1973年8月21日 火曜日 6:28
『――モーニン、早くにすまないね、エミー』
「あらジェイク」
「構わないわよ、起きていたから」
「上手く行かなかったのね?」
『そういう事』
『ごめん、公衆電話なんだ』
『小銭しかなくてさ、10セントしか持ってないから、要件だけ手短に話すよ』
「はい、何でしょう」
『木曜日の朝まで、僕は外泊しようと思って』
『今日と明日、君に家へ泊まってもらえないかと思ったんだ』
「あら、拗れたわねえ!」
「いいわよ、今日は宿泊準備をして行けばいいのね?」
『助かるよ』
『こう、なんか、リリの愚痴を聞いてあげて』
「お安い御用よ! 任せて!」
『ありがとう』
『君が居てくれて本当に良かった』
『じゃあ、また後で』
「はい、じゃあね」
「……リリ? おはよう。気持ちのいい天気だよ」
――そう。あたしの気分は最悪よ。
「眠れなかった?」
お陰様で!
「朝食はどうする? 食べられるかい」
お構いなく! エミーが来るのを待つわ。
「……その事なんだけどね、リリ。今日と明日は、エミーにここへ泊まってもらおうと思うんだ」
……え、何? どういう事?
「僕が居たら、君はしっかり休めないだろ。外泊するよ」
あっそう。そのまま帰って来なくてもいいのよ。
「ははは、面と向かって言われるのは流石に堪えるな。戻って来るよ、木曜の朝に。約束だろう? 式をしようって」
まだそんな事を言っているの? いい加減にしてくれない? あたしは、あんたのおもちゃじゃないわ!
「まさか、そんな風に思った事なんかまるでないよ! でも、それは言葉ではなくて行動で示すべきだろうと思うから」
これまでのあんたの行動は、あたしを虚仮にするって指針だったわね?
「そんなんじゃないよ、リリ。本当だ。僕は君を大切に思っている。昨日僕が言った事は本心だし、君と結婚したのは君の最後を見届けたいと思っているからだ。わかるかな、僕にとって君は、生き延びる動機だった」
あんたは本当に口だけの人間だってわかるわね。そんな事を言っておきながら、他人の名前であたしと結婚したんだから。
「そこだけは情けない言い訳をしていいかな。僕は、僕に自信がなかったんだ。それに、嫌いだった。何をしても上手く行かなくて、死んでしまった方が世の中の為だと思っていた」
自信満々な姿しか見た事がないけれどね。
「そうだろうね。僕なりにジェイクを真似しているんだよ。ジェイクはとてもいい奴で、こんないい奴が死んで、僕が生き残るなんて信じられなかった。それなのに、死ぬのも怖くてね」
……戦場なんだから、仕方ないでしょう。亡くなってしまう事に、良い人か悪い人かは関係ないわ。
「でもね、僕にとっては受け入れ難かったんだ。だから僕は逃げた。くだらない僕の方が生き続けるなんて、考えられなかった。だからこの名前を借りてやり直そうとした。そして、ジェイクになった」
――そんな理由? あり得ない。ただの自尊心の問題じゃない! そんな事で、他人を乗っ取るなんて!
「悪い事なのはわかっているよ、もちろん。だから、正直を言えば、全部打ち明けて責任を取ろうとも思った」
……そう、それは良うございました。あたしを巻き込まないで、あたしが死んでからにして。
「やめたよ。しない。元の僕なんかが、君に寄り添うべきではないから。今の僕はジェイク。これまでの僕は、もう死んだんだ」
……何だって言うのよ……あたしは、あんたの自己実現の為に用いられてるって事?
「違うよ、君の傍に居たいんだ。君を相応しい身分で送りたい。それは、僕自身じゃ駄目なんだ」




