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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第6章 サマー・フェスティバル
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挨拶代わりの喧騒



 特に開会式典のようなものもなく、ユースアイの夏祭りはスタートした。

 だから、お祭りの実感なんてわかないだろうと思っていたレオンだが、その考えは初日から覆される。

 びっくりというか、圧倒されていた。

 今、レオンの目の前に広がるのは、これ以上ないというくらいの密度で行き交う人の群れだった。

 いったいどこにこれだけの人が隠れていたのか。本当に、近くの町から人を総出で集めたような、そんな圧倒的な人数が、決して広いとは言えない商店通りを埋め尽くしている。老若男女問わず、さらに服や肌の色も様々。そんな人々の山が思い思いの方向に歩いては、立ち並ぶ商店を見て回っている。そんなお客の気を引こうと、店側からも活気のある声が飛ぶ。本当に、何を見たらいいのか、聞いたらいいのか、レオンの頭は完全に追いつけない。まだ羊の群の方が整然な隊列をなすような気がする。

 そんな混沌極まる商店通りの一角、ラッセルの道具屋の前で、レオンは呆然と立っていた。

「ちょっといいかな?」

 急に声をかけられ、レオンは我に返った。気付くと、黒い上等そうな服を着た凛々しい壮年の男性が立っている。彼の左手は、その娘らしき女の子の手を引いていた。かなり明るいオレンジのスカートが自然と目を引く。男性も女の子もライトブラウンの髪と瞳。そして、彫りの深い顔立ちがよく似ている。

「あ、はい」

 レオンは慌てて言った。周囲の喧噪に負けないように、ここではかなりの声量が求められる。

「ここの商品には値札がないんだが・・・」

「あ、全部同じ値段なんです。あれ?えっと・・・」

 周囲を探すレオンだったが、肝心の値段を書いた看板が見当たらない。

 そこでふと思い付いて、ここでもうひとり、この店の接客をしている人物の方を見る。

 淡いブルーの上質な服で比較的逞しい身体を包んだ青年。短い髪や顔立ちが共にスッキリした印象を抱かせる彼の手に、その看板が握られていた。彼の正面には、彼より5つか6つくらい年上と思われる、どこか冒険者風の格好をした女性が立っていた。2人とも楽しそうに会話しているが、特に青年の方はこれ以上ないくらい嬉しそうである。

 邪魔をするのも悪い気がしたものの、レオンはその青年に声をかける。

「ブレット!ちょっと、値段の・・・」

 その言葉が言い終わるよりも前に、先程までの笑顔はなんだったのかと思うような冷たい視線をこちらに向けて、持っていた看板をこちらに見えるように地面に置いた。そして、再び女性客との会話に戻る時には、完璧な笑顔に戻っている。ある意味完璧な接客技術だと言えない事もない。

