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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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14 小姓は物事をそう上手くは運べないのです

 グレン様のお部屋の前から宮廷獣医師の研究室まで、はやる気持ちに任せて段々速度を上げていき、最終的には全速力で走って戻ったところ、お目当ての人物は、案の定執務の合間を縫って昼寝をしていた。顔に見開きの本を乗せ、仰向けの状態で手を頭の後ろで組んでソファーに寝そべっている。


「リッツ!」


 僕からこうしてこいつに呼びかけたのはどのくらいぶりだろう。ここに来て、初日に獣医師室(正確には準備室か)に足を踏み入れたときに、こいつに告白されて以来だから、かれこれ四分の一月くらいか。

 それでも長いこと話していなかったような気持ちになるのは、それだけ一緒に過ごす時間が長かったからだ。


 僕が、唯一無二の親友は誰かと問われたら、一も二もなく、ヨンサムとこいつ(リッツ)を挙げる。薄情者だし、金にがめついし、金に意地汚いし、小賢しいけど、こいつも僕の大事な友達で――だからこそ、こんなことで疎遠になるのは嫌だ。

 これからも僕とこれまでの付き合いを続けてくれるかどうかはこいつ次第だけど、それを恐れて曖昧な関係を続けるのも、僕の道理が許さない。


 生殺しはグレン様の十八番で、僕の主義じゃない。



 リッツは、顔に乗せていた見開きの本を右手で持ち上げ、僕を確認すると、気だるげに上半身を起こした。


「そろそろ来る頃かなーと思ってた」

「予想されてた?」

「お前の性格だとそろそろかなってさ」


 正面から深緑色の瞳と目を合わせたところ、リッツはいつものとおり、動揺した様子もなく、落ち着き払った声音で答えて僕が息を整えるのを待っている。


「ごめん、やっぱお前と恋人になるとか無理」


 息が整ったところで僕は盛大に頭を下げた。

 僕の言葉を予想していたのか、リッツには驚いた様子もショックを受けた様子もない。目を見開きもせずに淡々と突っ込まれた。


「前提とか前置きとか建前とか言い訳とかないのかよ」

「ごめん。一度決めたら一直線っていうのが僕のいいところだから」

「行動が読みやすいといえば読みやすいけどさ。もう少し考えてからでも悪くないんじゃねーの?」

「考えた!すっごく考えた!ない脳みそ振り絞った!」

「自分で言うなよ……」

「まぁ、日ごろ言われ慣れているからね」


 下げた頭を勢いよく上げて、深緑色の目と視線を合わせてはっきりと言う。リッツに張る見栄なんてない。


「3か月って言ってたと思うんだけどなぁ俺。債務不履行じゃね?」

「ああいう申し出をああいう形で曖昧に受け入れること自体間違ってた、って思ってる」

「俺の告白もなかったことにしろって?」

「そうじゃない。なかったことにしてくれとは言わない。でも、受け入れられないって思った。僕さ、お前のこと、グレン様以上に気にかけられない」


 リッツの顔が不快気に顰められ、何か物言いたそうな顔をされたので、先制する。


「グレン様の名前を出したのは、何もグレン様のことを男として考えて、お前と比較した、とかそういうことじゃない」

「じゃあ、どういうことなわけ?」

「僕、仕事が大事なんだ。宮廷獣医師の仕事も、小姓の仕事も。んでさ、お前が言ってたとおり、どっちも中途半端になんかできないだろ?」

「だから――」

「だったら、僕は、仕事に全てを捧げたいなって。業種が同じになるだろうお前だから楽、とか、そっちの方がお前に失礼だし」

「失礼とかじゃないだろ。合理的じゃね?そんなこと言い訳にすんな。お前自分でさっき言ったこと撤回してるぞ」

「じゃあはっきり言うよ。お前がよくても、僕がもやもやする。僕、単純だからもやもやしたままベストのお仕事ってできない。いつもすっきり爽快でいたいんだ」

「便通か」

「そこでそのツッコミができるリッツが好きだよ、友達としてね」

「だったらその気持ちが違う方向に変わるかもしれない、とか思わねーの?」


