25 小姓は宣戦布告をします
観客席を見上げると、あたり一帯のたくさんの人の目が僕に注目しているのが分かる。
その一角、ちょうど僕の立つ位置から少し遠い、入口西斜め上方の一番高い位置で見慣れた亜麻色の髪と紅玉の瞳の持ち主がこちらを眺めていることも、視界の端に入れた。
どうぞ、そこでご覧ください。僕はもう迷いません。
そんな気持ちを籠めて一度視線をそちらに送ってから、言いがかりをつけてきた人たちと真っすぐ正面から向かい合う。
「今後言いがかりで万が一にでも試合の邪魔をされては迷惑なので、どこが卑怯なのかはっきり仰ってください」
「なっ――」
「この大会は、騎士課と魔術師課に参加資格が限定されているものでありませんし、ルール上禁止事項とされているのは、金的と命を直接狙う殺傷行為だけです。僕はただの一つもルール違反などしておりません」
「だ、だが!大会は、騎士や宮廷魔術師を目指す者のためのものだ!」
「くじで決まった対戦相手が双方ともに実力者だった場合などもありうるし、下級生でまだ上級生に勝てないながらも光る原石を持つ者もいる。現に、そんな生徒を拾うために予選にもかかわらず、王城の採用担当の方もいらっしゃっているんだぞ!特殊課がでしゃばるな!」
ここぞとばかりにいい募る彼らに僕は頷く。
「そうですね。大会の予選は、騎士や宮廷魔術師になりたい方が自分の技量を発揮し、勝ち上がるだけでなく、観客の皆様にご自分の勇姿を見せつけ、能力をアピールするための場です。そして騎士道、魔術師の本道は、正々堂々の技量勝負。となれば正々堂々と行うことが正道でしょう」
この大会で多くの参加者が目指すのは、もちろん優勝。考えることは、いかに勝ち残って高順位に立つか、ということだ。
しかし、それはあくまで騎士や宮廷魔術師になるため。それらにふさわしい素質をもつかどうかを示す手段に過ぎない。
戦時でもない今、魔術師や騎士が普段仕事で相手にするのは、内乱犯など一部の罪人を除けば、魔獣だ。魔獣は知能を有し戦術も組めるし、上位魔獣ほど個々の戦闘力も高いが、人間が使うような武器を使うことはない。
だからこそ、「だまし討ちや道具などの対人用実戦対応は、騎士や魔術師になることが決まってから学べばよく、それまでは正々堂々とセオリー通りに従う」というのが騎士課・魔術師課の一般常識で、こういう試合でも「薬」を使ったり、挑発行為をする人間などいない。
「それが分かっているならばなぜ――!」
「僕が小姓だからです」
罵声が上がった方に数歩足を進め、自分の胸に手を当て、誇示するように指し示しながらはっきりと宣言する。
「ご存知の通り、僕の仕事は、主人であるグレン様のお命を不埒者から守ることです。その僕のこの大会での目的は、勝ち上がることでしかありません――並み居る実力者と戦って、勝ち上がることで、グレン様に対して少しでも害意を持つ者を排除することであり、減らすことなのです」
グレン様のお強さは嫌と言うほど周知されているけれど、かの方単体がいかに強くても、いかに鬼畜でも、その体は、ただ一人の人間に過ぎない。
毎日毎日、気を張って、疲労を積み重ねて、でも隙を見せてはいけないなんて――なんて息のつまる生活だろう。
それが終わりなく、永遠に続くとしたら、隙が生まれないはずがないのだ。
「薬を使うのが卑怯?罠を使うのは汚い?だまし討ちなんて正道じゃない?……そんなことを言っていられないのが僕の仕事です。そんな見てくれに気を取られて万が一にでもご主人様を危険に晒すなんてことがあれば、それこそ本末転倒なんです」
でも二人だったら?
そのもう一人が、一見、役立たずのゴミのようでも、実は時間稼ぎくらいにはなれたら?