「・・・彼と何かあったのかね?」

 さすがに気になったのか、男性客が唖然気味な表情で聞いてきた。

 レオンは苦笑するしかない。

「はい、まあ・・・あ、値段はあの通りですから」

 最近ブレットが少し冷たいような気がするものの、原因はよく分からない。恐らく、武術大会が近いから神経質になっているのだろうと、レオンは勝手に納得していた。

 まだ気にはなっている様子の男性客だが、あまりしつこく聞くのも悪いと思ったのか、手を引いている娘の方に視線を落とす。

「どれがいい?欲しい物があったら、何でも言いなさい」

 凄い台詞だなとレオンは思ったが、その娘の方が凄かった。

 彼女はこちらの顔を指で示す。

「あれがいい」

 さすがに困った顔をして、父親らしき男性は優しく告げる。

「いや・・・あれは売り物じゃないんだよ」

 仕方がないので、レオンは女の子の前に屈んで、その目の前に右手を差し出す。

 純白のカーバンクルが肩から腕を伝って、その掌の上に行儀良く座った。

「ゴメンね。ソフィは売り物じゃないから・・・撫でるだけで許してね」

 少女は怖ず怖ずと小さな手を伸ばして、そっとカーバンクルの頭を撫でる。緊張気味だった表情も、自然と綻んでいく。

「すまないね。娘のために」

「あ、いえ」

 苦笑しながら告げてきた男性に、レオンは微笑む。やはり父娘だったのかと思いながら。

 娘の頭を撫でながら、父親がなんとなくといった様子で尋ねてくる。

「失礼かもしれないが、君は伝承者なのかね?まだ若く見えるが・・・」

「いえ。一応、冒険者修行中なんです」

 その答えに、男性は面食らった様子だった。

「見習いかね?冒険者見習いが店番をしているのか?」

「そうですけど・・・」

 何故そんなに驚くのかと思える程の反応だった。

「そうか・・・いや、失礼。世の中も変わるものだなと思ってね」

「はあ・・・」

 どういう意味なのか、レオンには分からない。

 そこで話は終わりとばかりに、男性は娘の方を向いて尋ねる。

「他の物で、欲しい物があったら言いなさい」

 女の子の方はやがてソフィから手を離して、店の中央辺りにある木箱を指さした。

「じゃあ、それをひとつ貰えるかな」

「あ、はい」

 木箱の中から商品を取り出すレオン。少女が指さした木箱の中身は木彫りの小物だった。具体的には、ちょこんと座ったカーバンクルを模した木の像。この商品だけはやたら大量に準備されている。なんとなくだが、レオンがここにいる役目が分かるような商品だった。

 お金とその小物を交換してから、レオンはお礼を言った。

「ありがとうございました」

 すると、男性も娘に優しく告げる。

「ちゃんとお礼を言いなさい」

 少女はこちらを見上げる。多分、見ているのは右肩に戻ったソフィの方だった。

「ありがとう」

 控えめなその言葉を残し、父娘は去っていった。

 ホッと一息吐いていると、またすぐに次のお客がやってくる。

「すみません」

 レオンはすぐにそちらを向く。ワインレッドのワンピースを着た女性と、やはりその娘らしき女の子。

「あ、はい。いらっしゃいませ」

 そう挨拶しながらも、レオンはおおよそ見当が付いていた。

 ここにある商品よりも、きっとソフィの方が目当てなんだろうなと。

 普段は冒険者向けの道具屋であるラッセルの店だが、どこから仕入れたのか、今日はほぼ小物雑貨屋と言ってもいい商品ばかりを用意していた。その商品を店の前の路上に並べての露店営業である。そのせいで余計通路が狭くなっているものの、似たような営業をしている店舗が唸る程あるので、どうやら違法営業というわけではないようだ。

 そのラッセルに頼まれて、レオンは夏祭り期間のうち数日だけ、ここの接客を手伝う事になった。同じように頼まれたらしく、今日はブレットも一緒である。幾分相手によって接客態度に隔たりがあるような気がするものの、やはり彼は社交性に恵まれているらしく、お客との会話も弾んでいる様子だった。少なくとも、レオンよりはずっと気が利いた会話が出来ているように見える。ただ、ラッセルが接客役として見込んだのは、どうやらレオンではなくて、ソフィの方だったようだ。

 純白のカーバンクルという事で騒ぎになるのではないかと懸念していたレオンだったが、実際にお祭りを迎えてみると、それだけで既に十分過ぎるほど騒がしい。レオンにしてみれば、これ以上の騒ぎなんて考えられない程である。それに、いくら個体数が少ないとはいえ、カーバンクルはどこでも馴染み深い存在なのだろう。文字通り多少毛色が違うくらいでは、遠巻きに注目こそされるものの、特に人が殺到するような事態にはならなかった。

 いずれにしても、ベティの作戦通り、注目されるという役目はなんとか果たせているようだ。ただ、これだけの人がいたら、もう注目されようがされまいが一緒の気もする。ステラを知っている人がお祭りに来ていたとして、この中から偶然ステラが目に留まる確率がどれくらいあるのだろうか。

 そんな事を考えていると、レオンが接客した母娘が帰っていく。今度は娘の方が嬉しそうに手を振ってくれた。

 こちらも微笑んで手を振る。

 その姿が人混みに消えてから、ふとレオンはブレットの方を見た。先程の冒険者風の女性はもういなかったが、今度は紺のワンピース姿の女性と話し込んでいる。栗色の真っ直ぐな髪が腰まである、落ち着いた印象の少女。ブレットとそう年齢は変わらないだろう。やはりブレットの表情はかなり明るい。

