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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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25 小姓は呆気にとられたのです

 五年もの付き合いがある、親友と言って差し支えのないやつとの友情に感極まり、改めて握手をした。

 物語にあるような感動的な友情シーンにも見える瞬間だが、物語はその後何が起こったか描写しないままさらりと次のシーンに進むから綺麗なままで終わるのであって、現実はそうもいかない。


 なんでこんなことを考えているかって?手を放した後の妙な沈黙に今現在、僕が困っているからだ。

それはヨンサムも同じらしく、放した後の手を手持ち無沙汰に広げたり閉じたりしている。

 頼むから握手した手をそんなにまじまじと見るなよ。必要もないのに照れるじゃないか。


「……よ、ヨンサムがこんなにあっさり受け入れてくれるとは思わなかったよ」

「お、お前が変なヤツだってのは最初から変わらないから、衝撃が少ねぇだけだよ」


 ははは、と二人して空々しい笑い声を上げる。


「非常に困った事態になったことに変わりはないけど、ヨンサム一人だけなら運があった方だと思うことにするよ」

「あ、多分、リッツも気づいてるぞ」


 え。一人じゃないじゃんか。


「なんで?ヨンサムはリッツから聞いたの?」

「いや。俺は俺自身でなんかお前がいつもと違うなって思ったんだけど、違和感をリッツに伝えた時、あいつ、今思えば誤魔化してた気がするから、俺より先に気付いてたんじゃねぇかなって思う」

「うぇー兄様、自信満々だったくせにバレバレじゃんかー」


 頭を抱えて唸ると、ヨンサムが苦笑した。


「兄貴を責めるなよ。俺が最初に気付いたのだって最後の最後だったし、それでもちょっとした違和感の積み重ねでようやくって感じだったから、他の奴らは全然気が付いてねぇぞ」

「えぇー、そうかなー。ヨンサムとリッツが気づいてるんでしょ?二人いれば三人、四人といるもので、結局見えない場所で数十までに増殖しているものだってよく言うじゃない」

「俺らをその辺の黒光りする甲虫みたいに言うなっつの!せめて、噂は拡散するもの、とか言え」


 同じ意味なのに心の狭いやつだ。どこかの誰かに感化されたに違いない。


「じゃあリッツが気づいたのはなんでだろ」

「俺が問い詰めて白状させた後、『エルと同じレベルでなんかできるか!俺はとっくに専門治療なんかしてねーの!』ってぶつぶつ文句を言ってたから、実技かなんかで普段のお前の技量との間に明らかな差でもあって見とがめられたせいなんじゃねぇの?」


 そういえば、僕がいなかった時にちょうど獣医師課の実技演習があった気がする。


 昔、僕と一緒に動物たちの治療もどきをしていた兄様でも、専門職に特化して教育を受けてきた今の僕と同程度の成果を残せ、となれば厳しいはずだ。優秀なリッツならすぐに見破った可能性がある。

 国家試験直前だから、筆記試験が多いだろうと高を括ってノートに回答メモと言伝を残して満足した僕の盲点だった。ごめん兄様!


「でもまぁ、あいつの場合、気づいても素知らぬふりして済ませるタイプだろうし、現に俺に訊かれても答えなかったんだから、バラすつもりはないんじゃねぇの?よかったよなー。友達に恵まれて。感謝しろよ」

