ジェイクとリリの両親の電報と往復書簡とFAX(1973年9月~1974年10月)
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: ジェイク・モーリス(シドニー)
電報
日付:1973年9月2日
退役軍人省から電話があり、陳述書の存在を知りました
色々な気持ちが込み上げて、何と言えばいいのかわかりません
これから帰国します
リリのお墓にも行きたい
また連絡します
宛先:ミスター ジェイク・モーリス 気付 サミュエル・グレイヴズ(ボストン)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1973年9月6日
親愛なる サミュエル
帰国してすぐの忙しい中、お電話をくださってありがとう。周囲の人々の理解と支えにより、私たちはどうにか立っています。シドニーに居た時にはどこかふわふわとしてわからなかった寂寥感が、ボストンの日常に戻って押し寄せて来ました。居ないとわかっているのに、リリの家の電話番号にかけてしまいます。あともう一度コールしたら、と思ってしまうのです。そんな事から、リリの電話線は早々に切ってしまおうと思います。私たちは、このままではいけないと感じています。
リリの家の整理を、私たちに任せてくださりありがとう。こちらは、本当に時間がかかりそうです。あまりにも思い出に溢れていて、すべてをそのままラッピングして飾っておきたい。もし許してくださるなら、そのままあなたから買い受けたいのですが、いかがでしょうか。話したい事がたくさんあります。
リリのお墓は、以前述べた場所です。一緒に行きましょう。それとも、一人で行く時間が欲しいですか。私たちは、悲しみを共有できるあなたという存在が居て、本当に慰められています。
またお電話をください。できればシドニーの時みたいに一緒に食事をしましょう。我が家にお招きいたします。
心からの親愛を込めて
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: ジェイク・モーリス(ボストン)
FAX
日付:1973年9月10日
ジェイクです
今、退役軍人省に来ています これから面談です
ロバートとエリンとも話がしたいそうです 僕の事で 電話が行くかもしれません
今日の夜、良かったらどこかで食事をしませんか
また後で電話をします
宛先:サミュエル・グレイヴズ(ボストン)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1973年9月12日
親愛なる サミュエル
米国退役軍人省の社労福祉士さんから、とても丁寧な電話をいただきました。それによると、あなたはほぼ間違いなく無罪になるとの事ですね。本当に嬉しいです。
そして月曜に、マシューのお店へ連れて行ってくれてありがとう。リリがいつも座っていたという席に予約カードが乗っているのを見て、彼もまた悼んでくれているのだと目頭が熱くなりました。しばらく私たちは、リリの影を踏みながら歩いて行こうと思います。マシューのように、そこにリリが居ない事を日々確認して生きて行こうと思います。すぐに忘れ去るにはあまりにも愛しい存在でした。時間が解決してくれると考えます。
サミュエル、私たちにとって、あなたはリリを思うよすがであると同時に、義理の息子です。
あなたはきっとシドニーの、あの家に戻るのでしょう。リリが遺した言葉の通りに。その手続きをしていると言っていましたものね。
とても寂しいです。シドニーはなかなか遠いから。今後、私たちがリリと同じ眠りに着くまでの間に、あと何度あなたと会えるのでしょうか。本当に寂しいです。
あなたはまだ若く、これからいろいろな道が拓けて行くでしょう。どうか幸せになってください。私たちはそれを願っています。リリの事を少しは覚えていてもらいたいけれど、好い人を見つけてくださいね。きっと、リリもそれを願っていたと思います。
出国の際にはお見送りに行かせてください。日時が決まったら教えてくださいね。あなたのこれからの人生が、豊かで穏やかであるようにと祈っています。
心からの愛を込めて
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
書簡
消印日付:1973年10月1日
愛する私の父ロバート、そして母エリン
こちらに来て、二週間が経ちました。そして、リリが死んで、一カ月です。私の心は空っぽのままです。リリと住んでいたあの家は、無事に私の所有になりました。
家が広々としています。車椅子で自由自在に動き回っていたリリが居ない。この世のどこにもリリが居ない。毎日その事を考えています。
私の戦闘疲労の症状は、どうやら酷いようです。一度入院するように、と、以前手を貸してくれていたエミーから勧められました。一人でいるのが本当に寂しくて、どうにかなってしまいそうなので、しばらくそうしようと思います。心配させるような事を書いてごめんなさい。落ち着いたら、また手紙を書きます。
サミュエル
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
電報
日付:1973年10月12日
