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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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24 小姓のヒーローは姿を見せません

※ この話には残酷描写が含まれます。苦手な方は閲覧をお避け下さい。

※ この話には、火事等の要素が含まれます。気になる方はお避け下さい。

 絶体絶命の大ピンチ――そんなことはよくあることだ。悲しいことだけれど現実問題、僕がトラブルに巻き込まれたときに危険でなかったことがあっただろうか、いやない。


 さて、どうやってヨシュアを助けだそう?

「ヨシュアを解放する代わりに何でもする」というのが王道だけど、僕がそれを提示して素直に応じる相手とは到底思えない。

 だってほら、あのグレン様が常日頃相手にしてる連中だからね。小手先の言い逃れならともかく、この状況で僕にこの人たちを説得するだけの話術はない。

 じゃあどうする?

 手持ちの道具は何もない。魔術だって、動物さんだって、助けてくれる友達だっていない。今の僕は一人きりだ。

 とはいえ、かの親愛なるご主人様が下さる(歪んだ)愛情たっぷりの鞭もとい過酷な試練に慣れた僕にとって、使えるものがない状況はいつもどおりとすら言える。

 だから、僕は、非常事態に使える知識と切り抜け方だけは人一倍持ってるはずだ。だって場数を踏んでるもの。



 視線をなにげなく下に落とすと、先ほどカマイタチくんに切られた髪の毛が目に入った。


 茶色っぽい、長めの髪の毛が束になって落ちている。

 結構ざっくり切られたなー……って。待てよ?僕、髪の毛の色、茶色じゃないよね。


 そこで僕は、今の僕がスカート姿(・・・・・)女の子(・・・)に化けている(と言うのも悲しいが)ということを思い出した。

 あまりに男装をしすぎて珍しく女装してることすら忘れてたことはひとまずおいておこう。

 このスカートや鬘はもしかしたら使えるかもしれない。

 じゃあ、手を繋いでいる魔封じの手錠はどうする?


 魔封じの道具――それは、魔力の高い罪人を拘束するのにも使える有用な道具だ。基本的に(・・・・)弱点などない。あったら簡単に逃げられてしまう。本来だったら、だ。

 でも、その基本が通用しないのが、我がご主人様。

 対抗策だって、当然持ってるし、それを僕に習得させたいのか、グレン様は僕へのおしおきにこれ(魔封じの道具)をよく使っている。

 そんな僕の親愛なるご主人様が見せるいつものせせら笑いがぽん、と脳裏に浮かんだ。


「こーんなものすら解除できないのかー、僕の小姓は。嘆かわしいなぁ」


 いつだっけ……これを言われたのは……あれはまたいつものやり取りをしてたときだから……


「あのですね、魔封じの手錠を魔力で粉々にできる方が異常ですから!」

「光栄だね。この僕が凡人じゃないなんて今更なこととはいえ、素直になれないお前なりの誉め言葉として受け取ってあげる」

「僕はいつでも素直で真っ直ぐですよ。言葉も誤解のないよう使っているつもりです。そして一般的に異常というのは誉め言葉ではありません」

「僕を一般の枠で括られるなんて心外だな。僕は僕の基準以外受け付けない」

「さすが、相も変わらず天上天下唯我独尊を一貫していらっしゃって、いっそ清清しいですね」

「うんうん、それでさ、誉めてくれるお前にも、是非とも僕と同じところまで達してほしいなと思って。僕なりの思いやりってやつ?」

「要らぬ思いやりはありがた迷惑って言うんですよ、ご主人様」

「人間、死ぬ気でやれば、一生に一度くらいは奇跡的になんとかなるもんだって言うし」

「そんな奇跡は、グレン様に初めてお会いして熱球を避けまくったあのときにもうとっくに使い終わってますよ」

「僕に出会えたことそのものが奇跡的だって?お前にしては大胆な愛の告白だね」

「その自分に都合のいいところだけ聞いて都合よく解釈なさる脳内辞典、いい加減どうにかなりませんかね?」


 あの時の僕は魔封じの手錠を手足にかけられてす巻きにされた挙げ句、深い落とし穴の上の薄氷に乗せられたということがあった。

 暴れたら自動的に深い奈落の底に魔法なしで落ちるやつ。

 それすなわちおだぶつ(ナームー)