「う、うん……」


 確かに、頭の回るリッツが、さっきヨンサムが言ったようなことに考えが至っていないわけがないし、あいつはむやみやたらに吹聴して回るような奴でもない。

 弱みになるような情報を握っといてゆすられる可能性はあるけど。

あいつの守銭奴具合についてはこれまでの様々な行いから全く信用がおけない。……後で無給の労働奉仕でもしてゴマ擦っておこう。


 リッツへの対策を練っていると、訝し気な視線を感じた。


「なに?」

「お前、ほんとのほんとに女なんだよなぁ……?」

「正真正銘、花も恥じらう十七歳の乙女だよ。手だってなんだって男ではない柔さと細さでしょ」

「そりゃ、その細っこい体格とか、顔立ちとか、か……感触とか、しっくりくるんだけどさぁ……」


 僕がえっへん、と胸を張ると、ヨンサムは、はぁーと重いため息をつき、その場でがっくりと肩を落とした。

 人の顔をちらちら見ながらため息をつくなんて、人の風上にも置けない行動だ。尊敬したけど撤回してやる。


「けど、なんだよ?」

「……イアン様が女性に興味をもたれない境地はこの先にでもあるのか……?」

「どういうご趣旨ですかね?」

「んー……俺が持ってた、女の子に対する幻想に大量の毒薬をぶちまけて溶かされたような気分だ」


 うーむ、まぁ、僕を見て女子への憧れを残せと言うのは無茶ってもんかもしれない。

 僕が原因で、顔よし性格よしの有望株が女性に幻滅してしまうと、僕が世のご令嬢方から総非難を受ける羽目になる。ここは一肌脱ぐか。


「ヨンサムって確か妹さんがいるんだろ。可愛くて女の子らしいって言ってたじゃないか」

「あぁ。お前とは真逆の大人しい歴とした淑女だ。もしお前と同じような言動行動をしようものなら俺は幾日かけても道を踏み外すなと説得する」

「うんうん。世のご令嬢方にはヨンサムの妹さんのような、可愛らしい人が多――」


 あれ。僕、つい最近、鬼の形相のご令嬢方に囲まれてえげつないことをされたような気がする。しかもつい最近。えーと。あれ。どうしてだっけ。


「おい。そこで止めんな」

「……人って色んな側面を持つ生き物だよね。綺麗な華にも毒があったり、可愛い動物さんが腐臭を出して外敵を追い払ったり――外見と中身は一致しないこともある」

「――つまりなにが言いたい?」

「見る目を養えよ?希望を捨てなければ道は拓ける――って偉い人が言ってた気がする」

「誰のせいで女性不信に傾いてると思ってんだよ!」


 生暖かい笑顔を浮かべて、ぽん、と肩を叩くと、全然慰められなかったらしいヨンサムに頭を叩かれた。

 どうやら、こいつとの間では長い沈黙やら気まずい雰囲気やらは続かないらしい。

 それもそのはず。きっと、こいつの頭は、僕が生物学上「女」だと分かっても、僕のことを「エル」という一つの個体としてしか処理できないんだろう。それ以上を本能的に拒んでいる気がする。

 正直、今更僕に「女性」を見出されても困るし、変な遠慮でよそよそしくなったら寂しいから、この対応は助かる。


 茶番でいつもの空気に戻ったところで、ヨンサムがそうだ、と手を叩いた。


「お前が起きたら殿下のところにはせ参じるようにって伝令が来てたわ」

「そういう大事な話は最初に教えてよ!」

「話すきっかけなくお前が毒舌を振るい始めたんだろうが」





 これまたいつも通りの口げんかをした後、清めの魔法で四日間寝通しだった自分の体をざっと清め、超特急で上位貴族の寮まで走る。病み上がりで走らされることには慣れ切っているから、これくらい、お茶の子さいさいだ。

慣れた最短コースを通って二階まで上がったところでどん!と重い物を叩き付ける物音が響いた。


「いい加減にしろ、グレン!」


 聞こえた怒鳴り声が、聞き覚えのありすぎるむっつりすけ――ごほん、騎士様のものだったので、慌てて残りの階段を駆け上がると、殿下のお部屋を出たすぐ傍の壁際で、グレン様の胸倉をつかんで壁に押し付けているイアン様の姿が見えた。


「どうされたんですか!?」


 飛び込んでイアン様の腕を引いても、体幹がしっかりしすぎていて、びくともしない。

 だが、最低限、僕がいるというアピールにはなったらしく、イアン様はこちらを向いた。眉間の皺が、紙が三枚以上挟めそうなくらい深い。


「エル、起きたのか。グレンをなんとかしろ」

「なんとかしろ、と仰られましても、グレン様がどうしようもない方なのはいつも通りのことなので人格矯正は難しいかと」

「こいつの人格がねじ曲がっていることは俺も分かっている。この生気の感じられない死んだ目をどうにかしろという意味だ」


 目を向ければ、胸倉をつかんでいきりたつイアン様を冷めた目で見るご主人様がいた。

 

「この目をそう貶されたの、初めてだよ。いつもルビーみたいに煌めていて美しいって褒められすぎてるから、新鮮だな」

「茶化すな!フレディがどれだけお前のことを心配していると思っている!」


 軽い口調はいつも通りだが、言われてみれば、他人を馬鹿にしてやろうとか、貶めてやろうとする底光りする悪どさも感じられない。掴まれて皺になったシャツや僕たちの悪口にも何らの反応を見せず、人の神経を逆なでするいつものせせら笑いすら投げやりだ。

