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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第7章 リトレイン・シーズン
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壮麗な別れ



 レオンの新しい武器が完成したのは、約束した2週間の、まさに最終日の事だった。

 よくよく考えてみれば、夏祭り期間中、ジェフの鍛冶屋は営業していなかった。ひょっとすると、鍛冶場ではいつも通り黙々と仕事をしていた可能性もあるけれど、少なくともリディアは酒場で働いていたから、店で注文を受けたという事はなかったはずだ。つまり、夏祭り明けに、それこそシャロンのように営業再開を待っていたお客も少なくないわけで、そういった人達の注文で、少なからず忙しかったのは間違いない。

 そのシャロンの武器が完成したのも、同じ日だった。一人前の冒険者である彼女が注文していたのは、当然ながら普通の武器ではなくて魔法の武器。従って、普通の武器よりも手間がかかるのはもちろん、彼女の場合は二刀流だから、倍の時間が必要だった。

 その2人が武器を受け取るというので、ステラは一緒に鍛冶屋まで着いていく事にした。ジーニアスであるステラにとっては基本的に縁のない場所ではあるけれど、レオンの武器を見ておきたかったし、リディアにこの前お見舞いに来てくれたお礼を言いたかった。そしてもうひとつ、この日には特別な意味があった。

 シャロンとエマが、この町を去る事になったのだ。

 元々、武器の注文の為にこの町を訪れていたシャロンだけれど、本来なら、鍛冶師のジェフに会いさえすれば、すぐに帰ってしまっても問題はなかった。取引自体はギルドが仲介してくれるし、完成品も、ギルドのある町なら基本的にどこでも届けてくれる。それでも今までこの町に滞在していたのは、ステラ達の事を多少なりとも気にかけてくれたからのはずだし、敢えて付け加えるなら、宿泊費を浮かせる為に一緒に泊まろうと、エマに頼まれていたからだろう。

 そのエマも、さすがにこれ以上引き留めるのは悪いと思ったらしく、シャロンと一緒に別の町へと行く事になった。ただ、やはりエマはちゃっかりしていて、たまたま行き先が同じだったガイの馬車に乗せて貰う算段を既に整えていたし、半ば強引に、シャロンも同じ馬車に同乗するように話をつけていた。これで交通費も浮くし、信用出来る護衛までいるし、まさに至れり尽くせりといったところかもしれない。

 そういうわけだから、ステラは見送りも兼ねて同伴してきたのだと言える。一度鍛冶屋に寄った後、町の東口で待っているガイやエマと合流する予定で、デイジーとブレットもそこで待っている手筈だ。ベティは酒場を出る時に、リディアは鍛冶屋で挨拶をするから、それ以上の見送りはしない。2人とも仕事があるし、仕事柄、こういった出会いや別れに慣れているとも言えるかもしれない。

 こじんまりとした鍛冶屋の店内で3人を迎えてくれたリディアは、挨拶もそこそこに、床に置かれていた木箱から、モスグリーンの布に包まれた長細い物を台に並べた。その布はかなり地味な色合いだったけれど、その中からシャロンが取り出した品は、ステラが息を止めるほどの優美さを備えていた。

 細々と銀の装飾が施されているものの、ほぼ漆黒の剣と言ってもいい。ただし、それはもちろん鞘や柄の事で、シャロンが抜いて、その眩いまでの刀身が顕わになると、まるで流星を目にした時のような感動を、ステラは覚えたほどだった。

 やや細身で曲刀の、どちらかというと女性的な印象の剣だった。刀身自体もそれほど長くはない。それでも、夜のように静かで、そして強固な意志のようなものを感じさせる、不思議な感覚を抱かせる剣だ。