 全く何の相談もしていないものの、自然と接客の役割分担が出来ていた。大まかに言うと、未婚の女性がブレット担当。家族連れが、レオンというかソフィ担当。小さい子供がソフィに触れたくて寄ってくるのである。そもそも雑貨に興味がないのか、男性客は少ない。

「盛況だな」

 また近くで声がする。今度も母親だろうかと思ったレオンだが、聞き覚えのある声だった。

「あ、先生」

 レオンに声をかけてきたのは、診療所で医師をしているイザベラだった。明るい髪をコンパクトにまとめて、白いブラウスにカーキ色のズボンという完全な普段着。それでもなんとなく絵になっているのは、ある意味さすがと言えるかもしれない。

 ところが、今日は両手に幼い子供を連れていた。男の子と女の子。どちらも母親譲りの明るい髪をしている。どうやら姉弟のようだ。

 イザベラはどこか可笑しそうに言った。

「忙しそうだな。その子のお陰か?」

 彼女がその子と言ったのはソフィの事だろう。レオンは苦笑する。

「はい、まあ・・・」

「ラッセルもそういうところはちゃっかりしてるな。さすが商売人といったところか」

「やっぱり、ソフィ目当てだったんでしょうか」

 一瞬だけ、イザベラはブレットの方を見る。

「あれとセットだと、ちょうど上手く分担出来るくらいは考えたかもしれないが・・・そこまで計算高い子じゃないからな。たまたま都合良く事が運んだというだけだろう。そういうチャンスを引き込む事にかけては、ラッセルはなかなかやる」

「へえ・・・」

「そのカーバンクルの小物も、どこかの雑貨屋に話をつけて仕入れてきたんだろう。そんなに珍しい物でもないが、ここだと売れるはずだと言いくるめてきたんだろうな。ここにカーバンクルがいれば、この通りを利用する客も増える。そういう利点を見つける事とか、それを使って相手を納得させるのが上手い子だ」

「なるほど・・・」

 興味深い評価だった。言われてみればそんな気がしてくる。

 そこでイザベラは、軽く辺りを見渡す。

「ところで、そのラッセルはどうした?」

「あ、昼前には帰ってくると言ってたので、いい加減帰ってくると思うんですけど」

 実際にはもう昼食時である。約束の時間を守らないのはラッセルにしては珍しい事だが、この人混みだからたどり着くのに苦労しているだけかもしれない。

 イザベラもあまり気にした様子はなかった。

「そうか。どこかで立ち話でもしているんだろうが、そのうち帰ってくるだろう」

 レオンは微笑む。

「先生も大変そうですね」

 口元を上げるイザベラ。

「これでも3人いた頃よりは楽になった。最近ようやく、一番上の子は手がかからなくなってきてな。今では私といるより、友達といる方が楽しいんだろう。レオンも訓練所で見かけた事があるか?」