 皮肉気な笑みや軽さやからかいはうわべばかりで、一皮むいたらほとんど無表情なんじゃないかと思うくらい、いつもの悪い意味での覇気がない。


 この人が、いたって何事もないように見せかけているときは、大抵、腹に一物を抱えている時だ。

 悪辣な目論みににまにましているなら、楽し気に瞳が輝いているはずなのに、今はそれがない。となれば、きっと逆――グレン様にとって深刻な問題に直面しているということ。そして、人にそれを見せたがらず、隠すことにも長けたこの人がそれを滲ませているとなれば深刻さは一刻を争うのかもしれない。

 その原因は――



「その感じだと、調子は戻ったってこと?」


 グレン様は、イアン様に壁に押し付けられたまま僕に顔を向け、不機嫌そうに眉をひそめた。押し付けている側のイアン様はといえば、グレン様が表情らしい表情を浮かべてくれたことにあからさまにほっとしている。

 それくらい、嫌な雰囲気を漂わせていたことは、来て間もない僕にも分かったのだから、先ほどイアン様が怒鳴っていた原因も、殿下が僕を呼びつけられた理由もこれ(グレン様)が原因だろうことは察せられた。


「僕が参上しましたことで不快指数が跳ね上がったかのようなそのご視線はなんですか。僕は湿気ではありませんよ」

「お前の脳みそが僕の百分の一も働かない原因がカビのせいだったという可能性は、確かに一考の余地があるね」

「カビなんか生えていません。僕の性格と同じでからっとしていて爽快です。体調も絶好調ですよ。今なら訓練という名の虐待からも全速力で逃げられそうです」

「――ちっ。またか」

「僕が健康なことってそんなにいけないことですか?」


 僕の目というよりも僕の全身を眺め、唐突に舌打ちをしたグレン様は、冷めた瞳のままでイアン様を押しのけると、僕の両肩を掴み、一方だけを手前に引き、僕に背中を向かせた。

 背中にひんやりとした手があてられたかと思うと、雷を流したような強い痛みが走り、息が詰まった。


「いっ!ったああああああ!!」

「おいグレン、エルにあたっても仕方ないだろう!」


 僕が叫んで蹲ると、さすがに僕を不憫に思ってくださったのか、イアン様が代わりに抗議してくださる。

 そうだそうだ!もっと言ってやってください!


「こいつは僕の小姓(ストレス発散用)だよ?どういう扱いをしようと、イアンに文句を言われる筋合い、ないよね?」

「そ、それはそうだが……」


 なに語気を弱めているんですか、イアン様。そこは納得しないでください。お二人とも小姓の仕事を勘違いしておりませんか。僕は、栄養の足りない成人のサンドバックでも、泣きわめく赤ちゃんのご機嫌取り用おもちゃでもありません。


「い、イアン様っ、先ほどのご質問ですが、僕に関してのグレン様はいつも通りです。僕を苛めることに関して何の躊躇もない姿をご覧になったでしょう?」

「そこはその通りだが、しかし……」

「ほーらね。エルもこう言ってる。フレディにはイアンから伝えておいてよ。この通り、僕はぴんぴんしてるって」


 グレン様は鬼の首を取ったようなセリフでイアン様を突き放し、されど特に興味もなさそうに軽く両手を上げた。

 あーそれにしても痛い。グレン様に虐待されたせいでせっかく元気になった体が悲鳴を上げてるじゃないか。僕の繊細な心が傷ついたらどうしてくれるんだろう。体の怪我は治るけど、心の怪我は治りにくいんだぞ!


 ――あれ。心の、怪我?

 

 今、誰より致命傷を負ってる存在を僕は知ってる。その理由も知ってたはず。


もやっとした記憶が浮かび上がる前に、僕たちに背を向け、自室に戻っていたグレン様が途中で、思いだしたかのようにこちらに首を向け、僕に告げた。


「あ、そうだ、エル。明日から朝と深夜は僕の部屋に来なくていい」

「……へ?」


 床にへたり込んだまま間抜けな声を上げると、距離の離れた場所で、グレン様が口角を上げて僕を見下ろした。


「お前の要望通り、朝夜の僕の世話を免除してやるって言ってるんだよ。這いつくばって感謝するんだね。あぁもう這いつくばってるか」

「え。ちょ。ど、どういう心境の変化――っ」

「来るなら同意と見做すけど、それでもよければ来るといいよ。警告してあげるなんて、今日の僕は気前がいいにもほどがあったかな」


 僕の質問には少しも答えないまま、グレン様は一人で自室に戻っていった。


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