「うん・・・さすが、リディアさんの親父さんかな」

 そう言ってシャロンが微笑んでみせると、リディアも少しだけ表情を緩めた。

 その新しい剣を両方とも、さっそく腰に下げたシャロンは、そこで意外な事を言い出した。

「ちょっと寄るところがあるから、これで失礼するね。リディアさんもお元気で」

 リディアも意表を突かれた様子だったけれど、すぐに軽く頷く。

「そちらも。その剣の事で何か問題があったら、ギルドを通してくれれば、いつでも調整出来るから」

「心配いらないとは思うけどね。今度は単純に遊びに来るよ。もしかしたら、次来る時には、リディアさんが王様から表彰されてるかも」

「そんな事は・・・」

 謙遜するリディアに、悪戯っぽく微笑みながら、シャロンは告げた。

「そうじゃなかったら、リディアさんの結婚祝いかな。いい旦那さんが見つかるといいね」

 ご多分に漏れず、頬を朱く染めるリディアを眺めてから、次にシャロンはこちらを向いた。

「悪いけど、ステラさん、ちょっと付き合ってくれない?」

「え?あ、はい・・・」

 レオンとリディアの顔を交互に見ながら、ステラは反射的に頷いてしまった。

「悪いね、レオン。ちょっと、女の買い物だからさ」

 訝しげながらも、レオンは頷いた。

「あ、いえ・・・それじゃあ、こちらも終わったら、東口に行ってますね」

「OK。じゃあ、よろしく」

 そんな経緯で、ステラはシャロンに連れられて、ユースアイの大通りを東へと歩いていた。

 何か買い物があるという話だったのに、シャロンは通りに出るなり、すぐに片目を瞑って言った。

「ごめんね。ちょっとステラと話がしたかっただけなんだ」

「私とですか?」

 心当たりがあるわけでもないのに、何故かステラは少し緊張した。

 しかし、シャロンは軽く笑う。

「いや、大した事じゃない。それにね、まあ、女の用事って、言えなくもない」

「え・・・」

 咄嗟にステラは周囲を確認してしまった。

 まだ午前中だからなのか、あまり人通りは多くはない。

 その後再びシャロンの方を見ると、彼女は可笑しそうに微笑んでいる。こちらの反応に半分呆れている様子だった。

 居たたまれなくなって視線を逸らすステラを眺めてから、シャロンは突然尋ねてきた。

「この前、レオンに変な事聞いてただろう?」

「変な・・・」

 何も心当たりがないと言えば嘘になる。ただ、簡単には口に出来ない、したくない話題でもあるので、ステラは返答に困った。

 そこでシャロンは前を向いた。

「何か気の利いた事が言えるわけじゃないんだけどね・・・ただ、妙な相棒と組んでる女性ジーニアス同士って事で、少しなら参考になれるかなと思ったんだけど」

「えっと、どういう意味なんです?」

 シャロンはまた少し笑った。

「うん、そう・・・自分でも、結構意味分からない事言ってるとは思うけどね」

 そのまま何故か、シャロンは黙ってしまった。

 横顔を見ても、機嫌が良さそうな笑みが見えるだけ。

 こちらから何か言うべきだとは思ったけれど、不用意な発言はしたくなかったので、ステラもしばらく沈黙する。

 足音がよく聞こえる、石畳の道。

 ふとステラは、思い付いた事があった。結局それを口にしたものの、声にするまでには、それなりの心の準備が必要だった。

「あの、シャロンさんの相棒さんっていうのは、つまり、その・・・」

 顔が熱いのがよく分かる。ところが、気付いてみると、向こうの横顔も少し朱い気がした。

「なんていうのか・・・はっきりそういう事を口にしたわけじゃないんだよ。だけど、その、あれだけ散々馬鹿にしておいて一緒にいるんだから、なんとなく分かるだろう?」

「あ、はい・・・なんとなく」

 そう答えるのがやっとだった。具体的な事は、恥ずかしくてとても口には出来ない。

 ところが、シャロンはさらにとんでもない事を口にしてきた。

「まあ、私の方はもう、ある意味諦めてるからいいんだよ。それに比べて、ステラさんの方は、多少鈍感かもしれないけど、優しくて誠実そうだし、焦らなくてもそのうち・・・」

 その辺りが限界だった。ステラは不意に立ち止まる。

「いえ!あの、その・・・」

 自分でも驚く程大声が出たので、周囲の人が一斉にこちらを注目した。それもあって、言葉の続きは喉の奥に消えてしまった。

 きょとんとした表情をこちらに向けて、シャロンは尋ねてくる。

「・・・私、何か変な事言った?」

 両手を胸に当てて鼓動と呼吸を落ち着けてから、ステラは慎重に言葉を選ぶ。

「あの、私は、私とレオンさんは、そういう関係とはちょっと違うと・・・」

「あれ、違うの?」

 真顔で聞き返されて、ステラの頭は沸騰しそうになった。

 違いますというのは簡単だ。でも、正直なところを言えば、よく分からないというのが本音かもしれない。

 信頼し合える仲間になりたい。それがレオンと共通した思いである事は確認し合っている。でも、どうして彼がいいのかと考えると、ステラの心はない交ぜになったように、冷静な判断が出来なくなってしまう。