 リッツが徐に僕の顔の方に伸ばしてきた手首を掴んで回避し、苦笑して見せる。


「申し訳ないけど、色恋とか甘酸っぱい気持ちに心と体を割く時間も余裕も僕にはない。動物たちと、手のかかるご主人様に、僕の全身全霊を捧げたいんだ」


 この話し方だと、動物さんたちと手のかかるご主人様が同列になっているが構うものか。ほぼ同じようなもんだ。自分とは種族の異なる相手ってことは一緒だ、多分。


「嘘つけ」

「へ?」


 僕に捕まれた手首を自分で解きながら、リッツは呆れた顔で僕の額を親指と人差し指で弾いた。


「痛って」

「それは嘘ついた分の代償な。こんなもんで代償にしてやる俺、優しすぎるわ」

「嘘なんかついてない!」

「色恋とかに心と体を割く時間も余裕もない、ねぇ……本当に?」

「本当だよ、僕嘘つけない」

「それこそ嘘だろうが。お前、性別っていう嘘を盛大につき続けてること、忘れてんじゃねーだろうな」


 あらま。そういえばそうだった。本気で忘れていた。


「忘れてた。まぁ僕の女っ気なんてそんなもんなんだよ」

「女っ気の使い方、違う気がするけど……。なぁ、グレン様相手にもか?」

「何が?」

「お前、あの方相手でも自分が女だと思わないの?」

「……思わないよ」


 僕が普段あの方といて女を意識することなんてない。……稀に事故が起こるだけで、その事故も、かの鬼畜ご主人によって起こるのか、起こされているのかはかなり微妙なところだ。どっちかというとあの人のあの色気で攻略されそうになっても攻め落とされてない僕の生粋の男っぷりを誉めてほしい。

 それでも「ない」わけじゃないから、断言できないのは僕の正直さゆえだ。


 若干言い澱んだ僕を見て、はぁーとため息をついたリッツは、ソファに頬杖をつき、じーっと僕を見た後、さらっとなんてこともないように言い放った。


「明日、出かけるか」

「は?」

「そんでそんときに女装して」

「はぁ!?嫌に決まってんだろ!」


 いきなり明後日の方向に跳んだ話について行けなくなりそうだ。

 あれ?僕、自分への告白をお断りに来たんだよね?なんで断った次の日に遊びに行くなんて話が出てるんだ?


「債務不履行。賠償金」

「ぐっ……」


 痛いところへの一撃必殺にぐうの音も出ないが、そもそも、()に女装しろとか言ってる時点で僕を女とは見てないだろ、こいつ。


「割に合わないじゃん、10代後半の純情な青年の心を弄んでただの謝罪じゃあ」


 え?むしろ、誠実な謝罪で終わらない10代の当人同士の恋愛ってあるの?

 そりゃ家同士が絡んだら別だけども!


「お前の女装姿、見てみたいなーと思ってさ」

「そんな危険なことできるか!」

「どうせグレン様の婚約者になってた時は女装してんだろー」


 うっ、そうか、あの時に僕が女であること(兄様の替え玉)がバレているわけだし、グレン様ほどの方の婚約者お披露目パーティーだったら、いくら内々のものでも、噂にはなる。リッツの情報網なら、あのときにアッシュリートン家次女が婚約者としてお披露目されたってことも握っているだろうし、つなぎ合わせれば僕があの時わざわざ替え玉を立てて何をしていたのかぐらい予想がつくか。

 察しのいい奴ってこれだからほんと嫌だ。


「どうせ第二王子殿下のご結婚祝賀祭で町中お祭り騒ぎの仮装だらけなんだから大丈夫だろ」

「でもだからって女装は……ドレスの用意だってできないよ」

「あほか。仮装で思いっきりやるにせよ、本物の貴族の上質なドレスなんか着ていったら浮くからな」

「あ、そうだね」


 ということは、残り半日で、僕の正体()をバラさずに町娘の服を用意しろってこと!?


 こういうときに頼るのは大体ナタリアなんだけど、あいにく、ナタリアは、今、姉様の一番の傍付きになっているから、明後日(姉様の婚姻)に向けて今頃寸暇を惜しんで駆けまわっているころだ。頼ることなんてできない。

 殿下に頼むのは恐れ多すぎるし、そもそもこの時期に個人的な面会なんてできない。

 イアン様?町娘の服装をお持ちだったら、ついに朴念仁……じゃなかった、清廉潔白な騎士の人間らしい一面が見えたと大喜びして記者に情報を叩き売るか、女装趣味を疑うんだけど、十中八九持っていらっしゃらない。

