番外編 お茶会は戦いだ(2/2)
語り手はエル。
お茶会は順調に進んだ。
愛想を振りまき、にこにこと微笑みかけると、最初は警戒心丸出しだったご令嬢方も徐々に表情を和らげてくれ、段々と楽しそうに笑ってくれるようになった。ちょっとでもつまらなそうな顔をしているご令嬢がいたらそっと話の矛先を向け、話が広まるように話題を広げる。ナタリアから聞いていた事前情報のおかげで話には事欠かない。気になっているお菓子があるのに手を出せない方にはサーブを。お好みの紅茶の種類を聞き出してその場で葉をブレンドしてベストな淹れ方で淹れるのもお手の物だ。
グレン様のように色気を振りまいて女性を魅了するのは僕には不可能なので、あくまで従者としての所作は丁寧に、それでいて場を盛り上げられるように気を配りまくった。
どうだ、見たか!これが小姓として鍛えられた僕の従者能力!
グレン様には使えないと言われまくっていたけれど、それはセントポールさんのような破格のプロと比較されたからの話であって、僕だってやればできる子なんだぞ!
そうしてお茶会を盛り上げていく中で、得意気に辺りを見渡せば、唯一面白くないという顔をしているのは、モナコ様お一人だけとなっていた。
今日の僕の仕事はこの場にいる全員を喜ばせ、満足させること。モナコ様だってその一人だ
「モナコ様」
ふて腐れたような表情で椅子に腰かけてケーキを食べていたご令嬢に僕はそっと淹れたばかりのティーを差し出した。
「なんなの?」
「いくつかのハーブをブレンドしたハーブティーです」
「こんなに暑いのに温かいものなんて出してくるなんておかしいと思わなくて?」
「差し出がましいかとは思いましたが、モナコ様、今ここ一帯は氷の魔術で随分冷えております。冷えは女性の大敵です。こういう時は温かいものが一番なんです。騙されたと思って一口、いかがですか?」
「いい香り……」
「ベリーの香りがお好みのようでしたので合わせてみました」
モナコ様は、躊躇う様子は見せたものの僕からティーを受け取った。あ、もちろん近くの侍従の人が毒味済みだ。
あったかいお茶を飲んでほぅと息をつくモナコ様の顔からは少しとげとげしさが抜けた気がする。
「……悪くないわ」
「お褒め頂き光栄です」
カップを持ったままどこか遠い目をしてモナコ様が呟く。
「……どうして」
「はい?」
「どうして、エルドレッド様は亡くなってしまわれたのかしら。どうしてあなたはエルドレッド様とそんなに似ているのかしら」
そりゃどっちも僕だからね。
「うちは三つ子で全員似てますよ」
「どうしてあなたはのうのうとグレン様と婚姻することができるのかしら」
「それは……グレン様が我が家に入られたからかと……」
僕の無難な答えに、モナコ様が俯き、手の震えに合わせてカップがかたかたと音を立てる。
「あなたに……良心の呵責というものはないの?」
良心の呵責?アッシュリートンが分不相応にもグレン様を養子に迎え入れたことに?それともそのグレン様が跡取りとなる関係で僕なんかがグレン様と婚約したことに?
「えぇと……家が決めたことですので」
「家が決めたことに逆らえないってことね……それで、あなた個人は、エルドレッド様に申し訳ないとは思わないの?」
あれ?話が見えなくなってきたぞ?なんで僕が僕に申し訳ないと思うんだ?
「特には」
その瞬間、がちゃん!という剣呑な音がしてカップが地面にたたきつけられ割られ、中にわずかに残っていたティーが周囲に飛び散った。
「モナコ様?」
「それじゃあエルドレッド様が可哀想じゃないの!」
「は……?」
モナコ様は感極まったのか、泣きながら僕の胸倉をつかんでぐいぐい前後に揺さぶってきた。
「エルドレッド様は、グレン様のことがお好きでっ!ずっと傍にいらっしゃって!グレン様のために小姓として身を捧げて!挙句の果てに……、亡くなられたというのに!あなたはエルドレッド様の妹なのでしょう?そのあなたが、エルドレッド様と似た顔をしたあなたが我が物顔でグレン様の隣に居座ったら、エルドレッド様は浮かばれないと思わないの!?」
ちょっと待って。
(男としての)僕が、グレン様のことを好きで、それでそのまま死んでしまった?そこに婚約者に居座ったのは妹で、兄の恋人だと分かっていてそのまま結婚しようとしている――なに、この子、もしかして例の偽の噂に騙されて盛大な誤解をしている?
