それぞれのサステナンス
ステラが誘拐されそうになった。事実を述べればその一言だけで済んでしまうものの、実際はもちろん、そんな簡単に済む話ではない。しかし、ガレットやハワードが上手く処理してくれたようで、お祭り自体には全くと言っていい程影響はなかった。或いは、クリスティアナの組織が予め何らかの策を講じておいてくれたのかもしれない。
しかし、ステラと、そしてベティは別だった。
夏祭り4日目。事件翌日。
2人は朝になっても酒場に出てこなかった。
その理由については、レオンでもなんとなく想像はつく。だから心配になって部屋まで様子を見に行こうとしたのだが、そこで何と声をかければいいのか分からなかった。元気を出して下さいねとか、酒場は僕が手伝うので大丈夫ですとか、それくらいしか思い付かない。そんな自分が本当に情けない。
それでも部屋まで行こうとすると、カウンターにいたガレットの大きな手がレオンの肩を掴んだ。
「行くな」
レオンはガレットの顔を見たが、見えたのは彼の横顔だけだった。いつも通りの厳めしい面構え。まさに普段通りで、何の感情も読みとれない。
「でも・・・」
ガレットはすぐに答えた。彼の左手は雑巾でカウンターを拭いている。既に十分過ぎる程綺麗なので、どちらかというと磨いているの方が近いかもしれない。
「昼には出てくる」
「え?」
「言いてえ事があるなら、その時でいいだろ」
少し考えたレオンだったが、ほとんど迷う余地はなかった。
「いえ、やっぱり今行きますよ・・・あまり力にはなれないと思いますけど」
そこでようやくガレットはこちらを向いた。
その表情に、レオンは意表を突かれる。
彼は口元を上げて、不敵な笑みを浮かべていた。
「誰の娘だと思ってるんだ?」
突然の言葉に、レオンは反応出来なかった。
「昨日のショックで出てこられねえとか、そんな軟弱者じゃねえんだ。あいつは馬鹿だがな、仕事にはプライド持ってやってる。自分やステラの事で、客に辛気くさい顔見せるわけにはいかねえから、大事をとって長めに休憩してるだけだ」
「でも、ステラは・・・」
どちらかというと、そちらの方がショックは大きかったはずだ。
しかし、ガレットは余裕の態度を崩さない。
「言っただろうが。ステラは誰の娘だ?」
「誰のって・・・」
まだ彼女の両親に会った事がないので、どんな人なのかは分からない。昨日の会話から、母親の方について少しだけ予備知識がある程度である。
それはガレットも同じはずだが、彼の言葉は自信に満ちていた。
「見た目は頼りなくてもな、ステラも軟弱な娘じゃねえ。自分にプライドを持って生きてるってのは、あの叔母さんを見りゃ分かるだろうが。あれと同じ血がステラにも流れてんだよ。そんな娘の前にそんな情けねえ面で出て行って、何になるってんだ?逆にプライドが傷つくってもんなんだ。泣きたい時は1人で泣かせてやって、戻ってきたらしっかり受け止めてやりゃあ、それでいいんだよ」
「・・・なるほど」
多少強引な気もするが、筋は通っている気がする。なにより、目の前の頼もし過ぎる肉体を見れば、信頼度というか説得力は十分だ。
彼はレオンの肩から手を離すと、カウンターを出て客席の方へ向かう。そちらも掃除するのだろう。
すれ違う時、彼は簡単に告げた。
「本気で慰めてえならな、眠る時に胸を貸せるくらいの間柄になるんだな」
全く予想外の奇襲だった。
息が詰まって猛烈な咳が出る。もしかしたら何らかの病気かもしれないと、最近薄々感じ始めているレオンだった。
そこで酒場の入り口のドアが開いた。
入ってきたのは、純白の衣装に身を包んだ少女2人。髪も瞳も明るいのがリディア、暗いのがデイジーである。こうして並んでいると、髪型も服装も同じなのに印象が正反対なので、不思議な感じがする。リディアは凛々しい顔つきもあってどこか華やかに、デイジーは落ち着いた振る舞いから清楚に見える。この綺麗な衣装がそういう意図でデザインされたものなのだろうか。大部分を占める眩い白と、僅かながらも存在感のある黒。華やかさと慎ましさ。形状も、ドレスとエプロン。テーマとして、二面性を意識したのかもしれない。