あなたの心身の状態を、本当に心配しています。
どこの病院でしょうか。電話で話せますか。
連絡をください。
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
書簡
消印日付:1973年10月31日
親愛なる私の両親、ロバート、エリン
入院中、いろいろ気を揉ませてしまって申し訳なかったです。今とても穏やかな気持ちでこの手紙を書いています。
リリが亡くなって二カ月ですね。こちらは初夏になり、あの頃よりずっと暑い毎日です。
犬を飼ってみてはどうかと、エミーに勧められました。エミーのボーイフレンドの伝手で、オーストラリアン・シェパードの子を紹介してもらいました。女の子です。賢そうな顔つきは、ちょっとリリに似ているかな。とてもやんちゃで、愛嬌があります。名前はまだ決めていません。写真を同封しますね。
これからどうして行こう、という展望は、まだありません。病院へはしばらく週一で通ってカウンセリングを受けます。以前手紙に書いてくださった、好い人を見つけるようにとの言葉は、私にとって酷く非現実に思えます。
毎日リリの事を考えています。日に日に実感します。私は彼女を愛していたと。
ドレスを贈る時に、彼女にラブレターを書きました。彼女と一緒に埋葬してもらったやつです。もしかしてお読みになられましたか。少しどころではなく恥ずかしいですが、今もあの時に書いた気持ちのままです。
私と彼女の間は、計算しきれるものではありませんでした。それでも今こうして、私がここに居るのは、リリと私が出した結論です。それでいいのだと思います。焦らずにやって行こうと思います。
アンにもよろしく。彼女が今も元気にしているのだろうと思うのは、私にとって心の慰めです。彼女が以前デザインした椅子も、ようやくこちらに届きました。なかなか悪くない座り心地だよ、と伝えてください。あと、今度はテーブルが欲しい、と。
もしまたこちらに来られることがあれば、ぜひ連絡をください。その頃までにはすっかり観光ガイドできるようになっていますから。
また手紙を書きます。
いつも励ましをありがとう。あなたたち二人にも、慰めを祈ります。
二人の息子 サミュエル
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1973年11月18日
親愛なる私たちの息子サミュエル
こちらは冬に向かっています。衣替えをしながら、あなたの手紙を何度も読み返しています。
あの子犬の写真、とても可愛らしかった。リビングの壁に飾っています。リリがいたら、きっとあなたと競うように可愛がったでしょうね。彼女が残したものの多くは、形を変えてあなたのまわりにあるのだと思います。もう名前は決まりましたか? いつか、会いに行きたいです。
リリのお墓には、毎週通っています。春になったらリリの好きだったアジサイを植えようかと二人で相談しています。きっと綺麗になるでしょう。いつか見に来てくださいね。
人生は、別れのあとの静けさに耐える術を教えてくれるものですね。あなたのことを息子と思う気持ちが、日に日に強くなっています。あなたが穏やかに過ごせていると知ると、心が温かくなります。どうか焦らずに、あなたの歩幅で毎日を歩んでください。
リリは、あなたと出会えたことを幸福に思っているはずです。
そして私たちも、あなたに出会えたことを、同じように幸福だと感じています。
愛と祈りを込めて。
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡(カード封入)
消印日付:1973年12月15日
親愛なる私たちの息子 サミュエル
シドニーにいるあなたへ、思いを馳せています。リリの勇気とあなたへの愛は、最後まで輝いていました。それは永遠に私たちの心を温めてくれるでしょう。
あなたが私たちの祈りの中にいることを知ってください。どうか神があなたに力と平安を与えてくださいますように。リリの思い出を胸に進むあなたを。私たちは、娘に注いでくれたあなたの愛に感謝しています。
心からの感謝と愛を込めて
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
書簡(カード封入)
消印日付:1973年12月31日
親愛なる私の父と母 ロバート、エリン
綺麗なカードをありがとう。
リリが亡くなって、四カ月経ちました。
子犬の名前はリラにしました。花の名前だそうです。
新しい年が、お二人にとって慰めとなりますように。
愛を込めて
サミュエル
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1974年1月13日
愛する息子 サミュエル
カードをありがとう。子犬にとても綺麗な名前を着けたのですね。調べたらフランス語とのことで、ライラックのことでしたね。とても可愛らしい花です。とても素敵ですね。
こちらは真冬で、雪が深く、家の中に居ると街の音がほとんど聞こえません。そちらは真夏でしょうか。やはり、季節が逆だというのは不思議な気分ですね。
体調はどうですか? もう環境には慣れましたか? リラちゃんとの生活はどうでしょうか。楽しめていますか?
