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14 小姓は全てを悟りました

 

 背中に僕とチコ、そしてヨンサムを乗せたピギーは、明け方の夜空を勢いよく飛んでいく。

 翼竜は生まれながらに風の魔力の加護を受けていて、翼竜自身はもちろん、乗った者についても、その高速度によって生じる凄まじい風圧や凍てつく上空の空気から守ってくれる。

 現にピギーの背中には気持ちいい程度の風が吹くだけで、風圧で飛ばされそうになったりはしない。

 僕は、そんなピギーの背中で夜風を浴びながら、思考を巡らせる。


 グレン様の命を諦めるつもりは毛頭ないけど、どうやったらグレン様を助けられるんだろう?

 さっきのセントポールさんの話が正しいんだとすれば、グレン様の今の状態は、相当切羽詰まっているはずだ。

 なにせ、レイフィー様ですらその命を延ばすことしかできなくて、グレン様ご自身が諦めているような状態なのだから。

 うーん、こうやって漠然と考えていても何も浮かばないな。何かに置き換えてみるか。


 グレン様の魔力は、グレン様を内側から傷つけている。つまり、グレン様の魔力は、グレン様にとって武器でもあるけど、毒にもなっているってことだ。

 通常の毒の対処法は主に2つ。中和して解毒させるか、体外に排出するかのどっちかしかない。

 だけど、中和するもなにも、魔力は基本的に他人のもの(魔力)を受け付けない。改めて言うまでもなく、他人の魔力はまさに毒にしかならない。特に同性はね。

 一方で、体外に排出するという案も難しい。だって、魔力はある程度は体内にないと生きていけない、血のようなものだからだ。


 グレン様の場合は、魔力が人の何十倍もあるから、本来であればもっと大きな器が必要だった。だったら器が大きくなれば解決する――?

 でも器というのは生まれながらに大きさが決まっているとされている。どうやったら大きくなるんだ?


 器、器、器……とうんうん唸っているときに、ふいに先ほどの殿下の明らかにおかしな態度が蘇ってきた。

 殿下のあのお顔、何かを堪えているようなご様子だったな。なんだろう。

 あの時はてっきりグレン様の今後を憂いていたんだと思ったけど、それだけなら僕に抱きつく必要はない。殿下が、姉様一筋・一本・脇目・脇道一切なし!なのは誰よりもこの僕がよーく分かっている。

 グレン様を助けに行くと言った僕に感極まった?……に、してはお顔の色が優れなかったなぁ。

 あれは、辛くて仕方ないって顔だもんな。なにが辛いんだろう?僕に抱きついてまで「助けられるのは僕だけ」って――僕?


 ――魔力。毒。中和。体外に排出。器。そしてあの殿下のお顔。お言葉。「グレン様が殿下から逃げた」。そして、僕――


 その時、僕の頭の中で、バラバラだった石の欠片が一本の糸でぴーんと繋げられたように、全てのことが一つの結論に行きついた。


 ……そっか。そういうことか。



「……おい、エル。考え込んでるところ悪いんだが、さっきから同じようなところをぐるぐる回ってないか?」


 考えながらしばらくピギーの飛ぶままに任せていたが、そこで僕ははっと気づいた。

 ご機嫌にぐるぐると喉を鳴らしている様子からして、ピギーは飛んでいること自体を楽しんでいるようにしか見えない。


「ぴ、ピギー、ちょっと止まって」


 慌ててピギーにストップをかけたら、その命令通りにピギーが空中で急停止した。

 騎士団のよく訓練されている翼竜たちが滑らかに飛んだり止まったりするのに対して、ピギーの動きは滑らかとは程遠い。ピギーの飛行技術にはまだまだ成長の余地が残されているらしい。

 心の準備ができていなかった僕は、鞍に股を強打し、一瞬、目の前に光が舞い、同時に背中には後ろからの強烈な打撃が加わる。


「痛っ……!……よ、ヨンサム、大丈夫?」

「散々だ……」


 僕の後ろの席にいるヨンサムが勢い余って僕の背中に頭を強打したみたいだ。

 女の僕が前でよかったね、ヨンサム。もし僕の場所にいたらきっと散々じゃすまなかったよ。


「チコ、グレン様のいる場所、分かる?それをピギーに教えられる?」


 なんとか痛みをやり過ごし、僕が質問すると、チコは、僕の腕をたしたしと短い前足で叩いた。それから、危なげなくピギーの頭の方へ走っていくと、ピギーの角の間に収まってふさふさの尻尾でピギーの首の右側をぺしぺしと叩いた。

