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6 小姓はご主人様が心配なのです

 炎によって体を大きく抉られた化け物は、()()()()()()()教皇の口から、金切り声を上げた。しかし、グレン様は、思わず耳を塞ぎたくなる声を意に介する様子もなく、周囲の空間に炎を立ちのぼらせたまま、僕とイアン様の傍までやってきた。



 リッツを殺したって本当なんですか、何か理由があったんですよね、それ以外に方法はなかったんですよね、グレン様自身のお体に問題はないんですか、僕の目おかしくなったんです、なんでだかわかりますか――?


 聞きたいことがありすぎて言葉にならず、ぼうっとそちらを見ていると、グレン様は呆れたような半眼で僕を睨んだ。


「いつまでぼやっとしているつもり?イアンを連れてそこからどきなよ。こいつには僕が適任だ」

「は、はい!」


 ご主人様からの命令に脊椎反射で従う習性が付いている僕は、全ての疑問を引っ込め、イアン様に肩を貸しながらグレン様が作った化け物の体の穴部分から外に抜け出す。

 そんな僕を追いかけ、化け物の残った体が急速に寄り集まっていき、無数の手が伸びて来る。

 が、そんな無数の手も一瞬で()()()に変えられ、振りまかれた強毒すら一瞬で燃えて塵になっていく。


「僕を無視するなんて、化け物の分際でいい根性してるよ」


 グレン様が僕たちを庇うように立ちふさがったのが分かったので、後ろを振り返らずに、化け物から大分離れたところまで走る。少し離れた木陰でイアン様を寝かせると、イアン様の隊の騎士様方数名が、こちらに駆けよってきた。


「イアン様!」

「酷いお怪我を!」

「大事ない。それより、あちらはどうなっている」


 大事ないどころか大怪我をしているわけだが、ポーカーフェイスが常態化しているイアン様は、苦悶の表情一つ浮かべずに上半身を起き上がらせると、冷静に騎士の皆さんに尋ねた。

 碌な治療も出来ていないんだから、足は火傷のようになっていて触れるだけで激痛だろうし、毒の影響で痺れや麻痺が出ているはずなのに。

 後遺症が残っては大変とすぐさま本格的に回復魔法を施すものの、解毒が追い付かず、遅々として進まない。


「こちらに逃げてきた教会士は、犠牲になった者を除いて無事に捕縛できました」

「現在は、教会で入院治療を受けていた者を避難させているところです」

「それで全員か?」


 一番酷いのは無論イアン様だが、騎士様たちも体中どこかしらに怪我をしているように見える。あぁ、治療の手が足りない!


「いえ……教会士の一部が裏側の大聖堂に立てこもっております。こちらが突入しようとすれば、教会にあった遺産や資料もろとも破壊して、自害すると」

「面倒だな……まだ他の部隊は来ていないのか」

「周辺の住民の避難を優先させているようです。幸い、このあたりは木に覆われておりますので、まだ大きな混乱は招いていませんが、それでも一部の市民が騒ぎに気付いたようで、事態の収拾を図っているようです」

「各領地の教会につきましては、事前にこちらが大聖堂の教皇の動きを押さえられていたおかげで、早めの対処ができましたので、大きな損害はなかったようです。各領地の衛兵の応援という形で国配下の騎士が派遣されておりますが、あくまで現状把握のための早馬かと」


 イアン様も騎士様たちも予想していたかのように言っているが、各領地の教会も小規模とはいえ反乱でも起こしたとなれば、それは単なる――というのもおかしいが――教皇の暴走にとどまらず、教会のクーデターとも言える。国を支える宗教の信者たちによる内乱だなんて……今頃、国中大騒ぎだろう。

 この機会に国王陛下が国内外から襲われる可能性だってあるから、城の守りが手薄にならないよう、調整するとなれば人を寄越せないのも分からないではない。


 とはいえ、それはこの化け物の状況を正確に認識できていないからこそ言える机上の空論だ。


 騎士様たちに手だしをしないように忠告し、迫りくる鉤爪付き触手をいなしながら、グレン様は自分と化け物の周りに外壁になるような強固な鉄壁を作っていった。

 そしてそれが済み、グレン様と化け物の体の大半が見えなくなる頃、その囲みの中に凄まじい雷撃が落ちて来た。言うまでもなかグレン様の魔術なわけだが、いつも使う小規模な魔術とは威力が桁違いだ。