 こんなのは訓練じゃなくてただの虐待だ。外道め!って何万回思ったことか。


(本当に暴れたら氷が割れて即座に人生の終焉を迎える状況のため)心の中だけでジタバタ暴れながら睨み付ける僕からぷい、と顔を背けたグレン様は、楽しげにステップを踏んでドアまで向かい、手にも足にも錠がついたイモムシ(・・・・)状の僕を放置してドアの向こうに過ぎ去る間際、天使のように愛らしい笑顔で僕を嘲笑ってから言った。


「じゃあ、一つだけいいこと教えてあげる。魔封じの道具はさ、どんな形状であろうと、一部が破壊されたら(・・・・・・・・)もう使えなくなるんだ。脆くて嫌になっちゃうよね、ほんと。じゃあ、頑張ってね?」




 そうだ!一部を破壊するんだ!

 僕に粉末状(・・・)になった元魔封じの手錠(・・・・・・)を見せつけながら言ってきた、あの嫌みな言葉が今ここで役に立つとは。

 あのニタニタ笑いは一生忘れないふざけんな!と思ったが、今役に立ったのでチャラにしてあげることにしよう。



 そしてこれを破壊できるような威力をもった存在は、最初からここにいる。

 全て僕のタイミング次第――そしてそのタイミングを作るやり方だって知っている。



「おい、聞こえているのか?グレン・アルコットの体の状態だ!」


 僕がそんなこんなを刹那の時間でまとめたところで、黒づくめからの質問が降ってきた。どうやら僕はぼうっとしていたらしい。

 僕、落ち着け。タイミングは会話から見出すものだ。


 僕ははやる気持ちを抑えながら、慎重に言葉を投げ返した。



「グレン様の体の状態ですか?」

「あの男の崩壊はどこまで進んでいる?」


 精神ならとっくの昔に崩壊していますが。とツッコミたいのをグッとこらえて、じっと黒づくめを見つめると、黒づくめの方が苛々したように言葉を重ねた。


「あれだけの魔力を有するんだ。魔力摩擦が生じないわけない。そういう報告も受けている」


 魔力摩擦という聞き慣れない言葉は、医療系に進んでいる僕ならある程度分かる。

 体内に魔力が豊富すぎるくらい溜まった場合、器である身体がそれに耐えきれなくなって、一時的に体調を崩したりすることを言う。

 これは、魔力の量だけでなく、魔力の操作の一種である魔力発散が上手か下手かというところにも影響する。僕みたいに魔力が少なくて、かつ操作の技術はそれなり、というタイプには最も起こりにくい症状だ。

 グレン様ほどの魔力の持ち主なら、魔力の多さから起こりうることだし、現に体調を崩すこともあるけど――


「あなたたちにお伝えするようなことは特にありません。体調を崩されたりはしていませんので」

「この状況で嘘をつく気か」


 ヨシュアの首にかかった太い男の腕が絞められたのを見て、表面上はさらりと、内心は大慌てで付け足す。


「この僕がお傍にいなくても大丈夫なくらいだ、というところを見てもなお嘘だと思うんですか?」

「……あの男の限界(・・)はもっと先、ということか……?聞いている話と違うじゃないか」


 僕の表情を見て嘘ではないと見抜いたのか、はたまた嘘発見の魔道具でも使っているのか存外素直に信じた黒づくめの言葉に、逆に僕の方はなんとなく、不安な気持ちになった。


「限界」ってなんだ?

