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13 小姓はご主人様のところへ向かうのです

 

「……グレン様が自らの意志で自分の命を諦める?そんなまさか……」


 グレン様は僕が知っている中でも群を抜いて諦めの悪い人間だったはず。


「今日は、私の存じておりますことを全てお伝えするつもりでここに参りました。可能であれば、いくらでも坊ちゃまのことをお話し申し上げましょう。坊ちゃまのご出生のときのことから、これまでのことまでお話したいところなのですが、時間がございません。ですので、エルドレッド様、どうか私の話をそのままお聞きください」


 訳が分からず、それでもこみ上げる不安のままに僕が詰め寄る前に、セントポールさんは話し始めた。


「坊ちゃまはずっと苦しんでおられました。その原因は様々ございましょうが、少なくとも、坊ちゃまは病を抱えていらっしゃいます。病……正確に申し上げるならば、呪いです。坊ちゃまのお体を蝕んできたのは、ご自身がお持ちの、その圧倒的な魔力でございます。私のような平民には、詳しいことは分かりかねます。ですので、本日は、レイフィー様……坊ちゃまの母上様がアルコット家に戻られた折に、レイフィー様から直接伺った内容をそのまま申し上げますと、人間は、この長い月日を経る間に、段々に魔力というものを失い、それに伴って、身体も魔力に耐えられない脆弱なものに変わっていったのだそうです。しかし、坊ちゃまは、そのお生まれ(平民との混血)から、偶然にも、()()()()となってしまわれました。先祖返りと呼ばれる方々は、みな、過剰な魔力を身に宿すのだそうです。その魔力の多さは人により様々ですが、坊ちゃまは、元のお生まれが、比較的魔力の多い家系だったがゆえに、中でも圧倒的で、現在、アルコット家で最も高い魔力をお持ちの旦那様を遥かに凌駕する、もう何百年も前に語り継がれていた魔力持ちと同じ量の魔力を持つのだそうです。ですが、坊ちゃまは過去の人間ではございません。その莫大な魔力を保有するに足りる器としての身体をお持ちではございません。その膨大な魔力は、器である体を内側から傷つけます。……レイフィー様は、坊ちゃまがお生まれになった時にすぐ、坊ちゃまが先祖返りとして破格の魔力を内に秘めていることや、そのせいで永く生きられないことを悟ったのだそうです。そして、それをお分かりになったレイフィー様は……坊ちゃまの身の内に潜んでいるその呪いのような強大な力を押さえつけるために命を懸けられた――レイフィー様が坊ちゃまのお命を延ばすために、坊ちゃまの呪いを肩代わりする呪いをかけたのだと伺いました」


 最期に僕に笑いかけて下さった、グレン様によく似た面差しの美女の優しい笑顔や強い光を持つ紅の瞳が脳裏に浮かぶ。

 母上様であられるレイフィー様が自分のために死ぬのだ、とこれ以上なく苦しげだったあのときのグレン様の言葉の本当の意味が、今ようやく分かった。


 黙りこむ僕にセントポールさんは続ける。


「レイフィー様が亡くなり、坊ちゃまの呪いを肩代わりする方はいらっしゃらなくなりました。レイフィー様が代わりに受け止めてくださっていた呪いは、元からそうであったように、坊ちゃまの体を急激に蝕んでいきました。坊ちゃまは、ここのところ、吐血し、食事もままならないことも多くありました」

「どうして――どうして教えてくださらなかったのです!?」

「どうして申し上げられましょうか。頭を抱え、突如苦しみだして床に転がる坊ちゃまは、第二王子殿下を初めとしたご学友の皆様はもちろん、特に、エルドレッド様。あなた様にだけは伝えてくれるなと強くお命じになったのです」

「そんな……」

「坊ちゃまは、もう終わりだというときには、私に今後のことを書いた手紙を残しておくと仰っておりました。先ほど、私が坊ちゃまの様子を伺いに行ったときには……ベッドの上に、手紙だけが残っていたのです」


 セントポールさんから話を聞いて、どうしようない寂しさが込み上げてきた。


「なんで――なんでっ、僕に、言ってくださらなかったんだ、グレン様は……!僕なら、少しでもその苦しみを分けられるように考えたのに……なんでこんなになるまでまお話しくださらないんでしょうか……!」

「…………グレンは、私から逃げたのだな」

「え?」

「エルがそのことを知ったら……必ず私に伝える。そうすれば私は――。私がここから動けなくなるときに……なるほど、そういうことかグレン。お前はどうあってもエルを……」

「殿下?」


 殿下がぼそりと落とした言葉に僕が首をかしげると、殿下はお顔に暗い影を落としたまま、誰に言うともなく呟き、そして僕の方を向いた。


「エル。今聞いたとおりだ。……グレンを引き止められるか」

「やります」


 うじうじの鬱々状態から脱した僕は迷うことなく即答した。


 殿下にはお立場がある。教会が反乱を起こしたまさにその日に、第二王子がのこのこと外に出られるはずもない。

 イアン様は、殿下の護衛だ。殿下から離れられない以上、この城から出るのは難しいだろう。教会の反乱分子が王城内にいるかもしれないこの状況ではなおさら、殿下から離れるわけにもいかない。

