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完結お礼小話① それぞれの形(2/3)

ナタリア視点続きます。

「ナタリア、最近ユージーン殿とはどうだい?」


 一月くらい前。私が一時的にハットレル領に戻って、王城に持っていく持ち物の準備をしていたとき、お父様が私に声をかけてきた。


「どうって……変わらないけれど、どうなさったの?お父様」

「うむ……ナタリア、その、言いにくいのだが……ユージーン殿との婚約は、そろそろ解消しないかい?」

「……冗談ならいけてないわ」

「冗談じゃないんだよ」


 お父様が私の傍に来て、私に椅子に座るように言った。


「ナタリア、お前もハットレル家の状態については分かっているだろう?」

「えぇ……それは」


 私には、15歳ほど年の離れた兄がいた。年が離れすぎているのも当然。私はハットレル家の前の奥様が亡くなった後のいわゆる後妻である母の子供で、お兄様は、前妻の子だから。

 別に私とお兄様の仲は、特段悪くなかった。

 お兄様は、学園に出た後は、ハットレルの領地の中でも、直轄地から少し離れたところにある領地の一部を治めて、領主見習いをしていた。一方、お父様が年を取ってから生まれた女の子供である私は、領主になることもないので、お父様にもお母様に甘やかされ、年が近い、広大な森を挟んだ隣領にあたるアッシュリートン家の三姉兄妹とばかり遊んでいたし、その後は学園に入ったので、そもそもお兄様とは生活領域が違っていて、お兄様と直接会ったのはこれまで二度ほどしかない。


 お兄様は元々体があまり強い人じゃなかった、と聞いている。そのお兄様が、亡くなったのが、今からつい一年ほど前――私がメグ姉様の侍女として王城に上がっていた頃だった。

 後ろ盾のないメグ姉様のために奔走し、女社会である社交界での派閥を上手く渡り歩くのにとても忙しかったことや、お兄様の思い出もそれほどなかったこともあり、薄情だけど、お葬式をするくらいで、それほど悲しいとも思っていなかった。


 でも、問題はそこではなかった。

 お兄様は体が弱く、奥様はいらっしゃったけれど、ついぞお子様ができなかった。お兄様の子が生まれる前に、お兄様が亡くなってしまったことで、ハットレル家には跡継ぎがなくなってしまった。


 そうなると、ハットレル家にできるのは、養子をとるか、実の娘である私の夫を婿にもらい、領主になってもらうかのどちらかしかない。普通は血を残したいので、娘がいるなら後者になるのだけれど。


「この国も、あのアッシュリートン家も色々あったから待っていたけれどね。わかっているだろう?お前の婿になる人には、ハットレル家の跡取りになってもらわなければいけないが、ユージーン殿は、アッシュリートン家の跡取りだ」

「……分かっているわ」

「そうであれば、ユージーン殿との婚約は――」

「嫌よ!絶対に、嫌!」


 私が言い返すと、高齢のお父様は、ふぅとため息をつき、聞き分けのない子を見る悩ましい顔をした。


「私は随分待ったよ、ナタリア」

「でも……嫌。ユージーン以外は、嫌よ」

「ナタリア。分かっておくれ」

「嫌!絶対に、婚約は解消しないから!」


 私は捨て台詞のようにそう言い残して、私を止めるお父様の言葉も聞かず、早々に屋敷を飛び出して馬車で逃げるように王城に帰ってきてしまった。それ以来、ハットレル家には戻っていない。