「あのっ、モナコ様……!」
「私はっ!道ならぬ恋でもっ!エルドレッド様がその道を選ぶなら、尊重しようと思っていたのに!お傍にいられるだけでいいから、婚約の申し込みもしようと思っててっ!お父様を説得してて!私のことを愛してくださらなくてもいいからっ、グレン様のお傍で幸せそうなエルドレッド様が見られればいい――そう思っていたのに亡くなってしまわれて!その機会を狙ってあなたがのうのうと社交界デビューなんてしてきて!こんなの、エルドレッド様が報われないわ……!」
あーそういえば僕のところに伯爵家からの打診があったとかなかったとか父様がちらっと言ってたような言ってなかったような……あのとき僕、獣医師試験の勉強で忙しくて父様の方でなんとかしておいてとか丸投げしたようなしなかったような。
「あの……勘違いだったら申し訳ないのですが、モナコ様は、そのー。僕、のことを気に入っていただいていた、と……?」
一つしか導けないおこがましい回答を、僕が恐る恐る口に出せば、モナコ様は僕の胸元をひっつかみながら、キッと僕を睨んだ。
「あなたじゃないわ、エルドレッド様よ!お慕いしていたわ!」
人生初、僕は女の子からストレートな愛の告白を受けてしまった。しかも今結構評判の可愛いご令嬢に!
そういえば、僕が社交界デビューする前、どこかのご令嬢が熱心に僕の墓(仮)に花を手向けに来てくださっているとマーサから聞いたような気がする。もしかしなくてもそれがモナコ様だったのか。
「せっかく、せっかく落ち着いてきていたのに!あまりにも似た顔で同じ恰好で同じ声で!まるで同じ仕草でいるなんてひどいわ!まるでエルドレッド様が生きていらっしゃるみたい!私、エルドレッド様にお会いしたい!」
確かに以前は毎日死にそうになってはいたけど、現状僕はピンピンしています、とも言えず、困ってしまう。
僕を好きになってくれた子が僕に対して僕が可哀想だと怒りをぶつけるってなんていう状況?
こんなこと聞かれたら、男子寮の悪友たちに嫉妬のこもったリンチを受けて、リッツが3日間は笑い転げてるだろうなぁ……。
リッツのことを思い出し、僕はふと目線を落とした。
わんわん泣きながら僕にすがりつくモナコ様は、親友を亡くしていいも言われぬ絶望を感じた僕とヨンサムと同じなのかもしれない。
状況が珍妙になってしまったとはいえ、僕は自分の都合で彼女が愛しいと思ってた相手を殺してしまったんだよね。
僕は、僕に縋り付いて泣く女の子の頭を優しく撫でた。
大好きな相手に二度と会えなくなる辛さは、僕にも痛いほどよく分かる。それが恋愛感情であれ、友愛であれ、大事な人であることは変わらない。
どんなに恥であろうと嘘をつこうと彼女を慰めるのは傷つけた僕の責任だ。
「モナコ様」
僕が呼びかけるとモナコ様はびくっと体を震わせた。
「兄のことをそれだけ愛して下さってありがとうございます。正直兄がグレン様を男性として愛していたかは分かりません」
「嘘よ!だってそう言っていたと聞いたもの!」
「小姓というのは主人とは特別な関係にあると聞きました。恋愛感情かは分かりませんが、兄がグレン様を特別に想っていたこと、そしてグレン様も兄を特別に想ってくださったこと、それはその通りだと思います。兄がグレン様のために身を捧げたのは兄の本望だったのでしょう」
「そしたらっ――」
「もし、僕が身を引いて、他のご令嬢がグレン様と婚姻したらどうなるでしょう?アッシュリートン家におられるグレン様が、いつも兄の墓を見て憂いていたら、そのご令嬢はどれほど傷つかれることでしょう?その点、妹の僕であれば、共に兄のことを想うことができます」
「それは……そうだけど……」