 そしてそれは、今の話を聞いていなくたって、きっと誰よりも、いの一番にグレン様を探しに行きたいはずのキール様も同様だ。

 今動けるのは、物理的にも、立場的にも、小姓である僕だけのはず。望むところだし、何もためらうことはない。


「セントポールさん、グレン様は僕が必ず連れ戻します。グレン様のことは僕に任せてください」

「エルドレッド様……。なにとぞ、坊ちゃまを。よろしくお願い申し上げます」


 セントポールさんは、床に這いつくばるようにして僕に土下座してくる。


 この方は、グレン様が幼い頃からグレン様のお世話をしてきた方だ。長年、レイフィー様のことや、体のことで苦しむグレン様をずっと目の前で見てきた人だ。

 助けたくても何もできないまま、ずっとずっとグレン様を支えてきた人なんだ。

 それはどれだけ苦しいことだろう。


 いつもはピンと伸びた背筋が、地面に這いつくばるほど丸まり、その身体が小さく震えているところから、セントポールさんがグレン様を想う気持ちが痛いほど伝わってきて、僕の喉の奥がきゅっと痛んだ。


「……グレン様がどこにいらっしゃるか、見当はつきますか?」

「それが……坊ちゃまは、そのようなところは徹底しておりますので、私がお部屋を探しても、それらしい場所の手がかりになるものはありませんでした」

「うーん、そうなると……」


 時間がないことに焦りながらも僕が必死で頭を絞っていると、急に殿下が僕の腕を引っ張った。

 なんだろう、と思う間もなく、殿下は、僕の体を一瞬、ぎゅっと抱きしめた。


「ででで殿下!?」


 すぐさま僕の体を離した殿下は、一瞬、今にも泣き出しそうなほど顔を歪め、泣き笑いのような表情を浮かべて僕をご覧になった。


「殿下?どうされたんです?」


 殿下がそのような顔をされる理由が僕には分からない。

 なんだ?グレン様がそれほど苦しい思いをされていたことについては僕だって胸が痛くて仕方ないし、この分からず屋!意地っ張り!と一回ぶん殴ってやりたい気持ちになる。

 でも、グレン様の秘密主義はいつものことだ。グレン様を助けに行くと決めた以上、そんなに悲しい顔をする必要があるんだろうか。グレン様が助からないと思って不安なんだろうか。


 不安なのは僕だってそうだけども、グレン様の横っ面を張り飛ばして気力を戻させることならきっとできるはずだ。諦めたらそこでおしまい(試合終了)。諦めなければ血路は開けるはず。

 僕はグレン様その人にそう教わってきたんだ。


 さすがに殿下の様子がおかしいことに気付いたらしいイアン様も怪訝そうな顔をして殿下に近づく。


「フレディ、お前――」


 しかし、イアン様の言葉を遮って、殿下は僕をまっすぐにご覧になり、仰った。


「エル。……私には()()()()()()お前に何かを命じる権利はない」

「は、はい」

「だが、()()()()()()()()()()()()()()()()。やれるか?」

「もちろんです」

「おい、フレディ――」

「イアン、私が命じた用意はできているな?」

「それはできているが……」


 納得しかねる様子を見せながらも、イアン様は、殿下の執務室の奥まで行き、部屋の大窓を開けた。

 開けた途端、ぶわりと強い夜風が部屋の中に吹き込んでくる。そして、聞きなれた高い声が耳に響いた。


「ぴーっ!」

「ピギー!」

「うわぁ!突然立ち上がるんじゃねぇよ!」

「ヨンサム!」


 ピギーは茶色い被膜を大きく広げ、得意げに啼いてから、近づく僕に顔をこすりつけてくる。

 その背には、上体を起こしたピギーに必死でつかまるヨンサムの姿があった。


「ピギーとヨンサムをお前につける。何かあったらこいつらに報告させろ」


 イアン様がよしよし、とピギーの嘴を撫でると、ピギーは楽しそうにぴぎぴぎ啼いた。


 普通の翼竜は、例え主となったパートナーの騎士が命じたとしても、自分が認めたそのパートナー1人しか背に乗せない、という習性がある。

 ところがピギーは、僕やイアン様に命じられれば、大抵の人や荷物すらも乗せて運んでくれる(これは、乗せて運んでくれたら思いっきり褒めて育てたイアン様と僕の功績と言っても差し支えないと思う)。

 そんなわけで、ピギーは、イアン様にとって、とても便利な騎獣になっているのだと聞いた。

 ピギーもお父さんであるイアン様に褒めてもらえてとってもご機嫌のようだからよかった。


「きゅっ!」

「チコ!」


 ピギーの頭の上に乗っていた白いもこもこが僕の方に飛びついてきて抱き留めると、あったかい白い毛玉ならぬチコは、すぐさま僕の肩に飛び乗った。チコの黒い小さな濡れ鼻がぴこぴこと動いている。


 そうか。チコの鼻があれば……!


「チコ、グレン様の匂い、追える?」


 僕に尋ねられたチコは得意げに、鼻先の毛をひくひくとと動かしながら、ふさふさの尻尾を大きく左右に揺らした。


「よし、これなら…!ピギー、乗せて!」

「ぴっぎー!」


 ピギーは、僕に乗ってもらえることに興奮したようで、激しく上体を上げたり下げたりした後、「乗って?乗って?」と言わんばかりに黒く丸いつるりとした瞳を輝かせながら、体勢を床に這いつくばらんばかりに低くし、僕が乗れるように体を縮めた。

 その背には、「だーかーら!あぶねぇっての!いきなり――」と言ったっきり、急激な上下運動に舌を噛んだのか、酔ったのか、言葉を出せないままへたっているヨンサムが倒れていた。


 ヨンサム、いつも巻き添えにして本当にごめん。


 僕がピギーの背中の鞍に乗って、手綱を持つや、ピギーは力強く王城の壁を蹴り、まだ薄闇と包まれている夜空に向かって羽ばたいた。


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