時間稼ぎの盾くらいになれることを一人でも多くの人間に見せつけ、怖じ気つかせ、または少しでも僕にその矛先を向かせられれば?
あの、誰にも頼れない意地っ張りで寂しい人の唯一の盾は、僕なのだ。
この学園にいる、グレン様に対して害意を持つ者を少しでも減らすこと――それが、僕個人の雑念を除いた、小姓としての僕がこの大会に出場する意味であり、想いだ。
だったら、この不確定要素に出来ることはただ一つ。
「かっこよさとか、潔さとか、あるべき姿とか――そんなもん、僕には要りません。騎士にも宮廷魔術師にもなる予定のない僕の人生には『正々堂々』なんて無用の長物なんですよ。一昨日きやがれです」
せいぜい大会全体を引っかき回して、大番狂わせて、周りを挑発して見せます。
試合後の興奮もあったせいで、ふんっと鼻息荒く言い切り、競技場の出口に向かう。
小さなざわめきを取り戻し始めた会場をずんずん進んで、ちょうどかの場所の真下にあたるところで「エル」とのお声がかけられた。見上げれば、三階から軽く身を乗り出して気さくに手を上げる殿下の姿が。
「殿下、危ないです。お騒がせして申し訳ありません。やっぱり後でお説教ですか……?」
「いいや、いい試合だった。そしてなかなかの啖呵を切ったと思う」
殿下は美しい翡翠色の瞳を細めて僕をご覧になった。
「それはお褒め頂いたと受け取っても?」
「あぁ」
「いつもあれだけの動きを見せればな……」
殿下のお傍に控えるイアン様は、殿下がそれ以上身を乗り出さないようにさりげなく肩を押さえながら渋い顔を見せる。でもあのお顔はポーカーフェイスを標準装備しているイアン様がまんざらでもないときの顔だということを僕は知っているのだ。
そして、殿下のすぐ隣。一番反応が気になる方は、なんとこちらに背中を見せる形でバルコニーの柵に腰掛け、手のひらサイズの火を弄びながら僕を見下ろし――
「つまんなーい。もっとこう、手に汗握る苦戦の末にボロ負けして楽しませてくれると思ったんだけどなー僕」
文句をつけてきた。
なんてご主人様だ。
そもそもあなたは殿下をお止めする立場でしょうに。なんで思いっきり職務放棄しているんですか。
「冗談も休み休み仰ってください。グレン様が手に汗握る?ありえません。苦戦してボロボロにでもなったら、不出来な僕に試合後どんなお仕置きをするかでわくわくするお方でしょう?僕のご主人様は」
「さすがに思考パターンが読まれているぞ、グレン」
「イアンは分かってないな。これくらい言い返してくるからこそ本人だって分かるんでしょ。あんなに有能に見える小姓なんて僕にはいなかったはずだからさ、誰かが化けてるんじゃないかってねー」
「元々魔力の色でエルが偽物じゃないことくらい分かっているだろう」
「ちぇ、ばれたか」
イアン様に小突かれ火を消したグレン様に、下から両手を振ってアピールする。
「本人ですーエルですーこれでも頑張ったんです、褒めてください!」
「まだあと一試合あることを忘れてない?」
「忘れてません。でも一日目は勝ち上がったんですよー?」
「……ま、最後の啖呵はなかなか興味深かったから、そこだけは誉めてやってもいい。そういえば、ペットが頑張ったらご褒美をあげるのが一般的だったね。ほら、あげるよ」
上から動物にエサをやるように投げられたのは、グレン様の持っているふわふわ高級タオルだ。
「わーい、ありがとうございます!」
ありがたく受け取ろうと伸ばす僕の手にタオルが舞い降りる……前、ちょうど直ぐ上あたりでタオルが止まる。手を限界まで伸ばしても届かない場所でひらひらと揺れるのが、自然の風のせいであるわけがない。
「…………届きません」
「届かない位置で止めてるからね。そうやってずっと背伸びしていたら背も伸びるかもよ?」
「またまたーグレン様、僕に背ぇ抜かれたら困るでしょう?そりゃ今も僕よりはお高いですけど、イアン様や殿下と比べたらはっきりきっぱり背が低いことを気になさっていることを僕は知っている――ふごふごふごー!」
今度は顔に落ちてきたタオルが顔から外れなくて酸素不足で苦しい!
