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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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17 主と取引

 時間は遡りまして、エルがリッツに祭に誘われる前の日の話です(グレンが不在にしている間の話)

 この世の中で、代替性のない人物はどれだけいるのだろうか。

 その人物がいなくなれば、世の中が回らなくなり、国が、場合によっては世界が、混沌へと叩き落される。

 個人で世の中を変革できる人物は紛れもない偉人だろう。

 だが、自身がいなくなった後に備えて次代を整えられる人物こそが最も優れた人物なのではないだろうか。


 そんな表舞台は、端から僕には用意されていないけれど、つくづく、僕が後世に何かを残さなければいけない立場になくてよかったと思う。

 フレディを見るたびに窮屈さに辟易する。

 あいつの能力も器も今のままじゃ半分も生かせていないだろうに。


 僕は別に偉人でもなんでもない。だから、やりたいように、自分の時間を使う。

 自分が大事だと思ういくつかの事柄のために時間を使う。






「お待ちしておりました」

「悪かったね、急に連絡して」

「いいえ」


 北端の陰った森が、羽ばたきにより、ざわめく。風が唸り、周囲の木々がしなり、着地した地点から軽い揺れが起こる。翼竜の背から僕が地面に降り立つと、耳や手首につけた装飾具がしゃらりと音を立て、僕を迎えたクロフティン辺境伯家嫡男キールが頭を下げ挨拶をしてきた。

 僕が地面に降りた途端、解放されたと言わんばかりに大きく首を伸ばしてさっさと離れていこうとした躾のなっていない翼竜に、軽く炎を放っておくと、「ぴぎゅい!」と情けない声が上がった。


「そちらの翼竜はどうされますか」

「この辺に放っておいてもいい?」


 クロフティン領は魔獣に対して敏感だ。キールもやや警戒気味に翼竜に近寄る。

 いつでも魔法を放てるように準備していない、というだけでもかつての彼を鑑みれば大進歩だろう。


「この領主館周辺であれば危害を加えないように命じておきますが……調教は終わっているのでしょうか」

「んーどうかな。調教って方針で育ててないと思うんだよね、あいつら」

「――と、仰いますと、アッシュリートンが管理している、ということでしょうか」

「一応イアンも管理している共同管理個体。契約していないけどある程度僕も手綱を握れる。そうだよね?」

「ぴー……ぴゅい……」


 僕が言いながら、軽く操縦用の首輪を引っ張ると、エルにピギーと名のつけられた翼竜はしぶしぶその場で丸くなった。


「逆らえばどうなるか骨の髄まで焼き付いているだろうからこいつのことはいいよ」

「では――そちらは?」


 そう言ってキールが目を向けたのは、僕の腰にぶら下げた網に入った白い塊だ。


「これ?預かりもの」

「わずかに見覚えがあるのですが」

「あぁ。小姓から預かってるんだ」


 高速での空の移動に耐えられず、網の中でひっくり返って気絶しているのは、エルがいつも連れているネズミの魔獣だ。

 「ここのところ怪我をしていて絶対安静にしていなければいけなかったんですから大事に扱ってくださいね!ね!」と繰り返し言われたから、エルには、僕は一度言われれば分かるということをその身をもって体験してもらった。

 ちゃんと風圧やら揺れに耐えられるように網に防御魔法を張っておいてやったというのに気絶するなんて、根性のないネズミだな。そこだけは飼い主を見習ってほしい。


「こいつは僕の方で手元に置いておく。時間がないから、早速、本題に入っていいかな?」

「もちろんです」


 領主館ではなく、その離れにあるキール個人の館の応接室に案内された。軽く気配を探ってみたが、敵意、密偵、盗聴、監視等の罠は感じられない。

 とはいえ、警戒は怠らないまま椅子に座ると、キールはすぐに人払いを行った。


「念のため、盗聴防止をかけさせてもらうよ」

「はい」


 キールは、僕が直前に来ると連絡していたからか、使用人に準備させておいた紅茶を自ら淹れると、一度自分で口に含んで毒見をし、その後に僕に差し出した。

 このあたりについては、よっぽど僕の不出来な小姓よりも気が回る。


「早速だけど、本題だ。僕が今日来た理由について話させてもらう。今日、僕がここに来たのは、君に、僕が生みだした魔法理論を実技で習得してもらうためだ。教えるのは、魔力による空間編成術。僕が教えるのは今日から明日にかけての半日で、君に与えられた習得期間は1月以内。優秀な君ならできるよね?」