 鉄壁が避雷針になって周囲に影響はないものの、絶え間なく落ちる雷撃と時折飛び散る火花は収まる気配を見せず、中で行われている壮絶な戦いを嫌でも想像させられる。


 戦闘力だけ見れば、グレン様は宮廷魔術師の中でも飛びぬけている存在と言われている。周囲の破壊やら人命やらを顧みないのであれば、数個の騎士団にも匹敵する、と。


 そんなのさすがに誇張だろ、と思っていたけれど(もしかしたら性格が悪すぎてそんな悪評を言われているのではないかとも思っていた)、誰もがほとんどかすり傷すら負わせられず、傷を負わせてもこちらがより手ひどい怪我を負うような化け物相手に一人だけで対等に戦っている姿を見ると、それが嘘でも誇張でも悪評でも僻みでもない、純粋な事実であると分かる。


 それでもだ。


 グレン様は、中身がいかに極悪非道の人外生物と言えど、身体は生身の人間だ。

 それに、遠目であっても、お顔の色があまりすぐれないように見えた。

 一方でこの化け物は、対個人では負け知らずとも言われるイアン様すら苦戦させた耐久力の持ち主だ。


 あんな体調では、いくらグレン様とはいえ、一人で化け物の相手をできる状態じゃないのではないか――そんな不安が消えない。


「僕、グレン様のお手伝いに……!」


 矢も楯もたまらず、その時ばかりは自分が純粋な対魔物に対してミジンコ並みの戦闘力しか持たないことを忘れた僕が飛び出そうとしたところ、後ろから腕を引っ張られて止められた。


「イアン様!止めないでください!」

「やめとけ、エル。理由は分からないが、あれはお前を狙っている。怪我や魔力不足がなく、万全だったとしても、お前が行っても足手まといになるだけだ」

「それはそうですけども!」

「……悔しいが、今の俺も足手まといになることは分かっている。応援が来るまで待つしかない」

「そんな……」


 一部が崩れた鉄壁からは再び化け物の姿が見えたが、大きさはそれほど変わっていないように見えた。崩れた鉄壁から出てきたいくつかの触手についた目が一様に僕を見ていて、その()()()と僕の目が合った。

 あっという間にグレン様の炎に切り落とされ、跡形もなくなったとはいえ、ぞっとしない。


 僕の何がそんなに気に食わないんだろ?やっぱり教皇に命令されたからなのかな。


 鉄壁が鬱陶しくなったのか、化け物が咆哮し、途端に内側から作った鉄壁が唐突に溶けるように崩れていく。


 そこには、最初にいたとおりの化け物が、気持ち小さくなったような、なっていないような姿でグレン様と対峙していた。

 対するグレン様も目に見える怪我はしていないようでほっとする。


 グレン様の炎は人間なんて数十人が一瞬にして丸焦げになりそうな威力があるにもかかわらず――いや、その威力があってもなお、と言うべきなのか――化け物が大きすぎて一部しか焼き切れない。しかも破壊した部位もすぐに再生してしまうからキリがない。


「あーめんどくさい。まどろっこしいのはもういいよね」


 グレン様の横顔が、不敵な笑みを見せた。


「これだけ耐えられるなら、僕も遠慮はいらない。大体手の内は分かったし」


 グレン様がそう言った途端、ご自分の手首と足首に着けていた装飾具がパキンと高い澄んだ音を立てて割れた。

 そして手で耳についた装飾具をむしり取るように外し、ぽいっとその辺に捨てる。


「しゃらしゃらしゃらしゃら、ずーっと耳元で鳴って鬱陶しかったんだよ。清々(せいせい)した」


 それらが外れた途端、グレン様の体を包むように燃えている火の勢いが増した。


 あれ、もしかして、魔封じの道具の一種だったの?なんでそんなもの着けていたんだ?

 そういえば、グレン様、ああいう飾りとか大っ嫌いなのに、僕が最後に会ったときあたりからあの飾りをつけていた気がする。

 魔封じの道具を常に身につけているなんて、なんで?


「エル」

「へ?」

「お前に仕事を命じる。これの(つい)を破壊して来い」

「説明省きすぎです、どういうことですか!?」


 グレン様は相変わらず一人で迫りくる全ての触手を、一部は弾き、一部は丸焦げにし、一部は石灰化のようにしながら僕の方を向きもせずに平然と言った。


「こいつの心臓部はここにはない。正確には、心臓の半分が残っているから死なない。その心臓――まぁ核って言った方が正しいか、その核を()()()()()()壊した時に消滅するって構造の化け物だよ、これは」

「じゃあ……その半分の心臓が死なない限り、い、いつまでもこの状態ってことですか!?」

「そういうこと。ついでにいうと、こいつは命を吸収せずに攻撃として吐き出すのが主とはいえ、自ら摂取もできるから、心臓の半分がなくても栄養補給ができちゃう優れものでもあるね。全く、面倒なものを作ってくれたよ」


