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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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26 小姓に乙女らしさは皆無です

 その日の深夜、僕は、グレン様の部屋の前にいた。


 グレン様に起こったことも、僕が気を失う前に経験していたことも、今ならはっきり思いだせる。あれだけ大事なことを直ぐに思いだせないなんて、僕はぼんやりしすぎていた。

 きっと日ごろ髪を引っ張られ過ぎて脳細胞が死滅しているのが原因だ。損害賠償を請求してやらなきゃ。



 冗談で心を奮い立たせてから、渡された鍵を使い、茶色い木目の重いドアを静かに押す。中に入ると、奥の執務室から光が漏れていた。予想通り、まだ起きていらっしゃるらしい。

 抜き足差し足忍び足で物音を立てずに奥の部屋のところに向かい、入口から中を覗き込むと、見慣れたトパーズ色の髪が見える。一度も顔をあげないで覆い被さる手元には、なにやら古めかしい書物があるから、一心不乱に読んでいるみたいだ。


 嫌だなー。怒る、じゃ済まないだろうなー。手ひどいお仕置きが待っているだろうなー。


 これからやろうとしている計画を思い起こすと、本能に刻み込まれた危機察知の第六感で、足が震えて重くなる。

 それでも、背に腹は代えられない。


 男――じゃ、なかった、女、エレイン・アッシュリートン、覚悟を決めていざ、ゆかん――!


「あのさぁ。深夜にかくれんぼでもやりたいわけ?ちなみに、捕まえても鬼はずっと僕だよ。お前が捕まえられたら一生監獄ってことでいいなら乗ってやるか考えなくもない」

「んっ、けほけほっ」


 気合を籠めて唾をのみ込もうとしたところだったせいで咳き込んでしまった。

 隠れても意味がないので、息を整えてから執務室の中に身体を忍び込ませ、後ろ手でドアを閉める――と見せかけて、ほんの少し開けておく。

 撤退経路確保は、保身の第一歩だ。基礎の基礎だ。うん。


「その前提なら僕は既に捕まっている気がします」

「自分の現状を正確に把握できているようでなにより。それより、入るなら入る、入らないならさっさと入って、そこ、閉めてよ」

「入るしか選択肢がなかったように聞こえたのですが」

「お前に選択肢がないってことをちゃんと復習できたでしょ。それより早くしてよ。明かりついてるのがバレると、フレディがまたうるさいんだ」


 基本の基本であり、命綱でもある撤退経路は、試合開始前に潰された。


 内心の冷や汗で身体中の水分が干上がりそうになる僕を前に、ご主人様は本を閉じ、机の上に頬杖をつく。そして、僕にいつものように美しいルビー色の瞳を向けた。カーテンが引かれた窓の外が暗いせいで、机の上のランプが反射し、いつも以上に燃え上がる炎みたいに見える。


「それで?来なくていいと免除してあげたのにわざわざ僕のところに来たってことは、覚悟が出来たってこと?」

「覚悟など微塵もできておりません。一生できないと思います」

「いずれつけさせるけど、じゃあなんで今日は来たの?来るなって言ったよね?」

「ご主人様は『今夜』は来るなと仰いませんでしたよ」

「僕の揚げ足取りをするなんて、なかなか挑戦的じゃないか」

「揚げ足なんて取っておりませんよ。グレン様は『明日から』と仰いましたよね。わざと今夜について言及なさらなったんでしょう?」


 僕があれから本当に寝こけていたのだとすれば、レイフィー様が亡くなってからおよそ四日が経つ。

 大事な母との今生の別れの際ですら、ご自分の本心を見せようとしないほどの見栄っ張りのグレン様なら、表面上はとっくに立て直したように見せかけているはずだ。だから、僕なんぞに言葉の隙を突かれるわけがない。

 グレン様ほどの人が、そんな迂闊をするとは思えないんだ。



「それに来るな、というお言葉もそうです。ダメと言われたら人は興味を持つものですから、あえてそう仰ったのだと推測いたしました」

「どうして僕がそんな面倒なことをしなきゃいけないの?」

「僕をここに招くためです」


 よく言えば素直と有名だったこの僕が、ご主人様のねじ曲がり具合を推測できるくらいに慣れてしまったなんて。こちらにも損害賠償を請求したい。

 脳細胞と乙女の純真な心は、お金で買えない価値があるものなんだから、莫大な額になるはず。


「いつからそんなに自意識過剰になったんだろうね、お前は」


 椅子から立ち上がったグレン様は、僕を壁際に追い詰めると、壁に腕をついて僕を見下ろし、嫣然と笑う。


 偉そうな態度は変わらない。でも、イアン様が心配していた通り、いつもとは違うのだ。

 毎日グレン様をよくよく見ているポールさんや見させられている僕、そして幼馴染のイアン様方なら分かるレベルで憔悴しているし、今だって鼻が曲がりそうなくらい、お酒臭い。