私たち二人は、どうにかやっています。リリの家も、いくらか片付きました。しばらくは誰にも貸さないでそのままにしておこうと思います。
夏に、休暇を取ってまたシドニーへ行こうかと二人で相談しています。あなたの事を心配しています。いつでも電話をくださいね。コレクトコールでかまいませんから。
どうぞ近況を知らせてください。よかったら、また手紙を待っています。
心からの親愛を込めて
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
書簡
消印日付:1974年2月28日
親愛なるロバート、エリン
先日は電話をありがとう。心配をかけてしまって、申し訳ないです。
話した通り、それなりに元気でやっています。ただ、どうしても月末になると、リリと最後に話した時の事と、リリが死んだ瞬間の事に思いを向けてしまうのです。
けれど、今月は29日も30日もないんだった。そう考えたら、いかに僕が思い込みや過去に囚われているのか、と気づかされました。もっと前を向かなければと思います。少しずつでも。
この世界からリリが消えて、もう半年にもなるんですね。実感がないです。毎日を機械的に過ごしている中、リラだけがこの生活に色を着けてくれています。朝に起こされて、餌をねだられて、散歩に行こうとリードを咥えて持って来るんです。お陰様で運動不足にならず助かっています。それに、僕が落ち込んでいると、そっと寄り添ってくれる。賢くて、優しい子です。
僕はまだまだ友人なんてできなさそうだけれど、リラはもう、沢山の友達の犬がいるんです。美人だからね。散歩をしていると色んな犬が寄ってきます。子供達も。
どうにか、やっています。もし僕のことが心配で、8月の計画を立てているのだとしたら、やめてくださいね。そういう事を抜きに来られるのでしたら、喜んで。部屋は沢山ありますから、よかったら僕の家に泊まってください。物が無いので、それなりに片付いていますよ。
アンから手紙が来ました。新しいテーブルのデザインだけれどどうか、と聞かれました。斬新だね、と返しておきました。販売されたら教えてください。椅子と一緒にリビングへ置こうと思います。
こちらは今、真夏です。毎日暑いです。冬季休暇の際にこちらへ来られるのはいかがですか。びっくりしますよ。雪なんてあり得ないですから。
また、お二人が心配しないで済むように電話します。
いつも本当にありがとう。
サミュエル
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1974年4月6日
愛する私たちの息子 サミュエル
先日、電話で話せて嬉しかったです。リラちゃんもお話ししてくれて、とても良かった。それに、仕事を探しているとの事で、あなたの体調が良くなって来ているようでとてもほっとしました。
大学は技術系だったとロバートから聞いています。きっといいお仕事が見つかると思います。こちらとは気候も何もかも違うから、思いがけない職がありそうですね。
8月の予定は、どうしようかと相談しています。私たちもしっかり前を向くために、必要であるとも感じています。
ただ、サミュエル、あなたの重荷になりたいとは思っておりません。なので、そう感じるのでしたらおっしゃってください。冬季休暇で夏をエンジョイするのも悪くないわね、と話しています。そんな事を言ったら、きっとアンも一緒に行く、と言うでしょうけれど。
アンのテーブルの案は、どうやら流れてしまったようです。落ち込むよりも悔しがって、次こそはと意気込んでいます。あの子の元気は私たちをも笑顔にしてくれています。また何かデザイン画を送りつけたら、感想を言ってあげてくださいね。