「また、仮に、僕じゃない人が、グレン様のお相手になったとき、兄はどう思うでしょうか。僕なら兄の気持ちを尊重できます。もし万が一恋愛感情を持っていたとしたら、直ぐに結婚されれば、傷つくかもしれません。そこも、僕なら配慮できます。今だって、直ぐに婚姻できるのにしていません。僕なりに、兄の気持ちを慮っているつもりです」
「エル……様」
「僕のデビューが亡き兄の気持ちまで想ってくださるモナコ様を傷つけていたことは、大変申し訳ありません。でも僕は僕なりに大事な兄を尊重していたつもりなのです」
僕は透けやすい内心が顔に浮かばないよう、必死で表情を整えながら、涙の浮かぶモナコ様の目じりを指で拭った。
嘘八百どころか嘘千以上つきながらきざったらしい仕草をすることの気持ち悪さや偽善を貫くことへの良心の呵責で胸の辺りがキリキリして吐き気がする。
僕が罪悪感でいっぱいになっていることは幸いなことにモナコ様にはばれなかったらしく、モナコ様はしゅんとした表情で僕に謝ってきた。
「私こそ、謝ります。考えが及びませんでした」
「いえ」
そもそもこんな架空の話に思いを寄せられるはずはないし、グレン様は僕と一刻も早く婚姻しようとしてました。とは言えず、ボロがでないように一言のみにとどめる。
「それに、あなたの……ドレス。先日別のお茶会でやってしまったことも」
「あぁ……」
すっかり忘れてた。そういえばそれの仕返しに来たんだっけ。
「信じてもらえないかもしれせんが、あれは、私が指示したことではありません。私があなたにいい感情を持っていないことは明らかでしたので、私の代わりにやってくれようとしたのだと思います……もちろん!あれを見て私がすっとした気持ちになったのは事実ですので、弁解はいたしません。ドレスは弁償いたしますし、代わりに謝罪もいたします。申し訳ありませんでした」
「いいです、お互い様ということで水に流しましょう」
お互い水に流すもなにもドレスと比べて僕がしたことはあまりに重い気がする。主に男性だと思わせて有望なご令嬢の心を奪ってしまったこととか、勝手に死んでしまったことになったこととか。罪悪感で押し潰されそうだ。あれ?お茶会ってなんだっけ、自分の良心との戦いの場所だっけ?そろそろ苦しくなってきたし、退散しなきゃ。
僕がモナコ様の体を離し、そっと立ち上がると、ついと袖が引かれた。
「エル様っ」
「はい?」
「……また、その。また、お茶会に来てくださいます?今度は……お兄様を語る友達として……」
「私でよろしければ、喜んで」
振り返ってにこりと笑うと、モナコ様は恥ずかし気に微笑んで見せた。
可愛い。可愛いが、良心の呵責で心臓が痛い。
「エル……様?お顔の色が……」
突然のめまいに、近くの机に寄り掛かっても体重を支え切れず、がしゃんという音を立てて机がひっくり返りそうになり、あたりで悲鳴が上がった。
エル様!というモナコ様の悲鳴が聞こえるが、それもどこか遠い。
精神の限界値を越えたからだ、絶対そうだ。
ふらりと倒れかけた体が誰かに支えられたので、閉じかかった目を開ける。
「エル、何してるの」
「……え……グレン様?」
ぼんやりした視界に切り込むように入ってきたのは見慣れたルビーのような深い深紅の瞳。いつも通りのさらさらのトパーズ色の髪が僕の髪に触れるくらいに近い。
「何この恰好」
「ちょっとした余興でして」
「ここで、ねぇ?そんな恰好で?」
「今日一日『エルドレッド』、なんです。お願いです、深くは聞かないでください」
「ふぅん?」
グレン様は一瞬目を眇めてあたりを見た後、僕以外にも聞こえるようにあえて言い放った。
「エル、僕から離れてこんなところでなにしてるの?お前が楽しませるのはこの僕だけでいいのにさ。僕がお前の唯一のご主人様だってこと、忘れちゃった?」
周りから大音量の黄色い悲鳴が上がっている。
グレン様、なんだかんだ僕の余興に乗ってくださるんですね。
「忘れることなどございませんよ。僕のご主人様は生涯グレン様ただお一人ですので」