 グレン様……に借りを作るのは代償が大きすぎて僕の存在そのものが消えるからできない上に、理由を説明して納得してくださるはずもなく拉致監禁される未来が見える。どちらにせよ今いらっしゃらないから頼れない。



「あのーリッツさん。ゆ、融資は……?」

「やるかばーか」

「金もない時間もない人脈ないの、ないないない尽くしの僕にどうしろと!?」

「だから価値が上がるんだろーが」

「無理だって――」

「無理無茶無謀のことをこれまでグレン様(・・・・)のためにはやってきたんだろ。俺らに散々自慢してたじゃねーか」

「自慢ではなく愚痴でした」


  そしてその全てがお仕事ゆえです。


「今回だけでもいい。……俺のために必死になれってんだよ」


 リッツの冷静な口調に珍しく感情が乗っていて、ほんのわずかに漏れ伝わる寂しそうな声音に僕も怯んだ。


 今の状況を客観的に整理してみると、今の僕は、「本命の好きな男がいるのに、他の男にいい条件を提示されて言い寄られてふらっとそっちに行って、挙句、『やっぱり無理ごめん』と言って断る、物語だとどうしてだか許されるけれど、現実では周りから生卵とかゴミとかをぶつけられてもおかしくない鼻持ちならないヒロイン」によく似ている気がする。

 やっぱり、これは僕が悪いのか?


「……まさかと思うけど、僕の女装の絵姿描かせて売りつけて元を取る、とかそういうことしないよな?」

「え?お前いつからそんなに自意識過剰になったの?ご主人様や周囲の方々に毒されてるんじゃねーの?お前が女だってばらして儲けるなら情報だけ流して噂を煽るだけ煽ればいいだけだろ」

「失礼いたしました、僕の思考がねじ曲がっておりました。そもそも僕自身にはそれほど価値はありませんでしたとも、はい」


 あぁ、僕がどんどん性格の悪い最低女のようになっていく……いつからこんなになってしまったんだ。

 僕が言葉に詰まっていると、リッツはソファから立ち上がり、話をまとめていく。


「じゃ、明日の昼6刻(12時)に、資料室前に待ち合わせな」

「これ決定事項なの?」

「当然。女装してこなかったらこれまでの借金2倍にして徴収してやるから」

「げっ。なくなったはずだったのに!」

「別に、マーガレット様みたいな絶世の美女になれとか、お前に色仕掛けしろっていうような無理なこととか要求してないんだから、甘いもんだろ」


 姉様が絶世の美女なのは否定しないが、その絶世の美女は自分の実の姉なわけで、同じ父母から(100%)同じ条件の下生まれたはずなのに、無謀なことの例として挙げられると、妹としては悲しいものがあるぞ。


「僕に色仕掛けが無理とか決めつけないでもらいたいねっ!」

「んじゃあ色仕掛けも条件に足す?」

「いいえぇ!リッツ様の仰るとおり僕には不可能でございますえぇ」


 くっそう、全部言い負かされて悔しい!今度グレン様に色仕掛けの基本のキを教わっておいてやる!


 頭に血が上り過ぎて、後から思えば、腹をすかせた狼の目の前で、仰向けになってお腹を晒したぷりぷり肥った動けない子ウサギに自ら志願するような算段をしていると、リッツは部屋を出ていく間際に僕にこう言った。


「誤解してるみたいだから教えておいてやるけど、俺が、お前が女だって気づいたのは、もっと前からだからな」

「へ?」

「あと……お前は、最終的には俺のとこ来ることになると思うよ」

「は?」

「じゃあまた明日」

「ちょ、リッツ!」


 僕が慌てて追いかけるも、間に合わず、僕の鼻先でパタンと扉は閉まった。


 リッツはもっと前から僕の性別に気づいてた?でも言わないでいてくれたってこと?いつからばれてた?

 というか、もっと大事なことだけれど。


 告白お断りの件は、失敗ってことなのか?


「うわぁーもやっとするー!」


 髪をかきむしり絶叫する最中に、僕はさらに大事なことに気が付いた。


 もやっとするもなにも、このままだと、僕は、敬愛するご主人様(どこかの鬼畜野郎)に羽をもがれて悲惨な芋虫に逆戻りした蝶のごとく、さらに酷い目に遭うことになるぞ……!


「ああああああああ!」


 僕は再び絶叫し、グレン様にばれないうちにリッツの条件をクリアするために、再び駆け出すことになった。


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