 ちらりと机に目を滑らすと、古文書のような本の隣にコップが置いてある。


「――お酒、僕が来ない間も毎晩、召し上がっていたんですか?お体に差し支えますのでおやめください」

「酔っているように見える?」

「いいえ、全く」


 お酒に強くないグレン様が、こんなに酒臭が漂うほど飲んでいるのに、あのはた迷惑な幼児退行を起こしていない。

 酔いたくても酔えず、眠りたくても眠れないのかもしれない。

 浴びるほど酒を飲むなんていう分かりやすい逃げ道を使うほど、この人は追い詰められている。


「――眠れないのですか」

「そうだね。眠くない。一運動したら眠くなるかも。一晩僕に付き合わない?たまには楽しく天国、見たいでしょ?」


 そうきたか。表現自体は間違ってはいない。この人にお仕置きされるときは、苦痛の最中で天国が僕を待っているような心地がするからね。あそこに行ったら楽になれるよって悪魔が囁いているところでいつも踏ん張って戻ってくるんだ。


「僕の親友曰く、僕を女と見られる人間は酔狂の極みだそうですよ」

「じゃあやっぱり酔っているのかも。酔っていても自信あるよ?」

「一晩何もしない前提でならお付き合い致しますが、大人の意味でなら断固お断りです」

「婚約者のくせに」

「仮です。期間限定です。期間はとっくに終わりました」


 壁際に追い詰められたまま僕がしっかり拒否すると、グレン様ははは、と軽く笑った。

 こちらに向けられた目は、憔悴しているはずなのに、飢えた獣のようにギラギラしている。


「結局、お前も僕を拒絶するんだ」

「拒絶などいたしません。ただ、辛いときに酒と女に逃げていいことはございませんから。僕でよければ、何でも受け止めますよ。ただし、発散方法は健全な方向に限定します」

「自分の発言を瞬時に矛盾させる才能には恐れ入るよ」


 皮肉を呟きながら横を向き、腕を下ろしたグレン様は、僕と距離を取ってから顔を上げ、酷く冷たい目で僕を睨みつけた。


「役に立たないならさっさと部屋にでもどこにでも戻れ」

「じゃあ僕はここにいるべきですね。役に立ちますから」

「女としてもダメ、仕事でもダメ、それでどう役に立つって?まさか、僕の話を聞いてあげられるとか、聞いた末に辛かったですねと慰められるとか、どこぞの物語のヒロインみたいなこと、言わないよね?」


 ははっと鼻で笑い飛ばしたグレン様は、口角を上げて、温度のない目で僕を見る。 


「安い同情や慰めでもしようもんなら、お前ごとまとめて燃やしてやるよ」


 グレン様の感情の波に押され、ランプの火がゆらりと大きく揺れた。



「……残念ながら、僕の目的は、そんなに可愛らしくもなければ、乙女らしいものでもありません」


 そんな素敵な女子力があったら、妄想豊かな青年(ヨンサム)の夢や憧れをぶち壊したりはしないさ。


「僕の目的は、これです!」


 僕は頭を少し下げると、足で壁を蹴った。そのままの勢いでご主人様に向かい、ノンストップでぶつかる。

 至近距離、それも全く会話の流れにそぐわないところで行われた、魔法すら使わない物理行使は効果てきめんだったらしく、グレン様はどん、とその場で床に尻餅をつく。


 いわゆる頭突きってやつだ。僕の身長とグレン様の身長差だと、頭を下げるとちょうどグレン様の顎元に僕の頭がヒットする位置になる。イアン様だと僕の頭の位置はせいぜい胸元くらいにしかならないだろうからこうはいかなかった。グレン様がチビ――ごほん、背がお高くなくてよかった。


「つっ!」


 よし、グレン様が思わず声を出すくらいには痛みを与えられたか。

 下が足を包み込む高級絨毯だから、お尻にはそれほど衝撃はないだろうけど、頭部は別だ。顎を掠めて殴ったら脳震盪で昏倒だって狙える。それくらい、顎への攻撃による頭への衝撃は大きい。 

 不意打ちに強いグレン様なら、咄嗟に衝撃を和らげただろうけど、それでも痛みは大きいはずだ。


 ちなみに、僕の頭も被害を受けているけれど、日ごろ頭を叩かれたりこめかみを削られたり髪を抜かれそうになっているせいで頭部への外的衝撃に慣れ切った僕にとっては、これくらい余興のようなもんだ。


「いい、度胸だね?」


 あ、こっち見た。うわぁー滅茶苦茶怒ってるな。睨み方の迫力が何倍の単位じゃ追いつかないよ。胃が痛い。

 ひ、怯むな、僕。これこそが最初から予定していた僕の目的なんだから。



「痛かったですか。痛かったんだったら、泣いてください」


 僕は絞りカスほどに散り散りになった勇気をかき集めて、座り込むグレン様の前で仁王立ちし、当初の予定通り、堂々と言い放った。


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