 魔力摩擦は一時的なもの。限界もなにもない。ただ一時的にきて、一時的に過ぎ去るもの。

 でもこの黒づくめの話だとちょっと状況が違いそうだ。


 もしかしてグレン様。僕にまだ何かを隠してたりする?

 あんなに頼ってほしいと言ったのに?僕が精一杯お仕えすると示したはずなのに?過去だって教えてくれて、曲がりなりにも小姓としての信頼を少しは勝ち得たのだと、そう思っていたのに?

 それともなに?僕を信頼してても僕に弱みを見せたくないとか、そういうくっだらない理由で隠してるとか?……この可能性が一番高そうだ。

 あんの意地っ張りめ!これだけどーしようもないところを見てる僕にさえ弱みを見せられないのか、あのアホご主人様は!

 僕じゃなかったらとっくに愛想尽かしてるぞ、本当にもう!


 こうなったら意地でもここを脱出してほっぺたを拳で一発ガツンとやらないと気が済まない。

 ガツンとやって、目を覚まさせてやる。

 僕という存在をまだそんなに軽い存在に見てたのかって思い知らせてやる。


 ……まぁこれまで一度もほっぺたをガツンと殴れたことなんかないんだけどね!


 ざわざわと動揺し始めた黒づくめたちの前で、僕はすっと背筋を伸ばした。

 黒づくめたちが一斉に僕を見て、警戒した様子を見せるので、僕も主役悪役級のあくどい笑みを浮かべて見せる。


「それよりも、ねぇ、そんなに悠長にしていていいんですか?」

「なんのことだ」

「僕が――あの、グレン・アルコット(・・・・・・・・・)様の小姓である僕が、のこのことあなたたちの罠に嵌ると、本気で思ってるんですか?」

「まさかっ!?」


 いやまぁ、完全に罠に嵌ってたし、演技も何も必死で走ってたんですけどね。まだ嘘は言ってない。

 グレン様なら嵌らないし、嵌ったように見せかけて、蜘蛛が獲物を絡めとるように、罠に嵌めてじわじわ苦しめていっただろうってことは容易に想像がつくから、それを真似てみた。

 そして幸か不幸か、僕は「小姓」。

 世間一般から言えば、それすなわち、ご主人様が最も信頼を置く、懐刀だ。


「あれだけ食べて寛いでいた、アレが演技だとでもいうのか!?」

「あれだけ意地汚く食べていたというのにか!」


 失敬な!久々の余暇を楽しんで何が悪い!

 あ!こら、ヨシュア!そこで震えているのは怖いからじゃなくて、噴出しそうだからだな!

 今まさに暗殺者に首元に刃物を突き付けられている絶体絶命の状態だというのに、あの子もあの子でなかなか神経が太い。

 まぁヨシュアを知らない人からすれば、怖がって震えているように見えるからいいんだろうけど。


「女装している僕が、グレン様の小姓だと気づくレベルはあって安心しました。そうじゃないとご主人様からのご命令を果たせないところでしたから」


 もちろん命令なんてなんにもないものの、そんな内心をおくびにも出さず、ご主人様直伝のお得意のにっこり満面(胡散臭さ満点)の笑顔を見せると、相手の動揺が更に増した。


「なに?!しかし我々には確かにお前が――!」

「さぁ、そろそろ僕も本気でお仕事と行きましょうかっと!」


 続きが非常に気になるのに教えてもらう機会を潰したのが残念だが、相手の会話をぶった切るのも、相手のリズムを崩す一つのやり方だ、とどこかの外道が言っていた。


 僕は、手錠に拘束された両手首を前髪に伸ばし、髪を――いや、鬘を引っぺがしてから、両手を上げた勢いのままに振り下ろした。長い髪の鬘は、勢いよく投げた方向に飛んでいき、僕の狙った方向――明かりを灯す黒づくめの男にぶつかってその視界を遮る。