「はい」


 どのような内容かを聞きもせずに言い切るあたり、自分の才能にかなりの自信を持っているんだろうな。即答するだけの能力も才能も実力もあることは僕も認めている。だからこそ、僕も、明後日から大事な主の結婚式が控えているという、予定がめじろおしの中でキールに会いに来たので、次々と話を進める。


「教えるにあたって、条件が2つある。一つ目は、君――いや、クロフティン辺境伯家に、第二(フレデリック)王子の派閥に入ってもらうこと。別に王太子殿下と敵対しろ、というわけじゃないが、有事に駆け付ける先を第二王子にしてもらいたい」


 簡単にいえば、魔法理論を教えることでの政治的取引だ。


 クロフティン領は現在、どちらと言えば王太子殿下の派閥に入っている。現王太子殿下であるライオネル第一王子と派閥争いをする気の全くないフレディや、僕の見立てでは今のところ波風を立てるつもりはないらしい王太子殿下はともかく、周囲の貴族には過激派もいる。クロフティン家は王太子殿下派閥の筆頭ではないが、なにぶん、魔術師輩出一家としては大きい家なので、フレディの背中を刺させるわけにはいかない。

 僕が教える理論の有用性も問わずこれを提示したのは、キールの決断結果だけでなく、その考量時の様子を探るためだ。


 キールが次期辺境伯としての立場との間でどれだけ揺れるか見極めたかったのだが、彼は存外あっさりと了承した。


「かしこまりました」

「あっさりとしてるね」

「元々我が一家は北の国防を担う身です。国内の派閥間争いよりも重視すべきことがありますゆえ、グレン様のご提案を跳ねのける利点(メリット)を感じません。父に私から進言致します」

「跳ねのけられたら?」

「そのような状況に陥らないだけの準備は致します」

「ふぅん」


 彼がそう言うにはそれだけの材料があるのだろう。ということは、クロフティン家――ひいては王太子殿下は、やはり、今のところは、フレディに対する害意はお持ちでないということか。それが確認できただけでも十分だ。


「じゃあ次。2つ目は、僕の小姓の話だ」

「アッシュリートンですか」


 キールの眉がぴくりと動き、顔に微かに警戒の色が帯びる。あいつに関してだけはこの男も敏感だ。

 まぁそうだろうね、僕がそう仕向けたんだから。


「僕がこれから教える魔法理論は色んな形で応用できるんだけど、それを『蓋』状にして、僕が不在の時にはあいつの背中に施してほしい」

「え……背中、ですか?」

「そう、背中」


 途中まで何を言われるのか、と強張っていた表情が、予想とは外れたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔に変わり、そしてその彼らしくない間抜けな顔に気が付いたのか、直ぐに顔が引き締められる。


「それは――あのとき(大会予選)の怪我がまだ治っていない、ということなのでしょうか」

「いいや?あの時の怪我が原因じゃないよ。あいつに掛けられている呪いを封じるためさ」

「呪い?そんなものがあい――アッシュリートンには掛かっているのですか?」

「うん、感じなかった?」

「はい」

「そ」

「申し訳ございません。差し支えなければ、一体どのような呪いか、伺いたいのですが――」

「差し支えるからここまででいい?」


 それだけ言って僕は微笑む。これ以上訊くなら破談にする、という意味を込めた微笑みを、彼は的確に読み取ったようで、訝し気な顔をしたものの「畏まりました」と了承する。


「いきなり君があいつに魔法を施すなんて言ったらおそらく最初は抵抗されるだろうけど、僕の方から言い含めておくし、そのあたりは心配しなくていい」

「かしこまりました」

「じゃ、よければ、その紙にサインして」


 僕が懐から出した魔法契約のかかった契約書を提示すると、キールはいささか驚いたように目を見開いた。


「このような単純な文面でよろしいのでしょうか?」

「構わないよ。詳細は僕から君への口頭での指示で十分(・・・・・・・・・)だって思ってるから」


 魔法契約は、その名の通り、契約を魔法で縛るものであり、破った際にはペナルティーとして、魔法行使の際に面倒な制約がかかる。どのような制約がかかるかは、魔法契約の質と違反の程度にもよるが、魔術師を生業(なりわい)にするのであればできれば結ぶべきでないものだ。

