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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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18 兄と父と昔語り

時系列が更に遡ります。語り手は久々に登場のユージーン。

 姉さんの挙式まで大体残り四分の一月となった頃、俺は自城の応接間にいた。


「なぁ、よかったのかよ」


 先ほどまで来客が座っていたソファーの前の、手の付けられていない冷めた紅茶のカップを拾い上げながら、俺は湧き上がってきた疑問を吐き出した。


「よかったとは?言うべきじゃなかったという意味かい?」


 苛ついた気持ちが漏れ出た俺の声音を無視し、父さんはあくまで落ち着いた声で俺に問いを返す。


「この時期(タイミング)で言うのは、遅かったんじゃないのかってことだよ」

「おや。てっきり、お前は、あんなことあいつに伝えるべきじゃなかった、と言うのかと思ったよ」

「それはっ――――」


 そうさ。俺はあいつが嫌いだ。

 妹のことを俺たち家族からも隔離して自分のところに囲い込もうとするわ、いつ妹を壊してもおかしくない虐待を繰り返すわ、妹の身を危険に晒す男だ。あんな男を大事な妹の傍に置いておく親なんて気が知れない。

 あいつの本性を分かってなお傍に置くなんて、この酔狂な父さんだからできたことだ。


 あいつが見せかけのどおりの(・・・・・・・・・)乱暴なだけの男というわけではないことは、この前やむを得ず共に仕事をしなければいけなくなった時に分かっている。

 あいつが過去に辛い目に遭っているとか、悲劇のヒロインぶらずに自分の仕事をこなしていることとか、あいつにはあいつなりの葛藤やら、不器用さやらがあるだろうことをふまえても、あいつは気に食わない。


 しかしそれでも。


「……もうそんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろ。アレが――銀狼(・・)が起きたんだから、使えるモノはなんでも使わないと」


 あいつが使えるかどうかは別だけどな。という呟きに、父さんは黙って目を瞑ったままだ。


 いかにあいつが――エルが仕えている今の主人が、人間として規格離れしてたって、そんなもの、あの忌まわしい――エルの婚約者(・・・)にとっては、人間目線でのアリとネズミくらいの差しかないだろう。

 ネズミがいかに噛みついて暴れたって人間は撤退するか?絞め殺されればそれまでだ。


「父さんは、この時に備えて、あえて(・・・)エルをあいつの元に送ったんだろ。姉さんだって、父さんの下手な芝居に付き合ってくれたんだし。……俺には一切教えてくれなかったけどさ」



 父さんの計画は約2年前――姉さんと殿下がお会いになる前から始まっていた、らしい。

 姉さんと殿下がお気持ちを通じさせたのは、姉さんはともかく、父さんにとっては想定内ではあるものの、あくまで付随的に発生しうる一つの可能性であって、狙いそのもの(・・・・・・)ではなかった。


 エルのためを思ってあの行動に出ていたのなら、俺にも言ってくれればよかったのに、と除け者にされたことが心に引っ掛かる。


 俺がふて腐れて横を向くと父さんは低く笑った。


「お前はエルのことになると頭に血がのぼるからなぁ」

「……分かってるよ」


 冷静になれない俺の反応があるからこそ、あいつは自然な回答を父さんに返した。

 父さんはあの時のあいつの反応が見たかったのだ。そのための生贄(スケープゴート)が俺だったというわけだ。





 父さんの狙いは、エルをあいつの傍に置かせること。正確には、あいつにエルを小姓にしたいと言い出させること。


 エルをあいつの目の前で目障りなくらいちょろちょろさせ、あいつの目に留まらせるために、父さんは姉さんの名前をあいつの婚約者選定の場に送った。そして姉さんもあの演技に協力した。