そんな対照的な2人はガレットに挨拶すると、真っ直ぐこちらにやってきた。
挨拶を交わした後、デイジーはすぐに尋ねてきた。
「レオンさん、休まなくてもよろしいのですか?私達がいますから、無理なさらなくても大丈夫ですよ」
微笑むレオン。本当にほとんど疲れはない。
「いえ、僕は全然・・・」
「ベティ達はまだ?」
軽く周囲を見渡しながら、リディアは聞く。
どう答えたものか迷っていると、リディアとデイジーはすぐに目配せする。そして、リディアがすぐに言った。
「ちょっと見てくる」
そのまま脇を抜けようとするので、レオンは思わず呼び止めた。
「あ、いや・・・」
「何?」
「えっと、まだ調子が戻ってないみたいだし・・・」
そう言いながらガレットの方を見るレオン。ところが、自分の時は止めたのに、何故かリディア達には見向きもしない。
すると、デイジーが微笑みながら割って入る。
「大丈夫です。ちょっと様子を見に行くだけですから」
「え?あ、はい」
「友達ですから。それに、女の事は女に任せておいて下さい」
「はあ・・・」
そう言われると頷くしかない。
するとその時、レオンの右肩の上で大人しくしていたソフィが、突然デイジーの肩の上に飛び移る。
不意を突かれて、しばらくその妖精に見入るレオンとデイジー。リディアも表情こそいつも通りだが、どこか戸惑った様子だった。
だが、やがてその意図がレオンにも理解出来た。察しのいいデイジーなら尚更だろう。2人ともつい微笑んでしまった。
「すみません。よろしくお願いします」
「はい。ステラは本当に懐かれていますね。カーバンクルに心配して貰えるなんて、羨ましいです」
その言葉を交わした後、2人と1匹は調理場のドアの向こうへと消えていった。
レオンは数分前よりも少しだけ安堵出来た。ソフィがいたら、ステラやベティの傷を少しは癒してくれるかもしれない。
よく考えてみれば、昨日ステラの危機に気付けたのも、元はといえばソフィのお陰だった。前にデイジーが言っていたように、カーバンクルとはかなり賢いというか、思慮深い存在という事なのか。しかし、勘というのは都合が良過ぎる気がしないでもない。武術大会の会場からステラが捕らわれていた場所までには相当な距離があった。単に頭が良いからといって、異変に気付けるものなのか。
何か合理的な理由があるとすると、それは何だろう。
視力や聴覚が優れているとは思えない。
だとすると、ジーニアスの感覚、つまり魔法の力だろうか。
フィオナ程の、或いは伝説級のジーニアスに匹敵する才能がもしあるならば、それくらい離れた場所にいたステラの状況を感じ取る事が出来るかもしれない。レオンはアスリートなのではっきりとは言えないが、ルーンの補助があるならば、それくらいの事が出来るジーニアスがいても不思議ではない気がする。
ただ、もしソフィにそれ程の力があるならば、同じジーニアスであるステラ達が気付きそうなものだ。実際、ステラはフィオナと初めて出会った時、その才能に圧倒されたと言っていたのだから。
それに、シャーロットが以前試したところによれば、カーバンクルはルーンを使えない。
これはルーンと深く結び付いているジーニアスとは正反対の性質という事になる。
結局、全然見当も付かない。
「おい、レオン!」
その声に我に返ると、ガレットがテーブルを拭きながらこちらを見ていた。
「あ、はい!」
「調理場見てきてくれるか?人手が足りてるか分からねえんでな」
確かに、いつもはいるベティが今日はいないから、大変かもしれない。
「分かりました」
返事をした時には、レオンは既に調理場のドアに手を掛けていた。
その後、ソフィを残して戻ってきたリディアとデイジーと共に、朝食時の混雑をなんとか乗り切ったガレット酒場。まだ心配は拭いきれないレオンだったが、それを忘れられるくらいには忙しかった。接客はリディア達がいるので、レオンは基本的に裏方の仕事だったのだが、夏祭り中に本格的な手伝いをするのは今日が初めてだったし、多少のブランクのせいで要領を忘れていたのもあって、少なからず手間取ったのもあった。
遅い朝食客が出払った時には、既にもうすぐ昼食時という時間だった。