 鬘に火が燃え移ってぼうっと燃え上がったタイミングで、カマイタチくんの放った風の刃を全身から受けとめに行く。

 全身で、手錠を前に突き出して。


 下手すれば手をすっぱり切り落とされかねない暴挙でもあるけど、その辺の見極めや度胸だけは誰にも負けないと自負している。


 思ったとおり、狙いすましたかのように、手錠の間を繋ぐ鎖が、カマイタチくんの風ですっぱり切れた。

 同時に、僕は瞬時に空間の檻を展開。カマイタチくんを閉じ込める。


 目にもとまらぬスピードで行われた脱出劇に黒づくめたちが呆気に取られているうちに、カマイタチくんの放った風の余波で切れた(ワンピース)を風の魔法も使って引きちぎって、ヨシュアを拘束している男に投げつけ、視界を奪い、その隙に、スカートに覆われて見えなくなっている相手の目のあたりを強化した指で突く。

 目の玉が潰れるほどは刺せないあたり、僕はまだまだ甘い。僕の周りの人なら例えヨンサムであっても、目を潰して確実に1人仕留めに行くはずだ。


 ヨシュアもこれまでの修羅場を潜り抜けてきただけあって、このような事態に対する適応力はとても高い子だった。

 絶叫を上げ、倒れた黒づくめの腕を思いっきり噛んで拘束を離れると、出入り口側にいる僕の方に走り寄って、僕の後ろに隠れる。途中、ちゃっかり空間の檻で拘束したカマイタチくんも拾っている。


 しかし快進撃もここまでだった。

 ヨシュアの手をつかんで、すぐに出入り口を手で押すが、びくともしない。


「兄上様、上から塞がれているようです」

「出入口を破壊するしかないか……!」


 が、破壊すれば至近距離にいる僕たちも危ない。

 まずはこっちを確保する空間魔法を展開して――って、そんな時間があったら苦労はしない!そろそろ当初のはったり(フェイク)も切れるころだ。


「兄上様、何か武器になるようなものは!?」

「ない!使えそうなものはさっき落としたポーチに入っている医療器具ぐらいで、武器らしい武器なんて持ってないよ」


 僕のポーチはいまだに黒づくめの男たちの側に落ちたままだ。


「出入り口はおそらく封鎖されていますが、上の天井は木の板です。盛大に爆発させれば出られると思います」

「爆発させるようなそんな便利な道具は持っていないし、僕たちも危ないよ」


 炎で転げまわる一名と、目を突かれた一名を除いたその他の黒づくめが猛然と迫る中、ヨシュアは冷静に僕に教えてくれる。

 しかし、ヨシュア自身の魔封じの手錠は取れていないから、僕一人でなんとかしなければならないところがネックになっている。いかんせん僕の魔力量は多くなく、一気に大きめの魔術をいくつも素早く展開するのは無理があるのだ。


「兄上様、後ろ!」

「えぇい、これしかない!」


 振り返れば、手に持ったナイフを上から振り下ろそうとする黒づくめが真後ろに迫っていて、それを確認した僕は咄嗟にポケットに手を入れ、中に入っていた唯一の道具を取り出して、相手の顔に投げつけた。



 その瞬間、ぼうっと大きな炎が上がった。



「え……!?」


 炎は、目の前の黒づくめを覆うと徐々に赤から白、青へと色を変えていき、あたりに人の焼ける嫌な匂いが一瞬だけ漂った。僕は袖でヨシュアの鼻元と自分の鼻元を覆ったが、人の生焼ける独特の嫌な匂いが漂ったのは一瞬だけで、後はずっと炭を炙るような匂いだけが広がり、既に目の前の男は原型を止めず、炭と化していた。同時に炎は鷲のように形を変えていく。

 炎の鷲は、顔と思しき部分が僕とヨシュアに向けた後、羽ばたくような仕草で黒づくめたちの方へと動いた。


「な……なんだこれは?!」


 黒づくめの男たちが逃げ惑い、水を出すにもかかわらず、それらの抵抗をもろともせず、鷲の形をした炎が黒づくめたちを襲う。

 何が起こっているのかよく分からないが、とにかく、すべての黒づくめたちがあっという間に消し炭になるという恐ろしい光景を見せないように、僕は、大分背の高くなったヨシュアを手元に抱え込んで、ぎゅっと目をつぶる。

