が困ったような苦笑いを浮かべながら言ったところ、お姉さんたちは一様に僕を見て、それからお姉さんたち同士で顔を見合わせてきょとんとした後、盛大に盛り上がった。
「おどり子!あたしたち、おどり子もしてるわよ!」
「お仕事がないときとか、あとは、こういうときとかはそういう名目で入るんだもんねぇ」
「名目?」
「やだーなになに、そういう立ち位置でこれまでやってきたの?あたらしーい!あたしもまねしちゃおっかな」
「あんたにはむりむり!やめときなさいよ」
「よっぽど囲われてたのかしらね~それとも裕福なところの没落系?」
「没落系かぁ。お育ち良さそうだし、そっちかも。ってことは初売り?」
「初売りかぁ。そりゃ目玉になるね~。でもおねえさんたちもまけないよ~?」
「え?初売り?目玉?」
「だーかーらー。僕ちゃんもお仕事にきたんでしょ?」
お姉さんたちの容姿、服装、初売り、目玉、お仕事……嫌な予感はするけど、まさかだよ、ね?グレン様、まさか、ですよね?
「はい、そうなんです。実は、僕、ご主人様に、拾われてしばらく経つんですけど、はじめてのお仕事で、ここに行ってこいって言われちゃいまして。でも僕、この年までそういうことやってなかったんで、その、早く来すぎちゃったんです。今日も色々あったから、体力を残しとこうかなって寝てたら、こんな感じになっちゃって……」
嘘は一言も言っていない。一縷の望みに託して嘘は言わなかった。
僕がはにかんでいるように見せかけながらそう言うと、お姉さんたちはよしよし、と頭を撫でてくれた。
「あー没落してお貴族さまにひろわれたタイプか~」
「じゃあはつものじゃん!上の人に高く買ってもらいやすいし、その方がやなことたくさんしないでもお給金もいっぱいもらえるもんね、よかったね~」
「あたしたちみたいなのじゃなくて、小さい子がお気に入りな教会士さまたち結構いるもんね」
「でもここの教会士さまたち、結構乱暴だからきをつけて?ご機嫌そこねたらたいへんだから」
「泣いても啼いてもやめてもらえないかも~!」
「こら!これから初めての新人さんを脅しちゃだめよ」
「いい人に初めてを買ってもらえるといいね」
「大丈夫よ、過ぎちゃえばいたくないし」
「あの子たちだって経験ずみだから」
お姉さんたちがにっこり笑顔で、「これ、はじめての子への餞別!」「分けてあげる」「男の子だとちょっと心がつらいかもしれないけど、そのうち慣れるわよ」と次々と渡してくれたのは、数本の液体の入った小瓶だった。
中には派手なピンク色のねっとりとした液体が入っていて、これ自体にはとても既視感がある。
これこそが、某悪友たちが部屋に隠し持っていた、思春期特有の下ネタの話題になっていた中心物。下級男子寮で培養された僕とて知らない代物ではない。
キール様、小姓の立場が欲しければどうぞどうぞ、是非とも代わってください。今なら熨斗付きで差し上げようとも。ついでに貞操も捧げることになりそうですよ。
僕、叫んでいいですか?
ご主人様の大馬鹿野郎!!




