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12 小姓は一歩も引きません

 

 キール様と別れた僕は、獣医師見習いの控室に飛び込み、湯を浴びた後、予備の制服に着替え、寸暇を惜しんでグレン様のいらっしゃる緊急病棟まで走った。


 グレン様に会いたい。

 その気持ちの源には、いつもの文句をつけたい気持ちや、安心感を得たい気持ちもあるし、そして自覚したばかりの甘酸っぱい気持ちも混ざっている。

 なんでもいい、とにかく会いたい。

 会って無事を確認したい。


 キール様はといえば、殿下の護衛をわずかな時間抜けてきたらしく、僕に忠告した後はすぐにいなくなってしまった。これが終わった暁には、きちんとお礼を言いに言わなきゃいけないな。そのときにどれだけ嫌味と罵倒を受けようがそれくらいは甘んじて受け入れるつもりだ。

 王家のいる部屋ではないのに、周辺が厳重に警護されていたから、グレン様がいらっしゃるところはすぐに分かった。

 グレン様はああ見えても、いや一見して明らかなとおり、大領地を治める領主一族、アルコット侯爵家のご嫡男だ。

 常時宰相様のところで執務をしていたり、かと思えばふらっと消えたり、あるいは殿下のところで護衛任務に就いているせいで、ひとところにいないし、本人も「うるさいから」なんて言ってこういう私兵を寄せ付けないけれど、本来であればこういう対応が普通なはず。あの人の()()がおかしいだけだ。


 僕がその間を通り抜けようとした際、それを止めようとする護衛の兵士が多くいたので、例の首輪を見せつけようとするたび、何も着けられておらず、すうすうする首元に気付く。

 そんなもの(首輪)はない方が普通なはずなのに、ないことに気付くたび、グレン様が切羽詰まった状態に置かれていることを否応なく思い知らされて、胸の奥が焦げ付くような焦りでイライラする。

 あなたたちに構ってる場合じゃないんです、と怒鳴りたくなる気持ちをぐっと堪えて身分と立場を明かせば、僕の顔を見知っている立場が上の兵士が困ったように顔を見合わせる。

 この対応は一体どういうことだろう?


「怪しいものではないので、通していただきますね」


 小姓であれば、主の緊急事態に駆け付けるのは当然で、それを遮ることはあなたたちの仕える家のご嫡男であるグレン様どころか、王家の一家との契約にも抵触しかねない。それをわかってますよね?

 そんな強気な態度で、護衛をかき分けて進めば、護衛も戸惑ったような様子で「お待ちください、領主様の許可が……」と言って中途半端な力で僕を止める。が、そんなものには構っていられない。


「待ちなさい」


 半ば強引に人を押し分けて病棟のドアを開けようとしたところで、声がかかり、顔を上げると、顔に深い皺を刻んだ白髪の老齢男性が立っていた。

 その瞳は、グレン様と同じ深紅。仕立てのいい黒地のツイードにも、深紅の布地で縁取りがされ、赤い紋章が刻まれている。

 もう思いだしたくもない偽婚約者披露パーティーで拝見した、アルコット家のご当主様だ。


 僕は一応の礼儀を果たすため、一度深く礼をした。


「ご無沙汰しております。小姓のエルドレッド・アッシュリートンでございます」


 僕の言葉に、当主は鷹揚に頷いただけだった。小姓と言えど、僕の立場は一介の男爵家の次男に過ぎないのもまた事実。僕程度、このくらいの対応でいいという様子がにじみ出ている。

 まぁそんな態度、慣れっこだし、どうだっていい。

 当主が、僕がドアにかけた手に目線を向けると、当主の周辺に控えたアルコット家の傍仕え達が、さっと動いて、僕の手をドアから外させようと僕の手を引っ張って来た。


 なるほど、そう来ますか。


 僕は、その動きを分かっていながらあえて無視して、ドアの取っ手を強く握り、にこりと微笑んで見せた。


「グレン様のご容態を伺いまして、遅ればせながらはせ参じた次第でございます。通していただけませんでしょうか」

「遅れている時点で小姓としての自覚が足りないのではないかな」

「それは大変申し訳ございません。国王陛下からの呼び出しが長引いたものですから」


 文句があるなら国王陛下に言ってみろ。なお、その後僕が一人悶々鬱々としてたから遅れてた時間についてはこの際カウントしないことにする。


「今は、どの者もここに立ち入ることは禁じていてね」

「グレン様は、それほど危険な状態でいらっしゃるのですか。では、僕はグレン様の看病のためにも、何としてもお傍に馳せ参じなければなりませんね」

「私は、どの者にも(・・・・・)と言ったはずだが、聞こえなかったかね」

「困りました。僕、小姓としてグレン様のご命令以外には従えません」

「グレンの代理として私が命じるのだぞ?」

「小姓は、ご主人様以外の方には――例え王家のお方であっても、その命令には従えませんので」


 ご当主とてお判りでしょう?と挑戦的ににこにこして見せると、当主の冷たい深紅の瞳に剣呑な光が帯びた。


「その目は、どこかで見たことがあるな……あぁ、そうだ。グレンの連れてきたあの婚約者と同じ目をしているな。とてもよく似ている(・・・・・・・・・)

