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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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17 主の計画

※ エルがグレンとのあいさつ回りを終えて二人が別れたあたりです。

 人は現状に満足することがない、とはよく言ったものだと思う。

 謙虚に見える人間でも、現状を幸せだと思い込もうとしている人間でも、自分の求めるものを全て持っているように見える人間を見た途端、一瞬「羨ましい」「自分は」と考える。どんなに取り繕っていようとも、他人に憧れ、嫉妬する気持ちは、細かい観察に長けた人間が見れば一目で看破されるくらい秘めることが難しい。


 今、僕の周りに集うこの有象無象は、最初から、野心やら、嫉妬やらのためにここに来ていると分かっている以上、看破する努力すら必要ない。


 だから僕はこの場にあいつを連れてきた。

 あいつを()に使って、嫉妬に駆られていない(・・・)人間を見つけるために。






 公爵家と肩を並べるほど歴史ある侯爵家の嫡男で、出来がいいと評判も高く、それでいてこれまで正式な婚約者のいなかった僕が、満を持して連れてきた「婚約者候補」は、ほんのつい先日までどこの誰とも知られていなかったような没落寸前の男爵令嬢だった。


 女装したエルは、僕が認めてもいいほどには綺麗な女に化けていたが、純粋な造作だけで言うなら、あの特徴的な意思の強い紺碧の瞳を除けば、そのあたりの令嬢でも同じようなものだ。エルの姉にあたるマーガレット様のような、あたりと一線を画すほどの目を引く美しさはない。


 つまり、この場の令嬢たちから見たエルは、身分もなく、美貌もそれほどでなく、所作も優雅とはとても言えない、いわば、見るからに出来損ないの女だ。


 人間は、自分より格下(・・)とみなした相手が成功(・・)した場合ほど、その対象への嫉妬や憎悪を深める業の深い生き物だから、位の高い男を結婚相手として捕まえ、家の繁栄に貢献することが誉とされている貴族の女にとって、これほど怒りを覚えることはないだろう。


 この場で本当に「婚約者」としてやってきた人間で、それらに駆られていない人間はこの場にはほとんどいないはずで、逆に言えば、そうならない彼女たち、もしくはその付き添いにはその原因があることになる。

 一つ目に、僕のことが人間として嫌いで、今日の来場に意欲的でない場合。相手の性格に合わせて対応を変えている僕が失敗しない限りそれはなかなかないが、エルは最も推しそうな選択肢だと思う。

 二つ目に、他に想い人がいる場合。恋愛脳のアホと罵られるタイプだろうが、人間関係を洗えば白か黒かはっきりする点で僕としてはありがたい。

 三つ目が、僕が探している相手――教会と手を組み、フレディを襲い、エルを死なせかけた首謀者の一味だ。


 ここにいる「エレイン」と「エル」の同一性に気付いた――気付かなければそれまでの相手だが、これまでの事情からしてその可能性は低い――とき、その一味は絶対にここにいると僕は確信している。

 大会で魔獣に襲われたタイミングから推察するに、エルが狙われた原因は、僕の小姓として宣戦布告したからじゃない。となると、フレディや僕といった、日ごろから暗殺者に狙われる対象ではなく、目立たない平凡な一学生であったはずの「エル」に何らかの理由で目を付けたことになる。

 奇怪な進化を遂げた魔獣を放って殺そうとしているほどには関心を持っている「エル」と、フレディの傍付きの僕に監視がついていないはずがない。

 それを見つけ出せれば、するりするりと僕の張った網さえかいくぐる首謀者の尻尾に繋がる。

 尻尾を掴んだら後は根こそぎ引きずり出すだけだ。





 僕の計画は今のところ順調に進んでいる。

 僕が今日この場に相手を連れて来るなんて思いもしなかった低レベル層は、エル――今はエレインか――を見た途端、分かりやすく顔の筋肉を動かした。そして、僕の傍に寄って来て美辞麗句の限りを尽くしながら、本人たちが思う遠回しな方法でエルのことを探り、僕の酔狂(・・)を咎めようとしている。

ある程度情報を仕入れていたそこそこの情報収集能力のある層は、エルを品定めしつつ、僕の真意を確かめるため、話をする僕の表情を注意深く観察してくる。


 いずれの層にせよ、その様子は、さながら、目をぎらつかせ、涎を垂らしながら、獲物を前に饐えた息を吐く醜い獣だ。思った以上に化けの皮を剥がしやすい。

 醜い獣にならないご令嬢が浮き彫りになるのもこの場だからこその成果だと思えば、あいつをわざわざこれだけ危険な場所に連れてきた甲斐がある。



 会場中から見つけた不自然な家を把握し、身辺を徹底的に調査する――それが、僕があいつの兄にあたる青年に依頼した内容であり、真の目的だ。


 普段のエルの恰好をした彼も、仕事自体はきちんとやるつもりらしい。僕が具体的な指示を出す前から、僕の目配せの意味を汲み取ったらしく、さりげなく自分の側頭部に指をあてた。頭に全ての情報を入れている、と言いたげな仕草も余裕も気に食わないが、察しのいい男であることは認めてやる。