 魔術師はその重大性を分かっているので、それに応じるということは決して破らないことへの誓約になる。

 とはいえ、縛られるのは、そこに記載した文面事項のみ。事細かに詰めずにいれば、そこに記載されていない付加的な事情については制約がかからない。だから本当に抜け目なく作成するのであれば、詳細に文面を精査し、推敲する必要がある。


 今回僕がキールに示した文書はさっき僕が口頭で言った内容がざっと書かれただけのもので、いわば抜け道だらけだ。あえてそうした。


 だってほら、今の僕の言葉で、彼は僕が彼を信頼していると思うから、彼の僕への忠誠心はますます上がるでしょ?


 人の気持ちという拘束力は、大抵はひどく脆弱だが、時として文書よりも重く人の心までも縛る。あくまで人と状況によるが、それでもこの男なら(・・・・・)この方が効果的だろう。


「グレン様、一点よろしいでしょうか」

「何?」

「明日の第二王子殿下のご結婚式参列は――」

「大丈夫。僕だけなら、あいつ(ピギー)に乗って僕が補助魔法をかければ1日で王都までつくから」

「1日ですか?!」

「あくまで補助ありきだけどね。やり方次第ではあるけれど、魔獣の有用性について、君もよく考えるといいんじゃないかな」


 王国の北端にあるクロフティン領は、王都から馬で早駆けして15日ほどかかる場所にある。明後日フレディの結婚式に列席予定の現辺境伯は大分前にここを発っているはずだ。


 今クロフティン領には人が少ない。人目に付きにくいということは、それだけ僕が彼に教えやすいということでもある。


「時間がない。早速始めようか」






 僕を全力で攻撃させ、それを一通り僕がこの魔法で防いで反撃するという模擬が終わり、「今ので分かったよね?後はひたすら練り方を個人で努力して」と言い残して、僕はキールが用意した客間に戻った。

 そこの窓からキールの様子を窺う。

 キールに教えたのは、エルが「不可視の魔力壁」などと呼んでいた魔法だ。エルのものは、最近ようやく形になってきたとはいえ、まだまだ強度や練度が足りない。最初に教えたのはいつだっけ。確か、半年から1年くらい経つだろうな。言葉や目の前の実演ではあいつには高度すぎたので、壁の中に閉じ込めて(窒息寸前)身をもって体験してもらって覚えさせた。

 その点、キールは、さすがに覚えが早く、今ですらまだ明確な形にはなっていないものの、魔力が形を作ろうとしているのが見える。

 彼は放置した方が伸びるタイプのようだから問題ないだろう。



 これで僕が抜けたときの、フレディへの魔術面でのフォローの一部はできる。まぁ、(キール)だけでは心もとないが、それ以外の研究面については分かる形で分散して残しておいたし、彼以外にも多少の数にコナはかけているからなんとかなるはずだ。

 クロービー公爵(宰相)の補佐についても、もうほとんどの引継準備は作り終えている。

 裏家業についても既に僕が指揮した密偵組織はほぼ完成済み。技量やらなにやら足りないところもあるが、そのあたりは公爵の持ち駒と合わせれば、支障という支障は出ないだろうと見ている。


 フレディに危害を加えようとした相手の正体は分かっているし、それを主導している人物もおおよそ掴めている。

 こちらを手こずらせてくれていた動物使いを炙りだす種も蒔いた。もうすぐ芽吹くだろう。

 僕の予想通りであるならば、少々後処理が面倒だが、今のままであれば、政治的な影響は小さいはずだ。


 気になるといえば、教会の動きは気になっている。

 