 ピギーはそれだけでチコの指示が分かるらしく、チコが叩いた方向に身体を傾け、再び滑空し始めた。


 チコ、相変わらず有能すぎる。僕の言葉が分かってるみたいだ。ここまでくると僕よりもチコの方が数倍他人様(ひとさま)の役に立っている気がする。


「ヨンサム、さっきから散々だけど、僕についてきちゃってよかったの?」

「イアン様ご自身がお命じになっているんだから大丈夫に決まってるだろ。今の騒動じゃ、騎士はいくらいても足りないくらいだろうし、公に出来ないことにイアン様の隊の正規の騎士は割けねぇしな。俺はまだ騎士になってない、見習い――まぁ、非正規な騎士見習いだから、今の状況だとかえって動かしやすいんだと思うぜ?」


 それに、とヨンサムが僕の背中で笑う気配がする。


「指名されたのが俺でよかったよ。お前、目が離せねぇし」

「なんだよそれ」

「忘れたとは言わせねぇぞ。最初は殿下の覗き見だろ、んで、当然のように不審者扱いされて、尋問されて――針のむしろのような殿下のお忍びの逢引(デート)にも付き合わされたし、他にも――」

「忘れてなんかいないですとも!もちろん、鮮明に覚えておりますよ!…………そっか、あれからもう2年以上?もうすぐ3年経つんだね」

「あぁ」


 殿下やグレン様、イアン様との初対面のときも、ヨンサムと一緒だった。

 あの時は、父様に命じられて、木の陰に隠れて、グレン様の盗み見をしてたんだっけ。まさかの殿下の方が大穴だったわけだけども、あの時は姉様の婚約者候補として、グレン様を見定めに行ったんだよなぁ。

 実物のグレン様を見た結果、腹黒で鬼畜で最低野郎で、婚約者にはおよそ向かないと判断していたはずのこの僕が、いつの間にやら、グレン様に捕まって、小姓にさせられて、偽婚約者としてパーティーに出席させられ、そうして、グレン様をそういう――こう、異性として意識するようになっちゃったなんて。人生なんてどう転ぶか分からないもんなんだな。


「エル、リッツのことなんだけどよ……」


 感慨深く思いを至らせていたときに不意に出てきた名前にぴんと背筋が伸びた。

 ひんやりした夜風が僕の頬を撫でていく中、ヨンサムがためらうように間を置いてから言った。


「……あいつ、俺とお前に書き置き?っつうのか、なんていうのか――手紙みたいなものを残していったらしい」

「手紙?」

「リッツの最期を看取ったグレン様が、リッツに託されたノートをお持ちで、そん中に俺とお前へのメモみたいなもんがあったんだと。そのノート自体は、教会の裏状況とか、陰謀とか、人間関係とかを詳細に残してあったらしくて、当然、お偉い様のところにあるんだけど、俺、イアン様に呼ばれて、ノートがこっちに戻らなくなる前に、ちらっと、俺たちへの書置きの中身だけ見せてもらったんだ」

「なんて、なんて書いてあったの?!」


 僕が急に振り返ろうとしたせいで、ピギーが驚いたらしく、ぐらりと下が揺れ、慌てて体の向きを前に戻した。

 ヨンサムは「あぶねぇな、気をつけろよ」と文句を垂れながらも教えてくれる。


「んー……あいつ、わっかりやすい守銭奴だっただろ。あれ、教会にいる妹に会うための面会料に使ってたらしい」


 妹って――。ほんの数刻前まで対面していた教皇のあの話が蘇り、うすら寒くなる僕に、ヨンサムは言葉を選びながらぽつぽつと話していく。


「――あの化け物が、リッツの妹なんだって、それには書いてあった。リッツの双子の妹だったんだと。……リッツは、元は、どうも、どこかの落とし子だったらしくて、双子の妹と一緒に色んな所を転々とさせられてたらしくってよ。そんで、ようやく見つかったノバルティ男爵夫妻――養親とやっと平和に暮らせるって時に、強盗に襲われたらしい。その強盗に養親は殺されて、妹は――――――凌辱されて、半死半生になったんだと」


 視界に辛うじて入るヨンサムの拳が、ぎゅっと強く握り込まれたのが見えた。


「それで、まだ小さかったリッツが、助けてくれる()()として思いついたのが教会で、そこで教皇に助けを求めて助けられて――って、実際には助けられたどころか更に酷い目にあって――それが」