 彼の事を尊敬しているから。自分にないものを持っている彼に憧れているから。それは確かにある。この町で偶然にも出会えた事に運命を感じるからというのも、ないとは言えない。

 ただ、もっと深い好意を感じているのかどうかは、よく分からない。

 もしかしたら、はっきりさせたくないだけかもしれない。もしはっきりさせてしまったら、もう仲間として見て貰えないかもしれない。なんとなく、そういう気持ちがあるのは確かだった。

 そもそも、本当に自分は彼の事が好きなのか。誰かを好きになった経験がステラにはまだないので、その辺りが分からない。こういうもどかしい感じがするのが、人を好きになるという事なのだろうか。それとも、今の気持ちはまだそれ未満でしかなくて、本当に胸を焦がすような熱いものが、この先に待っているのだろうか。

 いつもここで、ステラの頭は混乱してしまう。本当は好きなのに、仲間になりたいが為に我慢しているのだろうか。それとも、彼に対する尊敬や憧れを、好意と勘違いしているのだろうか。この気持ちを彼に伝えたら、いったいどんな反応が返ってくるのか。真面目な彼だから、そういう気持ちの人とは仲間になれないと思うかもしれない。そして逆に、もしかしたら、彼も同じ気持ちだと、本当に僅かな可能性だけれど、言ってくれるかもしれない。でも、その後、彼と一緒にいられるだろうか。一緒にダンジョンへ行ってくれるだろうか。例え行ってくれたとしても、益々こちらの身を案じてくれるようになって、逆に危険が増えてしまわないだろうか。

 こういった疑問が、ステラの心中を嵐のようにかき乱す。こうなると、もう何を考えているのか、自分でもよく分からなくなってくる。

「おーい。ステラさん?」

 その声で我に返ったステラの眼前にあったのは、女性にしては少し大きめで頼もしい、シャロンの右の掌だった。

 反射的にシャロンの方を見ると、彼女は口だけで微笑んでいる。

「よく分からないけど、そんなに思い詰める事ないんじゃないかな。こういうのって、時間を積み重ねていけば進展していくものだろうし。後は、いわゆるものの弾みってやつかな」

「いえ、だから・・・」

 笑いながらシャロンは両手を軽く振る。

「はいはい。まあ、それは私が口出しする事じゃないからね。ベティさんみたいな頼れる友達もいる事だし、そのうちなるようになるさ。ただ、私が言いたいのはその手の話じゃなくて、この間の嵐の日に、ステラさんが聞いてた事だよ。というか、ほら、とりあえず歩こうか」

「あ、はい・・・」

 確かに、大通りの真ん中で立ち止まって話していると何事かと思われるだろう。ステラとシャロンは再び、並んで歩き出した。

 そこで改めて、シャロンの言葉を思い出す。変な事という言葉だけで、おぼろげながら、ステラにはその事だろうと分かっていた。あの時シャロンはお酒を飲んでいたけれど、話はちゃんと聞いていたようだ。

 シャロンはまた前を向く。口元は笑っていても、やや真剣な眼差しに見えた。

「こういう比べ方もなんだけど、多少変わり者という点では、私の相棒もステラさんの相棒も一緒だと思う。ただ、社交性とか付き合い易さみたいなのは、それこそ天地の開きがあるけどね」

 そこでシャロンはこちらを可笑しそうに一瞥する。ただ、何と返事をしたらいいのか困るような言葉だったので、ステラは首を傾げるに留めた。

「それでも、この間のステラさんの様子がちょっと気になったんでね。やっぱり、何か気になるというか、心配というか、そんな感じなんだろう?」

 一瞬ステラは迷った。しかし、すぐに頷いた。

「レオンさんは、その・・・もしかしたら、本当は凄く強いんじゃないかって、誰にも負けないような心を持っているんじゃないかって、そう思ったんです。すみません。変な事を言って」

「いいんだよ。で、続きは?」

 一度話してしまうと、ステラの口は淀みなく続きを吐き出した。

「それがどうしてなのかって、私、考えました。はっきりとした事はもちろん言えませんけど、ただなんとなく、辛い事があったからじゃないかって思ったんです。物凄く辛い経験をしていたら、それに耐えられるだけの精神が必要になるはずですから」

