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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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5 小姓の災いはいつだってご主人様によってもたらされるのです


 いつもの如く窓際に座ったグレン様のさらりとした色素の薄い髪が、よく晴れたお日様の光を反射するせいで白髪(はくはつ)に見え、瞳の色とのコントラストが際立っている。元から常人離れした容姿のグレン様が一層、人外じみて見える。中身は人外じみてるどころか、人としての常軌を逸しているからちょうどいいかもしれない。

 人としての常識を求める自分が間違っているかのような錯覚を起こさせる僕のご主人様には逆らわないが勝ちだ。


「分かりました、それでは行って参ります」

「どこに?僕は明日早朝に出発予定だけど」

「出発って大げさな。すぐそこにあるじゃないですか」

「察しが悪いか、おおよそ見当違いの方向に行くか、お前も極端だよね」


 お前()ってことは、ご自身も極端な御自覚はあるんですね。


「挨拶ってお礼参り(殴り込み)のことじゃないんですか?」


 僕の発言に、グレン様は嘆かわしいとばかりに悲し気に両眼を閉じ、両の手のひらを上げて首を横に振る。


「僕の小姓はいつからこんなに凶悪な考え方をするようになったんだか」

「ちょうど二年と少し前、人生で初めてたくさんの火の玉に追い掛け回された時からではないでしょうか」

「お前、未だに僕が殴り込みなんて野蛮なことをするとでも思ってるの?」


 ちろりと赤い舌を覗かせて、グレン様が笑う。途端に天使のように愛らしいお顔が、瞬きする間もなく、悪だくみをする悪魔に変身する。


「『やるなら徹底的に(壊滅まで)』、が僕のモットー。殴り込みなんて中途半端な状態で放置するわけないでしょ」

「もう一言付け加えるなら、『かつ周到に』だな」

「そうですね、グレン様が殴り込みなんていう短絡的かつ明快なことをしてくれる方なら僕もどれだけ心が平穏だったか。罠を張りめぐらし、かかったエサをじわじわ溶かしながら死滅させ、ついでにそのねぐらを塵も残らぬあぁぁめり込みます!死んじゃう!!」


 イアン様のお言葉にうんうん頷いたところでこめかみを力いっぱいぐりぐりされた。拳なんてかわいいものじゃなくて、剣の鞘で(もちろん刃先側)!!


「グレン、エルの頭に風穴が空くぞ。そのあたりにしておけ」

「こいつの脳みそは一度洗った方が有用そうだけど、フレディが言うのならこのあたりにしておいてあげる」

「ううううう死ぬかと思った……」


 近くにいらっしゃった殿下の制止を経てなんとかこめかみに穴が空くのを防いだ僕が恨みがましい涙目でご主人様を見上げると、ご主人様はご機嫌な笑顔で剣を腰にしまって続けた。


「お前を教会に挨拶に行かせるには、ちょっと準備がいるんでね」

「準備?手土産の準備ですか?」

「そうそう、手土産。手土産になる状態にしないとねー」

「ちょっと?聞き捨てならないお言葉が聞こえたのですが?手土産になる(・・)ってどういうことです?」

「その準備は王都に行かないと難しいからさ」

「毎度のことながら、()の話聞いてます?」

(ペット)?」

(人間)!」


 僕がいくら睨みつけても、一向に堪える様子なく、小首を傾げてわざとらしく尋ねてくるところが嫌らしい!


「お前ら飽きないな……」


 イアン様はつかみ合いを始めた僕たちを前に呆れ顔を浮かべた。


「何度も訂正しないといつの間にか既成事実にするんですよ!この方は!」

「訂正しても無駄なのに、何度言っても分からないんだよなぁ、このペットは」


 グレン様の取っ組み合いをしても勝てないので早々に身体を放すと、グレン様もさっさと僕を解放して肩をすくめた。


「どっちにしてもお前は獣医師二次試験とかマーガレット様の婚姻式のために王都に行くことになってるから、早めに随行させようと思ってね」

「ふーん、そうですか」


 まぁ、僕がここで何を唱えようとグレン様はやると決めたらやるし。抵抗するのは反倫理的でないと分かってからでも遅くない……はず。グレン様の考えていることの8割は反倫理的だけど。


「じゃあ僕、明日のために備えて馬の様子見てきますね」


 殿下のアインやイアン様方の馬は世話係がちゃんと管理しているけれど、獣医師の卵として直前の健康チェックは大事な仕事だ。世話係がプロとはいえ、見逃されたわずかな不調が大事故につながることだってある。