「――そこはいいよ。知ってる」

「え?」

「僕、教皇に聞かされたから。――――なんでリッツは金を集めてたの?」


 僕の言葉にヨンサムは、一瞬言葉を詰まらせた後、話を続ける。


「教会って、教会内に入った教会士とか修道女とかに会うのに、例え元の家族であろうと、莫大な金を積ませるだろ?あれ。あいつ、確かにノバルティ家のやつなんだけど、養子だし、その養親は、殺されてるから、影武者みたいなやつが会議とかには出てたらしくて……そんなだから、妹に会いに行く金なんか当然なかったみたいでさ。それで、面会費を自分で稼いでたらしい」


 ド守銭奴で、金に意地汚かったリッツが、「文官よりも宮廷獣医師の方が儲かる」とにやにやと笑っていた顔が目の前に浮かんだ。


 ……なんで。


「なんであいつ、そんな状態で笑えたんだろ……僕たち、ずっと一緒にいたのに、あいつのこと何も知らなくて……何もできなかったのに!どうして――」

「それは――お前と俺がいたからだって。お前と、俺と、あと、バカばっかりやってたあの学園の同級生たちがいたから、学園生活はすっげぇ楽しかったって――人生で一番、何もかも忘れられて楽しかったって、だから、俺たちに……俺たちに、あり、ありがとうって。そう、書いてあった」


 思いだしたのか、ところどころ途切れ途切れになるヨンサムの言葉に、僕も、目の奥が熱くなって、目の前がぼやけ、こらえきれなくなって落ちていった水滴が風でどこかに飛ばされていった。


「……あいつ、かっこつけて、何にもないふりして、俺たちにいっぱい嘘つきやがって」

「ほんとだよね。最低だよ……ねぇ、ヨンサム」

「あ?」

「僕、お墓が作りたい。リッツの」

「それは、無理だろ。あいつ、国家レベルの犯罪に加担していたことになってんだぞ。墓なんか許されねぇよ」

「……リッツの名前だったら無理だけど、他の名前を借りてさ。ほら、例えば、僕の名前を貸してもいいよ」

「は?お前ふざけんなよ」

「名前だけだって。じゃあ、ヨンサム、僕の代わりに墓に名前貸してくれる?」

「生きてるのに俺の墓ができるのは明らかにおかしいだろ」

「だめかな。でもこのままじゃ、報われないだろ?リッツと妹さん、同じ墓に入れてやりたい」

「それは俺も同じ気持ちだけど、うーん」


 ヨンサムが真剣に考える傍で、僕も真剣に考えていた。



 あのとき――僕にグレン様を助けてくれと、そう仰った殿下が、僕に求められたのは、そういうことだ。

 他人の魔力は毒になる――でも小姓である僕の血ならグレン様に害はない。

 器の大きさは変えられない――でも小姓はその常識を覆す。小姓である僕はグレン様の魔力を受け入れる器になれる。


 じゃ、僕がグレン様の魔力を受け入れればいい。これが答えだ。


 グレン様ですら耐えられない大量の魔力を僕に移したらどうなるか?

 そんなの、答えは自明。魔力量に耐えられなくなってぱーん!ってとこかな。

 でも、僕が限界までグレン様の魔力を受け入れれば、グレン様の寿命はきっと延びる。しばらくは生きていられるはずだ。それが数年になるのか、数十年になるのか、それは分からないけれども、グレン様の命は助かる。



 つまり、僕かグレン様か。そういう二択だ。



「あ、エル、あそこじゃないか。ほら、ピギーが下りていくし」

「そうだね」



 そして、殿下にとって、臣下として価値があるのはどっちかと問われれば、言わずもがな、グレン様だ。

 国の利益のためには、役に立たない男爵家の次男、いや、次女ではなく、圧倒的魔力と頭脳を持つグレン様が数十倍大切だ。グレン様は今の時期に失っていい人材じゃない。


 例え、親友であるグレン様にとって個人的に特別な関係や気持ちを持っている相手であることを知っていても、未来の妻になるもっとも愛しい人の妹だとしても、この国の王子として、殿下はグレン様に命じなければならない――僕を殺して生き延びろと。


 そして、グレン様は、殿下の親友であると同時に腹心であり、殿下の部下だから、殿下のご命令に逆らってはいけない。


 だから、グレン様は姿を消した。


 殿下にその命令を――小姓()に魔力を注いで延命せよ、との命令をさせないために。

 最後まで僕を庇うために。


 そういうことなんだと、僕は理解できた。


「おい、あそこ、すげぇ火事になってるぞ!」

「すぐ近くに降りよう」


 それでも、僕の心は、決心は、少しもぶれなかった。






連載版はしわたしその3とようやく繋がりました

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