 僅かに頷くシャロン。

「でも、レオンさんがそういう経験をしたって、普通は考えられないと思うんです。レオンさんの村の話を私も何度か聞いた事があるんですけど、とてもいいところだって、ご両親も友人もいい人だって、そう言うんです。ですから、何度か辛い経験はあったかもしれないですけど、そんなに心が変わってしまうような経験があったとは思えないんです。それで・・・」

 そこでステラは言葉に詰まった。自分が言おうとした事が本当に正しいのか、未だに自信が持てないでいるからだった。

 すると、シャロンが意外にも優しく言ってくれる。

「言ってごらんよ。口に出したら、少しは楽になるかもしれないし」

 その言葉に意表を突かれたものの、ステラは自然に微笑む事が出来た。

「いろいろ考えてみて、レオンさんにある一番の特徴といえば、もう、前世がない事しか思い付かなくて。だから、もしかしたらそれが・・・」

「ちょっと待った」

 そこでシャロンの待ったがかかった。どういうわけか、目を丸くしている。ただ、さすがと言うべきか、足はしっかり動いている。

「どうかしました?」

「前世がないって・・・?」

「あ・・・」

 思わず喋ってしまったけれど、あまり他言しない方がいい事だったかもしれない。

 まだ信じられないような視線を送ってくるシャロンだったものの、しばらくして、気を取り直すように何度か頷く。

「まあ・・・いいや。よく分からないけど、それからどういう風に悩んでる?」

 どうやら、敢えて気にしない事にしたようだった。あまり深く聞かれるよりは有り難いので、ステラもその態度に甘える事にした。

「えっと・・・ですから、レオンさんにとって、それが本当に辛い事なんじゃないかって、そう思ったんです。今はそれほど気にしていないように振る舞っていますけど、本当はそうじゃないのかもしれないって、そう思うんです」

「うーん・・・それはちょっと私には分からないけど、まあ、ステラさんが言うならそうなのかもね」

 本当の事を言えば、ステラも自信のない話ではある。というよりも、自分の心配が杞憂であったらいいと、そう願っていると言ってもいい。

 ステラが本当に心配しているのは、それがレオンにとってのトラウマである事。しかも、記憶の奥底に閉じこめてしまう程の暗闇である場合の方だった。

 ここでステラは、具体的な話よりも、もっと要点を伝えるべきだと気付いた。

「はっきり言って、私にはレオンさんの気持ちがよくわかりません。前世がない事がそんなに辛いのか、ベティもリディアもよく分からないって、そう言ってたくらいなんです。でも、もし、レオンさんの今の強さを作ったのが、そういった暗い経験だったとしたら、私、何も分かってあげられていないって、そう思ったんです。仲間なら、そういう事も受け止めてあげられないといけないはずなのに、何も知らないで、ただ強さにだけ憧れてっていう関係は、間違っているというか、ただなんとなく嫌だと思って・・・」

「うん、分かった・・・なるほどね」

 シャロンは口元を上げていた。

「そういう話だろうとは思ってたけど、まさか前世がないなんて、そういう事情があるとは思わなかった。でもまあ、そういう事なら納得だね。うん・・・確かに、妙に動じないというか、懐が深いというか、そういうところはあるかもしれない。ただ、それは単純に、レオンが鈍感だからって可能性もあるんじゃないか?」

「はい・・・そう、かもしれませんけど」

 またシャロンは軽く笑う。

「でも、もし違ったらと思うと・・・って事かな?」

「あ、はい・・・」

「本当にステラさんは優しいよね。なんていうか、急にレオンの事が苛立たしく思えてきた」

「え?」

 思わずシャロンの横顔を確かめてみたけれど、相変わらず微笑んでいるように見えた。

 こちらの視線を気にする素振りもなく、シャロンは簡単に告げる。

「鈍感だからと言えば仕方ないけどね。それでも、こんなに思われてるんだから、多少は誠意をみせて貰わないと・・・」

「いえ、ですから・・・」

 周りを気にしつつ慌てたステラに、シャロンはもう一度優しい笑みを見せた。

「とりあえず、深刻な事態じゃなさそうだから安心した。こういう言い方もなんだけど、多分なんとかなるものだと思う。私だってね、偏屈な相棒の為に気を揉んだ事が何度かあるんだ。あいつは自信家で、他人にも厳しいけど、それ以上に、自分を変に追い込むところがあってね。その反動で、本当にたまにだけど、その・・・自滅的な真似をする事があったんだ」