じたばたする僕の頭の上では呆れられたような殿下の声が聞こえる。
「グレン。エルの魔力量と体力から考えて今日はもう限界だろう。あのままだと窒息するからそろそろやめておけ」
「フレディはペットを飼ったことがないから分からないんだろうけど、悪いことをしたらその場でお仕置きしておかないと。二年経つのにまーだ分かってないあたり、こいつは紛れもなく僕のペットだよ」
本人確認はもう終わっていたはずです!
「エル。グレンが自分の容姿で唯一気にしているところをあえて狙うように突くからそうなるんだ。その狙いの正確さが日ごろの剣術にも生かせると俺は嬉しいんだがな」
「さっすがー!初対面から一番痛いところを突かれた人の言葉は違うねぇ、イアン」
「……明日あたり俺との特別試合とかやらないか?」
「またまた気にしちゃって。そんなにばれたくないの?あんたがむっつりすけ――」
「違うと言ってるだろうが!ちょうどここ最近訓練して来たことを発揮したいと思っていたところだったんだ。それとも何だ?ここのところの俺に勝てる自信がなくなったか?」
「まっさか。僕もね、苛める対象が忙しくてイライラが溜まっていたところだったんだ。ちょうどいいよね、やろっか」
「待たないか。二人ともここが私の部屋ではないことと大会の趣旨を思い出せ」
「いや、ここらで模範試合というのも――」
「ふごごごご!(それはどうでもいいですから僕のことを助けてください!)」
結局、ここでこれ以上のお仕置きをしたらご自分の外面が剥がれるだろうという瀬戸際でグレン様がタオルの拘束をやめたことで、僕は解放された。
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試合と主にそれ以外の理由で汗びっちょりになりながら、ようやくタオルを手に入れた(拘束から逃れたともいう)後、次の日の対戦相手を確認しに行った僕はその場で目を見開いた。
『二日目――第5ブロック
キール・クロフティン
エルドレッド・アッシュリートン』
「怖気づいたか」
固まる僕の後ろから聞こえる声に、とっても聞き覚えがある。
まさにここに書かれている僕の明日の対戦相手であるところのキール様は、さっきの殿下方とのやり取りを見ていたんだろう、初対面時と同じくらい眉間の皺が深い。
「……いいえ。ちょうどいい機会でございますから」
「余裕だと言いたいのか」
「いえ、余裕ではありません」
「ほう?」
僕の言葉に眉を跳ね上げるキール様を正面から見上げる。
イアン様まではいかないにしても、この上背に、しっかりとした体格。武術や剣術でもいい成績を修めているというのは評判だけじゃないはずだ。加えてこの人の専門は魔法なのだから、上位貴族の潤沢な魔力も併せれば、戦闘力の差は歴然。
それにこの人は、ある種の変態ではあるけど、馬鹿じゃない。僕を見下してはいても、油断はされないだろう。今日の戦いで僕の手の内も知られているから、正直に言って勝てる要素はない。
腕を組み、僕の前に立ちはだかる姿は、物理的にも、精神的にも壁のように感じられる。
「でも最後まであきらめませんから」
見下ろしてくるラベンダー色の双眸が、僕の目と再び正面からかち合った。
「――その理由があれか……」
「り、理由はともかくっ、僕は全力であなたに向かうつもりです。もちろん勝つつもりで」
「序盤で終わらないことを期待する」
「では、また明日」
「あぁ」
頭を下げてから、下位貴族である僕があえて先に脇を通り抜けた。
それでも、キール様は文句をつけずに僕の無礼を見逃した。
と、いいところ(?)ですが、次話はちょっとお話の時点が戻り、続編初の別語り手になります。