脂汗をかきながら跪いてグレン様に深く頭を垂れる。
あ、ちょっともう、本当に限界……。
そう思ったときには体がふわりと柔らかく持ち上げられたので、僕は遠慮なく意識を遠くに飛ばした。
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ふと目を開けると、アッシュリートンの本館の僕の部屋に戻っていた。
僕がまだくらくらする頭を押さえて起き上がると、はらりとシャツが開き――
「起きたみたいで何より」
「ちょっと!ぐ、グレン様!?なんで僕――し、下着は!?もしかしなくても見ました!?」
僕が慌ててシャツを羽織っただけの裸の胸元を掻き合わせると、グレン様が呆れた顔をこちらに向けた。
「今後何万回を超える勢いで見る予定の僕に今更隠す意味ってある?」
「なにさらっとものすごい回数言ってくれてるんですか!まだあと少し約束の期間があります!」
「僕が約束を忘れたことはないよ」
「じゃあなんで僕っ……!下着は一体どこに!?」
「元々お前が下着付けてなかったんでしょ」
「でもサラシが――」
「なに。気絶した原因をそのまま放置してほしかった?」
「気絶の原因?」
僕が羞恥で顔を真っ赤にしながら毛布をすっぽりかぶって顔だけ出している隣で、グレン様はベッドの縁に腰掛けて優雅にお茶を飲んでいた。
「ただでさえ貧血気味なのにあれだけサラシを締めたらそりゃ息できなくなるでしょ」
「そ、それは言われてみれば」
「言われるまで気づかないんだ?僕、これまで何度も首締めたことあったし、胸元圧迫して窒息させたと思うんだけど、教育が足りなかったってことか」
「そんな教育は今後一切不要です。それより、ど、どうしてあそこに?なぜ貧血だとご存知なので!?まさかナタリアから何か聞きました!?」
「お前の様子をずっと見てればそんなものすぐ分かる。場所については一応次期領主としてお前が参加予定のお茶会を把握してるしね」
さすが。相変わらずマメな仕事ぶりだ……って。あれ?
「グレン様、今日王城でお仕事だったのでは?」
「誰かさんに邪魔されなければその予定だったかな」
グレン様がソーサーを近くの小机の上に置き、代わりに水差しを引き寄せてから、注いだばかりのレモン水入りのコップを渡してきた。
「ほら。起きたなら水飲めば?」
「……グレン様が異様なほど優しい。どういった風の吹き回しで?」
僕が訝し気にグレン様を見上げると、グレン様はいい笑顔を僕に返した。
「なるほど。お前は僕が普通に渡しても飲まないんだね?問答無用で口移しをご希望かな?」
「いただきます!」
手を伸ばすと毛布とはらりと開き、はだけた胸元が露になりかけて慌てて片手でシャツをかき寄せる。
「目を逸らしてくださいよ!」
「なんで?妻になる女の裸をどうして夫の僕が見ちゃいけないの?」
言ってることもやってることはよこしま極まりないくせに、いっそ子供のように純粋に疑問を呈されるとこっちが恥ずかしい。
「ぼ、僕が恥ずかしいからです!」
「恥ずかしがって隠されてるのって燃えるよね」
「要らない情報ありがとうございます、じゃあいっそ全裸になりましょうか?」
「期限を放棄するつもりならすれば?」
「ごめんなさいしません勘弁してくださいというかそもそも今は無理です色んな理由で!あと数日は!」
黙りこくってとりあえずお水を飲むと大分気持ち悪さが抜けているのが分かった。
「あー呼吸量が違う……」
「小姓当時と体格が違うんだから当たり前でしょ」
「すみません、ちょっとした仕返しがしたくて。でもなんていうか、アテが外れたっていうか、当たり過ぎたっていうか……。ごめんなさい、僕のせいで、お仕事を途中で抜けさせてしまったんですよね?」
「お前が突拍子もないことするのはいつものことだからこのくらいは織り込んでた」
「グレン様、喧嘩売ってるとか、煽ってるとかじゃなくて、これは純粋に疑問なんですけど、何かありました?」
