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7 小姓は突入するのです

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「あぁ?」


 ヨンサムに手を引かれて――と言っても、もちろん、きゃっきゃうふふなんていう和やかなものではなく、後ろに残った体重ごと腕が引っこ抜けそうなほどに全力で引っ張られた僕が、悲鳴交じりの声でヨンサムを制止すると、ヨンサムは怪訝な顔をしつつも止まった。


「ヨンサム、どこに行くか分かってるの?」

「んなの分かるわけねぇだろ」

「じゃあなんで走りだすんだよ!」

「一刻も早く行こうと思ったら体が止まんねぇだけ。……お前、まさか、そんな頭の使う内容を俺が分かってるとでも思ってたのか?」

「そんな情けないことを前提にするなよ!」


 心外だ、と言わんばかりにぽかんとしたヨンサムの向こう脛を軽く蹴飛ばしてから、僕はヨンサムよりは少しだけ皺の多いはずの脳をフル回転させて思考をめぐらす。


 グレン様は「対」だって言ってたな。グレン様が対峙していたあいつは生命力を攻撃に転嫁して吐き出す側。あの無限の再生力は元々あの化け物が持っていたものだけじゃなくて、補給してこそ成り立っていたもの。ってことは、もう一つは生命力を吸収する側ってことかな。


 でもこの広い、国の中かどうかすらも分からない状態から、その情報だけでどうやって居場所を絞るんだ。

 王都から遠く離れた学園から、王都内でしか発刊されていない新聞を取れと仰るグレン様だ。無理難題はいつものこととはいえ、さすがに限度がある……待てよ。生命力って考えるから混乱するのかも。

 生命力っていうのは、概念に過ぎなくて、その中には、分類上、血や体液といった物理的なものの他にも、精神力や魔力といった目に見えない精神的な構成要素がある。

 その辺の講学上の分類は専門家じゃないから置いておくとして、一般論を言えば、「血」を他の物体に変化させるのではなく、そのまま「血」として活用する方がやりやすいように、「魔力」として保存されている力は、他の物体(例えば道具とか)に入れたときにも、魔力として残りやすい。ということは、簡単に言えば、魔力量の高い人たちのいるところに()があれば効率よく魔力に変換しやすい生命力(魔力)を摂取できる、ってことだ。


 あの化け物が攻撃に使っていたものには、動物さんたちから得たであろう毒素や体の構成部位の他に、魔力がある。咆哮一つであのグレン様の外壁を壊すほどの魔力があるってことは、それだけ調達量は多いってことだ。

 魔獣を含む魔物から取るにしても、魔物は集団生活を好まないから、効率は悪い。一気に大量の魔力を調達できるほどの強力な魔物を教会が秘密裏に飼っていた、ないし、狩っていた可能性もなくはないけど……大聖堂の建物に埋め込まれていた魔封じの石では、あの化け物を封じ込めるだけで精一杯なんじゃないか。そうすると、魔物は除外できる。

 生きている以上野生動物たちの中にも魔力は含まれているけれど、魔物と比べればずっと弱い。


 魔物よりもかなり弱いとしても、個々がそこそこの魔力を有していて、集団で生活しているから狩りやすい存在と言えば――人間しかない。


 莫大な魔力を有するという意味で筆頭に上がるのは、もちろん国王陛下だが、今のところ王城で騒ぎが起こっている様子はない。もし、王城の方で大問題が起こっていれば、グレン様が投げ出すはずもなければ、応援だってこっちに寄越せないからね。ということで王城は外れる。