その準備をしている時、調理場のドアからようやくこの店の看板娘が姿を見せた。
「みんなゴメンねー。サボっちゃって」
もの凄く軽くて明るい言葉だった。つまり、普段通りの彼女の口調だ。
どんな顔をすればいいのかと考えていたレオンだったが、そんな懸念は消え去った。胸の奥の凝りが小さな熱を出して融けていった。
ただ一言、救われたと思った。そして、いつもこの笑顔に救われているんだなとも。
レオンは自然と微笑む事が出来た。
リディア達と同じ白い衣装だが、彼女の場合は華やかでも慎ましいのでもない。純白そのもののように眩しいというか、とにかく明るい。それは多分立ち振る舞いのせいだろう。堂々としていて物怖じしない。そしていつも屈託なく微笑んでいる。周りを自然と明るく出来る、花や太陽のような少女だ。
そのいつもの笑顔でベティがこちらに近付いてくる。店内にいたリディアとデイジーも近寄ってきたが、ガレットはいなかった。おそらく調理場にいるのだろう。つまり、もう挨拶は交わしたはずだ。
「もう平気?」
尋ねたのはリディアだったが、少し声のトーンが心細かった。表情は変わらないように見えるが、その声を聞けば人一倍心配していたのは分かる。普段クールに見えるものの、実は誰よりも他人の事を気にかけているのが彼女である。
しかし、ベティは本当にいつも通りだった。
「今の、もう1回言ってくれる?。いつもながら、可愛い事言ってくれるよねー、リディアは。2人きりだったら、ギュッて抱き締めるところだったのに」
リディアは頬を朱くしながら視線を逸らす。
「・・・普通の事を言っただけだと思うけど」
「言ってる事は普通でも、その言い方というか声の調子というか、心配したんだからねっていう気持ちが痛いくらい伝わってきて・・・うんうん、もうね、レオンだったら、余りの可愛さに倒れてるかも」
そんなわけがないと言おうとしたが、それは墓穴を掘るだけの気がして、レオンは思いとどまる。
代わりに別の事を聞いた。
「あの、ステラは・・・」
出てきたのはベティだけだったのだ。まだショックから立ち直れないのだろうか。
ところが、ベティは笑顔のまま片目を瞑ってきた。
「レオン。もう休んでいいよ」
「・・・はい?」
「手伝ってくれてありがとねー。そのお礼ってわけじゃないけど、明日か明後日くらいにお祭りを案内してあげるから」
「え?あ、はい・・・」
反射的に返事をしてしまったが、結局何の答えにもなっていない。
そんな事はお構いなしに、ベティはこちらの腕を掴んで調理場へと引っ張り込む。
「ほらほら。休んで休んで」
「いや、その・・・」
訳が分からず戸惑っているうちには、調理場の中に連れ込まれていた。相変わらずの力強さ。精神的な事は外からは見えないが、どうやら体力は本調子のようだ。
そこでベティは腕を離すと、こちらの背中を軽く押す。軽くとはいっても、レオンが数歩よろけてしまう程の力はあった。
酒場へと続くドアを背にして、ベティは軽く手を振った。
「じゃあねー。もう仕事はいいから、ゆっくりお祭りでも見てきたらいいよ」
その言葉にはどこにも不自然なところはない。
しかし、状況は思いっきり不自然だった。
「・・・あの」
「何ー?」
向こうは満面の笑みだが、レオンは怖ず怖ずと尋ねた。
「そう言って頂けるのは有り難いんですけど、そこを通らないと、酒場の出口にたどり着けない気がするんですけど・・・」
その通路を塞いでいるのは、目の前にいる少女である。
重々しく頷いて、ベティは答えた。
「よく気付いたねー。まあ、ここを通りたいって言うなら、力づくでって事になるかな」
意味不明だった。
彼女は結局何がしたいのだろう。
単に戦いたいという可能性も、ベティならば全くないとは言えない。しかし、それにしては手法が回りくどい気がする。彼女が戦いたいと思ったなら、すぐさま手か足が出るのが普通だ。
レオンは腕を組んで考える。
「・・・えっと、じゃあ裏口から出ますね」
調理場の奥のドアを進めば裏口に出られる。それならベティを倒さなくても外に出られるだろう。
自分でもよく分からないが、そう言ってからベティの顔色を窺う。