「そうですか。妹とはよく似ていると言われますので、きっとそのためでしょう」


 必殺・慇懃無礼。僕のご主人様の十八番を遺憾なく発揮させてもらう。

 今の僕をその程度で止められると思わないでほしい。


「……その態度は孫ともよく似ているな」

「光栄の極みにございます」


 グレン様と似ていると言われたことは心外です。僕、いつもならもうちょっと良識があるはずなので。


 僕が一歩も引かないせいで、周囲の傍仕えや護衛の兵士は困ったように顔を見合わせている。

 当主の命令に逆らう人間は、本来容赦なく撤退させるのだろうが、ここは王城の中だ。周囲には他の目もあり、僕の小姓としての立場を考えると、問答無用で暴力的な手段に出ることができないってとこかな。


「これはこれは。アルコット候ではございませんか」


 僕と当主が静かなにらみ合いを続けていると、その凍った空気を壊すようなほんわかとした声がした。

 その人物が見えた途端に、僕はさっと跪き、ご当主はといえば、胸に手を宛て、軽く頭を下げ、臣下としての礼をして、僕の時とは打って変わってその人物に丁寧な口調で微笑みかけた。


「クロービー公、お久しぶりでございますな」


 クロービー公爵。現宰相にして、国王陛下の甥にも当たられる、王家に連なる大貴族だ。

 公爵家として臣下に下り、国王一家の籍から外れたとはいえ、今のところは、王太子殿下、第二王子殿下に続く王位継承権を有するこの方は、やはり一般貴族とは格が違う。

 僕とて直接お会いしたのは大分昔、姉様が殿下の婚約者として発表されたあの場限りだから、どんな人なのか、あまり分かっていない。齢30の若さでありながら宰相職に就き、その敏腕を振るっていること、グレン様が珍しく一目置いている人物である以上、このほわわんとした柔らかい口調に見合わない切れ者なんだろうことだけは分かる。

 僕が無礼を働いたら簡単に首を飛ばせるどころか、グレン様にも直接迷惑がかかる立場におられる方だ。

 宰相様と当主が何やら話している間、僕はどうしたらいいか分からず、ひとまず跪いたままの体勢を変えないでいた。


「立ち話もなんですし、どうぞ、私の執務室へおいでください」

「それはそれは、なんともありがたい。……君、施錠をしなさい」


 当主は、クロービー公の招待を断るわけにいかず、諦めた――かと思いきや、ドアには無情にも鍵を掛けられた。


「エルドレッド殿。警護の関係上、ここは施錠させていただく。貴殿の立場上グレンへの面会は必要だということは承知したが、残念ながら今はその時間がない。後程、面会の時間を取ると約束しよう。今はお引き取り願いたい」