「それって・・・」

 最悪の想像をしてしまって、思わず口元を抑えるステラ。ところが、その想像は間違っていなかったらしい。シャロンは少しだけ笑みを引っ込める。

「本当に面倒くさい奴なんだよ。ちゃんとした実力があるのに、今のままじゃ足りないって、そればっかりなんだ。しかも、他人には頼らない、誰かに頼るような人間には生きている価値がないとか、そういう事まで言う。もちろん、私も他人だからさ・・・もうね、本当に大変だった」

 いったいどんな事があったのか、ステラはもちろん気になったけれど、聞くのは憚られた。

 シャロンの表情も、すぐに元の微笑みに戻ってしまったので、聞くタイミングも逸してしまった。

「そんな奴でも、辛抱強く付き合ってれば、思いってのは伝わるみたいだね。今では一応、私を仲間だと認めてくれてるみたいだし、早まった真似をするのも思いとどまってくれるようになった。まあ・・・それ以上まで伝えようと思ったら、それこそあと何年もかかるんだろうけど」

 最後は苦笑混じりのシャロンに、ステラも困った笑みを返すのがやっとだった。

「だから、ステラさんは尚更大丈夫だよ。一見伝わってないようでも、案外ちゃんと伝わってるものだと思う。今は支えになっている実感がないかもしれないけど、向こうはきっと有り難みを感じてる。だから、今のステラさんで十分だよ。誠実に付き合っていれば、ちゃんと誠実な関係が出来上がるようになっている。そう思うね」

「はい・・・ありがとうございます」

 ステラはお礼と共に笑顔を返す。不安が消えたわけではないけれど、気が楽になったのは確かだった。

 そうこうしているうちに、東口が見えてきた。

 町の出口で荷馬車を囲っているのは、ガイ、エマ、デイジー、ブレット。ここまでは予想通りだったけれど、そこにもうひとり、ケイトの姿があった。ギルドの制服を着ているけれど、カーバンクルのシニアの姿はない。

 そのケイトはガイと話をしていた。どう見ても楽しそうには見えないというのは確かだったけれど、不機嫌というよりもむしろ、少し寂しそうに見える。対照的に、ガイはいつも通りの余裕ある表情を見せている。

 ブレットもいつも通りの笑顔で、デイジーとエマ相手に話をしているようだった。さすがに今日は普段着だ。デイジーとエマの女性組も笑顔だったけれど、本当に楽しそうというよりも、少し愛想笑いが混じっているようにステラには感じられる。もっとも、デイジーの場合、ブレットの扱いには慣れていると言っていたので、それほど負担になっているわけでもなさそうだ。

「待たせたね、エマ」

 到着するなり、シャロンは軽い口調で声をかけた。さすがに同室に泊まっていただけあって、この2人は仲がいい。

 身軽に片手を挙げて、エマは楽しそうに返事をする。

「待った待った。あ、そうだ。ステラ、わざわざありがとうね」

「え?・・・あ、いえ」

 何の事かと思ったけれど、すぐに思い至る。デイジーの方を見ると、淑やかな微笑みを返してくれた。

「まさか、ベティまで絵の代金を前払いしてくれるとは思わなかったなあ。先に貰ってた方が有り難いのは確かなんだけど」

「ちゃんと完成したら送って下さいね。あれでベティも楽しみにしていますから」

「分かってるって。ステラとデイジーも、ベティとリディアに、お礼よろしく」

 エマの絵はまだ完成していない。スケッチは終わっているし、ほとんど完成品と言っていいほど色も着いているはずなのに、エマはもう少し描きたいからと言って、移動中の時間を利用して書くと言う。絵だけはまた誰かに頼んで配達して貰う予定らしい。

 事前の約束では、絵の出来映えを見てから値段を付けるという事になっていたけれど、まだ絵が完成していないから、代金はまたユースアイに立ち寄った時でいいとエマは言っていた。しかし、さすがにそれは大変だろうという事で、4人で相談した結果、今日お金を渡す事にしていたのだ。そういった相場に一番詳しいデイジーが集金していたから、既にエマに手渡してくれていたらしい。