 後は公爵家を筆頭とする貴族の館だが、こちらも領地に散らばっていて襲うにしては効率は悪い。大体、位が高いほど数は減るしね。


 公爵家も含め、魔力が高い貴族筋の人間が最も効率よく集まっている場所と言えば――


「ヨンサム、このあたりの人払いって大体終わってるんだっけ?」


 僕が訊くと、僕に怒られてから手持ち無沙汰に視線を彷徨わせた後、剣の様子を確認していたヨンサムが僕の方を見て頷いた。


「あぁ、ほぼほぼ終わってる」

「残ってるのは、立てこもり教会士たちのいるところ?」

「あいつら、出てこようとしないからな。教会の歴史的財産を盾にとられちゃ、無理に突入もできねぇし」

「その人たちって今どこに立てこもってるの?」

「大聖堂の北西側にある礼拝堂だな。そこに行くのか?」

「うん。僕の推測が正しければ、そこにいるかもしれない」


 まだ確信まではないけど。という一言を付け加える前に、ヨンサムは剣を腰に付けた鞘に仕舞うと、僕を背中に抱えるようにして走り出す。


「ちょっ、ヨンサム!?」

「お前の走る速さに合わせてたら遅すぎるだろ」

「まだ確かじゃないんだよ!?」

「ここでぐずぐずしてるより、お前の言う候補をしらみつぶしにしてった方が効率がいいんじゃねぇの!?」

「一理ある!」


 ヨンサム(脳筋)の意見ももっともだ。

 ついでに僕とヨンサムじゃ、足の長さも瞬間速度も持続時間も違うので、負ぶわれたまま、遠慮なくヨンサムに身を任せることにした。

 本人の名誉のため、馬に乗ってるような気分だってことは言わないでおこう。


「長いこと沈黙してると思ってたけど、ちゃんと考えてたんだな」

「そりゃ、僕だってこういうのが得意な方じゃないけどさ。僕が考えなきゃ誰が考えてくれるの?」

「そりゃそうなんだけどよ。なんかちょっとくらいは相談してくるのかと思ったら黙りこくるから」

「ヨンサムの脳みそが働くことは元から期待してなかった」

「お前の口の悪さって、グレン様のこと言えねぇからな!」






 グレン様が化け物の(片方)と戦っている教会の北側部分から、(ヨンサムが)走ってそれほど経たない間に、僕とヨンサムは問題の礼拝堂にたどり着いた。


 礼拝堂の周囲にいたイアン様の隊の騎士様たちやその配下の兵士の方々数名がヨンサムに現状を聞き、ヨンサムが簡潔にイアン様の状況などを伝える。

 僕を庇ったことでイアン様が怪我をした下りで、僕の方に一斉に周囲の目が向く。


「ごめんなさい、僕のせいでイアン様に怪我を負わせてしまいました」

「……いや、そいつは坊主の謝るとこじゃねぇ」

「だな。イアン様がお前を庇ったのなら、それなりの理由があるんだろう」

「それよりこれからどうするんだ?」


 騎士様たちだって大切な隊長が目の前の子供のせいで大怪我を負ったと知れば思うところがあるだろうに、フォローまで入れてくれたおかげで、僕の方の罪悪感が一層膨らんだ。


「えっと、中に入ろうと思います」

「中に入るだぁ!?ヨンサムの話だとこの中は、向こうでイアン様ですらボロボロにさせられた片割れがいるんじゃねぇのか?」

「そうなんですけど、それをなんとかしないと向こうがどうにもなりません」

「命を吸う化け物、か……」

「お前の話だと、教会士どもはもう食われたかもしれねぇってか」

「えぇ。まだ生きていても弱っている可能性は高いです」

「そんなにまずい相手なら、応援が来るまで待つべきなんじゃないか?」

「そんな時間はないんです!」

「相手の攻撃の内容は?手数は?」

「分かりません」

「勝算はあるのか?」

「それも、やってみないと何とも言えません」

「そんな状態では無理だ」

「危険すぎる」



 僕の発言が、まるで子供が深い落とし穴だと分かっている場所に「とにかく入りたいんだもん!」と駄々をこねて飛び込もうとしているのと変わらないことは自分でも分かっているからこそ、言葉がどんどん尻すぼみになる。