 当主は勝ち誇った顔すらせずに、僕に、中身は全く笑っていない貼り付けた外面笑顔を見せ、その場から立ち去っていく。


「そういうわけですので、アッシュリートン様。この部屋への立ち入りはできません」

「そんな――!」

「申し訳ございません」


 こうなれば衛兵は頑なだ。なすすべなく押し切られ、その場から追い出された。

 グレン様の病室として使われている部屋から少し離れた廊下まで歩き、物陰に隠れたところで、僕は、よし。と握りこぶしを固めた。 


「かくなる上は……!」

「こら。エル、待て。早まるな」


 服の裾に手をかけたところで僕の手が上から大きな手に抑えつけられ、顔を上げれば、困ったような、呆れたような顔をしたイアン様が僕を見下ろしていた。


「イアン様?」

「お前は全く……!こんなところで何をする気だ」

「なにって……着替えを」

「どこでするつもりだ、どこで」

「あ、そっちですか。てっきりなぜ、と聞かれるものかと」

「お前が意味不明な行動に出るのはいつものことだからな」

「衛兵の服をくすねて変装しようと思ったのです。僕が思いついたにしてはまともな方法だったと思うのですが」

「俺は一度お前の中での『まとも』の定義について問い詰めたい」

「これもご主人様の教育の賜物ですって。どうか文句はグレン様に」

「そのグレンのことだ」


 声を辿って、イアン様の後ろを覗けば、案の定、声の主である殿下と、グレン様の代わりに殿下の護衛についているキール様がいらっしゃった。

 キール様とは思ったよりも早い再会になってしまった。

 おや、キール様の僕を見るお顔が絵画にある悪魔よりも恐ろしい形相になっている。お綺麗な顔が残念なことになってますよ、キール様。眉間の皺、取れなくなっちゃいますよ。

 なんて思っていると、キール様はずんずんと僕の傍に寄ってくると、イアン様に「失礼いたします」と告げてから、僕の頭を盛大に押しつぶした。


「ちょ、ちょっと!キール様、痛いです!」

「ここをどこだと思ってる!?学園ならともかく、王城だぞ!?殿下の御前で頭が高すぎるだろう!?」

「存じております!今殿下に気付いたところなんです、って、いたたたた」

「余計に悪い」

「痛い痛い!キール様、日頃の恨みを込めていませんか?!」

「怨みなら抱えきれないほど持っているからこの程度で済むと思うな」


 嫌味と罵倒どころか物理的な手段にまで訴えるなんて。そんなところは許してない!

 キール様にずるずると引きずられるようにして、殿下の執務室まで連れていかれたところで、僕はぽいっと放り出される。


「キール様の僕への扱いがどんどん雑になっていく……」

「最初から丁寧になどしていないだろう」

「確かに最初から塩対応でしたけど、最近は前よりも少ーしだけ僕に心を開いてくださったと思ってたのに」

「貴様に優しくするくらいなら、害獣どもと一緒に昼寝をしてやると断言できる程度にはあり得ない」

「でもお前がクロービー公に連絡を取ったんだろう?俺はてっきりエルを助けるためにやったものかと思ったぞ」

「イアン様!」

「そうなんですか?キール様」

「知らん」


 さっき僕に本気で怒ってくださったことを匂わせてみたのに、キール様はぷいっと顔を逸らして苦々し気に呟いた。これが世に言うツンデレってやつか。


「すまんすまん。もういいぞ、キール。ここは俺がいるから外を頼む」

「はっ、畏まりました」


 苦笑気味のイアン様に声を掛けられた途端、キール様は僕の存在をなかったことにして、僕と目も合わさずにさっさと部屋の外に出て行った。

 殿下はその背中を見送りながら、「王城での私への態度は他の貴族に付け入られやすいからな、あれでもキールはお前を気遣ったんだろう」と言って、僕の方を向き、少し痛々し気な顔で微笑まれた。


「さっきまでは今にも死にそうな生気のない顔をしていたが、その様子だと少しは回復したか」


 殿下の強張った笑顔に、僕もはっとなり、すぐに頭を下げた。


「はい。キール様のおかげで。殿下……申し訳ございません。僕のせいで、グレン様が」

「いい。グレンがわざと仕掛けたのだろうことも分かっている。それよりも今はお前にはもっとやるべきことがある」


 殿下の神妙な顔に僕も勢い込んで頷いた。


「僕、グレン様の病室に入ろうとしたのですが、当主に禁じられてしまったのです」

「かまわん。どうせあそこにグレンは今いないのだ」

「え……?どういうことでしょうか?」

「イアン、連れてきてくれ」


 弾かれたように顔をあげると、イアン様が奥から見覚えのあるご老人を連れて来る。

 連れてこられたご老人は、殿下と僕の前ですぐにひれ伏し、臣下の礼を取った。


「このたびは大変ご無礼なお申し出をしてしまいまして……」

「挨拶はよい。エルに早く事情を説明してくれ」


 僕の方に向き直ったご老人は、跪いたまま、僕の方に顔を上げた。


「せ、セントポールさん?」

「はい、エルドレッド様。ご無沙汰しております」


 セントポールさんはグレン様の筆頭執事をしている方だ。僕も幾度となくお世話になっている。その人がグレン様の緊急事態になんでここに?

 まさか。


「セントポールさん、どうして殿下のところにいらっしゃるんですか?グレン様の意識は戻ったんですよね!?」

「エル、落ち着け!」


 セントポールさんにつかみかからんばかりの勢いで立ち上がった僕をイアン様が後ろから押さえつけた。


「エルドレッド様、グレン様は、坊ちゃまはご存命です。……まだ」

「まだっていうのは――」

「どうか、どうかお坊ちゃまををお助けください」

「もちろんです、グレン様がいらっしゃらないってどういうことなんです?」


 僕が跪くセントポールさんに近づくと、執事の鑑で常に表情を崩さず冷静沈着なあのセントポールさんが、膝立ちのまま、いつになく蒼白な顔で僕の腕を力強く握りしめた。


「……ついほんの一刻ほど前に意識を取り戻された後、いつの間にやら病室を出ていかれ、どこかに行かれてしまいました」

「どこかって……」

「坊ちゃまは――坊ちゃまは自ら命を諦めるつもりでいらっしゃるのです、エルドレッド様」


またもや小姓にとっても素敵な絵をいただきました。令和2年1月27日の活動報告に2枚とも掲載させていただきます。ご興味のある方はご覧ください。とても可愛いエル&グレンと勢ぞろいの迫力ある1枚がご覧いただけます。

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