「あ、はい」

「私よりも剣が好きらしい。すぐに私の顔も見たくないと言い出すだろうな」

 反抗期はこれからという事らしい。レオンはそこまで思った事はないものの、村には割と激しく反発する同世代の子供もいた。

 レオンは微笑みながら軽く両手を振る。

「先生なら大丈夫だと思いますけど・・・」

「そうかな・・・あ、すまないな。立ち話しておいてなんだが、何も買うつもりはない」

 さすがにはっきりと言う人である。レオンは少し笑ってしまった。

 イザベラはソフィに視線を送る。彼女の子供達は、既にじっと見つめている。もちろん、レオンは既に気付いていた。

「だがそうだな。うちの子達にも・・・」

「はい。どうぞ」

 右手を差し出すと、ソフィは優雅に掌まで下りていった。

 子供達とカーバンクルの触れ合いをいつになく優しい表情で見つめてから、イザベラは不意に口を開く。

「・・・そうか。レオン、ひとつだけアドバイスしておく」

「はい?」

 少し笑みを含ませた表情でイザベラは告げる。

「いつもお世話になっている子達がいるだろう。こういう機会に、何か感謝の印として贈り物をしたらどうだ?そういう予定はあったか?」

「あ、いえ・・・」

 全く考えいなかったが、そう言われるとそうかもしれない。

 イザベラはやや呆れ気味な表情だった。

「男の子はだいたいそうだからな。だが、そう何度も機会があるわけじゃないし、こういうイベントの時に贈り物をされると女の子の心にはずっと残る」

「・・・女の子なんです?」

 特に性別で区別する気はなかったが、どうもイザベラの言い分を聞くとそういう事らしい。

 自分の子供達を見つめながら、イザベラは答えた。

「うちの子なんかもそうだが、男の子はあまり嬉しくないんじゃないか?だいたい、レオンが世話になっているといったら、ほとんど女の子だろう」

「そうですか?ガレットさんとかいますけど」

 何故か顔をしかめるイザベラ。

「・・・それは一人前の冒険者になれた時でいい。お祭りの記念にプレゼントするのとは少し違う」

「へえ・・・」

 よく分からないが、イザベラが言うのならそうなのだろう。

「気持ちの問題と言えばそれまでだが、こういうイベントの時に貰うプレゼントには特別な価値がある。せっかくだから、やってみなさい」

「分かりました」

 頷くレオンを見て、イザベラは子供の手を引く。幼い姉弟は名残惜しそうにしながらも、こちらを見て告げる。

「ありがとう」

 レオンは微笑む。

「どういたしまして」

 颯爽とした母に先導されるようにして、姉弟達も人混みに消えていく。

 ふとブレットの方を見ると、やはりお客が変わっている。だが、今度はやたらと恰幅のいい中年の女性が相手だった。子連れではないものの、未婚かどうかは定かではない。なんとなく違和感を感じたレオンだったが、ブレットは微笑んでいるので問題ないだろう。少し無理をした表情に見えない事もないし、接客というよりも、むしろ絡まれている感じがしないでもなかったが、ブレットの接客技術を考えれば、自分が助けに入るのもおこがましいというものだ。

 そんな折、背後に人の気配を感じてレオンは振り返る。

 通り抜けていったのは、黒い髪の小柄な少女。ユースアイの少女は皆衣装を着るはずだが、気分屋の彼女は着ないかもしれないとベティが話していた通りの普段着姿である。ただ、いつものフリルの多いブラウスに、さらに今日は黒の膨らんだスカートを穿いているから、ある意味あの衣装と大差ないデザインだと言える。いずれにしても、彼女の幼い印象に拍車をかけているのは間違いない。

 挨拶もなく現れたシャーロットは、無言でレオンの背後を通り抜けると、雑貨屋の前にただひとつだけあるイスに迷いなく座った。そのイスは、ずっと立ちっぱなしだと疲れるだろうという事でラッセルが用意してくれていたイスだが、レオンとブレットのちょうど中間辺りに置いてあるから、どうにも座りにくい。今日そこに座ったのはシャーロットが初めてである。

 あまり高いイスではないため、小柄なシャーロットでもそれほど苦労なく座れた。ただ、傍目に見ても眠そうな表情をしている。彼女の大きい印象的な瞳も、どうやら半分休眠中のようだ。

 そんなシャーロットをしばらく黙って眺めていたレオンだが、結局気の利いた台詞は思いつかなかったので、思ったままに尋ねる。

「・・・おはよう、でいいのかな」

 もう昼食時だから多分早くはない。こんな時間にまだ眠そうな顔が出来るというのは、ある意味凄いかもしれない。

 半分眠ったままの顔で、淡々とシャーロットは答える。

「こんにちは、でいいと思う。でも、おやすみ、の方がいいかも」

 まだ寝るつもりなのか。ソフィもよく昼寝をするが、もしかしたらいい勝負かもしれない。

 言い訳するように、シャーロットは続けた。

「でも、起きてもする事がない。お祭りって苦手」

「そうなの?」

「人混みは苦手」

 もしかしたら、押しつぶされそうになるからだろうか。だが、聞きにくい質問だった。遠回しに彼女の事を子供だと言っているようなものだからである。

 そこで、ようやくといった声が聞こえた。

「ゴメン!遅れちゃって・・・」

 振り返ると、ライトイエローの服の上に黒いエプロンをした誠実そうな青年、ラッセルが大きな木箱を抱えてこちらに歩み寄っているところだった。仕事中なのは間違いないものの、明らかに人の往来の迷惑だろう。ある意味、木箱を盾にして強行突破しているようなものだ。

