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エピローグ   エレインとグレン

 

「エル」


 もこもこの毛、オッケー。ねじれた角のつやつや感、オッケー。

 蹄、オッケー。長い尻尾の先の電力器官の明るさもオッケー。


「エル」


 ぷるんとしたゴムのような皮膚もつややかで健康的。


「完璧だ!全快だよ、羊くん!」

「めぇぇ」

「エレイン・アッシュリートン!」

「はいっ!」


 酷い皮膚炎の治療していた魔獣――ライジャス羊の傍から跳ね飛んで後ろを振り返れば、師匠ことヤハル医師が目を怒らせて僕を見ていた。


「何度呼べば分かる!」

「申し訳ございません。でも、ほら、師匠、見てください。羊さん、大分元気になりましたよ」


 僕が羊さんを自慢げに示せば、羊さんも元気に「べええええ!」と鳴いてくれた。

 ライジャス羊は、電流を生み出せる羊だ。尾の先にある電力器官で電気を起こし、綿あめのような体毛でそれを何倍にも膨らませて、一部の魔術具の動力源になってくれている貴重な魔獣の一体だ。

 この子は、最近まで酷い皮膚炎に悩まされていた。普段であれば、電気を弾いてくれる皮膚がボロボロになってしまったせいで、自分が生み出す電気で体を傷つけられ、全身に酷い火傷を負ってしまっていたのだが、僕の受け持ち患者(看獣?)になって辛抱強く治療を繰り返し、塗り薬を塗布していったことで、今日、全快を迎えたのだった。


「あぁ、そいつはもう大丈夫だ。それは分かったが……師匠と呼ぶんじゃねぇよ。また、()()()()()()()()()。――俺はこれ以上優秀な部下を失うのはごめんだからな」

「あ、そうでした。申し訳ございません。それで、ヤハル先生、ぼ――じゃなかった、わたしを呼ばれたのは一体どういったご理由で?」

「そろそろお前の業務時間は終了だ。行くところがあるんだろう?」

「あ!そうでした、ありがとうございます、師匠――じゃなかった、先生。チコ、行くよ!先生、行って参ります」

「おう、気をつけてな」


 師匠――ヤハル先生に見送られ、僕は、白衣を脱ぎ、見習い宮廷獣医師の紋章を首から下げて、肩に飛び乗ってきたチコを抱えて獣医師室を出る。





 あの事件――僕にとって、悪友が突如として亡くなり、グレン様が死にかけ、僕が魔獣になりかけた日からおよそ1年が経った。


 国教会が反乱を起こすという国の災厄――現在は、エッセルの災厄と名付けられている――による混乱を収めるため、徹底的な対応策が執られるとともに、国の施策に大いなる方向転換があった。

 その一つが、文官部門における女性官吏の登用。

 女性騎士以外にも女性が国の官吏として登用される機会が増えたのだ。


 実は、丸3年――いや、もう4年くらい前から、試験的に女性官吏の登用はなされていた。最初に登用された女性官吏(国家公務員)たちは、名目は文官ではあるものの、王城ではなく、学園の教師に派遣された。ただし、淑女課でなく、男性貴族たちの教育に、だ。僕が履修していた授業の受け持ちは残念ながらなかったものの、その中には、もう懐かしいくらい昔、僕が小姓になりたての頃にお世話になった植物育成師のおばあさんも入っていた。

 その優秀な女性講師たちが、周囲からの圧倒的なプレッシャーと偏見の目を跳ねのけ、見事な実績を叩き出したことで、王城でも女性官吏を登用することが決まった。


 宮廷獣医師として初めての女性官吏――それが、今の僕、エレイン・アッシュリートンの役職だ。


 僕は勝手知ったる王城の廊下を通り、第二王子殿下の控室として使われている部屋に向かう。部屋のドアをノックし、セントポールさんに要件と赴きを伝えると、待合室に通された。


「あれ、殿下?」

「ちょうどいいところに来た、エル。グレンがまた没頭して出てこない」

「また、ですか……」


 チコは、僕の肩からぴょーんと飛び跳ね、殿下のお近くで護衛騎士を務めるイアン様の元に向かい、イアン様の足元で見事な「おすわり」を決め、前足をイアン様の靴の上にそっと乗せながら、「きゅっ」と鳴いて見せた。いつもどおり、イアン様にお菓子をねだっているみたいだ。イアン様がポケットにお菓子を常備していることなど、鼻のいいチコにはお見通しだ。