 どうも最近静かすぎる(・・・・・)のだ。

 フレディ――というよりは、この国の中枢を狙っている組織と繋がっていることは掴めているが、(教会内)で何をしているのか、探りを入れるのが難しい。

 教会に張られている特殊な魔法壁は古代からの高度な隠ぺい工作対策がされている関係で、一般的な量の魔力を有する者の動きを補足し続けることができる。

 僕の持つ密偵部隊では動きが取れないので、外注した(・・・・)が、間に合うかどうか。


 気がつくと眉間の皺が深くなっていた。

 いつの間にか起き出したネズミの魔獣が黒い瞳で僕の眉間のあたりをじぃっと見ていたので火を出して追い払ってから眉間をもみほぐす。


 これじゃイアンみたいになっちゃうな。


 ソファに横になり、肘置きに乗せていた足を組み替え、頭を整理していく。



 今一番の問題は――


 脳裏に浮かぶのは、青い円らな瞳を怒らせて僕につっかかってきては反撃されて涙目になる、僕の懲りない小姓のことだ。


 改造を施すために一度手元に戻している赤い首輪を取り出し、人差し指にかけて軽く回す。



 想定外だったのは、エルの呪いが思ったよりも厄介だったこと。

 エルの過去が僕の想定を超えていたこと。

 あの呪いが、エル個人のみならず、下手をすると周囲に甚大な被害を与えかねない時限爆弾そのものだったこと。

 今の段階では可能性としては小さいが、最悪の場合、狙いがこちら(・・・)の可能性もある。そうなると事態はより面倒になる。


「訊くのが遅かったのか、言うのが遅かったのか……くそっ」


 エルの父親である男爵とその兄からの話を頭で反芻し、僕は思わず舌打ちした。



 同時に、ぞくり、といつもの発作の前触れが来た。

 ここのところ間隔が短くなってきたいつもの感覚だ。


「ぐ……」


 心臓が熱くなり、手で強く絞られたかのように息が苦しくなり、心拍数が上がったかと思うと、急激に血の気が引く。

 心臓が引き絞られるような感覚の後、内臓全てが引きちぎられるような感覚があり、それに誘発されて激しい嘔吐感と眩暈に苦しむ。

 頭をかち割られるような激しい頭痛に腕で頭を抱えれば、内側から鋭い針で刺されるような激しい痛みが全身に走る。

 体を丸め、やり過ごそうとしても痛みは増し、爪を剥がされた方がマシなんじゃないかという激痛が手の爪から足の爪までを何度も行き来する。

 僕の中にある過剰な魔力が僕という殻を破ろうと暴れているのだ、と頭で何度も言い聞かせ、叫び出しそうになるのを歯を食いしばって堪える。



 七転八倒というのだろうか。しばらく経って発作の波が引いた頃には、僕はいつの間にかソファを転げ落ちていた。

 こめかみからぽたりぽたりと落ちた汗が絨毯に染みを作る。


 白いネズミが床に這いつくばった僕の顔のあたり――とはいえ、僕の手が届かないところまで来て様子を窺っていた。

 白いネズミが僕の方に足をそろりと踏み出そうとしたところで「来るな」と言葉で牽制すると、ネズミはびくりと足と尻尾を揺らしてそこで止まる。


「げほっ、ごほっ、ごぼっ」


 口の端から流れた唾液を拭っていると、喉の奥に血の味がし、口に当てて口内から吐き出したものを受け止めた左手には、少なくない量の鮮血が残った。


「はは……徐々に酷くなってやがる」


 手に残った赤い染みを見ていれば、自嘲じみた呟きは自然と漏れた。


 僕にもっと時間があれば、あいつのためにもっと何かができることがあるのかもしれない――そんな感傷に浸る時間はない。

 母さんは最期に自分らしく生きろと言った。


 いよいよ最期となったって、こんな姿をあいつらに晒すわけにはいかない。


 僕は僕として、僕らしく、最期のその瞬間まで生き抜いてやる。


「ネズミ」

「きゅっ!」

「あいつにこのことを伝えたりしたら、丸焼きじゃ済まさないから」

「きゅいー……」


 このネズミ、人間の言葉が分かっていないフリはやめたのか。


 尻尾を垂らし、ちらちらとこちらを伺い続けるネズミを横目に、気休め程度にしか利かない症状を緩和する飲み薬を煽り、口元を付いた血液ごと袖で乱暴に拭って清めの魔法をかけてから床から立ち上がる。


 さぁ考えろ。あいつ(エル)に残せるものはなんだ?



 残された時間はあとわずか。




佳境なのですが、ストック切れたので、しばしお待ちください。すみません。

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