 相変わらず説明を省かれ過ぎててよくわからないが、このままじゃジリ貧になるってことだけは分かる。だから僕は理解を放棄して端的に訊いた。


「僕は何をすればいいですか?」

「さっき言ったでしょ、耳の穴にごみがたまりまくってるんじゃないの?」

「何度同じことを言っても聞き入れて下さらないグレン様にだけは言われたくないセリフです。そうじゃなくて、残りの半分を破壊って、僕にできることなんですか!?」

「がっかりだなぁ。僕の小姓として、そこは『お任せください!僕に不可能はございません』くらい()()()()()()決めてくれないと恥ずかしいよ?」

「ご自分で大ぼらって仰ってるじゃないですか。仰るとおり、世の中不可能なことばっかりなんですよ!例えばご主人様を無理矢理療養させることとか!ご主人様からの無理無茶難題を回避することとか!」

「言ったでしょ。こいつらは対だって。()()()()()なんだ。一方に戦力を持っていかれればいかれるほど、もう一方は戦えない。一方が吸収した分を他方が吐き出せる。そういう構造なんだよ」

「えっと、そういう情報よりも、どこにあるとか、弱点とか、そういうシンプルに今使える情報が欲しいです」

「そのつるつるの脳みそにそろそろ皺を作ってもいいと思うんだ、僕は」


 そう言うやいなや、グレン様は、何らかの力で大きく化け物を吹っ飛ばし、その後を追いかけて教会の近くまで向かっていった。


 あーもう!ああ言えばこう言う!相変わらず呆れるほどにいつも通りだな!グレン様も!

 とはいえ文句を言っていても仕方がない。グレン様の心身のほとんどは今目の前の化け物対応に使われているはずだから、ここは、僕が答えを導き出すしかない。もしかしたらグレン様も今その場所が分かっていないかもしれないし。

 でも、残念ながら僕はそんなに賢くない。イアン様の治療を続けながら、核を探す謎解きをして、それを破壊するなんて無理難題だ。もちろん、やってやるけども!


「ほら、どけどけ!」


 ちょうど僕がイアン様の治療と謎解きとの同時進行という無謀な挑戦を始めようとしたとき、野太い声がして、僕の頭に厚い手のひらが置かれた。


「し、師匠!」

「ほい、交代」


 師匠は軽口とは正反対に真剣な表情でイアン様の火傷に手をやり、魔力を通すと、何かぶつぶつと呟きながら、持っていた救急用の箱を広げた。


「はいはい、サンショウカズラの毒に、ウツボエンドの呪い、これはあれか、マノキジゴクの胞子、それから……っと、おお、まだまだ絡んでやがるか。こりゃ、一度食らうと厄介に絡み合うタイプだなぁ」

「え、師匠、人の治療できるんですか!?」

「転向したから今こっちいるけどな、俺は元々人のお医者様だったんだぜ?」


 師匠はてきぱきと持っていた解毒剤数種を混ぜ合わせ、同時にその場にいた騎士様に足りないものを持ってくるように指示をする。


「エル、お前さんはさっさとご主人様の指示に従ってきな。あのグレン様がああいうってこたぁ多分お前さんじゃないと見つけられないんだろ」

「でも……」

「お前さん、見たとこもうそんな魔力残ってねぇだろーが。ここにいても邪魔だ邪魔。さっさと行ってこい。こっちはもうすぐ宮廷魔術師やら医者やらが応援に来るところだが、あっちの化け物の相手はなかなか並みの宮廷魔術師じゃできねぇよ。あのままじゃ、ご主人様、倒れるぜ?」

「い、行ってきます!」

「エル、待て。俺も行く……っ!」

「なーにアホなこと仰ってるんだイアン様よ。俺が来たからには痕一つ残らず治してやるが、今無理して少しでも治療が遅れたら完治は保証しねぇぞ。あんたが護衛につけなくなったら第二王子殿下はどうするんだ」

「くっ……」


 師匠の鋭い正論にイアン様がぐっと押し黙った。

 殿下を出されたらイアン様に勝ち目はあるまい。


 イアン様は治療によって粟立つ傷口を押さえ、額から脂汗を流しながら僕に言った。


「エル、せめて誰かを」

「騎士様もみなさん手いっぱいか傷だらけです」

「なら、ヨンサムを連れていけ。治療が終わり次第俺も向かう」


 先輩騎士様に呼ばれて駆け寄ってきたヨンサムは、イアン様に的確かつ簡潔な指示を受け、すぐに「行くぞ」と僕を引っ張った。


 ご主人様もこれくらい簡潔に指示してくれれば文句ないんだけどな。


小姓に素敵なイラストをいただきました!10月3日の活動報告で公開しております。よろしければどうぞご覧ください。

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