 僕の予想どおり、その愛らしさに絆されたイアン様が笑み崩れ、ポケットから小さな焼き菓子を取り出して、チコに与えると、チコはそれを両手で抱えてほっぺたいっぱいに頬張って見せた。


「イアン様、チコを頼みますね」

「あ!?あぁ……」

「イアン様、いつまで経ってもそのような反応をされると、わたくし、困っちゃいます」


 僕がわざとらしく頬に手を添え、悲しそうな表情をしてため息をついてみせると、イアン様はこれまた分かりやすく動揺した。


「……エル。頼むから、そのわざとらしい言葉遣いと態度を止めてくれ。今だけでいいから」

「自由にしていいですか?」

「その姿でその仕草をされると胸焼けがする」


 あの事件以後、僕は「エレイン・アッシュリートン」として生活することになった。言葉遣いも淑女としての言葉遣いに改めるよう努力しているし、仕草だって、グレン様や殿下に言わせれば、及第点には程遠いらしいけど、それでも女性っぽくしている。


 イアン様は、あの事件の直後に、僕の正体が「生物学上の女」だと言っても、頑として信じなかった。いつものグレン様の冗談だと言い張っていた。それ(真実)を最初に告げたのがグレン様だったというのも明らかな人選ミスだと思う。

 けれど、殿下が、「嘘じゃない、エルは女の子なんだ」と説得し、グレン様が「現実を受け入れなよ、イアン」と笑い転げ、僕が「なんなら生物学的には女性であることを見せてあげましょうか」と詰め寄ったところ、イアン様はようやく信じてくれ、僕はグレン様から手酷いお仕置きを受けた。解せぬ。


 それでもまだ僕の髪が短く、学園の男性用の服を着ていたときは、僕に対して、これまでどおりの自然な対応を取ってくださっていた。それなのに、僕が女性らしい姿をした途端、その事実を理性では受け入れていても、脳みそが拒絶していたのか、ものすごく態度が変わったのだ。

 ちなみに、グレン様は、そのとき(ネタ晴らし時)のイアン様の態度や、その後の僕とのリハビリについて、殿堂入りの笑い話に認定しているらしいけれど、この場では割愛する。



「殿下、普段通り話していいんですか?」

「うーむ。まぁ、ここなら外の人間は入って来ないからよいだろう」

「わーい、この方が楽なんですよ。あの話し方、僕も肩凝るんです」


 りー(・・)がしてくれた僕の未来だという姿(ビジョン)よりは大分短いけれど、一年伸ばし続けたおかげで、以前よりも大分伸びた髪は、今では胸元を余裕で超える長さになっている。

 今の僕は、長く伸ばした髪の毛を邪魔にならないように一つに束ねている。この髪型(ポニーテール)は、女性騎士の方々もよくやる髪型なので、イアン様はそれほど苦手意識がないそうだが、この髪をほどいた途端、女性が毛虫を見たような顔をして、心なし遠ざかって行ってしまうのだ。酷い。


「それにしても、イアン様の女性恐怖症を治すために一役買っているのに、酷い対応ですよねー、僕、傷ついちゃいます」

「そ、その代り、チコにこれだけお菓子をやっているだろうが!」

「おい調子に乗るなよ。お前の場合それくらいしないとボロが出るに決まっている」

「キール様の相変わらずの僕への態度はとっても自然で、なんだか安心します」

「やめろ、気持ち悪い」


 僕が、今では貴重になった「エルドレッド・アッシュリートン」に対する当たり前の対応を取り続けてくれるキール様に笑いかけると、キール様は、不愉快極まりなさそうに僕を睨んだ。

 あ、もちろん外では令嬢扱いしてくれるんだけどね。そういうところ、キール様は貴族の男性らしいなぁと思う。


「それよりグレン様を呼び出さないと。グレン様ー、僕、先に行っちゃいますよー?置いていきますよー?後からぴーぴー言っても聞いて差し上げませんよー?」


 僕がグレン様のいらっしゃる控室を覗き込みながら言った途端、僕の耳元で炎がぼっと上がり、この姿なのに危うく禿げ頭になるところだった。

 僕の髪を止めていた髪留めの青いリボンだけが焼け落ち、長くなった髪が背中に落ちて来る。


 僕の髪はてっぺんを除けば(なぜかアホ毛だけは直らない)直毛気質なので、リボンが落ちても爆発することはないのだけど、それにしても、何も結っていない髪は貴族女性としてはあまり好ましくないとされている。こんな格好でいるところをナタリアに見つかったら、すぐに捕まって数刻はおもちゃ扱いされてしまう。