 エルに気付かせないようにエル自身を動かすのは簡単だった。

 エルの行動は読みやすいし、エルは姉さんを口実にすれば必ず動くからだ。



 狙いは当たった。これまでのエルとあいつの関係性はおおよそ父さんが狙ったとおりにいっていると言っても過言ではない。


 しかし、色々予想から外れたこともある。


 あいつが想定以上に早くに脆い(・・)状態にあること。

 エルが予想以上にあいつのために動き過ぎた(・・・・・)こと。


 まぁ俺に言わせれば、後者は、ある程度自明なことだ。

 あの優しい妹が、ああいうやつの傍に行ってほだされないわけがない。

 それがエル自身の身にとって危険だと分かっていないからこそできるのか、それとも――


「父さん、どうする?エルを目覚めさせない(・・・・・・・)ために、次はなにをすればいい?」


 俺の質問に、父さんは深く息を吐いて、頭に当てていた両手を放した。





 #####



 少し昔話をしよう。

 俺とエルがまだ3歳だった頃の、遠い過去の話だ。


 そんな時分の頃の記憶がある俺はおかしいって?あはは、俺もそう思う。俺には瞬間的にいろんなことを記憶でき、それを保持できる特技がある。


 エルと俺は双子だ。

 この国では、双子は両親から受け取った様々なものが半分に分配されると言われている。だから、一人だけで生まれてきた場合に比べて、配分される魔力やらが少なく、劣性な子供(・・・・・)が生まれてしまうことから、二つの命が宿っている時点で、一つの命を消す薬を飲むことも多いという。クソ食らえだと思うけどな。

 そして、仮に親がそのような外道な行動を取らなかったとしても、通常、異性の双子の場合、男の方が魔力やら生命力やらなにやら多くを配分され、女は劣化版となり、大抵は生まれて程なく亡くなってしまうらしい。


 俺たち双子は、母さんが、通常の伯爵家よりも多い魔力を持った先祖返りという特殊例だったせいなのか、少々特殊な双子で、二人とも健康に生まれてきた。

 そして、女であるはずのエルが俺よりも魔力量が多い。

 代わりに、俺はいくつか不思議な特技を持っている。例えば人の特徴を読み取って見た目も仕草も全てを含めて真似(トレース)すること、例えば老若男女様々な人の声を出せること、例えばとても直感が当たること。

 この異常な記憶力もその一環なんじゃないかと思ってる。

 忘れられないくらい衝撃的なことが多かったからこういう特技がこの年齢まで生き残っているのか、それとも、エルの記憶力の大部分が俺のところに来たせいなのか、それは分からない。


 話を元に戻そうか。



 ちょうど母さんが亡くなって数月経った頃のことだ。


 俺たち家族は悲しみに暮れ、家の雰囲気はどんよりと暗かった。

 父さんは仕事も放りだして一日書斎にこもって茫然自失として過ごしていたようだし、そんな不摂生な父さんを支えるため、まだ幼かったはずの姉さんが必死で父さんの補助と、俺たちの育児をしていた。

 あの時の父さんは、育児放棄の父親失格な男だっただろうな。

 今もうちで働いてくれている使用人の3人――執事と料理長とばあや――がいなければ、姉さんは過労で倒れていたかもしれない。


 俺はなんとなく優しく柔らかな「母」という存在が亡くなった、ということを分かっていた。

 しかし、無邪気そのものというのか、精神的発達が遅かったのか、エルは、最初は分かっていなかったようで、「かあたまは?かあたまはどこ?」と探し回っていた。


 俺はエルのお守をすることが多かったように思う。

 俺が、一緒に遊んでいた動物たちの死骸を前に「どうしたの?」と揺り動かそうとするエルを止め、エルに「死」を教えた。

 そして、その動物たちを土に埋葬しながら、エルに母さんもそうだ、と伝えた。


 エルが、母親の死というものをなんとなく分かって大泣きしたときも、俺が常に一緒にいた。姉さんもなぐさめてくれた。父さん?抜け殻状態のカスだった。

 そういえば、母さんが亡くなったことが契機だったのか、エルの舌ったらずな言葉遣いが治ったのがこの頃だったな。




 エルは昔から自然と動物が好きな子供だった。

 好き、という言葉じゃ追いつかないかもしれない。天性の才能なのか、はたまたたまたまなのか。異様なくらいに動物たちに愛され、懐かれていた。

 エルは動物たちと会話するかのように無邪気に話をしていたし、動物の子供たちと遊んでいた。

 そして、そこに、いつしか魔獣が加わるようになった。

 姉さんがくれた図鑑に載っていない特徴を持つ「生き物」がエルの頭に乗ったり、エルの手の上に乗ったり、エルに尻尾をこすりつけて甘えてきていたのだ。


 俺にも体を触らせてくれたし、危害を加えられたことは一切ない。

 それだけでも異常なことだと今となっては分かるが、エルの場合、相手が進んでこっち(エル)のところの来るというありえない状態だった。

 アッシュリートンの動物に好かれやすいという血質を最大限受け取ったのがエルだったのだと思う。



 そういうわけだから、俺とエルは動物や魔獣に可愛がられ育った。父さんや姉さんが相手をできないときには必ず庭に出て遊んでいたし、庭からさらに奥に進んだ領主の館に面した森の入口のところまで入っていたこともあった。