 騎士様方の意見はしごく全うだ。勝算もなく、目の前でたくさんの犠牲者が出ているところを、突き進もうとしている子供がいたら止めるのが普通だろう。

 でも、あの状態ではグレン様が消耗する一方だ。一刻も早くこちらを潰さなければならない。


「あのグレン様が任せている以上、こいつにならなんとかなる勝算がグレン様にはあるんだと思います」


 言葉に詰まった僕の背中を、隣に立ったヨンサムが、どん、と乱暴なくらいの勢いで押した。


「だから俺も、エルがそれを潰す手前に行く手伝いくらいはします」

「でもお前はまだ……」

「そりゃ、俺、まだ騎士にもなれていませんし、こうして無事にいるのだって、イアン様が俺を客人扱いしてくださって、さっきも身を挺して庇って下さったからだって分かってます」

「それならなおさら――」

「でもそのイアン様からも、ご自身の代わりにエルの助けをしてこいってことで出されたんで、同じだなんておこがましいことは言えませんが、止められようとも行きますよ」


 な、エル。といい笑顔を見せて僕を信頼してくれる親友に、胸が熱くなった。


 ヨンサム自身は、新人騎士としてでなく、()()()()()されていることに彼なりに不満ややるせなさを感じていたようだけれども、あの化け物を面前にしておきながら、こうして僕を押す手がちっとも震えていないところからだって、お前が大物だってことくらい分かるよ。


 隊で見習をしているヨンサムが獲得している騎士の皆様からの確固たる信頼のおかげで、周囲の空気も、しょうがねぇな、ならやらないと、という気配が強くなった。


 だけど、グレン様に見えていたって僕にはお先真っ暗五里霧中レベルで見えていない勝算を当てにされても困るんだ。この人たちを死なせるわけにはいかない。


「あの、皆様にお願いがあるんです」



 ######



「エル、俺は納得してねぇぞ」

「ヨンサムの納得を得ようとは思ってないもん」


 僕が腰に縄を括りつけた状態で、いくつかの縄を手に持ちながら礼拝堂の入り口に立つと、隣でヨンサムがうるさく言いながら僕の腕をつかんで引き留めようとしてくる。



 これから僕は、この礼拝堂の中に単身で入るつもりだ。

 僕が中に入り、教会士たちに持った縄をかける。それを騎士様方に外から引っ張ってもらい、教会士たちが逃げ出したかのように化け物に錯覚させる。化け物の気がそれている間に化け物を倒す。

 危険を感じたらすぐに縄を引き、外で控えて、僕の縄を持った騎士様方に脱出させてもらうという作戦だ。

 教会士たちが囮扱いだとはいえ、助けるつもりはあるので勘弁してほしい。


 この作戦の最中、礼拝堂のドアを閉めるのは危険なので、礼拝堂のドアは外から破壊し、外からも僕の様子が見えるようにしてもらう。

 一部の騎士様たちには、万が一、例の化け物と同じような触手が外に出てきた場合には全力で対応してもらうために、礼拝堂から少し距離を取ったところで控えてもらっている。

 僕の手に負えなくなった時に備えて、現状を直接王城と北側にいらっしゃるイアン様方に伝えてもらうこともお願いしている。

 僕からも簡易な伝達魔法を殿下に飛ばしたが、僕程度の身分のものだと、おそらくグレン様がいない限り、殿下の元に行くまでに王家を守護する魔法で弾かれてしまうだろうからだ。



 一度はこの礼拝堂を燃やし尽くしてしまうという案も考えて、試しに外のところに種火を着けたところ、あっという間に鎮火した。

 この礼拝堂にも魔封じの石が仕掛けられているんじゃないかと思ったのだけど、騎士様方の手に入れた大聖堂の設計図によれば、この礼拝堂には魔封じの道具が仕掛けられていないらしい。

 大体、この礼拝堂は、外部からの礼拝者を迎える場所で、魔力を使った祭典も催される。だから、魔封じの道具を仕掛けていない建物だというのもおかしくはない。


 じゃあどうして火が付かないのか。

 それを考えて、中にいるのが「吸収する化け物」だ、ということに気が付いた。


 仮に、今付けた火の魔力が一瞬で吸収されたってことなんだとすると、この中に入る魔力持ちは、飛んで火にいる夏の虫、どころか、ハエトリソウに飛び込むコバエのようなものだ。