彼女は笑顔のままだった。どうやら文句はないらしい。振り返って隙を見せたら襲いかかってくるという可能性がないわけではないが、そんな小細工が彼女に必要とは思えない。
結局レオンは裏口へと歩き出す。
もしかしたら、裏口にはガレットが待ち構えているという可能性もなくはない。調理場にも何故かいないからである。その場合は、腕試ししてやるからどちらか選べという意味なのかもしれない。いずれにしろ、勝ち目は薄いが。
しかし、調理場を抜けた先に待っていたのは、全然別の人物だった。
以前着ているのを見た事があるスカイブルーのワンピース。それなのに、前とどことなく印象が違って見えるのは、昨日彼女の叔母に会って、貴族の令嬢というものの意味を知ったからだろうか。繊細なブロンドのショートヘアも、華奢な後ろ姿も何度も見てきたが、今はいつになく儚げに見える。幻想的というか、手で触れたら霧のように透けてしまいそうに思えた。その雰囲気のお陰で、肩に乗る白い妖精も全く違和感がない。
彼女が気配に気付き、その碧い瞳でこちらを捉えた時、レオンは自然と足が止まった。
見入られるとは、どうやらこの事らしい。
まるで魔法にかかったように、他の物が見えなくなった。
「あの・・・」
ステラのその声で、レオンは我に返った。どれくらい固まっていたのか、自分ではよく分からなかった。
「あ、ごめん・・・」
まだ半ば呆然としていたのかもしれない。或いは、もしかしたら夢の中というのがこういう感じなのかもしれない。
そんな事を考えながら、レオンはステラの正面まで歩み寄った。
ほんの数歩の距離だったが、たどり着いた頃には、彼女の髪に見慣れない髪留めがある事に気付けるくらいにはなっていた。白い編み目模様。木や金属製というよりは、焼き物みたいに見える。
向かい合った2人は何故か黙ったままだった。
ステラは少し俯き気味だし、レオンは何から言っていいのか分からなかった。
しかし、このまま黙っていても仕方ない。レオンは意を決して口を開いた。
「えっと・・・」
「その・・・」
ところが、同時にステラも声を発していた。慌ててステラは顔を上げる。
「す、すみません!レオンさんからどうぞ」
何故そんなに慌てているのか分からなかったが、レオンは素直に先に尋ねる事にした。
「じゃあ・・・えっと、もう平気?」
こんな風にしか聞けないのが本当に情けないが、ステラは微笑んで小さく頷いてくれた。
「はい。あの、昨日は言いそびれましたけど、助けに来てくれて、本当にありがとうございました」
レオンは苦笑する。
「そう言って貰えるとありがたいけど、僕が1人でなんとか出来たわけじゃないし、それに、最後は結局ステラの魔法頼みだったわけだし。あ、そうだ。実は・・・」
不意に思い出した事があったので言おうとしたが、ステラがその言葉を遮った。
「待って下さい。あの、実は私も話しておきたい事があって・・・」
「あ、うん」
何だろうと思いながらレオンはステラの顔を見る。
ところが、ステラは俯いたままで、いつまで経っても何も言わない。言いたい事はあるが決心がつかない。それくらいは分かるが、それ以上の事は察しがつかなかった。
こういう時にどうしたらいいのだろうか。
内心レオンが困り果てた頃になって、ようやくステラが話を切り出した。
「・・・私の事、レオンさんはどう思いますか?」
宿場の隅とも言えるこの場所に、静寂が満ちた。
なんとも抽象的な質問だが、レオンなりに真剣に考えてみる。
自分はステラの事をどう思っているのか。
しかし、そこで何故か再びステラが慌てて両手を振る。
「あ、いえ!あの、深い意味はないんです!えっと、その、私の事を客観的に評価して欲しいというか、つまり、変に勘ぐらないで、素直に答えて頂けると・・・」
何故か顔を朱くしてまた俯いてしまう。
状況がよく分からないが、とりあえずレオンは答える事にした。
「仲間だと思ってるけど・・・評価っていうのはあれだけど、ダンジョンでの事を言うなら、僕の予想よりも遙かに強くなってるから、それだけ努力してるし才能もあるんだと思う。それなのに自分を過小評価してるというか、もっと自信を持てばいいのにと思う事はあるけど。でも、自信過剰なのよりはいいと思うから、それでいいんじゃないかなって」