 しかし、僕よりずっと冷静なヨシュアは僕の腕から這い出るようにして僕の服を引っ張って出入口まで駆け寄った。


「兄上様、今のうちです」

「あ……そうだった」


 ヨシュアに促され、空間魔法を展開しようとしたとき、炎の鷲が辺りの黒づくめを焼き付くし、そして急速に大きく膨らんでいくのが見えた。


「ヨシュア、危ない!」


 僕が急いで空間魔法を厚めに展開し、カマイタチ君を抱えたままのヨシュアを抱きこむと同時に、炎が爆炎のようになり、視界一杯に炎らしき白い光が広がって、一切の音が聞こえなくなった。


 分厚い熱の壁が僕の空間の壁をぶつかる。この勢いだと、まずい、このままだと熱と勢いを防げない……!


 僕が本腰を入れて全力で魔力を振り絞ろうとしたところ、ヨシュアが、僕の腕を引っ張って大きく首を左右に振りながら、口をパクパクと動かした。 

 これは、脱水症状?いや口パク……って、ん?熱く、ない?


「あに……さま。兄上様、兄上様!熱くないですよ!」

「……へ?」


 ようやく音が聞こえるようになったときには、辺りは様変わりしていた。

 爆発の勢いはものすごく、地下どころか天井であったはずの1階の床を吹き飛ばし、更には小屋の壁も屋根すらも破壊している。炎の鷲は、そこ一軒を跡形もなく焼ききって、そして急速に消えたようだった。

 焦げあとの中にぽつんと、無傷(その前についた傷を除く)で立っている僕とヨシュア。

 当然ながら、黒づくめの生存者は誰もいない。


 二人の間に沈黙が落ちた後、ヨシュアがその摩訶不思議な光景を見回しながら、口を開いた。


「……兄上様の魔術ですか?」

「僕は何もしてないよ」

「でもさっき何かを投げておられましたけど……?」

「僕がやったことは、グレン様からある時にいただいた羽ペンを投げたことだけだよ」


 そう、僕がやったことは、いつぞやのグレン様からの贈り物である羽ペンを投げたことだけだ。


 ナタリアに、アッセンブリー皇国の風習とやらで、女性が男性に「厚意」を伝える風習があると教えられ、それで、僕は、グレン様に手作りのお菓子を贈った。しかし実はそれが「好意」を贈る――すなわち、愛の告白のイベントだったと知って、大変な目に遭った、そんな時、グレン様からお返しにもらった高級な羽ペン。


「せっかくこの僕があげたのに、その辺に放置してるなんてことないよね?」といい笑顔で脅されたもんだから(素直に持っててほしいって言ってくれれば可愛いのに)、メモを取るためにも常に持ち歩いていて、なんだかんだずっと持っていたあの、羽ペン。

 それしか武器、というか物を持っていなかったので、それを目くらましとして投げたところだった。

 とても使いやすかったので惜しいということを差し引いても、グレン様にもらったものを投げ捨てる、なんて、そんなことをすれば、その場は命拾いをしてもグレン様に会ったときに命を投げ出すことになりかねないとは思ったが、ヨシュアの命には代えられない。