 そんな彼は店の前に木箱を置くとすぐに接客を始めた。商品をなんとなくといった様子で眺めている人は結構いるのである。レオンはなんとなく声をかけにくいが、さすがにラッセルは慣れた様子で話しかけている。

 そんな光景を感心しながら眺めていると、不意にシャーロットが言った。

「お昼、食べてきたら?」

「え?」

 レオンはシャーロットを見たが、向こうはこちらを見なかった。首を動かすのも億劫なのかもしれない。

「私とラッセルがいるから、大丈夫だと思う」

「あれ・・・シャーロットも?」

「歩くと疲れるし、うちは営業しないから、毎年大抵ここにいる」

「あ、そうなんだ」

「あとは、寝てるくらい」

 毎年こうなのか。忙しい人ばかりだと思っていたが、お祭りの時期に一番寝てる人だっているようだ。

 すると、ラッセルの方からも声がかけられる。

「お昼行ってきていいよ。レオンもブレットもありがとう」

 レオンがそちらを向いた時には、既にラッセルは接客に戻っていた。いつもは割とのんびりというか、落ち着いている印象のあるラッセルだが、今日はテキパキ仕事をこなしているようだ。やはり、お祭りという事で張り切っているのだろう。

 シャーロットの方をもう一度見る。彼女は眠そうな顔でしばらくこちらを見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「じゃあ、僕はそろそろ・・・」

 その時だった。

 目の前に突然何かが現れる。巨大な焦げ茶色の物体。

 驚いて身を引いたレオンだったが、よく見ると、それは人間だった。頭部というか、髪の毛である。

「・・・ブレット?」

 たっぷり時間をかけてから、そう尋ねたレオン。恐らくブレットなのは間違いないものの、なんだか知らないうちに、随分やつれたというか、疲れ果てているように見える。猫背な姿勢もそうだが、いつもの覇気が全くない。

 ブレットらしき青年は、ゆっくりと首を動かして、シャーロット、レオン、ラッセルの順に視界に収めたが、最終的には目線はこちらに戻ってきた。単に身体の向きがこちらだっただけかもしれない。いずれにしても、驚くくらい視線に力がない。シャーロットを見た時の微笑みも、普段では考えられない程ぎこちなかった。

 活気ある喧噪の中で、この場所だけ言いようのない沈黙が続いたが、やがてブレットは呟くように言った。

「・・・若いというのは、罪だな」

 意味が全く分からない。

「では・・・悪いが、失礼する」

 身重になった牛の方がもうちょっと覇気のある歩き方をするかもしれない。そんな足取りでブレットは人混みに消えていった。

 その後ろ姿が見えなくなってから、ようやくレオンは我に返る。

「あ、僕・・・ちょっと心配なので送ってきますね」

 あのまま帰らせたら、本人も心配だが、周りも何事かと思うだろう。

 ところが、シャーロットがそれを止めた。

「別にいいと思う」

「え?でも・・・」

「だいたい毎年そうだから」

「・・・毎年?」

 毎年ブレットは何をしているのだろう。 

 まだ眠そうなシャーロットは、寝言のように淡々と呟く。

「よく知らないけど、ブレットは女の人との会話に手を抜けない性格。大抵のというか、若い人相手の時はそれでいいんだけど、お年を召された方の中には、ブレット以上に押しの強い人がいる。ブレットは引き方を知らないから、正面衝突するしかない」

 そこでシャーロットの説明は止まってしまった。

「・・・それで?」

「正面からぶつかったら強い方が勝つ。要するに、ブレットの実力不足」

「いや・・・ゴメン。どんな話?」

 やや間があったが、シャーロットは一言だけ答えた。

「搾り取られたとも言う」

「・・・何を?」

「多分、若さ」

 若さって搾り取れるものなのか。

 レオンにはさっぱり分からない。とりあえず言える事は、レオンには計り知れないような戦いがあったらしいという、それだけだった。

 とりあえず、お祭りって何か凄い。

 頭の中までかき乱されそうな喧噪の中、どうやら敗者となったらしい先輩冒険者が消えた方を見つめながら、ただレオンはそんな事を感じていた。



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