「エル、今、なんか言った?」

「グレン様、夢中になるのは結構ですけれども、あんまり集中なさるとお体に障りますよ、と申し上げました」

「おかしいな。僕の耳には愛しい僕に会えないと泣きそうだって聞こえたけど」

「それは幻聴です。危険な薬物でもきめちゃいました?」

「ちょうどいい。いい実験道具も来たし試してみるか」


 グレン様はかたりと机から立ち上がると、いつもどおりにやりと悪だくみ(意味深)を考えている顔をしてから、僕の腕を引っ張った。


「じゃ、行くよ、エル」

「は?どこに?」

「決まってるよ、墓参り、でしょ?」



 僕を後ろから抱き留めたグレン様の言葉が聞こえた瞬間、ひゅん、とお腹の底が引っ張られるような感覚がして、目の前が反転した。



 そうして気づいたら、草っぱらにグレン様と二人っきりで立っていた。

 グレン様に腰のあたりを抱えられてなければ、地面に足が着いた瞬間に倒れてしまいそうなほど気持ちが悪いというのに、グレン様は僕の腰あたりを支えたまま、冷静に言った。


「お、成功」

「ぐえ……気持ち悪……。上下左右が内臓ごとひっくり返されたような気がしましたけど……あれは新手の嫌がらせですか?」

「んー、そういう用途に使ってもいいけど。最近研究してた空間移動術をやってみた。それで、成功した」

「なるほどー。空間ね、空間……」

「分かってないでしょ。いわゆる瞬間転移だよ」

「……は!?」


 移動には馬車、馬、徒歩が基本。騎士たちだけが翼竜を使える。――それが常識のこの世で、この人は、いきなりとんでもないことを言い出した。


「ちょ、グレン様。簡単に仰ってますけど、それ世紀の大発見ですよ!?」

「あーでも、あの銀色の魔力の気配が濃厚で気持ち悪いからあんまりやりたくないなー」

「そういう問題ですか!?もし技術と理論を論文にして挙げれば、宮廷魔術師に復帰できるかもしれませんよ?」

「興味ない」


 グレン様は涼しい風の吹く丘に立ったまま、以前と変わらないルビー色の瞳を細めて遠くを見た。


 グレン様は、あの事件以後、ご自分の生来の魔力――アルコットの魔力のほとんどを失ってしまった。

 僕の記憶の中で行われたとおり、魔力の大半をりー(・・)に譲り渡したからなのだそうだ。

 アルコットの魔力を失ったグレン様は、アルコット家の嫡男としての地位を失い、また、()()()()()における既定の魔力値を満たさなくなったため、宮廷魔術師を解雇され、そのように落ちぶれて(・・・・・)しまったグレン様は、アルコット家から放逐された。



 とはいえ、グレン様の魔力が本当に平民ほどに失われたわけではない。

 グレン様は、()()()()()()()()()別種の魔力を手に入れたせいで、魔獣は恐れて近寄らないわ、高い魔力を有している貴族すら容易に威圧できてしまうわ、と凶悪さに磨きがかかり、人間である以上仕方がないことだけれども、カミサマの魔力?を手に入れたグレン様に敵う宮廷魔術師は誰一人いなくなってしまった。


 グレン様は、というと、少しでも多めに振るうたびに使われてしまう、銀色の(・・・)魔力に辟易した様子を見せるくらいで、相も変わらず唯我独尊、好きなように研究や仕事に励んでいる。とはいえ、周りはそうもいかない。

 名目上、宮廷魔術師1名は殿下の護衛につかなければいけないので、キール様がグレン様の後釜になり、グレン様を制御できる数少ないお方の一人である殿下が手綱を握るという意味で、ご自身の護衛につけさせている。そんなわけで、グレン様は、現在、宰相閣下の補佐という文官でありながら、なぜか殿下の護衛も務めている、という状態にある。


「ほら、墓参りするんじゃなかったの?」

「あ、そうでした」


 僕はグレン様に促され、涼しい風の吹く、アッシュリートンの領地内にある一つのお墓に近寄った。


「来たよ、リッツ」


 そう言いながら、僕は墓の前にしゃがみ、アッシュリートンの青い花を添える。



 墓に刻まれた名前は『エルドレッド・アッシュリートン』

 表向きは、あの時の政変に巻き込まれて死んでしまった、グレン様の小姓――ということになっている。しかし、その中には、僕の大事な悪友と、その妹が眠っている。



 あの事件の後、僕とグレン様との小姓契約が切れてしまい、また、グレン様が()()()()()()()()()()()せいで、表向きにも小姓としての地位を失うことになるエルドレッド()の扱いについて、殿下を含む全員が頭を悩ませたのだ。