いつでも、あなたの事を祈っています。リラちゃんによろしく。
愛とお仕事が決まりますようにとの祈りを込めて
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
差出人:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
書簡
消印日付:1974年7月18日
親愛なる私たちの息子 サミュエル
いつも電話をありがとう。本当にコレクトコールで構いませんよ。国際電話はかさむでしょうから。あなたとのお話しが楽しくて、長電話になってしまうのがいけないのですけれども。
お仕事が順調なようで良かったです。同じビルメンテナンスでも、やはりこちらで生じる問題とは違うのですね。今は冬でしょうけれど、水道凍結も無いのでしょうね。
リラちゃんに会いたいという気持ちもあったのですが、先日話した通り、今年の夏季休暇はこちらで過ごす事に決めました。ゆっくりと、自分たちの今後について、考えて行こうと思います。
その代わりと言っては何ですけれども、あなたがおっしゃっていたように、冬季休暇にお伺いしてもよろしいでしょうか。そうなると、多分アンも行くことになりそうです。一人でも行こうとしているくらいですから、あの子は。
いつも気にかけてくださってありがとう。私たちもまた、あなたを気にかけています。
心からの親愛と共に
ロバート・ジョンソン
エリン・ジョンソン
宛先:ミスター、ミセス ジョンソン(ボストン)
差出人: サミュエル・グレイヴズ(シドニー)
書簡
消印日付:1974年10月11日
敬愛するロバート、そしてエリン
久しぶりに手紙を書きます。電話だと、照れて伝えられないだろうから。
こちらでの冬が近づくにつれ、リリの最後の数カ月間と、最後の一週間のことを思い起こしました。そして今、リリと過ごした家に一人で住み、彼女が去った日を通り過ぎて、あなた方が私に注いでくれた愛と気遣いを思い返しています。彼女の病状を知った後も、きっと取り乱したい程に動揺していたでしょうに、お二人はまず互いを、更には私を思い遣ってくださいましたね。その記憶が、本当に懐かしく、また、私の心を暖かくしてくれます。
リリとの旅行、ままごとみたいな結婚と少しの間の生活。それらをまるで映画のように私の中で鮮明に思い描けます。とても綺麗に。
あれで良かったのだろうか、と度々考えます。そしてリリが私へ遺してくれたものを考えます。
そして気づきました。私がリリを愛していたように、彼女も、私を愛してくれていたと。
それが、私の答えです。
その事は、私の心を立たせてくれます。
私をずっと、息子と言ってくださってありがとう。そばにいてくださったことに、心から感謝しています。彼女の両親でいてくださり、彼女の人生を分かち合わせてくれて、ありがとう。
けれど、あなた方が私を負う必要はありません。重荷になるつもりはありません。もちろん実の両親のようにお二人を敬愛していますが、私たちは、それよりももっと親友だと思います。
この家は、風がよく通ります。午後になると光が床を渡り、リリの笑い声が混ざっているのではないかと思う風が吹き抜けます。寂しさは変わらないけれど、その中に静かな安らぎがあります。
ボストンはこれから冬ですね。こちらにはない、雪の白さを思い出します。
私はまだ癒える途中ですが、少しずつ、生きるということを覚え直しています。お二人の手紙が、その支えになりました。心から感謝しています。
いつか、花が咲く頃、またリリのお墓を訪ねたいです。アジサイに埋まっている、リリのお墓を。
ありがとう。
愛と尽きない感謝を
ジェイクであった、サミュエル・グレイヴズ