 領主であるお父様がいかに私に甘かろうと、こればかりはどうしようもない。

 そして、貴族の令嬢である私が、お父様の命令に逆らえるわけがないことだって分かっている。

 そんなことは分かってる。でも、それでも、納得なんてできない。

 逃げてたってどうしようもないのに。どうすればいいの。






「ナタリア?どうした、顔色良くないぞ」


 ユージーンに話しかけられて、はっと現実に戻る。


「それ、まずかったか?」

「いいえ、そんなことないわ。美味しい」


 ユージーンが買ってくれた串焼きを慌てて頬張る。


「ん。熱は……ない、と」

「ちょっと、ユージーン。道中でやめて」


 ユージーンは、はしばみ色の瞳で私を覗き込んだ後、私のおでこに手を伸ばして自分のおでこの熱と比べるようにしてから、よし、と言って、私の頭を一度撫でた。


 そうそう、今はお祭りに来てるんだったわ。こうしてユージーンとゆっくり時間が取れる時なんかほとんどないんだもの。楽しまなきゃ。


「大丈夫よ、何ともないわ。それより、ユージーン、学園はどう?」

「んー。なんか、騒がしい」


 ユージーンは屋台で買った自分の分の串焼きを飲み込んでから、私の持っていた竹串と合わせてゴミ箱に向かって放り投げる。竹串は、近くに引っかかっていたリンゴの皮を引っかけて見事にゴミ箱の中に入っていった。


「ほら、ナタリア、手」

「え」

「これだけの人ごみだから。はぐれちゃうだろ?」


 清めてから差し出してくる手を素直に握り返すと、ユージーンは、にかっとはにかんだように笑ってみせる。



 ユージーンと婚約したのは、学園に入るより前くらいの年頃だった。

 あの時も、ユージーンは、はにかみながら手を差し出してくれて、二人でアッシュリートンの森をお散歩したのよね。あ、大抵はエルも一緒よ。


 あのときはふわふわしていたはずなのに、今では、腕もあの時よりずっと太くて筋張ってるし、握った手もごつごつしていて、男の人の手って感じ。

 身長は、エルより少し高いくらいしかないけれど、体つきは今のエルとは大分違う。

 エルと面差しはよく似ているけれど、ユージーンは、魔術で変装しない限り、どう見ても女性には見えない。


 ユージーンは、エルと同じで可愛い系の顔をしてるけど、きりっとしたときは男っぽいし、服の上からでも分かる引き締まった体はしなやかな猫っぽい。器用な方で、運動神経もいいし、結構尽くしてくれるし、ちょーっとシスコン気味なところを除けば、優良物件だと思う。

 私の身長が低いせいで、見上げるようになりながら、じっとユージーンを観察していると、ユージーンがちょっとだけ顔を赤くしながらこっちを見た。


「なんだよ、黙って人の顔じろじろ見て。もしかして、さっきの串のソースとかついてる?」

「いいえ。ユージーン、かっこいいなって思っただけ」

「なっ!なんだよ、急に」

「別に急じゃないわよ」

「……そういうの、心臓に悪いからやめて。頼む」


 ユージーンは私の言葉に顔を赤くして、少し早歩きになってしまった。でも私の手を握った手は離さないし、なんだかんだ、歩幅だって私に無理がないように合わせてくれてる。この男、こういうところが可愛いのよね。



 ユージーンは、今、とても忙しい。

 学園での領主教育を受けていないことが殿下にばれてしまったこともあり、「エルドレッド」の弟として急に学園に入ることになって、ずっと学園の寮にいながら、これまでアッシュリートン領で受け持っていた仕事も回している。

 学園教育は初学年から始まるのだけど、ユージーンは、こういう、不慮の事故で急遽領主候補生になった貴族の子供たちだけが使える飛び級(スキップ)制度があるらしくて、それをフル活用し、なんと、たった半年で五学年に上がってしまったのだそう。

 学園きっての秀才扱いされ、「秀才の再来……!」「こいつが、あの、エルドレッドの弟だ、と……!?」などと学園の教師にもてはやされているらしいけれど(これはヨンサム様からの手紙にあったとエルから聞いたの)、ユージーンは、「え?覚えればいいだけのやつとか、学生のお遊びみたいな実技って何が難しいの?」と本気で思っているのよね。