 そう一大決心をしたとはいえ、まさかこんな結果になるとは。



「あの羽ペン、こんなに恐ろしい呪いがついていたなんて……!グレン様は僕を本気で殺す気か!」

「あのー……確認なんですが、グレン様からのいただきものであれが起こったんですよね?」

「そう。なんて危険な物をって思うよね」

「常に持ち歩いているように言われていた、とか……?」

「うん、持ってないと分かってるよね?って脅されてたし。ほんと危険な人だわ……これからは安易に物を受け取らないようにしないと」

「はー兄上様はこれだから……!」


 僕が身震いしていると、ヨシュアが隣で頭を抱えて盛大なため息をついた。


「え、なにそのため息」

「あれは、守護魔法ですよ。お分かりですよね?」

「守護魔法?ってなんだっけ?」

「……兄上様、座学では2年次に習うと思うのですが」

「えへ。忘れちゃって」

「……守護魔法は、物に掛ける呪いの一種です。本来、物に魔力は宿りませんが、一種の魔力と親和性の高い素材――得てして魔獣や魔物の素材ですが――については、一定の魔力を吸収し、その魔力を一定期間のみ溜めることができます。そして、予め魔術を構築しておけば、一定の条件が整ったときに、その溜めた魔力を利用し、一定の効果を発揮させることができます。魔道具などはこれを応用したものです。ここまでは大丈夫ですか?」

「さ、さすがに」


 ヨシュアの丁寧な解説に痛み入る。

 あ、その目はやめてください。ヨシュアにそういう目をされるとお姉ちゃんとっても悲しい。


「守護魔法は、その中でも高度なもので、一定の素材に、ある者の魔力をなじませ、それを予め構築することで、特定の純粋魔法を発動させ、対象を守るものです。その対象に脅威が迫っているとの状況を把握する識別の魔術に加えて、対象の魔力を感知すれば、そちらに害のないようにしながら、その対象に迫り来る脅威を攻撃する魔術です」

「識別、守護、攻撃……っと、つまり構造が複雑ってことか」

「はい。いくつもの魔術が発動する様に組み合わせなきゃいけない上、長持ちしない魔力を持続させるには結構な労力がいる、はずなんですなので、その威力は通常大したことはなくて、小さな雷で相手を脅かすくらいのものがほとんどなんですけども……ここまでのものができるなんて……さすがグレン様…」


 ヨシュアが周囲を見回しながら声を潜める。


「ほんとえげつないねぇ。さすがグレン様」

「あね……じゃない、兄上様……。そこも感心するところなんですが、兄上様が気づくべきはそちらではなく……といいますか……もう少しグレン様が籠められた意味に気づいて差し上げても罰は当たらないかと」


 ヨシュアが困ったように僕を見上げてくる。


「罰?」

「……今回の羽ペン……いや、守護魔法で熱さを感じなかったということはですよ?」

「僕の空間魔法もなかなか成長してるってことだよね!」


 ヨシュアは眉間にシワを寄せ、出来ない子を見る目をしてきた。おねえちゃん悲しい。

 ヨシュアはさっき黒づくめに捕まっていたときよりもよほど真剣な顔で眉間にシワを寄せ、口許に手を当てて何やら考察し始めた。


「僕が申し上げていいものなんだろうか。いややはりここは超のつく勘の鈍い兄上様に自ら気づいていただいて先に進んでいただくというのが王道……いやでも僕もいい加減じれったいんだよなぁ……グレン様のためにもあね……じゃなかった兄上様にはもう少し女っ気があってもいい気がするし……誰かが言ってでも関係が進むに越したことはないし……」

「……ヨシュア、言いたいことははっきり言った方が何かと得だよ?そしてさりげなく僕を貶すのはやめてほしいなぁ」

「今の説明を聞いた上で、守護対象(・・・・)が自分であることに気付かないボンクラ頭はここで蒸発してもよかったのではないかと俺は思うがな」


 頭上から飛び降りるようにどこからか降りてきたラズベリー色の髪と、呆れ切ったその声には聞き覚えがあった。


「……クロフティン様?」


 辺り一面煤けた中に降り立ったキール様は、これまで見てきた中で最も不機嫌そうに僕を見降ろした。


タイミングがタイミングだったので、少しだけ投稿を遅らせていました。申し訳ございません。

一話が少し長くなりましたが、連載版の某おまけ話がやっとつながった感じです。

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