正直な感想だったが、こういう意見を求められているのかは分からない。
やや間があってから、ステラは顔を上げた。真剣な表情というか、少し不安げにも見える。
「・・・本当ですか?」
「もちろん」
「でも、私、昨日何も出来ませんでした」
ステラは真面目な顔でこちらを見ていたが、レオンはつい長い息が出てしまった。
そして、微笑む。
「僕も」
「え?」
瞳を大きくしたステラに、レオンは努めて穏やかに言った。
「何も出来なかった。ユノさんやアデルさんがたまたま味方だったから良かったけど、そうじゃなかったら多分駄目だったと思う。つまり、あれがダンジョンの中だったら、本当にどうしようもなかった」
すぐにステラは反論してきた。ダンジョンでの彼女の顔だ。
「それは私が失敗したからです。私がもっとしっかりしていれば、あんな状況にはなりませんでした。だから・・・」
言葉が詰まったステラだったが、すぐに先を続ける。まるでこちらを睨んでいるような、鋭い視線だった。
「私、きっとレオンさんに甘えているんです。レオンさんのようになりたいって口では言ってますけど、でも、実際はレオンさんに頼ってばかりいるんです。咄嗟の危険に対処しなければいけない、そもそも危険を予測出来なければいけないって、それは分かっているのに、でも私、全然出来てません。それはつまり、いつもレオンさんがやってくれているからです。本当に、ただ甘えているんです。そうじゃないですか?」
レオンはまた微笑んでしまった。
嬉しかったから。
彼女も同じ事を考えていた。あんな事があった後でも、彼女は前に進もうとしている。
彼女の心は折れていない。
「僕はそれに気付いてもいなかった」
ステラはじっとこちらを見ている。気付けば、肩の上のソフィもこちらを見ていた。
「甘えていたのは僕の方だと思う。魔法の方が強力だからって、僕はそれに頼りきりだよね。僕にも攻撃力があって悪いわけじゃないのに、あった方がいいに決まってるのに、でも鍛えようとしてない。昨日だって、例えば僕にベティやガレットさんくらいの武術があれば、もっと選択肢があったはずだし」
「でも、それは元々そういう作戦だったからです。私と2人でダンジョンを進もうと思ったら、レオンさんは他にもっと訓練するべき事があったから、仕方なく・・・」
「それはステラだって同じだと思うよ。僕と一緒にダンジョンを進もうと思ったら、他の事をないがしろにしてでも、まず攻撃力が必要だった」
そう告げるとステラは黙ってしまった。こちらを向いたままだが、何かを考え込んでいるようにも見える。
こちらも少し考えてみるが、しかし結論は変わりそうもなかった。昨日の夜、ずっとその事ばかり考えていたのだ。
昨日の事件もそうだが、武術大会でも、レオンの力なんて本当に大したものではなかった。なんといっても一回戦負けなのである。相手が悪かったといえばそうなのだが、仮に他の相手だったとしても、恐らく勝てなかっただろうという確信があった。冒険者基準で見れば、自分は本当に見習い程度の実力しかない。
いろいろな事に対処出来るようになったという実感はある。しかし、それだけでは駄目だ。次のステップに進まなければならない。ニコルが言っていたように、欠点を埋めて長所を伸ばす。ステラに頼りきりでは、新しい戦術は作れない。
自分はもっと強くならなければ。
そうすれば、2人はもっと自由に戦える。ファースト・アイで苦戦しているのは、今の2人の限界を決めているのは、明らかにレオンの努力不足のせいだ。
「私、焦ってますか?」
呟くようなステラの声。
レオンは少し驚いたが、すぐに返事は出来た。
「そうかもしれない。僕もアレンさんにそう言われたから」
ややあって、ステラは少し俯く。
「そうですか・・・」
その表情を見て、レオンは自然と言葉が出た。
「ステラ。僕に2週間くれないかな」
「はい?」
「1ヶ月欲しいとは言わない。2週間特訓してみたいんだ。剣か槍か、もしかしたらハンマーかもしれないけど、とにかく何か威力のある武器というか、力が必要だと思う。だから、お祭りが終わった後、2週間だけダンジョンを休ませて欲しい」