 エルが「兄様のバカ!バカ!これだから頭のいい人は嫌だ!」と言いながらユージーンをぽかぽか殴っていたのは記憶に新しい。

 そんなユージーンにあの話なんてできるわけない。


「ねぇ、ユージーン、あっちの出し物を見に行かない?」

「あれもいいけどさ、俺、今日はナタリアを連れていきたいところがあるんだ。そっちでもいい?」

「え?どこ?」

「それは着いてからのお楽しみ。俺に任せといてよ」

「分かったわ、付いてく」


 私が了承すると、ユージーンは私の手を引っ張って、町の喧騒から離れた方に歩いていく。


「ちょ、ちょっと、ユージーン。このままだと町から離れちゃうわ?」

「いいの、いいの。今は黙って付いてきてよ」


 ユージーンに手を引かれるままに歩き進めてしばらくした頃、町を少しだけ離れた小高い丘まで来た。

 すーっと心地いい風が吹き抜けていく。

 町の騒ぎは遠く、人が小さく見える。眼下に広がる街のさらに奥の遠くの方に王城が見え、王城の飾りつけも、メグ姉様が国民に挨拶をするために出る城の高台も、遠いながらも何かに遮られることなく、開けていてよく見えた。


「わぁ、こんなところがあったなんて」

「ここなら、このあとの姉さんの式典の様子もよく見えるだろ?」

「そうね」


 ユージーンが、先に草むらに座ってから、私に手を伸ばしてきたので、その手を取ると、急に体を引っ張られ、胡坐をかいたユージーンの膝の上に座らされる。


「ちょ、ユージーン!?」


 間近に座っているユージーンの吐息を首筋に感じて、今度はこっちが恥ずかしくなってしまい、今更ながら、腰に回された手が気になってきちゃった。


「ユージーン。恥ずかしいから離して」

「ナタリア、このまま俺の話を聞いてほしい」

「やだ、何の話?」

「俺との婚約の話」


 ユージーンの言葉にはっとして、彼の方を向けば、ユージーンははしばみ色の目を細めて、「やっと俺と目を合わせた」と笑った。


「お父様に何か言われたの!?」

「婚約のことで?」

「私との婚約を……その、なかったことにしてって、言われなかった?」

「言われたよ」

「いつ!?」

「半年前?だったかな」


 そんなに前に……!


 私が言葉を失うと、ユージーンは私を見上げたまま、「でも断った」と、はっきりと言った。


「でもお兄様のことが――!」

「あぁ、そのことはお悔やみ申し上げる。……でも、ハットレル家の跡取りのことなら問題ないよ。だって俺が婿入りするから」

「はぁ!?あ、アッシュリートン家はどうするの!?」


 私が令嬢としての気品をかなぐり捨ててユージーンの肩を持って揺さぶると、ユージーンは、「落ち着けって」と言いながら、私を抱え直す。


「ナタリア。勘違いしてるみたいだけど、俺が学園に入ったのはアッシュリートン家の跡取りになるためじゃないからな?」

「え、どういうこと?」

「アッシュリートン家は、グレン様が養子に入った時点で安泰だろ。あの感じだとグレン様がエルを離さないだろうし、グレン様なら当然領主候補としての資格を持ってるし……なんなら今学園にいるヨシュアが領主候補生になればいいと思ってた」


 養子であるヨシュア君やグレン様がアッシュリートン家の跡取りになるとなれば、エルと結婚して婿になるのが王道。

 エルとグレン様のことについてとても息が合うヨシュア君のことだわ、対抗馬扱いされていると知ったら、「とんでもないことを仰らないでください」って言いながら、すっごく嫌な顔をしそうね。


「だから、俺、一応アッシュリートンの跡取りってなってるけど、最初っからやる気なかったし、そのために学園に入るつもりもなかったんだよ。でも、アッシュリートン家ではそれでいけても、ハットレル家だとそうもいかないだろ?」