 ここにいる騎士様方は僕なんかよりずっと魔力が多い。もし突入していたら、きっとおいしいご飯と見做されてあっという間に化け物のお食事に変わっていたに違いない。

 同時に、こんな小さな種火ですら吸収してしまうほど、化け物はとってもお腹が空いている、ということも想像できる。


「こんなの、お前が一番危ないだろ!?」

「でもこれが一番勝算が高そうなんだもの」


 僕はこの中で最も魔力保有量が少なくて、もし教会士たちが生きたまま、まだ魔力を吸われている状態だとしたら、侵入した僕に気付くまでには時間がある可能性がある。教会士が逃げようとする動きを見せればなおさら僕への関心は弱まるだろう。

 それに加えて今の僕は、至る所に魔力を感知してそれを知らせ、魔封じする仕掛けを張り巡らされた教会に侵入することができる。おそらく、グレン様に渡されているこの赤い首輪のおかげで、魔力が隠れているからだ。

 となれば、僕が行くしかない。


「この礼拝堂を壊して全員で対応するってやり方じゃダメなのか!?」

「礼拝堂を破壊したら、障壁がなくなった化け物がどこまで広がっていくか分かんないよ?そうなったら、ここにいる人が犠牲になるだけじゃ済まないかも。国民の犠牲を最も少なくするのが騎士のお仕事でしょ?」

「ぐっ……でもっ!」


 悔しそうな顔で歯噛みするヨンサムに僕は手元の武器を見せる。


「僕、一応これでもグレン様とイアン様に鍛えられているんだよ?」

「めっちゃ手ぇ震えてんぞ」

「うっ……」


 こんな小さな短刀で壊せる相手かは分からない。でも、魔力や生命力を吸収する化け物に魔力で対抗して力押しするのは愚策だと思うし、できたとしても限られた存在だけだろうから、そんな人材を呼んでくる時間が惜しい。あの化け物がグレン様の攻撃で一時的には破壊されているとおり、化け物にも弱点はあるはず。物理的な攻撃に弱いと信じたい。……僕程度の物理攻撃が効くかは非常に怪しいところというのがこの作戦のネックになるところなのだけども。


 ヨンサムは、筋肉馬鹿ではあるが、他人の感情を慮れる優しい男でもあるから、僕のことをこれ以上ないくらい心配してくれている。

 僕が、グレン様やリッツやキール様のように、頭が良くて、少ない時間と情報から効率的な打開策が見つけられる人であれば、きっともっといいやり方を取るんだろう。でも僕にはこれしか思いつかない。



「怖くないのか?」

「怖いさ!怖いに決まってんだろ!できれば僕だって、グレン様の部屋に置かれているようなふっかふかのベッドの中で、もこもこの毛布にくるまってチコと一緒にもふもふごろごろして、たまに超高級なケーキを3個くらいつまみながらぐうたらまったりしたいさ!」

「欲望駄々洩れだぞ」

「これが終わった暁にはグレン様にこの希望は叶えてもらうつもりなんだ」


 噛みつくように答えた後に、大きく深呼吸した。


「でも今は迷ってる時間はないんだ」

「だからってお前が命を危険に晒していいわけじゃないだろ?」

「分かってるよ。でも僕は、グレン様の小姓だから」


 だから、グレン様のご命令を完遂すべく全力を尽くさなきゃならない。


 僕が、騎士様方が物理的に破壊してくれた礼拝堂のドアに向けて足を踏み出すと、ヨンサムがぼそりと言った。


「死ぬなよ、バカ」


 逆の立場だったら、きっと何を言っても引き止めるだろうことが十分分かるからこそ、僕はべーっと舌を突き出して軽く答えた。


「死なないよーだ。行ってきます」


小姓に再び素敵なイラストを3枚いただきました!10月22日の活動報告に掲載しております。どれも素敵ですが、人物紹介の絵は特に必見です。よろしければご覧ください。

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