真剣な眼差しでこちらを見つめるステラ。
だが、やがてステラの口から意外な言葉が発せられる。
「私・・・もし、レオンさんが、私の事を甘えきっていてどうしようもない奴だって言ったら、潔く家に帰ろうと思っていました」
「え?」
さすがに驚いた。そんなに思い詰めていたのか。
戸惑いの声には構わず、ステラの言葉は続く。
「正直に言います。私は弱いです。いろんな人が私を支えてくれて、期待してくれて、そしていつも味方でいてくれますけど、私はそんな大した人間じゃいんです。どうしようもなく弱くて、そんな自分が惨めで情けないんです。今だって、自分ではどうしても決められなくて、レオンさんに心を折って貰おうと、そう思ってました。私、そんな人間なんです。私みたいな人間の夢なんて、叶わなくたって仕方ないんです。私みたいなのが無理して夢をみようとするから、周りの人に迷惑がかかって、それで、それで・・・」
言葉が詰まった頃には、ステラの瞳は涙で溢れていた。
そんな彼女を見て、もちろんレオンは笑えなかった。
そして、今更ながらようやく気付く。
こうやって、彼女はずっと抱え込んでいたのだ。そして、こんなになるまで、自分は何も気付かなかった。ダンジョンで一緒にいるのは自分だけなのに。だから、彼女を受け止めるのは自分以外にはいないのに。
昨日の一件が彼女を追い詰めたんじゃない。
追い詰めたのは自分だ。
彼女の力にばかり頼って、それなのに、彼女の負担を和らげてもいない。自分は本当に彼女に何も出来ていない。
本当に情けないのは、惨めなのは自分。
でも。
だから、今見ないといけないとレオンは思った。
しっかり受け止めなければ。
今彼女が泣いているのは、自分のせいなのだから。
ステラは涙を浮かべながらも、こちらをしっかりと見据える。
「ごめんなさい。私、こんな人間なんです。お母さんや叔母様みたいに、強くありません。だから・・・」
「いいよ」
レオンがそう告げると、ステラの瞳がほんの少しだけ大きくなる。その青色は輝いていて、素直に綺麗だとレオンは思った。その色に負けないくらい、彼女の心も健気で美しい。
「弱くたっていい。そんな事、どうだっていいと思うな。僕がこう言うだろうって、ステラ、なんとなく分かってたんじゃない?」
なるべく普段通りの口調で告げる。
すると、気丈にもステラは微笑む。そして、涙を拭ってから言った。
「はい。でも、ひとつだけ甘えさせて下さい。私、弱いですけど、多分これからも挫けそうになる事があると思いますけど、今ひとつだけ聞いて貰えたら、きっと頑張れると思います。だからお願いします」
「いくつでもいいよ。僕に出来る事なら」
笑顔で言うと、ステラも笑った。
「いえ、ひとつで。甘やかすのは良くないと思います」
「それはまあ・・・」
そう言いながら仕方なく頷いて見せる。
やや恥ずかしそうにしながら、ステラは言った。
「私の事が必要だって、仲間だって、もう一度だけ言って貰えますか?」
何故かレオンは溜息が出た。
途端に不安そうになるステラ。
「・・・ダメですか?」
「あ、いや。そんな事かと思って」
今度は怒ったような顔になる。
「何ですか?そんな事って」
「え?いや、それくらいならいくらでも言うのにって意味だけど・・・」
何がそんなに気に入らないのか、レオンにはよく分からない。
ステラはまだ上目遣いでこちらを睨んでいたが、やがて気を抜くようにふっと微笑む。
「すみません。こちらがお願いしてるんですから、図々しいですよね」
表情がころころ変わるので、正直レオンは遅れ気味だった。
「そ、そうかな?」
「そうです。それに、今気付きました」
「・・・え?」
悪戯っぽく微笑むステラ。彼女にしてみれば珍しい表情だが、初めてというわけではない。しかし、レオンの心臓がひとつ大きな鼓動を打った。
そのまま彼女はソフィを見て、そして呟く。
「いつか自然に言って貰えるようにって、そんな風になれたらいいって、そう思っていた方が、もっと頑張れる気がしますから」