「そんな無茶苦茶な……大体、おじ様が納得されないでしょう?いくらグレン様やヨシュア君がいるからって……アッシュリートンの直系男子はユージーンじゃない」

「父さん?あの人は自分の過去が過去だから何にも言えないよ。むしろ、『好きな女の子を手に入れるためだもんなぁ、安い安い!はっはっは!』とか言ってるくらいだから」


 さすがおじ様。普通の貴族とは全然違う思考回路をしてるわ……。


 私が呆気にとられている間にも、ユージーンは話を進めていく。


「そんで、昨日、そっちの領主様(ハットレルおじさん)にその旨説明してきた」

「どう説明したの?」

「学園をあと半年で卒業してみせるからナタリアを俺にくださいって」

「お、お父様はなんて……?」

「それができたら、婿入り――ナタリアとの結婚、許してくれるってさ」


 ユージーンから告げられた言葉に、凝り固まっていた不安が溶けだして、ぶわっと目の奥から涙が溢れてきた。


「ごめんな。このこと伝えられてなくて、不安な思いさせただろ?」

「……馬鹿……先に言ってよ……」


 みっともない姿を見せたくなくて、ユージーンの肩に顔を押し付けると、ユージーンは自分の服が私の涙で濡れるのを止めもせず、頭を撫でて慰めてくれる。


「ほんとごめん。飛び級(スキップ)するのに必死で……領主様に俺を売れる実績を作りたくてさ」

「そんなの……!」

「俺、本当にナタリアとの婚約を解消させられるんじゃないかって結構焦ったんだ。実績もないまま、娘と、ひいては領地を寄越せなんて言っても、勝算ないだろ?だから、確実にしてから行きたくて、領主様にこれを申し入れる時までに、条件に現実性を持たせるために必死だったんだ」

「言ってくれても良かったのに……!」

「ナタリアの気持ちを考えればそうだよな。でも、性格的なものと……あとは男の見栄で。つい。ごめん」

「男の見栄ってなによう!もう!」


 ユージーンは自分の頭をくしゃくしゃとかき混ぜてから、顔を上げた私の目に残った涙を指で拭き取った。


「ナタリア、そんなわけで、遅くなって悪かった。昔、ガキの頃も言ったけど……もう一回改めて言ってもいい?」


 私がドキドキしながらユージーンに向き合えば、ユージーンは柔らかい笑顔のまま、私に言った。


「俺と結婚してくれませんか?」

「もちろんよ。今も昔も、私にはユージーンとしか考えられないもの」


 私の返事にユージーンは笑顔を深めてから、私を抱きしめると、一度私を離した。


 涙に濡れた唇が、ユージーンの唇と重なったその瞬間を、私は一生忘れないと思う。





 その後は、私とユージーンは隣に座って、色んな話をした。

 町の喧騒から離れた小高い丘の上。ゆったりとした時間が流れる中、遠くの方で姉様の式典が始まったのを見る。


「そういえば、エルとグレン様ってまだ婚約してなかったのね、意外」

「え、それはグレン様の手が早そうだから?」

「うん、グレン様のことだから、アッシュリートン家に養子として入ったらすぐに婿入りするのかと思ってたのに」

「それは……俺と同じようなこと考えてだと思うけど」

「同じこと?」

「あーもう、いいよあの人のことは!それにしても、姉さんは殿下の、エルはグレン様の毒牙にかかってしまうのか!どうしてくれよう!」


 ユージーンは両手を戦慄かせるようにして悔しそうに天を仰いで顔をしかめている。

 ほんっとに、シスコンなんだから。妬いちゃうわよ?


「あら、ユージーン。それでいくと私はあなたの毒牙にかかるのだけれど、どうしてくれるのかしら?」


 私がちろりと半眼をして見せれば、ユージーンは顔をかぁっと赤らめた。


「幸せにします!」

「よろしい」


 そんな話をして、お互いに顔を見合わせて軽く噴き出して笑う。


 こんなに穏やかな気持ちになれて、ドキドキして、一生傍にいたいと思えるのは、私には、きっとこの人だけなの。

 メグ姉様、幸せの御裾分け、確かに受け取ったわ。


 さて、エルは今頃どうなっているかしら。



 私は城で今頃グレン様に散々虐められているだろうエルを想って、再びくすっと小さな笑い声を漏らした。


さて、その頃の二人は……

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