 同時に、日ごろ能天気馬鹿(エル)を見ている身としては、どうしてその脳みそを半分に分けられなかったのかと本気で疑問に思う。


 妹と真逆でそれなりに警戒心の強いあの男が、嫌いな()の婚約者のフリに協力すると本気で思ったのかな、あの兄馬鹿は。

 雑魚(令嬢たち)はともかく、最も面倒くさくて一番手に負えない危険な敵が手ぐすね引いて待っているような場所に、婚約者にしたいという理由だけで僕がわざわざ連れて来ると本気で思っているんだろうか、あの能天気は。


 確かに依頼主は僕だし、あの青年が動いたのはあいつの父のおかげだということは本当だ。

 けれど、それだけが真実とは限らない。

 「嘘と真実は混ぜるといい」とヒントまで出してあげたというのに、僕の裏の意図には微塵も気づいていない。あいつの特徴的な二つの深い青い宝石はよっぽど埃まみれなんだろうな。


 令嬢方の洗礼の真っ最中であろう本物の小姓(エレイン)の鈍さと使えなさには、ため息すら漏れなくなる。

 けれど、僕の言葉一つを信じて疑いすら抱かない純粋さは、香水で息のつまる空間に一筋の清涼な風を通す。


 あいつがああじゃなかったら、きっと、僕の意思でも、あいつの意思でも、今頃あいつは僕の傍にはいない。






「グレン様、ごきげんよう」


 僕が会場中に目を配っていると、鈴を転がすような、それでいて凛とした声が響き、僕の周りに群がっていた連中がさっと道を開けた。開けざるを得ない相手だと、貴族であればすぐに分かる相手だからだ。


 踵の高い華奢な靴を履きこなし、あいつには欠片もない優雅さで長いドレスを捌きながら、僕の少し前までやってきたその女性こそ、真の令嬢であり、かつ「調査対象」にもあたる希少な一人だ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、シャルドネ・ナーベラ公爵令嬢」


 僕が膝を折り、その手を恭しくとって軽く口づけると、彼女は当然のようにそれを受ける。



 シャルドネ・ナーベラ嬢は、現陛下の弟君の娘で、フレディの従姉妹にもあたる、この年代の若い女性では最も権力のある人物だが、地位だけでなく、人並み外れた美貌も、教養も兼ね備えた才媛でもある。

 マグワイア家の取引による婚約者(ハリエット嬢)がいなかったらフレディの婚約者となっていてもおかしくない彼女の婚約者候補として挙げられたのは、僕だった。

 王家と家の繋がりをなるべく断ち、永遠に下の地位で忠誠を誓うことを神に誓約している根っからの騎士一家であるジェフィールド家のイアン以外、身分や能力の点で僕と肩を並べられる同世代がほとんどいなかったし、僕はフレディの傍付で身分も高い。釣り合いという意味ではちょうどいい。


 王家で教育を受けて二年が経った頃、ちょうど学園入学直前の時期に一度顔合わせもしているが、その時、彼女が僕の婚約者にならず、当時の僕に婚約者を使って家を潰す道が残ったのは、皮肉にも、当時の当主であるあのくそじじいの策略による。


 母の件で、女性が聡明で能力の高いことを恐れた――わけじゃない。せいぜい面倒、程度の認識だろう。娘の反逆に恐れるような可愛げがあれば、僕だってとっくの昔に反旗を翻し、この家を潰せていた。

 あのじじいが小さい頃に彼女を僕の婚約者にしなかった理由――それは、単に取り込まれる(・・・・・・)ことが分かっていたからだ。

 アルコット家が波に乗っていたとはいえ、あの時点では、公爵家の力を覆すことができなかった。彼女自身がもっと阿呆な女性ならそれもなんとかなったかもしれないが、それはないとあの男に断じられるほどに、幼い彼女の瞳は知性的だった。

 あの時点で彼女の家と縁続きになれば、権力を得るという利益以上に、食いつぶされる不利益の方が大きかったから、食い殺せる(・・・・・)ような力をつけられるまで時期を窺っただけのこと。


「お話、いいかしら」

「もちろんです」


 格上の向こうから婚約者としての申し出を受ければ、今度こそ受けるしかない。

 二度も格上の申し出を断れないことを分かっていて、退路を断った状態で今日この場で僕自身が直接対面し、申し出を受けるように暗に強制されている。僕が誰を連れて来ようが、彼女以上に身分の高い女性はいないから、相手の家(アッシュリートン)に婚約解消を申し出ることは容易と目論んだのだろう。

 思考回路は読みやすいが、一つのことで二つ以上の利益を生もうとする考えがよく似ている分、反吐が出る。



 僕から断れないなら、彼女から「お断り」を引き出せればいいだけの話だ。

 こうして見る限り、彼女の涼やかで麗しい容貌に似つかわしくない醜さも嫉妬の色もない。

 それが貴族女性として表情を表で露にしないように教育された賜物なのか、それとも別の意図があってのことなのか。彼女は今でも僕を婚約者として欲しているのか。

 のんびりしている時間はない。さっさと見極め、片をつけさせてもらおうじゃないか。



 母上に残された時間は、あと数刻もないのだから。


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