 そんな時、これまたいつも大きな爆弾を投げ込んでくれる父様が、けろっと「エルドレッド、お前はこの機会に死になさい」と言ってくれたのだ。


「はぁ!?」

「ちょうど女性官吏の登用が始まった頃だ。エルドレッド、お前は、そろそろ潮時だよ。エレインに戻りなさい」

「えっ……でも――」

「グレン殿とお前の小姓契約は切れた。今お前が『エレイン』に戻ることで万事が上手くいくぞ。例えば、そうだな。お前はノバルティ兄妹の墓を欲しがっていただろう?表向きはお前の墓として、二人を弔ってやることもできるぞ」


 まだネタばらしのされていなかったイアン様だけが訳が分からないという顔をする中、僕は、父様のその案を受け入れ、僕の葬儀の準備が着々と進んだ。

 最初、情報がどう伝えられたのか、僕が本当に死んだと誤解した姉様とナタリアが錯乱したものの、それも殿下と兄様のとりなしによって事なきを得、こうして、アッシュリートン領の片隅に僕の墓が立てられたのだ。


 なお、()が墓に納められた後、元主人であるグレン様が僕の墓の前でぽろりと涙をこぼすという名演技を披露してくれたおかげで、僕の墓参りに来る人の列が絶えなかった。主にご令嬢方の。


 そんなご令嬢方の参列(僕の墓参り)も、この頃ようやく落ち着きを見せている。

 僕が18歳という遅い年齢で社交界に入れたのも、姉様の妹として、姉様の派閥に入ったこともよかったのだろうが、大部分、この参列者のご令嬢方のおかげと言ってもいい。

 ナタリアの助言に従い、あえて「エル」という愛称を使い続け、()の想い出を語り、男装をするだけで、(エレイン)は、お茶会によく呼ばれる。そしてとても優しく接してもらえる。グレン様が僕を迎えにいらっしゃるとより盛り上がる。なぜだ。


 なんにせよ、リッツと妹君も、例えそれが自身でなかったとしても、人に忘れられることなく弔われているのだから、よしとしている。


「生きているうちに自分の墓を眺める気分はどう?」

「どこかのご主人様のおかげで、いつでも墓を掘っておかないとすまないような生活をさせていただいていたので、こういう光景はむしろしっくりくるというか――」

「エル、その口塞ぐよ?」

「冗談です」


 墓参りを終え、近くの木の枝の上に座ったグレン様が、僕の隣で、笑顔の脅しをかけてくるので、僕はにっこり微笑み返し、すぐに「皆様のおかげでリッツたちの墓を作れて、本当に感謝しております」と言葉を足した。


 僕と兄様が昔見つけた、見晴らしのいいこの場所からは、()のお墓が良く見える。


 僕がお供えした青い花が風に揺られ、揺られた風に乗って、どこからともなくやってきた、銀色の毛並の二匹の狼たちが、その墓の傍に寝そべった。

 一匹は、隣の一匹に寄り添い、時たま、黄金の瞳でこちらに一瞥をくれる。

 もう一匹はこちらをじっと見て、ぶんぶん尻尾を振っているので、僕も笑いながら手を振り返す。


 木漏れ日が差し込み、僕の隣に座ったグレン様のトパーズ色のさらさらの髪が日に煌めく。あの事件以来、灰色が艶やかな銀色に変わった僕の髪が、風に煽られ、隣に座ったグレン様が僕の髪を片手で押さえて、僕の耳に髪をかけた。

 今でもある面では鬼畜だし、変態だというのに、その横顔は、以前よりもずっと穏やかで、楽しそうに見える。


「グレン様」

「なに?」


 僕が声をかけると、グレン様は、前から寝ているときだけは近くで眺めていたいと思っていた綺麗(ベビーフェイス)なお顔をこちらに向けた。


「後悔はないんですか?」

「何に後悔するっていうの?」

「グレン様が、侯爵家や宮廷魔術師という立場を失ったのは、僕のせいです」

「でも、貴族ではあるしね。アルコットを出るときに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ですが……」

「なに?侯爵家の嫡男じゃないと、僕に価値はないって?」

「まさか。グレン様に価値がない?そんなこと言ったら殿下方やキール様を含め、関係各所から苦情しか上がりません」


 国が変わっていっているとはいえ、まだまだ貴族の力は強いし、爵位の上下関係はなくならない。その中で、グレン様は、特殊な立場に立たされている。グレン様が優秀過ぎたせいで買っていたやっかみも、侯爵家の嫡男なら防げるけれど、今の地位であれば、防げないものがあるだろう。