 そんな話をしているうちに、ガイとケイトがこちらの会話に参加してくる。

「それじゃあ、早いところ出発するかな。これ以上は名残惜しいだけだろうし」

 何故か口元を上げながらケイトを見ているガイ。

 その視線を完全に無視して、微笑みながらケイトはシャロンに話しかける。

「またのご訪問をお待ちしています。立ち寄られた際には、気軽にギルドをご利用下さい」

「ええ。その際はまたお世話になります」

 その頃になって、ようやくレオンが追いついた。走って来てくれたようで、息を軽く切らせている。ただ、その肩に乗っているソフィだけはいつも通りだった。

 彼が腰に下げている剣が気にはなったけれど、今は他に優先すべき事があるので、ステラは彼と並んでシャロンとエマに頭を下げた。

「ありがとうございました。本当に、いろいろお世話になってしまって・・・」

 照れたようにシャロンは笑う。

「いいよ、別に。見習い修行、大変だと思うけど、ステラさん達ならきっと大丈夫。無理だけはしないように、気を付けてね」

「はい。シャロンさんも・・・」

「私はいいよ。またどこかで会える。その時に挨拶してくれればいい」

 潔くて、そして格好いいシャロンの言葉に、ステラは精一杯の笑顔を返すのがやっとだった。

「ねえ。私にはないの?」

 エマが可笑しそうに尋ねてくる。

 答えたのはデイジーだった。

「絵の出来映えを楽しみにしています」

「・・・それだけ?」

「いいえ。とても楽しかったですよ。またいつでもいらして下さい」

 いつの間にか、エマとデイジーは仲良くなっているように見える。もしかしたら、気が合うところがあったのかもしれない。

 そこでいよいよ、お別れという事になった。 

 荷馬車に乗り込むシャロンに、ブレットが軽く声をかける。さすがに別れには慣れている。そんな余裕を感じさせた。

「また会おう。彼にもよろしく」

「ああ」

 そのやりとりを見ていたステラは、ふと思い立って、シャロンに駆け寄った。

 怪訝そうにこちらを見たシャロンに、ステラは耳打ちする。

「あの、もし良かったら、教えて欲しい事があるんです」

 シャロンは軽く笑った。

 そして、そのままこちらに耳打ちしてくる。彼女が囁いたのはたった一言だったけれど、まさにステラが聞こうとしていた事だった。

「ありがとうございます」

「いいんだよ。彼と仲良くね」

 咄嗟にレオンの顔を見てしまったステラ。幸いというべきか、やっぱりというべきか、彼は首を傾げただけだった。

 ステラはシャロンを上目遣いで睨んでみせる。もっとも、すぐに吹き出してしまって、数秒間しか持続出来なかったけれど。

「またいつか」

「そうだね。またいつか」

 その言葉を最後に、荷馬車はユースアイを後にする。

 涼しい風が吹いていた。何かが終わってしまった事を感じさせるような、寂しい風。ただ、出会いがあれば別れがある、またいつか同じ季節がやってくると、そうやって慰めてくれているような、どこか心地いい風でもあった。

「何を話してたの?」

 隣に立っていたレオンが不意に尋ねてくる。

 心臓が一度大きく鳴ったステラは、彼の顔から視線を外した。都合良く、肩に乗っていた妖精と目があったので、不思議とすぐに気が落ち着いた。

 心の中だけで静かに息を吐いてから、ステラはレオンの顔を見た。

 いつも通りの、きょとんとしたようで、でも優しげな彼の表情。

「大した事じゃないです。それより、新しい武器の方はどうでした?」

「あ、うん。それなら・・・」

 すぐに装備の話になる2人。明日から、ファースト・アイの再挑戦が始まるのだから、話題には事欠かない。これからビギナーズ・アイで戦術の確認をするのもいい。まだまだするべき事が沢山ある。

 まだステラには、レオンについて分からない事が山ほどある。心の深いところまで、彼を支えてあげられていないという確信はまだ消えていない。彼がいつか挫けそうになった時、自分が力になってあげられる自信もなかった。

 でも、今はただ、彼の隣が自分の居場所だと思えるようになっていた。自信はないけれど、不安は消えないけれど、でも精一杯支えようと思える。そして、もしかしたら役に立てるかもしれないと、ほんの少しだけれど、前向きに考えられるようになっていた。

 ステラの心の奥深くで、何か火が灯ったような、そんな温かい感触が確かにあった。



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