 小姓らしいお仕事を、と思い立ち上がった僕を、今度はイアン様が止めた。


「あぁそのことなんだが、今回は向こう(王都)から迎えが来るからいい」

「そうなんですか。珍しいですね」

「急いでいるからな。もうすぐ着くんじゃないか」


 迎えがくるってことは馬車での移動ってこと?着いたばかりの馬だと疲れているだろうからこっちにいる()と交代させるとしても、馬車だと余計に時間かかるはずなのにな。


「それよりエル。明日の早朝には出発だが大丈夫なのか?」

「と、申しますと?」

「王都に行く準備をしておいたらどうだという意味だ。メグの婚姻祭のことも考えるとお前の王都滞在期間は相当なものになると思うが」


 確かに殿下の仰る通りだ。僕には受け持ちの患()がいるから、長期に不在にするときには誰かに代わりを頼まなければいけない。目を離せない子は教授に、その他の子ならいつもならリッツに頼むんだけど(後者はもちろん有料)、リッツもおそらく宮廷獣医師一次試験には受かっているだろうから、他のやつを探さないといけないよなぁ。それに明日からの日程ってことは、まだ授業期間も結構あるじゃないか。代わりにノートを取ってくれるやつを見つけて買収しなきゃ。残っているレポートも片付けないといけない。

 あと半日という時間制限と比較してやることが多すぎて、一気に顔から血の気が引いていく。

いきなりなのはいつも通りとはいえ、今回は急すぎる。一刻も無駄にはできないぞ。


「そういうことでしたら、僕は先にお暇いたしますね」

「あーエル」

「はい?」


 ぺこりとお辞儀をしてさっさと退散しようと身を翻した僕を、独り用ソファにぐでんとだらしなくもたれかかったグレン様が呼び止めた。


「僕のお昼ご飯の準備、まだ?」


 ……あぁ、そうですよね!あなたはいつも通りでしたよね!



####



「ほんっと、なんとかならないのかな、僕のご主人様の傍若無人っぷりは!今更だけど!」


 グレン様のお昼ご飯の手配をしてから、僕は一人でぶつぶつと毒づきながら上級貴族寮の階段を足早に駆け下り、庭を抜け、下級貴族寮に向けて森の入り口に足を踏み出す。乱暴な踏み出しに、青々とした草がくしゃりと音を立てて凹んでいく。

 年中緑生い茂っている森ではあるが、まだ寒いこの時期は心なし葉の量も少なく、湿度も低い。いつも僕を包み込んで心を落ち着かせてくれる場所だ。


 グレン様のせいで上がった血圧を元に戻すため、深呼吸を一つしていこうと思って足を一歩踏み出したが、違和感に自然と足が止まった。


 なんか変だ。


 顔を上げ、ぐるりとあたりを見回しても、風に吹かれる木々たちが見えるだけ、何も変わらないいつもの森に見える。


 それなのになんだろう、この嫌な感じ。

 空気も温度もどこも不思議じゃないのに。自然と動物たちが共生するありのままの場所なのに――と考え、はっと目を見開いた。


 いつもと比べて静かすぎる(・・・・・)

 おかしい。みんな、どこにいった?



 急にひんやりとした森の空気が余計に下がった気がして二の腕を擦る。僕以外に生き物の気配を感じない。

 ただ一人でぽつんと取り残されたような気分になり、唐突に巨大な孤独感に押しつぶされそうになる。


 一人でいつまでいたって平気なくらい心落ち着くはずの場所()なのに、どうして?


 否応なしに乱れる動悸に呼吸が浅く、荒くなっていく。


「うっ……」


 地面を向いていないと吐いてしまいそうになり、口を手で覆ってその場に蹲る。

 

 なんだなんだ、これ。嫌だ。この嫌な、ざわざわするような感覚は、前にも経験したことがある気がする。

 そう。嫌に森が静まり返ってて――確か、その後、とても嫌なことがあった。あれは確か、ここじゃなくて――もっと昔のことだ。小さかった僕は、兄様と森で遊んでて、それで、兄様が、兄様が――兄様?いつのことだ?


 考え続けるほどに呼吸が荒くなり、過呼吸に影響されたのか、ずきずきと頭と背中の古傷が痛む。


 僕はなんで、こんな、もやもやとした気持ちになっている?

 落ち着け。過呼吸になってるだけだ。一度息を止めて呼吸のリズムを整えれば治るはず。



 ふぅっと大きく息を吐き、一旦短く息を止めてからもう一度大きく息を吸おうとしたところで、遠くからか細い声が聞こえた。がさがさと草が大きくさざめく音すらする。


 こみ上げる吐き気を堪え、声の聞こえてきた方向に目を向け、僕はわが目を疑った。



 そこにあったのは、血走り、白目をむいた動物の集団が、涎を垂らし、自分の体が木々にぶつかって嫌な音を立てるのも構わず走り回る姿だった。種類も四足歩行から鳥類、爬虫類に至るまで様々だ。

 それだけでも異様な事態に違いないのに、それだけではすまない。その集団は、ただやみくもに走っているのではなく、何か小さな物体を追いかけ、時折がちんと嫌な音で牙を打ち鳴らしている。


 対象となっているのは茶色く汚れた小さな塊だ。茶色の汚れのところどころから本来の体色なのだろう白い濡れそぼった毛が覗く。

 小さな塊はいつから走り回っていたのだろう、身体中を傷だらけにしながら、一心にこちらに走ってくる。


「きゅ――っ」

「チコ……?!」


 狂ったような動物たちに追い掛け回されているチコが一声か細い声で鳴いた。

 僕を見つけて、必死に、助けを求めるように。


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