 森は危ないから行っちゃダメ、と姉さんにしつこく言われていたし、俺もエルも姉さんに叱られれば大抵のことはやめていたけれど、これだけはやめられなかった。



 エルは怪我をした動物相手に対しても、自分できることを必死でしようとしていた。

 包帯を使える年ではなかったので、持っていたハンカチをぐちゃぐちゃに巻いてみたり、血や泥を水で洗い流してやったり。

 ダニやノミを取ってやることもエルには苦にならなかったらしい。

 森に茂っている薬草を使う術も動物たちから教わったのか、どれが効くのか、どんな大人に教わるでもなく、自然に「これでいたいのいなくなるよ、にいさま」と持ってきたりしていた。




 ある日、エルが俺のところに走ってやって来た。


「にいさま、みて?える、うまくできた!」


 エルの泥だらけの手の上に乗っていたのは、小さな小鳥の雛だった。

 その雛は、数日前に巣から落ちて羽が折れ、身体が潰れかけたはずのやつだった。


 そういう雛などはたくさんいたし、実際に、俺たちはたくさんの死を看取ってきた。

 しかし、その雛は羽を大きく動かし、小さな体に生えた羽毛をまん丸にふくらませて、ぴぃぴぃとエルの手の中で鳴いていた。


「け、けがは……?」

「えるがなおしたんだよ!すごいでしょう?」

「どうやって?」

「んーなんかね、なおれーなおれーって、まいにちだきかかえて祈ってたらね、なんかね、ぱぁっとして、ことりさん、げんきになったの!」


 怪我一つない体に戻った雛を見て、最初はそんなばかな、と思った。

 でも、嘘というものすらしらない純粋なエルが、嘘を言うはずもなく、言う必要もなかった。


 もう一回見せて、と俺に言われたエルが、他に怪我をしている子鹿の足をうんうん言いながら、何日もかけてとはいえ、治したとき、俺はエルが魔法を使ったのだということを信じざるを得なくなった。

 姉さんに本を読んでもらい、魔法の存在を知っていたとはいえ、その訓練は、通常5歳くらいから行うと教わったし、父さんが教えてくれないと姉さんには教えられないから、と姉さんに申し訳なさそうな顔をされたからだ。


 エルはそれをたった一人で、齢3つで、やり方も分からずに、自然にやりのけた。


 エルの底知れない魔法への親和性――いや、動物たちへの親和性に、俺は、ずるい、という気持ちよりも先に、怖い、と思った。


「にいさま?」


 黙り込んだ俺に、エルは不思議そうに首を傾げ、そして、俺の表情を見て、泣きそうな顔になった。


「にいさま……?える、だめだった……?」


 初めての俺から拒絶を敏感に感じ取ったエルは、まん丸の目に大きな涙を溜め、小鳥を抱き締めながら、震えていた。

 そんなエルを見て、俺はまたショックを受けたと思う。


 俺がいてやらなきゃだめだ。俺が守らないと、エルは大変なことになる。

 そんな、野生の直感じみたものがあった。


「だめじゃない。エル、えらいな」


 俺が近寄ってエルの頭を撫でると、エルは単純にもすぐに機嫌を治し、嬉しそうに笑った。


「おれにも教えて」

「うん!にいさまも、いっしょにやろ」





 それから、俺たちは、父さんに習うよりも先に、自力で魔力を使った治療の方法を身につけていった。

 今から考えれば、大人に指導されることなく魔力を扱うのは崖の上で綱渡りをする行為と同じくらい危ない行為だったのだが、幸いにも、魔力の暴走や、魔力の爆発といった危険な事故を起こさずに、俺たちは順調に魔力の使い方を自然習得していった。

 俺はエルよりも、治療についての適性はなかったようだし、効果も薄かったけれど、エルの補助をしてあげることはできた。



 父さんが俺たちを構ってくれない間に、俺たちはこんなにできるようになったよ、と見せてやろう、と俺とエルで話し合って企んでいた。

 多分、俺たちそっちのけで一人の世界に籠りきりの父親に嫌気が差していたのだと思う。



 そうして過ごして、母さんの死から、半月くらい経った頃だっただろうか。



 エルが自分の運命を変える存在に出会ったのは。



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