「なんで?」
「最近いやに優しすぎるんじゃないかと思って」
僕の体調に気付いてくれて、まずいと思ったときに現れてくれて、こうして介抱してくれて、余興にも乗ってくれて、余計なことは聞かないでいてくれた。敏い人だとは思うけど、ここまでしてもらうとなんだかよくわからないくすぐったさで体がぞわぞわする。
グレン様は無言でベッドから立ち上がると、僕から毛布をはぎ取ってそのまま僕の上にぼふりとかけ、毛布ごと僕を上から押さえ込んだ。
「わ!何するんです!」
「そんなどうでもいいこと聞くくらいならさっさと寝て休みなよ」
「どうでもいいわけないです!グレン様のこと、僕だってもっと知りたいし!」
僕が毛布の下でじたばたしながら言うと、しばしの沈黙ののちに、とても小さな声が聞こえた。
「……………お前が昔言ったんでしょ」
「へ?」
「『家族を大事にして、思いやりを感じられて、気遣いをしてくれる人』、だっけ?そんな曖昧なものがお前の理想だって、お前が言ったんだよ」
ん……?そんなこと言った?いつだ?グレン様と理想の異性像の話なんかしたのは――
「あ!殿下の婚約解消が成立した直後のことですか?」
「この期間はお前が僕を夫として見るための慣らしの期間、なんでしょ?お前が言うには」
それだけ前の、雑談としてした話を思い出して僕に合わせようとしてくれたのか。
じんわりとしたあたたかい気持ちが胸の奥底から広がる。ぞわぞわする感触が指先や足先から這い上がってくるのに意外と嫌じゃない。
僕、この人の妻になるんだよね。なっていいんだよね。
「僕がお前の理想とやらに近づいてお前がさっさと僕に完全に落ちればこんな面倒はかからないんだけど。幸い僕もお前に関してならちょっとはそういう労力を払ってやってもよさそうだし――」
変なところだけ不器用で回りくどくて天邪鬼なグレン様の愛情表現のおかげで、僕は、これまで気恥ずかしさが先立ってしまった夫婦というものをより身近に感じられた。
なんだろう、ものすごく、こう――甘えたい。
毛布ごしにくぐもって聞こえる声はいつもより小さく、心なし毛布を押さえる力も緩んでいるような感じだったので、僕はがばりと起き上がって毛布ごとグレン様を抱きしめた。
「なにする――」
「グレン様。僕、グレン様ってもっと釣った魚にエサはやらないってタイプかと思ってました」
「まさにそのタイプだけどね」
「僕はエサをいっぱいくれたらその分喜びますよ?」
「それで?尻尾を振って誰にでもついていくの?」
「面白いご冗談ですね。心配されなくてもグレン様だけですから」
身じろぎしたグレン様にぎゅっと抱きつきながら、耳元で「グレン様の妻になれるんだなって考えたら、今、僕、嬉しくてどきどきしちゃいました」と素直に伝えたら、グレン様は「この僕が相手なんだから当たり前でしょ」とぶっきらぼうに言いながら、僕と毛布を引きはがすようにしてベッドに放り投げて、荒っぽい足取りで部屋を出て行ってしまった。
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モナコ様はあのお茶会以来、いい友人になった。一時期、兄様を見かけたことがきっかけでナタリアと険悪になりかけたりもしたけれど、今ではナタリアともすっかり打ち解け、姉様派閥のお茶会に来てくれるようになったのだ。過去の僕がいかに魅力的だったかを熱弁してくれるせいでナタリアも姉様もすっかり面白がっている。
そして、あの日の3日後――グレン様と決めた約束の日、僕とグレン様は国王陛下から認められた夫婦となった。その後しばらくの間、僕は事実上の軟禁生活を強いられ、名実ともに夫婦になってしばらくした後にささやかなお祝いのパーティーを行った。
軟禁の理由?口が裂けても言えないので勘弁してほしい。
おしまい




