1973年8月19日 日曜日 20:20
『ハイ、モーニン! こちらアンよ! あなたは?』
「ハイ、アン」
「僕はジェイク、こちらは夜だよ」
『あら? 声が違って聞こえるわ』
『さすが国際電話ね! ハロー、聞こえる?』
「聞こえているよ」
「そんなに大きな声じゃなくてもいいよ」
『そう! あのね、あたしたち、んーと、小父様と小母様とあたし、今から搭乗ゲートをくぐるの!』
「そうじゃないかと思ったよ」
「君たちの便がアナウンスされているからね」
『凄いわね、ホームズみたい!』
『それでね、いいことを思いついたのよ!』
「なんだい?」
――ジェイク? 誰からの電話?
「――ああ、リリ。ここの家主さんからだよ。僕が家賃を払い込み過ぎたってさ」
『なに? オーナー? 何の事?』
「ああ、失礼」
「では、どうしましょうか?」
『あのね、リリから手紙が届いたのよ! 凄いわね、手紙って10日でオーストラリアから届くのね!』
『ボリビアのペンパルからは半月もかかるのに!』
『それでね、思いついたのよ! 小母様もそれがいいと思うってさっきおっしゃったわ!』
『小父様も頷いていたから完璧よ!』
「なるほど? で、僕はどうしましょう?」
『――ああ、小父様、ちょっと待って、まだ伝えてないの』
『あのね、あたしがびっくりして、小父様と小母様を誘ってオーストラリアに行くっていう事にしたらどうかしら?』
「んん? ちょっと話が見えないです」
「びっくりされたのは、そうでしょうとも」
『あのね、リリったら、オーストラリアに移住したから結婚するって書いて来たのよ!』
『酷いわよね、それでお別れするつもりだなんて』
「そりゃ酷い、お気の毒です」
「で、僕はどうしましょう?」
『シドニーのどこかで、偶然会うことにすればいいのよ!』
『あたしたちはリリを探していて、リリは観光していて』
『そしたら、偶然会っちゃうの!』
「なるほど? では、ご予定を伺います」
「僕はどちらまで行けば?」
『あなただけじゃなくて、リリも居なきゃ駄目よ!』
「そうでしょうとも」
「で、どうすれば?」
『それは、着いてから決めるわ! そっちは冬で、寒いんですってね?』
『もう時間だから、切るわね!』
『じゃあ、また明日! ――小父様待って!』
「ああ、はい……」
――家主さん、何だって?
「……何だか騒がしい人だったよ。早く返金したいけれど、明日じゃないと予定がわからないんだってさ」
そう、律儀な方ね。別にすぐじゃなくてもいいのに。
「……そうだな。リリ。明日、返金してもらうついでに、外で食事なんかどうだい?」
あらあ、いいわね。エミーの食事も美味しいけれど、お休みもあげなきゃいけないしね。
でも、家主さんの予定がわからないんでしょう?
「そうだね。でも夕方になるのは確実だと思うよ。日中はずっと拘束されているみたいだからさ」
そうなの? じゃあ、ディナーで決まりね。車椅子でも入れるレストランを探さなきゃ。
「それなら、空港の第一ターミナルの近くにあるレストランはどうだい? 調べてあったんだけれど、車椅子で入れるだけじゃなくて、オーストラリアの海の幸が沢山楽しめる五つ星だ」
最高ね! でも、明日なのに予約を取れるかしら?
「君が一緒なら、満席だって空けてくれるさ。えーっと、電話番号をどこに控えたかな、手帳どこやった? ああ、あった。――とにかく、電話してみるよ。エミーにも、明日は昼まででいいって言っておく」
ありがとう、お願いね。
「もちろん、任せておいてよ。その前に、君はもう、眠る時間だよ。ベッドへ行こうか」
わかったわ。
「おやすみ。――良い夢を」
「――ハロー? 明日のディナーの予約をしたいんだけれど、いいかな? 車椅子なので……五人くらい入れる、大きな部屋があれば、そこで」