 グレン様は、魔力も地位も、命以外の全てを僕のために投げ出し、そのせいで王城内では特殊な立場に置かれているというのに、何にも困ったことのないようにふるまって見せる。


「じゃあ、それに見合うよう、お前が僕にその分の代価を払ってくれればいいんじゃない?」


 そう言ったグレン様のお顔が僕に近づく。


「ちょ、ちょっと、グレン様!?りー(・・)たちが見てますよ!?」

「あーほんと、あいつら、邪魔にしかならないなー」

「グレン様、ほら、番さんが唸ってますから。ついでに、りー(・・)の目がキラキラしてますから」

「お前が気にしなければ問題ないでしょ」

「それを差し引いても外でこういうことをなさるのはどうかと思うんです!」

「なるほどー。家の中だったらいくらでも構わないと」

「相変わらず都合のいい方向に解釈する頭脳(脳みそお花畑)はご健在のようで」


 ちょうど木の下の方で、「グレン様、グレン・アッシュリートン様ー」とグレン様を呼ぶ声が聞こえたので、これ幸いと両手をいっぱいに伸ばして、グレン様の体を遠ざける。


「ほら、グレン様、呼ばれてますよ?」

「見せつける?」

「あー焼き畑したいー」

「ま、いっか」


 グレン様が僕を襲うのを諦め、木の上で立ち上がり、僕を見下ろして悠然と笑った。


「後に回せば回すほどツケは大きくなるっていうのに、あえて後に回したっていうのは、()()()()()()()()()()だよね?」

「グレン様、ご存知ですか?『つまり』というまとめに入る接続詞は、前の文脈を受けてこそ成り立つんです」

「そっかそっか。このくらい、僕とお前の仲なら分かると思ったんだけど、ちゃんと言葉で説明してほしいっていうなら言ってあげる。夫婦の営――」

「あー!あー!聞こえなーい!」


 両耳を塞いで抵抗する僕の手を耳から引き剥がしたグレン様は、耳元に口を近づけて盛大に色っぽく言ってくれた。


「少なくとも、このお預けの分は、夜にお前がちゃんと払ってくれるんだよね?」

「卑猥な言い方はよしてもらえませんか?」

「卑猥もなにも、妻に何か遠慮することってあるの?」

「ぼ、僕に、そ、そういう関連を期待する方が無理なんです」

「大丈夫、大丈夫。お前の意識が尽きるまで、手取り足取り、僕がサポートするから」


 グレン様は、今後を思って絶望と羞恥に身悶える僕に、にっこりといい笑顔を向けてから、枝を蹴って下にふわりと舞い降りていく。

 その背中に向かって僕は叫んだ。



「勘弁してください!」



 僕の叫び声に、お墓に添えた青い花が笑うように小さく揺れた。



 おしまい。



連載版を始めて今日まで、足かけ5年を経て、ようやくちゃんと完結させることができました。

途中長きにわたり、お休みをいただき、本当に申し訳ございません。これだけの長編を完結できたのは、ひとえに応援してくださった読者の皆様のおかげです。ありがとうございました。

破れ鍋とじ蓋カップルのグレンとエルはいかがでしたでしょうか。

楽しかったよ、という読者様がいらっしゃれば、とても嬉しいです。ついでに一言、楽しかったよ、と言っていただけたらもっともっと嬉しかったり。

また、お会いできる日まで。


わんわんこ


※ 2月11日追記

たくさんのご感想ありがとうございます。狂喜乱舞しながら丁寧に拝見しています。ゆっくりご返信させてください。

小話まではまだ作れていないので、軽いしょーとしょーと(もしグレン様が子守をしたら)を活動報告に載せました。

適当すぎてこのままではこちらには番外編として載せられないので、番外編はまた別に。気が向いたらご覧下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! とても素敵な作品でした。 ふたりの関係にハラハラドキドキ、時に涙しながらも無事ハッピーエンドになって心からほっとしました! 素晴らしい作品に出会えたことに感謝…
[良い点] 完結おめでとうございます! とても自分好みの作品でした。 同じキャラクターで転生編を書いて欲しいくらい、 エルとグレン様はお似合いでした。 [気になる点] キャラクターの個性が良いので、 …
[一言] 完結おめでとうございます。そして、ありがとうございます! グレンとエルの幸せを願ってかれこれ5年、ようやくまとまって本当に良かったです。 二人の辛口実は甘々な様子も読みたいですが、父視点や兄…
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